期待の大型新人と雲クリームの反乱5

「サンゾー、ケーキ屋でバイト始めたんだって?」


 水曜の夕方、大学近くのコーヒーショップ。教科書とノートパソコンを広げ、イヤホンを片耳に付けた幸久は、友人の声に顔を上げる。

 苗字の「三蔵さんぞう」を、ハリウッド映画に出る日本人のような呼びかたをする友人は、入学以来、なんとなくつるんでいる一人だった。


「いいよな~ケーキ屋。可愛い女の子のバイトとか他にいないの?」


 女のことしか頭にないのかよ、という文句は飲み込む。


「いねーよそんなの。幻想をぶっ壊してやる。年齢不詳のオッサンと眼鏡のオッサンがやってる店だよ。年齢不詳がパティシエで、眼鏡が売り子」


「なにそれキモっ。ってか年齢不詳のオッサンって怖くね?」


「うるせーな。世界のカワイイは大体オッサンが作ってるって教授も言ってただろ、講義で。おまえの飲んでるヤツもオッサンが考えたぞ、きっと」


 友人が口を付けた季節限定ドリンクを指さし、幸久は言う。すると友人は「言うな言うな」と嫌そうな顔をした。

 ちらりと目線を、店頭にある期間限定メニューのポスターに向ける。カボチャだの栗だのを使ったドリンクの写真とフォントは目を引くし、さすがは大手、洒落ていて流行を外していない――と、分析する。そのことを話題に出そうとしたが、友人のほうが早かった。


「そんなオッサンだらけで楽しくやれてんの?」


「……ダルい」


「なんだそれ。マジわけわからんわ、知らんけど」


 と、言い捨てた友人はスマホを見て「おっ、合コンの時間だ」と言って、さほど飲んでもいないドリンクをあっさり「飲み残し」に流す。


「おまえもガリ勉せずに合コンとか来たらいいのに。じゃーな」


 ろくに顔も見ず、ながらスマホをしながら店を出ていった。幸久は、その後ろ姿を見て、小さく舌打ちをする。


「……なにが合コンだよ」


 もうすぐ提出のレポートは真っ白だ。なにも打ち込まれていない画面に毒づく。かの友人は、ああ見えてさっさとレポートを提出済みだった。

 グループディスカッションでも、九割がたふざけた発言が多い癖に、提案してくるもののセンスがよいし、ノリもいいので、大概友人の意見に決まってしまう。

 高校生の時は……長野に居るときは、自分がその位置にいたというのに。

 あの友人も、そして、あのシェフも。本当なら、自分が持っているはずのものを、やすやすと手に入れている。


「どいつもこいつも――」


 心の中に渦巻く感情を分かっているのに、言葉にしたら支配されそうになる。幸久は、最後の言葉を口の中でかみ砕き、飲み込む。代わりに買ったブラックコーヒーを一気に飲み干してから、キーボードに手を置くも、なにも言葉は打ち込めず無言の時が流れた。


:::


「ピロートさんはCブロックの角に決まったで」


 水曜日の午後。ピロートの喫茶スペース一角で、蒼衣と八代は並んで座り『商店街ハロウィンフェスティバル』実行委員会である男性・浅野の話を聞いていた。

 ピロートの近くにある商店街は、ハロウィンイベントを十月三十一日に計画している。近所であるピロートも誘われていたため、今日はその打ち合わせである。


「角か! たくさん見てもらえそうな場所だなぁ。浅野のおっちゃん、ありがとう」


 浅野は商店街の八百屋を経営している。つまりは、ピロート常連の三おばあさんの一人――ヨキの子どもであり、八代にとっては親戚のおじさんのようなものらしい。


「魔法菓子でバンバン目立ってくれや。そういや新作って、どんなのだい?」


 浅野が期待の目を二人に向ける。蒼衣は「ご用意しますね」と席を立ち、ケーキの載った皿を持って戻ってきた。


「カボチャを使ったモンブランを考えました」

 オレンジ色のクリームが小高く絞られ黒い目と口「ジャック・オ・ランタン」――カボチャ提灯お化けの顔が飾られた一品だ。


「ランタン・モンブランです。ぼんやりランタンのように光ります」


 少し暗くしましょうか、と照明を落とす。浅野がフォークでケーキに触れると、モンブランクリームが淡いオレンジ色に光る。

 日本の一部地域で作られる『ちょうちんカボチャ』に、みりんを合わせて甘さを引き出しモンブランクリームにした一品だ。

 みりんはいわば「米のリキュール」である。濃厚で風味のあるそれは、カボチャの甘さと相性が良い。

 普通のモンブランなら中身は真っ白なクリーム・シャンティイが主流だが、抹茶の苦味と粒あんのアクセントをつけて和風に仕上げた一品だ。


「ほー、こりゃあ提灯みたいだ」


 ケーキをむしゃむしゃと食べていく浅野からは「興味深い」という気持ちが伝わってくる。

 しかし、あっという間に一つ食べてしまった浅野からは「物足りない」という気持ちが伝わってくる。

 秋らしさを出したつもりだったが、少々面白みがなかっのか、はたまた、成人男性には量が少なかったのか……と思っていると、浅野は「面白いんだけどさあ」と切り出してきた。


「こう、なんつーか……もっとど派手なものってねえかなぁ、蒼衣くん」


 手をワキワキと所在なく動かしながら、浅野は言う。

 物足りないのは、量ではなく「魔法効果」だったのだ。


「ど、ど派手ですか?」


「そうそう。こう、花火みたいにドーン、とかさ!」


「花火……」


 手を大きく広げて花火のジェスチャーをする浅野を目の前にして、蒼衣は次に続く言葉が浮かばない。ピロートで提供するサイズでは、そんな大がかりなことはできないのですと言いたかったが、八代はともかく、店を開いてからの付き合いしかない蒼衣が、商店街の中心人物にもの申してよいのか、と及び腰になるのだった。

 八代のおかげで居心地は悪くないものの、いまだにどんな距離感で接すればいいのかわからない。うっかり失言して、店や八代の信用を落としてしまったら、と考えるだけで胃が痛い。

 まだまだ、人付き合いの面では課題が多いなあ、と頭の片隅で考える。


「おっちゃん、そりゃ無理だってよ」


 笑いをにじませた八代が、さっそく助け船を出してくれた。内心ほっとしつつも、しかし浅野は蒼衣を見て「できるんじゃないかな?」と首をかしげてくる。


「俺が昔に見た魔法菓子はもっとど派手でな。空から雨じゃなくて飴が振ってきたりしたんだよ。ほら、結婚式の『菓子まき』だわ。そういうの見てみたいんだよねえ、どうにかなんねえかなぁ」


 伝わってくるのは、それをすれば盛り上がるだろうという期待と情熱だ。提案したものはそれなりに面白いと感じてもらえたみたいではあるが、浅野が本当に求めるものとは違うのだろう。


「空から飴……の、菓子まき、ですか」


 戸惑う蒼衣をよそに、浅野は首を上下に振って「そうそう!」と頷いている。

 浅野の言う「菓子まき」とは、東海地方の結婚式で行われる風習の一つである。駄菓子など、個包装されたお菓子を高いところからゲストに向かって投げるイベントだ。

 今でこそ減ってしまったが、一昔前は、実家から花嫁が出立するときに行われるパターンが主流であった。浅野が思い浮かべているのは後者だろう。幼い蒼衣も話を聞きつけた母に連れられて、数回参加した経験がある。

 職人になってからの蒼衣に魔法菓子の菓子まき経験はないが、たしか、広江は職人として関わったことがあることを思い出す。

 その昔、彼女は名古屋在住の資産家に頼まれて「魔法菓子の菓子まき」をしたことがあるという。曰く、金銀パールもかくやという、宝石のようなきらめく飴やクッキーを、まさに「雨のごとく」降らせたとかで、地元の新聞に取り上げられるほど注目されたらしい。

 もっとも、それはバブルの時の話であり、今は披露宴ですらやるほうが少ないと、広江も苦笑するほどで……それくらい、下火になった行事ではあった。


「おっちゃん、無理言うなよ~。費用対効果って言葉思い出してみて? 商店街の会計にチクっちゃおうかな~」


 会計、という単語が出てきた瞬間、やっと浅野の興奮が冷めていくのを感じる。金だけに現金なものだが、財政が苦しいのはどこも一緒である。


「まいったなぁ。八っちゃんは手厳しいねぇ。ウチも予算カツカツだもんな。ごめんよ、蒼衣くんの魔法菓子見てるとなぁ、出来そうな気がしちゃうんだよねえ」


 あんたのお菓子には夢があるからさ、と浅野が言う。

 その後、浅野は事務関係の連絡を言い残し、打ち合わせは終了した。


「夢がある、かぁ」


 浅野を見送った蒼衣は、彼の言葉を反芻する。

 無茶は言われたものの、言いたくなる要因が自分の魔法菓子であることはうれしいことだ。蒼衣が浅野の言葉をかみしめていると、八代が困ったようなため息を吐いた。


「浅野のおっちゃん、気はいいんだけどちょっと強引なところがあるっていうか、しつこいところがあるんだよなぁ。褒めて褒め倒してからの『なんとかならねえかなあ』がお決まりでさぁ」


 あの粘り強さがあるから、交渉ごとにはうってつけなんだけども、と八代はフォローを入れる。


「確かに、あれだけ熱望されたら悪い気はしないな。飴、降らせてみたいよね」


 広江に資料でも借りようかな、とつい考えてしまう。望まれれば応えたくなるのは蒼衣の悪い癖かもしれない。

 すると、八代が蒼衣の肩をトントンと叩いた。


「こンのお人好しめ。気持ちはわかるけど、予算、足りないんだぞ」


「知ってる、わかってるよ」


 諫められるのも予想通りではある。真面目に考えれば、そんな大がかりなものを準備する余裕は蒼衣にだってないのだ。


「それに、大がかりな魔法菓子は本当に気を遣うんだよ。昔は、お祭りやイベントだと、魔法菓子の知識がないひとが、誤った扱いをして事故を起こしたりしたし」


「たとえばどんな?」


「うーん、僕が聞いたことあるのは、爆発したとか」


 師匠から雑談のように聞いた話を言ったのだが、八代の顔が固まった。


「爆発?!」


「そうだね。一番多かったのは、雲クリームって聞いたことが……」


「まさか。うちでも使ってるアレか?」


 八代が目を剥く。爆発、などという物騒な言葉が出てきたのだから仕方がない。


「心配しなくても大丈夫だよ。今は量や方法も昔ほど雑じゃないし。ほら、雲クリームは君が来る前に一日分を仕込んじゃうだろ」


 蒼衣の言葉に、八代は「ああ」と思い出したような顔になった。


「作ってる間にドアを開けたりして温度変化させないため、だったっけ?」


「そう。なるべく低い室温のときに作りたいから、オーブンの火入れ前にやってるんだ」


 本来ならば、業務用オーブンの火入れはいの一番にするのがお菓子屋の常識ではある。しかし、ピロートにはそれができない理由があった。

 大きな魔法菓子工房ならば、温度・湿度が管理された(チョコレート専門店の厨房に似ている)魔力含有食材専門の部屋があったりするのだが、ピロートのような小さな店ではそのスペースはない。ゆえに、温度変化に敏感な雲クリームの支度は、火入れ前に行う必要があった。


「泡立ててるときに暖かい空気が入ると、爆発を起こすんだよね。実は僕も一回、師匠のところでやらかした」


 今なら笑い話で済む話だが、あの広江にこっぴどく叱られたことを思い出し、少々ばつの悪い顔になる。


「そのときは師匠が気付いて避けてくれたから良かったんだけど。爆発に巻き込まれると、霜がびっしりついて、最悪の場合凍傷になっちゃうんだよね」


「ひえ~、怖っ。労災じゃん労災」


「労災は僕もいやです。だから、気をつけないとねって話」


 ならいいけど、と八代は気を取り直す。二人でテーブルの上を片付け、おのおのの仕事に戻った。

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