其ノ弐拾壱 ~紐解カレル真実~



 世莉樺は何も発さず、瑠唯の母に会話の主導権を委ねていた。

 雨音が響く中――瑠唯の母は、発し始める。


「瑠唯はね……他の子達に無い力を持った子だったの」


「力……?」


 世莉樺は返す。

 彼女の側で、炬白も瑠唯の母の言葉に耳を傾けていた。


「あの子の周りではね、時々不可解な事が起こっていたの。同級生の子達が瑠唯に嫌がらせをすると、その嫌がらせをした子達全員が、事故に遭って入院したり、他にもある子が瑠唯を虐めていると、突然側の窓ガラスが割れて、その破片で虐めていた子が大怪我を負ったり……そういった事が、何度かあったそうなの」


「そんな事が……!?」


 これまで知る機会すらも無かった、瑠唯の秘密。だとするならば、世莉樺には瑠唯が虐められていた原因に、ある想像が付く。

 瑠唯の母は一度首を縦に振り、続ける。


「それが原因になって、瑠唯は……小学校で『化け物』って呼ばれるようになったそうなの。その事を瑠唯から聞いた時、私はどうにかしてあの子を助けようとしたわ。学校に電話したりしてね」


 娘への虐めに対し、学校への電話で対処を求める事。親なら誰もが行う対処法だな、と世莉樺は思った。


「それで虐めは止まった、瑠唯はそう言ってた。でも……それは、嘘だったの」


「……嘘?」


 瑠唯の母は、俯くように視線を降ろし、続ける。


「あの子、私が仕事で忙しいからって……余計な気を煩わせないようにって、私に嘘を言ったの。虐めは止まった、もう心配しなくて大丈夫って……」


 瑠唯の母は、夫を既に亡くしていた。彼女は、女手一つで瑠唯を育ててきたのである。母と瑠唯、二人だけの家庭だったのだ。


「虐め……それが原因で、瑠唯ちゃんは……?」


 恐縮するように、瑠唯の母の気持ちに十分配慮しつつ、世莉樺は問う。

 瑠唯の母は、絞り出すように紡ぐ。


「勿論、それもあるわ。だけど……」


 そこで、瑠唯の母の言葉が止まる。

 一時の沈黙の後、


「私の……わ」


 まるで呟くように発せられたその言葉は、世莉樺には上手く聞き取る事が出来なかった。


「え?」


 世莉樺が一文字で発すると、瑠唯の母は我に返るように視線を上げた。瑠唯の母は慌てるように目元を拭いつつ、世莉樺に返す。


「……ごめんなさい。それよりも、瑠唯は……小学校の裏山で亡くなったの」


「小学校の裏山?」


 話題が一新される。

 瑠唯の母は、瑠唯が亡くなった原因について触れようとしているようだった。


「警察の人の話だと、小学校の裏山で瑠唯は……亡くなっていたの。うつ伏せで倒れてて、他の場所よりも高く盛り上がった所から、足を滑らせて転げ落ちたんだって……」


 瑠唯の母は、詳しく説明した。

 一時、瑠唯は行方不明になったのだ。

 瑠唯の母は警察にも電話し、辺りの捜索をした。

 そして捜索開始から数日――事態は、最悪の展開を迎えた。

 小学校の裏山で発見された瑠唯は、既に命を失っていたのである。泥や落ち葉が敷き詰まるような地面の上に、うつ伏せの状態で倒れていたのだ。

 遺体はさほど腐食はしていなかった。しかし数日の間風や雨に晒されたらしく、着衣の黄色いパーカーやスカートは泥や雨水で汚れきっていたという。見開かれた瑠唯の瞳は生気を失い、まるで死んだ魚のようだった。

 女子児童の変死事件として警察で捜査が開始され――その結果、事故死であるとの結論が出された。

 瑠唯が倒れていた地点の側には、高く盛り上がった場所があり、その端の部分に土が踏み荒らされた跡が見受けられたのだ。さらに、間の位置には地面から大きく棘のように突き出た石があり、そこには血痕が付着していた。

 鑑定の結果、それは瑠唯の血液である事が判明した。

 瑠唯の頭には大きな傷が出来ており、さらに彼女が倒れていた際、瑠唯が頭を接していた場所の周囲の土からは、大量の血痕の反応が出た。瑠唯は高所から足を滑らせ、急斜面を転げ落ちる際に石に頭を強打し、それが致命傷となった。そして、動く事も出来ないままあの裏山で力尽きた――それが、警察の見解だった。


(! もしかして……あの廃校に落ちてた新聞紙……!)


 世莉樺の脳裏に、廃校で見た新聞紙が過る。

 ボロボロに古ぼけた、『笹羅木小学校に通う女児一名、同校の裏山にて遺体で発見される』という見出しで始まっていた新聞紙だ。内容は詳しく覚えていなかったが(その時、世莉樺は真由を探すことに集中していた為)、たった今瑠唯の母に告げられた事と同じような事が書かれていた筈である。


「瑠唯が亡くなったのは不幸な事故、警察の人はそう言っていたわ。だけどね、私はこれだとどうも……納得できないの」


 瑠唯が亡くなった経緯を世莉樺に明かした瑠唯の母。彼女は、今度は自身の見解を話し始める。


「……どういう事ですか?」


 そう返すかどうか、世莉樺は迷った。自身の娘が亡くなる経緯について話す瑠唯の母、その気持ちを考えれば、そう易々と尋ねられる事では無い。

 けれど、世莉樺は知らなくてはならない。

 瑠唯の事を知らなければ、世莉樺は真由を救う事も、鬼と成った瑠唯を止める事も出来ないのだから。


「小学校の裏山は、本来は規則で立ち入り禁止だった筈なの」


 瑠唯の母は一度、自身のクラスメイトが規則を破って裏山に入り、先生に説教されたという話を瑠唯から聞いた事があった。

 にも関わらず、瑠唯が規則を破って裏山に踏み入る事など、瑠唯の母には考え辛い。

 何より、瑠唯は裏山を『不気味な場所』と称していた事もあるとの事だった。自らが不快感を抱くような場所に、自分の意思で足を踏み入れるものだろうか。

 少なくとも、世莉樺はそんな事はしない。


「その事、警察には話したんですか?」


「うん。だけど、瑠唯が倒れてた場所の周りはもう、雨でぬかるんでて……その当時の状態は殆ど残っていなかったそうなの。それで、それ以上の捜査は不可能だったそうで……」


 窓の外には、雨が降り続ける光景が広がっている。

 瑠唯が亡くなったことに関する話を聞いている所為か、世莉樺にはその雨がより一層、陰鬱に思えた。

 雨の雫一滴一滴が、まるで消える事の無い心の傷のように思えた。雨音がどれ程喧しく響いても、瑠唯の母が負っている悲しみをかき消す事など出来ないのだろう。

 ただ一人の家族、瑠唯を失ったという悲しみ。自身の弟である悠斗を失い、さらに妹の真由が不幸な目に遭っているという境遇の世莉樺には、瑠唯の母の気持ちが分かる気がした。


「何か、瑠唯の死に……他の事実が隠されているような気がするの。でも、私にはもう、どうにも出来ない」


 瑠唯の母は、それから何度も警察に行き、再捜査を願い出た。

 しかし、結果は変わらなかった。雨の所為で現場の保全が出来なかった以上、再捜査は不可能だったのだ。

 分かった事は瑠唯が転落し、石に頭を打ち付け――それが元となって失血死した事。瑠唯の死は不幸な事故――状況的に、そう片付けられてしまったのだ。


「……」


 世莉樺の後ろで、炬白は無言のまま立っていた。

 雨音は、全く止んでいない。



  ◎  ◎  ◎



「事故死……だったのかな、瑠唯ちゃんの死って……」


 瑠唯の母の家を後にし、世莉樺は炬白と共に、帰路についていた。この後は一度家に戻り、悠太と一緒に真由の所へ面会に行く予定になっている。

 真由の所――つまり病院だ。


「……あの人、何か姉ちゃんに隠してる気がする」


「『あの人』って、瑠唯ちゃんのお母さん?」


 世莉樺の隣で歩を進めつつ、炬白は頷いた。


「『私のせいだわ』。姉ちゃんには聞こえなかったみたいだけど、さっきあの人……小さい声でそう言った」


「え……あ!?」


 炬白へ返事をしようとした時、世莉樺は前方に見覚えのある少年の姿を捉えた。

 彼も世莉樺と同じように傘を差し、鵲村の道に歩を進めている。


「一月先輩!」


 世莉樺は水飛沫を上げつつ、駆け出す。その後ろ姿が振り返り、世莉樺の方を向いた。


「……! 世莉樺?」


 私服姿の一月は、世莉樺の姿に驚く様子も無く――落ち着いた、静かな口調で応じる。

 思えば、一月の私服姿を見たのは、世莉樺はその時が初めてだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る