第47話 地下世界33-1

手持ちの秘術で最低限の護りを張り直し、『潰えぬ松明』の明かりを頼りに見覚えのある洞窟を進む。




「つまり黒曜龍の子供を探せってことですか?」


「そうだ。本当に厄介なことになったもんだよ」




外装骨格を脱いだ彼女の首筋には黒い痕。


転移の際にリナも刻印が刻まれてしまったらしい。


どの程度時間的猶予があるのかわからないが不安な点だ。




俺自身の記憶には黒曜龍の子供なんて見た記憶はない。


ドラゴンをみるとしたら闇市くらいしかないのだが、運の悪いことに今日は闇市が開かれる日じゃない。




転移させられた位置から少しばかり歩くとアイリスの外と中とを繋ぐ関所が見えてきた。


物見やぐらの上に居るギガントの衛兵たちが此方に警戒しているの見て取れる。


鋼鉄の門近くにいた馴染みのギガントが警戒を解き、歩み寄ってくる。




「スバルじゃないか、別の穴から出て行ったのか? まったく、出て行った関所と同じところから帰って来いよ。俺達がいらん神経を張ることになるじゃないか」


「あぁ、すまないな。ファイ」


「おや、新顔はいるがココの姿が見えないな。何かあったのか?」


「ちょっとトラブルでね。土産話の一つもしたいんだが今は急いでる。また酒場で会った時にでも話をしてやるさ」




軽口もそこそこに関所を潜り、アイリスへ。


すっかり慣れた宙の光の塊が俺達を迎えてくれる。松明をしまい、先を急ぐ。




関所の近くにはそこそこの人通り。


外部に出ていく人狙いの小さな露店が点在している。


大通りには及ばないものの人の声が飛び交い、お宝を夢見て冒険にでる者たち特有の熱気に満ちていた。


僅か二日と離れていないのに懐かしさすらを覚える喧噪だ。




自然に囲まれた健康に良い生活なんか糞喰らえだ。


セリアンスロープが辺鄙な場所に集落を作ったせいで俺達が呼ばれることになっちまったんだくそったれめ。


意味のない八つ当たりにも近い事を考え、雑踏に身を投じる。




「これからどうしますか?」


「とりあえずは闇市の人間と接触しなきゃ話にならないんだが……彼らに伝手を持っていないんだよなぁ……どうしたものか」




人や物を探す秘術も存在はしている。


直接、黒曜龍を指定することもできるし、闇市の人間を指定することもできなくはない。


ただ、簡単に手に入るような低位の術であれば見つけられる場所も正確ではない上に、何の備えもない人間にすら抵抗される恐れがある。


相手が秘術に対する備え、≪自由な放浪者≫か何かを使用していたら情報すら得られず、探っている存在が居ることが探りを入れた相手にばれてしまう。




それはよろしくない展開を生む。


仮に闇市に黒曜龍の幼体が出品されて売買されているとするならその値段は今の手持ちでは逆立ちしても買い戻すことは不可能だ。


そうなると方法は一つしかない。




悩みながらを足は止めずに進み続ける。


兎にも角にも街の中心地に行かなければ情報を集めることすらできないだろう。




「フラーラさんが居てくればなぁ……」




独り言にも近いリナの言葉が聞こえた。




「フラーラ? ……あぁ、あの人の脳力は確か物探しだったよな。そこそこ強力そうな……そうか、そっちの伝手があったか。ケラニア結族の建物に行こう」




これが駄目なら馴染みの店と酒場を巡って足で情報を稼ぐしかない。






第三十三話






重苦しい会話には適さない緩やかな音楽が蓄音機から流れている。


調度品の類はあまりなく実務的な小部屋、ソファや執務室を除き置かれているものは蓄音機程度だろうか。


壮年のハーフリングが小さな頭を抱えた。


その周りを心配そうにリナの金属球がくるくると回る。


高級歓楽街、ケラニア結族のミカルドの私室に俺達は通されていた。




ルクルドでの一件を説明し終わるとミガルドは弱々しい嘆息と共に言葉を零した。




「なんということだ、フラーラがドラゴンに捕まったとは……しかも黒い飛龍とは」




話の裏付けになればと露出させていた腕から胸に走る黒龍の刻印をしまう。


彼の反応を見て事の重大性を再確認する。


リナは交渉の場ではできることがないので大人しくしている。




「ミスターミガルド、改めて急な話だというのに会っていただいてありがとうございます」


「気にすることはない。不肖の部下の危機となっては別の仕事を後回しにしてもいいくらいだ。しかし、君に救ってもらってそう日も経たないうちにまた危険な状況に陥るとはあの子はいったいどういう運の悪さをしているんだ……」




深いため息をついてミガルドがおでこに手を当てた。




「それで先程もお話しした通り、おそらくは闇市にクリーチャーを卸している連中が今回の件の引き金になっています」




俺が黒曜龍の幼体を見た可能性があるのは闇市をおいて他にないだろう。


アイリスに関係していてドラゴンにまで喧嘩を売る連中は、利益優先の闇市の連中以外にはいないはずだ。


結族は危ない橋こそ渡るがそこまで愚かではないだろうし、仮に何かを誘拐したとしたら闇市には流すわけがない。


必ず秘密裏に処理されているはずだ。




「その話を私に持ってきたということは……」


「フラーラを助けるためにも是非ケラニア結族の力をお借りしたい」


「……具体的には? 飛龍を倒せと言われても流石に一人のために結族の戦闘員を動かすことはできない」


「あの飛龍を倒すとなれば結族の存亡に関わるほどの大事になってしまいます。フラーラ一人のためにそういうことはできないでしょう。私が欲しいものは一つ、情報です。結族の情報網の力を彼女のために少しだけ振るってほしいのです」




ケラニア結族の専門は宿泊業。


彼らの宿屋はアイリスやほかの街、果ては外部の通路の各地にまで設置されている。


その全てで安全で快適な休息が得られるとの触れ込みだ。




俺はケラニア結族が運営するような宿屋はあまり利用しないが、彼らの宿屋自体は業界の最大手でかなりの人が集まる。


いくら気を張り詰めている冒険者とはいえ宿屋の中での会話でつい口を滑らせてしまうこともある。


そんな情報に繋ぎ合わせ、彼らはより正確な情報を握り自分たちのために活用している。




想像はなく確信を抱いて言える。


ケラニア結族は地下世界で最も情報に精通している結族の一つだ。


宿屋の需要からして飲食店を営むグラント結族よりも大きい。


おそらくは凄まじい数の情報を有しているだろう。




「……わかった。これも部下の為だ。どんな情報が欲しいんだ?」


「最近、闇市から黒曜龍の幼体を手に入れた人物、或いは闇市の商人キールの居場所を知りたい」




結族としてはある意味、不可侵領域である闇市関連の情報を求めたせいかミガルドは顔をしかめて唸った。




「闇市関連か……結族としては彼らの自立性故に手を出しにくい話題なのだが……わかった。信頼できる者に情報を集めさせてすぐに届けさせよう」


「ありがとうございます」


「黒龍が暴れ回ってしまえば我々だけではなくアイリス全体の損失だ。白龍の加護をあてにしてずっと此処で引きこもっているわけにもいくまいし」




ミガルドが人を呼び寄せ、何かの指示を出し始める。


これでようやく黒曜龍探しの第一歩が始まった。




「これから君らはどうするんだ?」


「酒場と馴染みの店を回って何か情報がないか探りを入れようかと思ってます。黒曜龍なんて欲しがる輩はどこかしらで必ず自慢をしているでしょうし」




面白いことに何かに固執する収集家というのは必ず誰かに自慢したがる癖がある。


人を集めて大袈裟に披露することも少なくない。


披露される側も秘密を守る様に務めるが、披露した本人は手に入りにくい珍しいものであればあるほど秘密にしたがると同時に一定のレベルで秘密が広まってほしいとも望んでいる。




収集癖のない俺にはあまり理解はできないが、少なくともこの街にはそういった類の道楽が多い。


今回の購入者が完全に一人でしこしこと楽しむタイプなら話は別だが、今現在俺達にできることは足で情報を探す程度のものだ。


やるより他に選択肢がない。




「いや、休んだ方が良い。酷い顔をしているぞ。隣に我々の営む自慢の宿屋がある。そこで一度休んでおくといい。どちらにせよ我々の情報集めにも多少の時間はかかる」


「しかし……」




俺達には時間がない。体力も気力も活動するのに支障はない。


あまり悠長に休んでいる暇はないのだが……。




ミガルドに目で促され隣に座るリナをそっと盗み見る。


よくみると平時よりも顔色が悪く、やつれている。


少しだけ意識が船を漕いでいるようにも見える。




元は冒険者でもないただの少女、あんな威圧感のある存在と対峙したのだ。


強者と濃密な時間がただ普通に動くよりも圧倒的に体力を使う。


その上、命を奪う刻印もされているんだ。疲れ果てていても無理はない。




周りに気を遣えないとは俺もいよいよどうして気が焦っているらしい。


関係ない奴の生き死になど微塵も気にないが友人やココやリナの命の危機ともなると常ではいられないようだ。




「秘術の寝具が備え付けられた特別な部屋もある。そちらを使えば時間もあまりきにならないだろう」




秘術の寝具は一時間で何時間も休んだことになる寝具。


確かにそれならばあまり時間の浪費も気にならないかもしれない。




「お言葉に甘えさせていただきます」




ミガルドの気遣いに頭を下げる。


間もなくミガルドの部下が現れ、隣の宿屋の部屋まで案内を買って出てくれた。


疲労しているリナを伴い宿の部屋を目指した。










何故か水のせせらぎが聞こえてくる室内。


一見してわかる高級な寝具、香まで焚かれ部屋には良い匂いが立ち込めていた。


ベットに椅子や机、ケラニア結族が注力し作り上げられた癒しの空間はその部屋全体が一つの芸術作品であるかのような完成度を誇っている。




余程つかれていたのかリナはその芸術を楽しむことなく入室一番にベットにその身を預けていた。


いつもは手洗いうがいを欠かさない彼女がこんな状態なのだ。


その様子を見て彼女の疲労具合をようやく理解する。




「疲れてるの気づかなくてごめんな」


「いえいえ、こんな緊急時なのにあの程度でへばってしまってる私のほうが申し訳ないです」




リナは柔らかな枕に顔を押し当てくぐもった声のまま答える。




「思ったんですけど白龍に助けを求めるとかはダメなんですかね?」


「……この会話だっておそらく黒龍に知られてるんだ。滅多なことをいうなよ……それに、白龍は俺に助けの手を差し伸べてくれるほどやさしくはないさ」


「そう、ですか……」




すぐに倒れ込んだリナに倣い、椅子に腰をかけると急に体が重くなった。


どうやら動けないほどではないにしろ俺もそこそこ疲れていたらしい。


このまま疲れに気づかぬまま動き続ければどこかで致命的なミスをしていたかもしれない。


ミガルドに心の中で礼を言う。




机の上には奇抜な匂いの香草酒が置かれていた。


説明カードには疲れを取りやすくする効果が掛かれている。


結族のオススメの部屋だけ細かな気配りに溢れているようだ。


隣に置かれていたグラスに乱暴に注ぎ込む。


焚かれた香に負けない良い匂いが室内に広がる。




「リナも一杯飲むか?」




呼びかけるも返事はない。


大きな耳に意識を傾けると彼女の寝息が聞こえてきた。


疲労のあまり身体を身綺麗にする秘術、≪紳士淑女の嗜み≫すら使わずに寝てしまったらしい。




靴を脱がせベットの中央に運び≪紳士淑女の嗜み≫をかけてあげる。


汚れが落ち装備や肌が清潔さを取り戻す。


悪い夢でも見ているのかリナの表情は暗い。


昔、ココにしてあげた時のように頭を撫でる。


少しだけリナの顔が笑った気がした。




その時、リナの首にまで届いている黒龍の刻印僅かに動いた。


自分の胸で牙を剥けている刻印を見る。


初めに見た時よりも僅かに口が閉じられていた。


想像するに、おそらくはこの顎が完全に閉じられた時がタイムリミットなのだろう。




黒龍に送り出されてから数時間。それだけの時間で刻印が動いた。




時間的猶予はあまりない。

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