petit four11 お好みプリンで見える顔(2/2)
「やっちゃったあああ…………」
ケーキの箱を目の前に、牧野は盛大に休憩室で落ち込んでいた。
勢いで、声に影響の出そうなもの以外すべて買ってしまったのだ。
「魔法菓子三つはちょっと……ちょっと、多いんじゃないかなぁぁぁぁ……」
久しぶりの魔法菓子で思わずいつもの買い方をしてしまった。家でなら魔法効果がどれだけ現れようが平気だが、まだ仕事がある。どれかを持って帰ろうか迷う。いや、今食べるものを迷えばいいのに……などと、頭の中で唸っていると。
「牧野~、お疲れ様」
声を掛けてきたのは、今日は休みの筈の笹村だった。
「え、あ、えっ?!」
今日休みじゃないの? それだけ言えればいいのになぜかそれが口から出てこない。
「や~、昨日出さなきゃいけない書類に今日になって気づいて。出かけついでに寄ったんだ。売り場ひやかそうと思ったら牧野いないから、休憩室覗いてみた」
これ上司には内緒な。指を口の前に一本立ててシッとおどけて見せる様も、キザに見えがちなのにどこか愛嬌がある。気づけば、笹村は向いの席に座って、こちらを見ているではないか。これでは「はいそうですかお疲れ様です」と穏便に済ませることは無理になっていて、なんとか言葉を絞り出す。
「そ、そうだったんですね。それはお疲れ様。だけどなんで、俺に……」
結局脳内で考えて言葉がそっくりそのまま出てそれすら後悔していると、笹村がなぜか口をもごもごさせている。明朗快活、即返事の彼が珍しいと思っていると、頭をかきながら「昨日さ」と話し始めた。
「俺の友だちが気分悪くさせること言っただろ。それを謝ろうと思って。事務所勤めで面識がない上に、物言いが直接的過ぎるの、あいつの悪い癖だな……」
「あ……ああ~、えっと、その……よく、言われるから、気にしないでいい……ども、どもりは……本当、だし。でも、気にしてくれて、ありがとうございます」
「ほんとごめん。あいつ、牧野が敏腕販売員だって知らなかったのもあるし」
「び、びん……?」
「牧野のことだよ」
「えっ、そんな、俺?! まだ三年目だし、そもそもこっちに来てまだそんなに……」
「俺さ、たま~にお客さまから聞かれるんだぜ。とっても詳しくて丁寧なあの店員さんどこ? って。俺じゃダメです? って聞くんだけどね、あのひとがいい~って言われるんだ」
「え、えっ」
そんな話は初耳である。
「大丈夫大丈夫、外商のお客さまだよ。牧野も知ってるだろ」
「ああ……」
上品で、いつもニコニコしている外商の上得意様を思い出す。
「俺は、牧野のオンオフの切り替えがすごいって思ってるんだ。ビシッとやるときはやって、休憩するときはぼんやりしてるだろ。最初は疲れてるのかなって思ってたんだけど、しゃべってると感じが違うから、仕事モードのときの牧野とは違うんだなって」
「なんか、制服着て売り場に立つと、違うんです。でも、売り場から離れたり、服脱いじゃうとどうしても、こう……」
「なんか役者みたいですごいな。牧野にとっては、制服が衣装で、売り場がステージなのかも」
「あ……」
驚いたのは、笹村の言葉が普段から牧野がイメージしているものと一緒だったことだ。
「俺も、そう思ってて……」
たどたどしく話しながら、椅子に掛けていた制服を触る。ごわごわした触り心地を嫌がるひとも多いが、牧野にとってはその質感こそ切り替えのスイッチであり、社会人として働くには必要なものだった。
「だから牧野はあんな風に働けるんだな、すげえなあ」
笹村が、お客さまに見せる類の笑顔よりも少しだけ違う、はにかんだ様子でこちらを見る。先ほどからの会話の流れで、からかってはいないのだと分かると、礼を言わねばと思うのだが、余計に照れくさく思えて「ああ」とか「そのう」としか言えなくなりかけていた。が、ふと目の前に置いていたケーキの箱を見た瞬間、とっさに言葉が出た。
「あの、お礼に、なんか、ケーキ食べます……?」
ずい、と箱を目の前に押し出すと、え?! と笹村が驚く。
「むしろ、俺がなんか詫び持ってくるべきなのでは?」
「そのう、全部気になって、つい買っちゃって、食べきれないので……」
意外と欲張りなんだな、と小さく笑い、笹村は「そういうことなら遠慮なくいただこうかな」と答えた。箱を開け、二人して箱の中を覗き込んだ。
「牧野はどれを食べるつもりだった?」
「まだ決めてなくて……笹村さん、先に決めて」
「俺、ひとつは食べたことあるしなぁ。うーん、プリンにしようかな。『プラネタリウム』は牧野に食べてみてほしいし」
「たしかに、あの星の効果は、レベルが高くて凄くて」
横目でかすめみた魔法効果を思い出し、牧野の口が思わず滑らかになる。
「詳しいんだな、魔法菓子」
「あっ、その、す、好きだから……東京にいたころは、休みを使って、いろんなお店に通っていたんだけど、その……こっちには、なくて。だから、昨日見かけた時につい、見入ってしまって」
へえそうなんだ、と軽すぎず、かといってからかう色のない、フラットな受け答えをした笹村は、プリンを取るよりも先に『プラネタリウム』を取り、牧野の前に差し出した。
「じゃー、早速食べて、牧野の感想きかせて」
「あ、ああ……えっ……?!」
さーはやくはやく。休憩時間なくなっちゃうよと急かされ、添付のフォークでケーキの表面に触れた。ドーム型のケーキの上に星座が光って浮かぶ。口に運べば、滑らかなチョコレートムースが口で溶けて、目の端に星がキラキラときらめくのが見えた。
「チョコレート……重たくならないようにしてるのかな、アッサリしてるんだけど、コクや後味はしっかりカカオの味がするんだ。きっとそういう風味のあるチョコレートを選んでるんだと思う。なによりも、星の効果がこんなにくっきりと現れるなんて……星は不安定な魔力含有食材だから、しっかり魔力が職人と結びついていないと、ここまで綺麗に輝かないんだ……ってっ……」
はたと気づけば、笹村がぽかんとした顔で牧野を見ていて、慌てて言葉を切った。やってしまった、と人生の中で何度したかわからない後悔が頭の中でぐるぐると渦になって、圧迫するように感じる。雑談は苦手なのに、自分の好きなことならどもりはしないのだ。
「す、すいません……こんな、まくしたてちゃって感想にもなってない」
自分の勢いがよすぎて呆れさせてしまったのだと落胆した牧野は、いたたまれなさから目を逸らそうとしたが。
「いや……すごいなーと思って」
にこり、と笹村が笑った。
「へえっ?! な、なん……」
「俺さ、ケーキ食べるのは好きだけど、そんなにどこがどう美味しいとかすごいとか考えて食べたことなかったんで。そうか、美味しい理由はそこにあるんだなってやっとわかった」
「ああ、その、俺は専門家じゃないから、そんな大層なことじゃない……」
「俺には十分面白いんだけどな。ほんと、牧野ってすごいなー」
先ほどと打って変わって、逆に牧野のほうがぽかんとする。そこでやっと、牧野は気がついた。
笹村の前ならば、必要以上に怯えることも、緊張することもないのだと。
「……あ、ありがとう、ございます」
口を突いて出たのは、素直な感謝の言葉。すると笹村は「敬語、無理しなくてもいいよ。ああ、敬語のほうがいいならそのままでも」とさらに気を利かせてくるものだから「あっ、じゃあ、敬語にはしない……」と態度を変えることにした。
「俺もプリンたべよっと」
お好みプリンの瓶を取り、付属のスプーンですくう。硬いプリンだな……と神妙な様子で呟いた。
「硬いのも甘くてうまい……な……くそっ、俺はそれくらいしか言えない!」
うまい、甘い、さすがお菓子屋のプリン。そんなこと言いながら食べる笹村のスピードは速く、このままでは瓶の中身があと二、三口でなくなるだろう寸前に、慌てて牧野は「ソースを……」とこれまた付属のタレ入れを差し出した。
「おっ、サンキュ」
「これ、かけてみたらきっと」
「みなまでいうな、なんかあるんだろ、魔法効果」
「う、うん」
とろり、と、濃い色のカラメルソースをかけて、口に入れた瞬間――笹村の目が白黒して、声にならない叫びを上げた。
「柔らかプリン! 食感変わった! ソースで変わるもんなの?」
「たぶん、やわらか草の入ったソースじゃないかな」
「そこまでわかるの?! すげーな! もっと残しておけばよかった」
瓶の中身をすっかり食べ終えた笹村は「また買おうっと」と次回購入を決めたらしい。その様子を眺めていた牧野は、自分が作った訳でもないのにうれしくて「そうしてくだ……そうしたらいいよ」と勧めた。
「そうする。あ、俺もまあまあ良い感想思いついたよ」
じっと牧野を見て、破顔一笑。
「一つのプリンで二つの食感が味わえる、お得で楽しいな! あと、なんか牧野に似てる」
「うんうん、プリンの食感はどちらか一方だけじゃないもんね……って、なんで俺のこと?!」
似ているってどういうこと、と牧野が混乱していると、笹村は「だってさー」と笑った。
「ほんの少しソースを垂らすだけで、食感が変わるのってさ、オンオフ切り替える牧野みたいで。俺は同僚だから、どっちの牧野も知ってるなんてお得で楽しいなって……おっ、そろそろ休憩終わりじゃないか? 時間とケーキ、ありがとうな」
「あ、うん、コチラコソ……」
時計を見れば、そろそろ支度をして売り場に戻らねばいけない時間だった。慌てて片付け、上機嫌の笹村と別れる。売り場に向かう途中の階段ではたと足を止め、ポケットから先ほどもらった銀の粒(小さなジッパーパックに入れてもらっていた)を見た。
「……いいことって、これかな」
傍から見れば、同僚同士のたわいないおしゃべりでしかない。
だが、牧野にとっては大きな一歩であり、憂鬱だったこの地への転勤のことも、悪くないことだと初めて思えたのだった。
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