アライグマとフェネック〜始まりの物語〜

かわらば

第1話

「あー、どうしたもんかなー」


私は土手に大の字に寝転んだ。

私はアライグマ。平凡な動物の自分自身が嫌で、他のアニマルガールになろうとしたけれど、それはやっぱり無理で、でも変わりたくて、その言葉をつぶやいた。


「君、面白いね」


不意にそんな声が聞こえた。

声の方向を見ると、大きな耳のフレンズが立っていた。


「あんた…誰?」

「ん?ああ、私はフェネック。ちらっと話は聞かせてもらったけど、他の子になりたいだなんて面白い事を考えるねぇ」

「あ…それは…」

「たとえ自分自身が嫌いでも、そこまで含めて自分なんだよ。自力で他の子になろうとしても無理だと思うよ。自分は自分だし、他人は他人だよ」

「う…」


痛いところを突かれた。


「君、やっぱ面白いね。これからも時々会って話さない?」

「えっ…こんな私とでいいの?」

「だからー、私は君が気に入ったの。君の性格とかに不満があったら話しかけてないって」

「そうか…じゃあ、これからはどうぞよろしくな!…えっと…」

「フェネック」

「あ、ごめんごめん、よろしく、フェネック!」


それから、私とフェネックは時々会って話をしあう仲になった。世間話から愚痴、悩みまで、いろんなことを話した。私は今まであまり他人と深い付き合いをしたことがなかったので、全てが新鮮で楽しかった。

彼女は私の良き理解者であって、私も彼女のことを出来るだけ理解しようとした。


ある日のこと、私とフェネックは試験解放区を出てサバンナエリアを歩いていた。

いつもと変わりなく、平凡な日だと思った矢先、甲高い悲鳴が聞こえた。

私とフェネックは悲鳴の方を見た。が、あいにく私は目が悪く、遠くで青い物体が動いている事しか分からなかった。しかしフェネックはしっかりとその正体を見たようで、


「アライグマ、逃げよう!ヤバいよ、あれ!」


と言って私の手を引いて駆け出した。

私は言われるがままに走った。走りながら後ろを振り返ると、さっきの青い物体がだんだん大きく、はっきりと見えるようになってきた。


「どんどん近づいてきてない⁉︎なんなの?あれ!」

「分かんない!けど、多分捕まったらダメ!」


再び振り向いた時、「それ」は私の悪い視力でもはっきり見えるくらいまで迫っていた。


もうダメかと思ったその時、フェネックが前に飛び出した。


「アライグマ!倒せるか分かんないけど…私は戦ってみる!だから…その間に逃げて!」


そう言って果敢に飛びかかっていくフェネック。

しかし、抵抗虚しくフェネックの体は、変形した「それ」に飲み込まれて消えた。


何があったの?フェネックはどこへ行ったの?あなたが食べたの?私の親友を?許さない許さない許さない。絶対に許さない。


私の中に強い怒りが込み上げて来た。私は「それ」に向かって突進していった。が、次の瞬間、「それ」は爆ぜた。


「大丈夫ですか!アライグマさん!」


パークスタッフの制服を着た人が数人、こちらに駆け寄る。


「安心してください。今の怪物は私たちが倒しました。もう大丈夫ですよ」


無神経なスタッフの言葉。


「…ネックが…フェネックがっ…あんたらがもっと早く来てくれてたら…フェネックは…あんなことには…」


自分でも気がつかないうちに、私は泣いていた。



それからしばらく、私は部屋に引きこもった。

飼育員が心配して持ってくる食料も、手をつけなかった。



私は自分を責め続けた。

自分が頼りないから、フェネックは心配して自分を犠牲にしたんだ。自分が弱いから、フェネックは死んだんだ。自分が何も出来なかったから、最良の親友を失ったんだ。何もかも、自分が悪いんだ。


耐え切れず、私はこっそり旅に出た。飼育員にも、パークガイドにも見つからないように。

私は歩いた。どれだけ疲れようとも、足は止めなかった。

行く先々で、セルリアンに出くわすこともあったが、ありったけの怒りや憎しみを込めて、それらを倒していった。そうでもしないと、悲しみで押し潰されそうだったから。


私は荒れていた。

本来、アライグマという動物は、幼い頃は可愛いが、成長するに従って次第に凶暴になるのだという。

それで言うのならば、幼い私はすでに消え去り、心をフェネックの死で埋め尽くされた私が今いるのだ。


無我夢中で歩いていたら、いつのまにか森の奥深くまで来ていた。

喉の渇きを癒そうと、近くにあった泉に近寄った時、不意に声が聞こえた。


「私は知恵の神の使い。そなた、随分と悩んでいるようだな。話してみよ。解決する術を探してやろう」


そこには、茶色がかったグレーとでもいうべき色味のコートに身を包み、頭には羽根、手にはフクロウのフレンズが持っているような杖を手にしたフレンズ(仮)が立っていた。

若干、というか、かなり胡散臭い気はしたが、今の私は藁をも掴む気持ちだった。


「私は自分が嫌いで、誰か別の他人になってしまいたいのですが、それは無理なのは分かっています…私は、一体どうするべきなのでしょうか…?」

「自分は嫌で、でも他人にはなれない、か。ならば良い解決法を教えてやろう。『違う自分を演じる』ことだ。素の自分を隠し、違う自分を作り出す。そうすれば、『今の自分』ではないし、他人でもない。そなたの望みは叶えられるぞ」

「違う…自分…?」

「そうだ。私だって…今までの口調は全て演技で、これが私の素の口調です。私はキュウシュウフクロウのキューティー。知恵の神の使いっていうのは、今日のなりきりの設定です」


そのフレンズはいきなり口調が変わり、荘厳な感じのする口調から、淡々と話す口調になったのでびっくりした。


「知恵の神、というのは嘘ですが、違う設定の自分を演じることで新しいことが見えてくるのは本当ですよ。悩んでいるのならばやってみてはいかがですか?」


そこから、全てが吹っ切れた。

今までの自分を捨て、新しい自分へと変わるための練習を何度も重ねた。


過去のことに縛られ、立ち止まって前に進めない自分ではなく、今のことだけを単純に考え、例え間違っていても全力で突っ走る、そんな「自分」を設定した。

口調は色々と試したが、語尾に「のだ」をつけるのが1番しっくり来た。

そして、今までにあったことは全て無かったかのように振る舞った。

フレンズには、同種別個体が出現することがあるらしい。だから、「今までのアライグマは何処かへと消え、新しく誕生した別の個体が私である」というストーリーをでっち上げた。実際、あながち間違いではないが。


新しい自分を演じることに慣れた頃のある日、私はサバンナエリアを歩いていた。

その時、サンドスターの火山が噴火する音が聞こえ、火口から吹き出す輝きがぼんやりと見えた。

私のいたところにもサンドスターは降り注ぎ…


「あ…れ、ここは…私…は…?」


そこには、耳の大きなフレンズが立っていた。

絶対に間違えるはずがない、今まで忘れることのなかった、彼女の姿そのままだった。


「フェ、フェネック⁉︎フェネックなのか⁉︎」

「あなたは…?」

「あ…私は、アライグマ…そうだな…アライさん、とでも呼んでくれればいいのだ…これからは、何があってもアライさんがフェネックのことを守るから、アライさんが全部まとめてまるっと解決してあげるから、もうどこかへ行ったりしないで欲しい…のだ…!」


「君、面白いね」


その言い方は、以前と全く同じで。


「わかったよ。君について行くよ。これからはどうぞよろしくね」



これは、名コンビ、アライグマとフェネックの始まりの物語。

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