最終話

「待てよ、お前ら……うわっ」


 皇帝グレゴリアの鋭い斬撃をかわすと、今度は魔王リグラーナの雷の鞭が足下を叩く。


「フレア!」

「シャイン!」


 リリアームヌリシアとイヨの援護魔法で、一旦ははじき飛ばされたグレゴリアたちであったが、すぐに体勢を立て直し、攻撃を再開する。


「何だってんだよ!」


 剣を構えて牽制するものの、トウマは手を出せないままだった。


「引き受ける。行け」


 カリヴァとクリューガ。帝国屈指の戦士が難敵の相手を請け負った。ありがてぇ、とトウマは勢い良く踏み込む。別行動のティアとゲノムたち、それと手を貸してくれている神官二人が成果を上げたらしい。結晶石の封印が砕け散る。

 贄神の眠る場所の扉が開いた。

 深く、濃い闇の彼方に、白っぽいものが見えた。生き物のように、霧状の黒い瘴気がひたひたと這い出てくる。闇の奥底に浮かび上がる、白いドレス、目映い金髪。白い顔。凍り付いた空色の瞳。


「カレン……っ!」


 こんなときだったが、トウマはカレンの姿を見て沸き上がる喜びをおさえきれなかった。


――生きてた。よかった!


 だが、その喜びは一瞬で打ち砕かれた。カレンは軽やかに闇をひきつれて駆け出す。と、同時にダークアローの魔法をトウマめがけて放った。


「……っ」


 信じられない思いで、トウマはそれを避ける。続けざまにダークアローが容赦なく浴びせられた。


「カレン! オレがわからないのか!?」


 未だ剣を振るえないトウマを、歴戦の老騎士カリヴァが叱咤する。


「何をしておる! 戦え、トウマ!!」


 蘇るのは聖剣を賭けた戦いの記憶。あんな思いは二度としたくなかった。迫る魔法をかいくぐり、トウマはカレンの前に躍り出た。

 すると、カレンを守るように瘴気がトウマの前に立ちふさがり、襲いかかる。それをトウマは剣でなぎ払った。肌に感じる瘴気は、熱くも冷たくも感じられ、顔を背けたくなるような代物だった。こんな中に取り込まれていては、普通ならば立ってさえいられない。


「操られてるんだ、カレンも、リグラーナたちも!」

「そんなことはとうに分かってるわ。お前がしっかりせんか!」


 老騎士の叱咤に気力を握り締める。


「トウマ! どうするの!?」


 トウマが躊躇い、仲間たちも防戦一方だ。瘴気を切り裂いて、魔法の連撃が立ち上がる。トウマは後方にはね飛び、剣をカレンと、その周囲に渦巻く闇へ向けた。


「待たせたな……今、そん中から助けてやる、カレン!」


 カレンに突進するトウマ。瘴気が揺らぎ、魔王の動きが鈍った。年少組二人のコンビ魔法がリグラーナを穿った。


「目ぇ醒せや魔王さまぁああ!!!!」


 リリアームヌリシアのカオスフレアが炸裂した。壁に打ち付けられた魔王はそのまま床に崩れおちる。体から、カレンを包んでいる瘴気と同じようなものが立ち昇り、散っていく。


「う……」


 頭を押さえて魔王は上体を起こす。目に生気が戻っていた。


「頭がはっきりせん……私は、一体」

「気がついたか、リグラーナ! 手伝ってくれ!」


 湧き出す瘴気に斬り込みながら、トウマは叫んだ。その様子を見て、魔王は瞬時に判断を下す。


「甘い!」


 背後から襲いかかろうとするカレンめがけて雷撃を撃った。


「っと。やりすぎんなよ!!」


 トウマに釘をさされ、魔王は苦笑いをした。


「腹の立つ奴だ、助けてやった礼もなく」

「トウマ! 進め!」


 屈強な獣人の連撃が皇帝の足を縫い付ける。血濡れのままクリューガは合図を出した。ランスの突進がその鎧を砕く。


「いい加減、目を覚ますがよい、この鉄仮面がぁ!」


 さすがに頑健なこの男も、膝をつき、床に倒れた。魔王と同じく、瘴気が抜けていくのが見えた。


「むう……余はなにを……お前は、トウマ!  どうしてここに!」

「話は後だ、手伝ってくれ」


 そういって、トウマは剣で指し示す。そこには、瘴気を従えるカレンの姿があった。


「あの瘴気に呑まれて、私たちは操られていたのだ。気をつけろ、トウマ。あの中に、贄神の本体が潜んでいる」


 魔王が注意を促す。老騎士も、獣人も、ちび魔女も、聖魔使いも、ここまで戦い続けた仲間たちはもうボロボロだった。そうまでしてトウマへ道を繋いだ。聖剣の担い手に。皇帝と魔王の援護を受けて鋭く踏み込む。


「いくぜ……!」


 トウマの気合いとともに、魔王と皇帝が躍り出た。瘴気は大きく膨れあがり、二人を迎え撃つ。闇から無数に這い出る触手を、魔王の魔法と皇帝の剛勇が叩きのめす。瘴気が左右に分断され、カレンの姿が露わになった。その瞬間、トウマは大きく踏み込んで、剣をカレンの頭上に振り下ろした。


「カレンを、返せ!!」


 剣から光が迸る。光はカレンの頭から体、足先までを包んでいく。大きく見開いた無表情の瞳に、トウマが映った。瞳に感情が戻ったかと思うと、カレンはそのまま床に倒れ伏してしまった。


「……来る!」


 魔王が呟く。

 カレンの体から瘴気がたちのぼり、大きな塊を作っていく。先ほどとは比べものにならない大きさだ。トウマをはじめ、見ている者すべて、背筋に悪寒を覚えるほどの、圧倒的な恐怖。瘴気は無数のパーツを生み出し、不格好な造形物となっていく。頭部とおぼしき塊が、ごう、と吼えた。それだけで、びりびりと壁が揺れ、風が吹く。


「あれが――――贄神」


 呆然と、トウマは呟いた。魔王が震える声で言う。


「そうだ。気をつけろ、取り込まれるぞ」


 皇帝が枯れた声でささやいた。


「トウマよ。贄神へは我々の剣は届かぬ。聖剣に加護されたお前だけが、戦うことができるのだ……頼む、トウマ。あれを倒してくれ。すべてを狂わせた元凶を」


 トウマは剣を握りなおした。贄神の足下には、カレンが横たわっている。その姿が、恐怖を怒りに変えた。

 あと少しで、カレンに手が届く。今度こそ手を放すもんか 。


「力を貸してくれ、グランド」


 応えるように、トウマの胸から聖剣が浮き出てきた。その浄化の輝きを増していく。

 雄叫びとともに、トウマは聖剣で斬りつける。近づくだけで瘴気が肌を焦がす。贄神はトウマに腕を振り下ろす。ただそれだけの攻撃なのに、すさまじいダメージを食らう。


「っ……こんなくらい……!」 

「――トウマ、私も、一緒に……!」


 カレンも聖剣を構えていた。共に並び立つ。一対の聖剣が、一つとなり、真なる輝きを。

 一太刀浴びせるごと聖剣から迸る光が、瘴気を押していく。金属をこすりあわせたような耳障りな悲鳴が広間に何度も木霊する。いつしか光はトウマとカレンの全身を覆い、剣を振るうごとに強くなっていく。やがてトウマ自身も光の中に溶け込んで見えなくなった。

 光は闇を引き裂き、溶かして虚無へと還していく。闇はそれに抗い、光を駆逐しようとする。浄化の聖剣。闇を、粘着する呪いの塊を、ゆっくりと溶かしていく。

 もはや剣と物体の戦いではなく、光と闇のせめぎあいだった。


「これが……聖剣グランド、光ある力」


 皇帝は呟いた。


「聖剣ヒンメル……これこそが」


 魔王が言う。

 拮抗していた光と闇だったが、光はやがて闇を凌駕していった。まるで夜明けのように、静かに闇は収束していき、光に呑まれ――ついには、光さえも消えた。呪いの権化を聖剣の主を以て封印する。そんな三千年にわたり幾度となく行われた悲惨な役目。その運命に、ついに打ち勝った。

 立ちつくしているトウマと、横たわるカレンの姿があった。生きている。それがどれだけ掛け替えのない奇跡か。聖剣の主が二人とも生きている。生きて、贄神をついに打ち倒した。呪いの権化を完全に消滅せしめた。

 ゆっくりと、トウマは剣を下ろす。そして、腹のあたりを押さえた。場に緊張が走る。


「……は」


 は。

 トウマの次の言葉を、見守っている者たちはみな固唾を呑んで待った。


「はー、腹減った」

『なんだそれは!』


 と、つっこむ気力を持つ者は誰一人、この場にいなかった。

 トウマは膝をついて、カレンの顔に手を当てた。カレンは寝息のように安らかな呼吸をしている。安心して、トウマは仲間たちに駆け寄った。


「そっちは大丈夫か?」

「大丈夫に決まってんだろ」


 と、クリューガは胸を張って言う。さすがは頼れる兄貴分だ。隣では、イヨが鼻をぐすぐす鳴らしている。


「イー公、がんばったな。サンキュ」

「トウマ、僕ね……うれしくって……ごめんね、泣いたりして」


 そう言って微笑むイヨの頭をトウマは撫でる。そして、世界を二分する支配者たちを見た。


「ちぇっ、元気そうだな」 

「減らず口は相変わらずだな。だが……大したものだ」

「へへへ。リグラーナ、大丈夫か?」

「お前というやつは……っ! どうして、こんなときに他人の心配を……っ!」


 そして、二人してトウマの顔を見つめた。


「世界は救われた。礼を言う、トウマ。お前のおかげだ」

「さぁ、トウマよ。お前の来るべきところは私のところではないだろう? 早くいってやれ」


 トウマは、横たわっているカレンの元へ歩いていく。魔王はその後ろ姿に切なさを感じ、それでもその背を見送った。


「これで、エルドスムス帝国三千年の悲願は達成できた」


 隣に、いつしか皇帝が立っている。軽く咳払いをして、敵勢力の長は続けた。


「……余は次の三千年の目標を決めねばならんのだ。どうだろう、フィンゲヘナの長よ。これからの世界を一つにする良いアイデアがあるのだが、興味はないか?」


 魔王は皇帝の顔をしばし見つめ、やがて微笑んだ。


「もしそのアイデアとやらが私の考えていることと同じだとしたら、すでに世界は一つになっているのではないかな、皇帝よ」

 

 グレゴリアが笑う。冷徹さの消えた、青年らしい笑顔だった。

 残るは。聖剣の担い手たちに視線が集まる。


「カレン……カレン」


 トウマは目を閉じたままのカレンに何度も呼びかける。呼吸は規則正しいのだが、目覚める気配がなかった


「目ぇ醒ませよ……贄神は消えちまったんだ」


 だが、カレンは目覚めなかった。


「みんな待ってるんだ、早く帰ろう、オレたちの居場所へ」

 

 なんで、目覚めないんだ。不安がふくれあがってくる。トウマはカレンの上体を抱き起こし、自分の肩にもたせかけて囁いた。

 カレンの顔が間近に見える。整った、美しい顔だ。だが、トウマが求めているのはツンツンしたり、怒ったり、時々素直に笑ったりするカレンなのだ。


「カレン。オレ、お前に伝えたいことがあるんだ、だから……目を開けてくれよ」


 そう言って、トウマはカレンをぎゅっと抱きしめた。


「――ん」


 小さなうめき声があがり、トウマの腕の中でカレンが身じろぎをした。


「……トウマ? ……どうして……私、トウマ……なに、してるの?」


 カレンに魔導書で殴り飛ばされる前に、トウマはカレンを放して正座した。


「今のはアレだ、助け起こそうとしただけだから! 絶対、抱きしめてないから!」


 抱きしめてたんだ、と小さく呟いて、カレンは座り直した。顔が赤い。お互いに正座をして向かい合うという奇妙な構図となった。


「あのさっ、カレン!」


 トウマはカレンへと身を乗り出す。


「オレ、お前に、その、伝えたいことが……」

「なに?」


 不思議そうに見返すカレン。周囲の視線を感じて、トウマはなおさら言葉に詰まる。その姿に、カレンはくすりと笑みを漏らした。


「言いたいことがあるの、わかってる。だけどもう、急がなくてもいいのよ。私たちには、これからいくらでも時間があるんだから……」


 トウマはやっと顔をあげた。そこには、守りたいと思った笑顔があった。


「いつか、二人っきりのときに、ゆっくり聞かせて、ね?」

「……そだな」


 トウマは立ち上がり、カレンに右手をさしのべる。シリルはその手に手を重ねあわせた。転送ゲートが静かに再起動を果たす。機動城塞セイント。彼らの家に帰る道。ゼロとレイが万事うまく取り図ってくれたようだ。


「聖剣だって普段は二つに分かれてる。でも、いつでもつながってるから大丈夫さ、きっと」

「……うん」

 トウマとカレンは、待っている人々のほうへ、ゆっくりと歩き出した。



(END)

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