第48話 地下世界33-2

ミガルドの一報を受け取り、アイリスの奥まった場所にある喫茶店の扉をくぐる。


順木製の落ち着いた店内を見回すとお目当ての人物。




「おや、これはスバル様にミクリナ様。そんなに血相を変えてどうなさいましたか?」




エルフの闇商人、キールがそこに居た。


彼は突然闇市以外で現れた俺達に驚きもせず優雅にお茶を口に運ぶ。


乱暴に入店したせいか店内に僅かにいる客の注目を浴びてしまっている。




「なるほど、誰かに探されてると思ったらお二人にでしたか」




俺達の様子を見て色々と悟ったようだ。


お店への迷惑料代わりにと金貨で二人分のお茶を注文、すぐにキールのいるテーブルに向かう。




「お久しぶりですキールさん」


「これはご丁寧に。ミクリナ様とは最初の一回、テント内でお会いして以来でしたね」


「騒がせてすまないな、今はスマートにやっている余裕がないんだ」




席に座ると冷たいお茶がすぐに運ばれてきた。


駆けつけ一杯、すぐに飲み干す。足早に来たせいかリナもすぐにグラスを空にしていた。


それをみた店員がさっと新しいグラスを持ってくる。


キールが利用するだけのことはあり、中々に良い喫茶店のようだ。




「ふむ、でしたら私もいきなり本題に入ったほうが良さそうですかな?」




キールは予想していたと言わんばかりに淡々と答える。




「つい先ほどから黒曜龍の幼体について探し回ってるのはお二人という認識でよろしいでしょうか?」


「あぁ、そうだ」




耳が広いのかキールはすでに結族が黒曜龍について探っていることを知っているようだ。


それならば話は早い。




「俺達が聞きたいのは誰が仕入れたのか、誰が買ったのかの二点」




キールの居場所が分かったが、まだ黒曜龍がどこにいるのか、誰が捕まえたのかが分かっていない。全く情報が出てこない。


すぐにわかるようなことでもないだろうが全然情報が出てこないというのも怖い。




「その質問に答えてしまったら闇市に参加している商会を裏切ることになりますね。私に闇市の人間を売れと仰るのですか?」




今まで平時と変わらず営業スマイルを浮かべていたキールが顔をしかめる。


まぁ、単純に考えてそういう反応になる。


こういった社会はどうしても横つながりが大きい。


身内切りや仲間を売った先にはかなりの理由がない限り良い結果は生まれない。


今後の商売に差し障ることは間違いないだろう。




「そんなことは余程の事情がなければできませんよ」




キールはエルフの細い目をさらに細めて力強く答えた。


彼の反応を見てリナは険しい顔をしているが彼の言葉にほっと胸をなでおろす。


表向き彼は否定しているが、余程の事情があれば話せると言ってくれたのだ。




「そいつはちょうどいい。今回はその余程の事情だよキール」


「スバル様のお話は『アークティック商会』にどんな利点があるのでしょうか?」




細められた目が鋭く向けられる。




「利点? そんな小さな話じゃないさ。今、闇市でクリーチャーの入荷をしている連中がいるだろう? 上手くいけばそいつらが全員いなくなる」


「……といいますと?」


「鈍いふりはするなよ。勢力図を書き換えるチャンスをやる、と言ってるんだ」




キールの目が大きく開かれた。


闇市の中でもドラゴンを仕入れる連中はかなりの手練れ、そんな連中と利権争い。




「黒曜龍の親分の黒龍が怒ってるんだよ。悪魔と戦ってるときに眷属取られたって」




手甲を外し袖を捲り黒龍から刻まれた刻印を見せつける。


キールの目が淡く緑色に光った。


あらかじめ付与されていた何らかの秘術を起動させたのだろう。




「死にかけの個体でも捕まえたのか卵から育てたのかと思っていたら、まさか直接奪っていたとは! なるほど、なるほど……」




キールは刻印の刻まれた俺の手を取りじっくりと眺めた。


この刻印には≪秘術の目≫など使わなくて一目瞭然なほどに膨大なエネルギーが含まれている。定命の身では成しえぬ高度な代物だ。


秘術や脳力、サイオニック、それぞれの違いはあれどもいずれかにある程度精通していればすぐに理解できる。




闇市での販売を請け負う彼は間違いなく一流の人間だ。


それに気が付かないわけがない


キールはぶつぶつと呟きながら刻印をじっと見つめている。




「黒龍はたいそうご立腹なのさ、自分の眷属が捕まって。今に下手人は全員死に絶えるぞ」


「ひとつ、疑問があります。これほどのものを刻めるの存在ならもっと簡単に事が運ぶのでは? 盗人を捕まえたり、眷属を探したり、と」


「当然の疑問だな。悪いがそこは詳しくは知らない。なんでもアイリスに居る白龍との協約云々のせいで下手人がアイリスに居る間は手が出せないらしい。しかも、口ぶりからすると覗き見すらできないようにできているらしいぞ」


「協約、ですか……では、私が黒龍側に手を貸すと白龍に目をつけられるのでは……?」


「白龍に目をつけられることはないはずだな。目をつけられるっていうんだったらそもそもアイリスの人間、白龍側の人間が黒龍の住処に手を出してるんだ。少しばかり息の掛かった俺がうろついていても問題はないようだし」




リナが飲みかけのお茶を吹き出しそうになる。




「え!? そんな可能性もあったんですか?」


「そりゃそうだろうさ。でもこれだけアイリスに入って時間も何もしてこないところを見ると安全だと思うぞ」




ここに至ってキールに情報を隠すメリットはない。


知ってることはぜんぶ吐き出してしまえ。


ぶつぶつと一人で思考しているキールに語りかける。




「黒龍は今後アイリスから絶対に目を離さないだろうさ。街の外から物を仕入れる可能性のある君らの商売は益々やりづらくなる」




キールは黙りこみ目で俺の話の続きを促した。




「だが、どうだ? 下手人が消えるだけでみんなハッピー、あなたをハッピーだ。なにせ君らは不慮の事故で消えちまったクリーチャーの仕入れ業者の代わりに幅を利かせられるんだ。君らの商会だってテントでの売り上げだけで満足しているわけじゃないだろう?」




闇市は色々な商会の集合体だ。


基本的に誰でも物を売れるが既存の商会の力は随分と強い。


クリーチャー売買を行っている商会を正当な理由で排除ができる。


自分の手を汚さずに。キールとしてはかなり旨味のある話のはずだ。




「しかも今回はおまけまでついてくる。黒曜龍を探ってるのは結族だって知ってるだろ? 目の上の瘤であるはずのあんたらが結族に恩を売れるんだ。この機会を逃すはずがないだろう」




グラント結族には俺自身が直接に話を持って行っているわけではないが、おそらくはすでにミガルドの方から話がいっている。


二つの結族に闇市の人間が大なり小なり恩を売れる機会は滅多にない。




「キール、別にあんたじゃなくてもいいんだ」




止めの一言。背もたれにもたれ掛かりキールは一気に飲み干した。


眼光から窺い知るに彼は完全に俺の提案にのっかったようだ。




「何点か窺いたいことがあります。私共に何をやらせたいのですか? 望んでいるのは情報だけではないでしょう」


「ただ、実行犯を街の外に連れ出してくれればいい。それだけで事足りる。アイリスから外に連れ出せば黒龍が勝手に何とかするさ。理由なんかなんでもいい。例えばドラゴンがでた、とか最近子供ドラゴンが居る場所があるとか。嘘は得意だろ? 商人なんだから」




彼の中で答えは出ているだろうが、確認の意味を込めてあえて訊ねる。




「『アークティック商会』の人間に確認がいるならあまり時間はないが確認を取りに行ってもいいぞ」


「いえ、必要ないでしょう。これは上に確認しなくとも絶対に協力すべきと断ずるでしょうね」


「じゃあ早速教えてくれ。俺達には時間がない」


「とてもデリケートな話題です。奥へと行きましょう本来なら最初の段階から奥で話すべきでしたが……」




キールが店員に目配せをすると、スタッフルームと思われる場所へと案内された。


二人で後ろをついていく。


室内の大きさは5メートル前後の四角い部屋。簡素な机といすが置かれている。




宝石を渡される。中身は≪精神的集団連鎖≫のようだ。使えということだろう。




「≪精神的集団連鎖≫」




宝石が砕け、三人の間に精神的なつながりが生まれた。


続いてキールが秘術を使用する。音が消失した。≪消音の小部屋≫だ。


椅子に腰をかけると新しいお茶が運ばれてくる。




(それでいったい黒曜龍はどこにいる?)


(今いる場所は『ミッド・ポーカー』の邸宅です)


(あいつか……)


(スバルさんのお知合いですか?)


(知り合いじゃないが有名な奴だよ)




『ミッド・ポーカー』。


アイリスの有数の富豪。親の代で財を成し、親が死ぬと息子がその財を食いつぶす、という典型的なドラ息子だ。


金があるというのは力とはよく言ったもので、限られた居住空間しかないこのアイリスに大きな家を構え、厳重な警備が敷かれている。


簡単な説明にリナが納得した顔になる。




(黒曜龍の幼体なんてばかなものを買える財力を考えたらそういう連中になるか……それで実行犯は?)


(実行犯に関しては名前を一人ずつ調べるのは少々骨が折れます。ただ、アイリスから連れ出すのは容易です。その際には≪伝言≫などで連絡をすればよろしいですか?)


(あぁ頼む。連絡をもらったらすぐに黒龍が何とかする。何時ぐらいには可能だ? おびき寄せるのは)


(そうですね……8時間もあればできますね)


(よし、じゃあすぐにでも取り掛かってくれ)


(では、黒龍様にどうぞよろしくお伝えください)




刻印や裏切りの話で驚いていたのはどこへやら。


完全にいつもの調子を取り戻したキールは満面の営業用笑顔だ。


商売人というのは凄いな。黒龍にまで媚びを売るつもりらしい。




(……まぁ、一応伝えておく)




用件は済ませた。あとは動くだけだ。


グラスを空けて席を立つ。急に立ち上がった俺を見てリナが慌ててお茶を煽った。




(もう行かれますか? 今にこの店自慢のお茶請けが来ますのに)


(悪いな。本当に時間がないんだ。次にやりたいこともある。今回の事が上手くいったらまた此処に来させてもらうよ)


(そうですか。では、スバル様。お気をつけて。事がうまく運びましたらこの恩はまたいつかお返しいたします)




キールがテントでの別れと同じように立ち上がって一礼。


今回のことは貸しと取られてもおかしくはなかったが彼は借りと感じてくれいるようだ。


言葉が真実かはわからないが有りがたいことには変わらない。




奥の部屋から出ると世界が音を取り戻す。


キールと店員やな手を挙げて、俺達は足早に喫茶店を後にした。




裏路地を急ぎ足で過ぎて行く。


リナと金属球が後に続いた。




「キールさん、私達の話に乗ってくれて良かったですね」


「あぁ、そこはあまり心配してなかったよ。彼は利益に聡い人だし、それに……」




手甲に覆われていない手のひらから見える刻印を見る。


一見するとただの模様だが、キールが簡単に話に乗ってくれたのは刻印に寄るところが大きい。これは信じるに値するほど高次元の存在が関与してなければ成しえない刻印なのだ。


命を脅かすものだがこういった点ではあって良かったかもしれない。




「黒龍さんと約束でもしたんですか? 街の外に連れ出したら始末とか言ってましたけど……」


「どうせ刻印から聞いてるだろうから確認は不要だ。アイリスの外に連れ出せば勝手に始末してくれるだろうさ」




手の刻印に語りかけるように喋ると、どうしてか模様が忙しなく動き始めた。


まだタイムリミットにはまだあるとは思うが命を奪うものが動き回ってあまりいい気分がしない。




「お前の考えにのってやろう小さき者よ」


「え?」




突如聞こえる、黒龍の声。


二人で周囲を見回すが、存在は確認できない。




「見聞きしているといっただろう」




音の発生源は手の平だった。


胸にあったはずの龍の口が手の平に移動している。


リナも自分の刻印を確認するが動いているのは俺のやつだけのようだ。




「喋るのかよ、コレ……いいのか? 白龍のテリトリーだぞ此処」


「入ることはできぬが眷属が入るのは可能なのだ、じゃなきゃ私の眷属もアイリスに入った時に消し炭にされている」




確かに行っていることは納得できるがルールの穴をついているような気がする。


そして俺は悲しいことに眷属扱いらしい。




「覗き見をいけないんじゃないのか?」


「そこまで厳しかったらアイリスの人間が私の領域に入ることすら許されぬことになるだろう」


「……会話ついでだ。黒曜龍は街の外に連れ出せばそっちからの転移は可能か?」


「可能だ。お前の言った通り、≪伝言≫で言葉を送ってきた奴以外は私が自ら手をくだしてやろう」


「わかったそれさえわかればいい。心臓に悪いからできれば消えてくれ。あんたの要求を達成する前に心臓がとまりそうだよ」


「小心者め」




俺の言いたいことを理解してくれたのか、刻印が動きを止めた。


思わず触ってみるが動く気配はない。


こちらの願いを聞いてくれるあたり本当に寛大な龍なのかもしれないな。


命を握られているが。




ため息が勝手に漏れた。


これから向かうのは大富豪『ミッド・ポーカー』の自宅だ。


その前にミガルドのところに戻って事前の打ち合わせも準備も必要だな。


どちらにせよ間違いなく穏便には事は運ばない。


それがわかってるからなのかリナの表情は少しばかり強張っている。




「リナはまだ来ない方が良いかもな、今回の相手はクリーチャーじゃない人間だ。しかもマンティスとも違って見た目から言って人間。事を荒立てるつもりはないが上手く事が進まない場合もある」


「……いえ、もう私は決めていますココさんのためにできることは何でもしますよ」




まぁそうか、俺達には後がない。


こんなところで悩んでいても行きつく先は死だ。




刻印を見つめ、深呼吸。


俺達はミガルドの元へと重たい足を向けて歩き始めた。


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