第35話 地下世界24-2
通路の奥、ゴルグが居ると思われる空間の大きな扉まで五十メートル程の距離。
扉は6つ。通路に敵影は無し。
此処から先は敵をスルーせずに迅速に殲滅すべきだ。
奥まで辿り着いたときに背後から狙われることはさけたい。
住処だけあってゴブリンの臭いが濃いため正確な数は分からないがそこそこの人数はいる。
≪石の加工≫の音を聞きつけたのか、それとも外の騒動の救援にいくためか手前の左右の扉が開いた。
(ココは左! 俺は右! リナはアレの準備!)
二人の確認もとらずに右側の扉目掛けてとび出した。
漫然と扉から出てきたホブゴブリンの顔面を目がけて右手に握られたククリを振るう。
門番と同じ装備。狙うなら生身の顔だ。
放たれた剣閃が突然、速度を落とす。手に伝わる分厚い何かに阻まれるような感触。
不可視の何かに剣が妨げられていた。
(スバル! こいつら〈不可視の皮膜〉(ウィル・メンブレイン)が掛かってる! こっちの部屋の中にサイオニックの術者がいる!)
(こっちもだ!)
突然目の間に迫った剣に驚いたのかホブゴブリンは僅かにのけぞる。
丸出しの顔面に対策がされてない訳がなかった。
気持ちを切り替えてククリを手放し、不可視の力場の上から左足で蹴りつけホブゴブリンを室内へと蹴りもどす。
自由落下しているククリを左手で掴み、室内を確認せず右手だけを室内に入れ手甲の宝石へと意識をむけた。
「≪連鎖する雷撃≫」
バチバチと激しい音を立てて閉ざされた室内で雷撃が躍る。
狭い通路や室内で使う呪文は基本的に大規模な物的破壊をもたらさずに人やクリーチャーを殺せる呪文が選ばれる。
こんな狭い空間で≪火球≫や爆発の伴う呪文を使ってしまっては最悪、通路が崩れ活き受けになってしまう。
ホブゴブリンの悲鳴から判断して多少のダメージは与えた。
動きを止めずに右手でポーチからスローイングナイフを抜きつつ室内へと入る。
木製の椅子に机、壁の端には棚。ただの休憩室のようだ。
(ボクは小部屋に入った)
(俺も入った)
室内には五人のホブゴブリン。
一人が床に倒れ、三人は鎧に雷撃が走った跡、一人は無傷の鎧と腰には他のホブゴブリンにはない布袋。
恐らくは布袋を持っている奴が術者だ。
サイオニックは秘術と違い自らの力で多種の術を操れる一方で、音声だけではなく時には触媒が要求される。
もちろん触媒の必要のないサイオニックの呪文もあるらしいが、サイオニックを使える術者事態が希少だというのに、触媒を用いることによる呪文の対応力の広さを捨ててまで持たないとは思えない。
頭の片隅には敵全員がサイオニックを使う可能性があると考えつつも、攻撃を仕掛ける相手は術者である布袋を装備したホブゴブリンが最優先だ。
幸いなとこよに奴らは≪連鎖する雷撃≫から立ち直っていない。
ナイフを投擲、結果を見ずに別の呪文を詠唱。
「≪雷の武器≫」
ククリに紫電が纏わりつく。
投げたナイフが布袋持ちのホブゴブリンに近づくと速度を落とす。
≪超常・不可視の皮膜≫か。この分なら全員に掛かっているな。
爆音からすぐに部屋から飛び出して来なかったのは全員に補助の呪文を付与したためのようだ。
ちくしょう、使い勝手の良さそうな呪文だ。
秘術なら近接と遠距離の奇襲対策はそれぞれ≪不可視の緊急盾≫≪凶弾の遅延≫を使わなきゃいけないというのに。
(準備できました!)
(リナはそのまま待機! 奥の扉が開いたら頼む!)
脳内に届いたリナの声に答え、部屋の奥へと駆ける。
狙われたホブゴブリンがどこか精細さの欠けた動きで曲刀を抜き、ナイフをたたき落とす。
まだ雷撃で痺れているようだ。
緩慢な動作で布袋に手を伸ばしている。
サイオニックを撃たせるわけにはいかない。
地を這うように接敵し逆袈裟に切り上げる。
金属同士を打ち合わせる音が室内に響き、ククリが止められた。
敵に手甲でガードされている。
だが、ククリには≪雷の武器≫が付与されている。
刃が纏った雷が手甲と通してホブゴブリンの身体を走り、その身を焦がした。
停止した敵の顔面に蹴りを入れる。
(靴を新調したデメリットは足の爪が使えないことだな)
(スバルなにか言った?)
壁に叩きつけられ棚を破壊したホブゴブリンを見届け、残りに視線を移す。
(すまん独り言だ!)
(気を付けてよね! 今は脳内でつぶやいたことがボクたちにまで伝わってくるんだから!)
のびてしまった一人を除いた三人が斬りかかってくる。
やはりこいつらはサイオニックの術者ではなさそうだ。
小部屋の壁際まで一足で跳び退き宝石に集中する。
「≪光り輝く槍≫」
物理的な攻撃は付与された≪超常・不可視の皮膜≫に防がれるため秘術を選択。
虚空に出現した5つの槍がホブゴブリンに殺到する。
「≪光り輝く槍≫」
駄目押しに呪文を唱え、都合10本もの輝く槍がホブゴブリン達の身体を打ち据え、衝撃で壁へと衝突した。
呪文に対する備えもサイオニックでされていたのか肉体を貫くことはできなかったようだ。
全員に止めを刺そうと壁際のホブゴブリンに歩み寄ろうとした、その瞬間。
奥の扉が開いた音がした。
(リナ! 来るぞ、撃ち尽くせ!)
呼びかけるも返事はなく、ただ扉から何かが出て来る音だけが聞こえる。
「人間だ! ばらばらにしてシチューにしてやる!」
「内臓は俺の物だ!」
「ゴルド様に栄光あれ!」
品性の欠片も感じないくぐもったホブゴブリンの声まで聞こえてきた。
(おい、リナ!)
部屋に≪連鎖する雷撃≫をばら蒔きながら扉に近づきリナを覗く。
リナが両腕に巨大なガトリングを構え、銃先を細かく揺らしていた。
重量支える為に創られた三脚すら震えている。
知性ある者を害することにまだ慣れていないようだ。
詰まる所びびって引き金を引けていない。
(いいから撃て! 感傷的になるのは後にしろ! せっかくそんなものが使えるんだから今を楽しめ!)
明らかに殺傷力の強そうなそれ。金属球を全て取り込むことで生成できたそれ。
俺が使えたらどんなに楽になることか。
「≪反発する力場≫」
咄嗟に秘術を使いホブゴブリンから発せられた何かを防ぐ。
赤い帯電。おそらくは≪赤い稲妻≫(レッド・ショック)。
貴重な防御呪文をリナの判断遅延で一つ失う。
(防御呪文があるうちに覚悟を決めろ。駄目ならいい。出来ないなら俺がやる)
(…………)
息をのむ音。そんな曖昧な物まで≪精神的集団連鎖≫はリナの様子を俺に伝えてくる。
一瞬の逡巡の後、リナが力なく呟いた。
(……できます。やります。ごめんなさい)
思念の会話を聞いて状況を心配してか、対面の扉の脇からココも通路を除いている。
力場の守りの先にはホブゴブリンが集まってきていた。
持続時間が切れたらすぐにこちらに飛びかかるためだろう。
(……私も精一杯、楽しみます)
言葉と同時にリナのガトリングが火を噴いた。
内臓を揺らす重低音が通路内に響いた。
展開していた≪反発する力場≫が軽々と砕け散り、油断していたホブゴブリンに死をまき散らす。
炸裂した弾丸はクリーチャーを粉々に砕きひき肉へと変えていく。
「こりゃ躊躇うのも無理ないわ」
凄惨な光景に言葉が漏れた。
内心の吐露は通路を満たす破滅的な音にかき消される。
(いやー……酒場でガトリングすごいとかのたまってたけどこれ程とはね……)
ココも思わず威力を称賛する。
秘術で同じ惨劇を創り出すのは中々に難しい。
ワーグにあっさりやられてたから期待してなかったが凄いぞカガク。もっとやれカガク。
奥の部屋の敵も死んでんじゃないのこれ。
爆発を伴わない攻撃だからミサイルと違って狭い場所でも使い放題なのが偉い。
(オーバーヒートです。射出武器が少しの間使えないので冷却が済むまで近接で戦います)
終了の合図と共に銃弾の嵐が止んだ。
リナの両腕のガトリング砲から煙が立ち上り、腰の三対の刃キチキチと音を鳴らす。
いかん。見とれている場合じゃない。
小部屋内のホブゴブリンに止めを刺さねば。
ククリをしっかりと捻じ込み、息の根を止める。
少々、いやかなり衝撃的でクレイジーで最高な光景だったが肝心要のやることが終わっていない。
(リナはゆっくりと着いてきてくれ。俺とココで先を見てくる)
思念を送り足早に通路へ出る。
≪反発する力場≫があった場所の先は血の海でそれの原型が何であったのか想像もつかない。
強いて言えばガトリングの弱点は死体から武器防具をはぎ取れないことだな。
回収する気も起きない。
ホブゴブリンも当然サイオニックの守りは使っていただろうに、その上から引き裂いたのか。
セントラルシティの警備隊は一人に外装骨格を全て託してくるべきだったな。
(リナのガトリングって連射できるの? できるんならそれだけで随分と捗るんだけど)
(消耗が激しくてしばらくは無理です)
(残念)
ココの質問はもっともだが、連続使用はできないらしい。
本当に残念だ。
ミンチ肉に近寄ると銀色の小さな金属球が浮かび上がる。
どうやら撃ちだされた弾丸が自分で本体であるリナの元に帰っているらしい。
この性能でリナ曰く旧型の外装骨格なのだから恐ろしいものだ。
変わり果てたホブゴブリンが出てきた部屋を素早く確認する。
部屋の作りは先程と同じくただの休憩部屋。
あと小部屋二つと奥の部屋。
これだけ騒いで小部屋が空いていないのは逆に恐ろしい。
(ココ、そっちは?)
(こっちの部屋も特になし。あとは奥だね)
(俺が先行するからフォロー頼む)
対面の部屋を調べていたココに後を頼み扉へ向かう。
「≪罠探知≫」
手甲の宝石が砕け、周囲に罠の類がないことを教えてくれる。
本当なら慎重に行きたいが今は時間が惜しい。
対面の部屋を調べていたココに後を頼み、いつの間にか付与の消えていたククリを握りしめ扉へと走った。
扉が勢いよく開き、ホブゴブリンの手を思われるものが隙間から突き出てくる。
「〈鉄の鎖〉(アイアン・チェイン)」
「〈短距離交換〉(スワップ・ジャンプ)」
何本もの鉄の鎖と褐色の光球が俺へ目掛けて発射された。
速度は凄まじく、二つを避けるのは不可能と即決。
拘束と思われる鉄の鎖をククリで払い、ポーションの防御力場を頼みに光球の着弾に備える。
想定した衝撃はなく、突如、景色が入れ替わった。
目の前には2人の屈強なホブゴブリン。
「薄汚い犬め! バラバラにしてやろう!」
掛け声と共に彼らの振るう曲刀が目前へと迫った。
何が起きているんだ!?
(スバル! 今のは場所を入れ替える呪文みたいだよ! ホブゴブリンが入れ替わるように現れた)
予めかけておいた≪不可視の緊急盾≫が発動し二振りの斬撃を一瞬、受け止める。
足元の隙間を縫って、近くの脚をククリで切りつけながら脱出。
切り付けられたホブゴブリンは剣を落とし、手で目を抑えた。
発動確率は高くないと聞いたが、運よくククリの効果が発動したようだ。
痛がり方から見てボルトガの言葉通り目を焼いているらしい。
てっきりただの盲目効果かと思っていたが想像以上に良いものをもらった。
正面に警戒を向けたまま、視線を巡らす。
ダブルベッドが幾つも並べられたこの部屋。おそらくは休憩室。
サイオニックを放った術者が血に濡れた片腕を抑えている。
ココのスローイングナイフが刺さっていた。
無傷なのは1体。残りは盲目と手負い。
問題はない。
腰のスローイングナイフを術者に投げつけながら無傷のホブゴブリンにククリを振るう。
ホブゴブリン標準装備の盾で受け止められる。
盲目になったの仲間を見たせいか、剣でかち合うことはしないらしい。
ククリで連撃を放ちながら呪文を詠唱。
「≪水の鞭≫」
水の鞭が現れ、ナイフを避けた術者の脚を取る。
体制を崩したホブゴブリンが地に転がった。術者は部屋の外へ逃げ出したようだ。
地に伏した敵を踏みつけ、盲目状態のホブゴブリンの顔にククリを捻じ込む。
跳び上がりながら死体を蹴りつけククリを抜き、着地のエネルギーを利用して地面のホブゴブリンにククリを突き刺し着地。
転移させられた時は少し焦ったが何とかなったようだ。
部屋を飛び出すと、逃げ出した術者に巨大なドリルを突き入れるリナがいた。
鎧ごと粉砕し、赤い血と肉が通路に散らばった。
(これまた派手な武器だな)
先程までガトリング砲だったリナの両腕は変形し、右腕が大きなドリル、左腕が元の形に戻っている。
(スバルさん、無事でよかったです)
リナの心配するような声音が脳内に響くと、対面の部屋からスローイングナイフをくるくると回しながらココが出てくる。
(こいつら全然、骨がないね。アーティファクトどころかサイオニックの術者特有の装備すら持ってない)
後ろに見える室内には立っている者はいない。
(でも手応えがないのは確かだけど、サイオニックを侮りすぎだよ、スバル。攻撃だけじゃなくて変な効果も多いんだから『加速のポーション』でも使ってきちんと避けた方が良い)
(次は気を付ける。なんかあれだね、速度重視だと脳筋みたいな戦いになるからダメだな)
(元々獣化でぶん殴る脳筋スタイルでしょスバルは……)
反省もそこそこに通路のきた道を振り返る。入口はまだ破られてはいない。
気が付けばすでに通路の端。
この通路では目だった危機はなかったが本番は此処からだ。
本命のゴルグは扉の先にいるだろう。
ここまで派手にやってゴルグが出てこないのは臆病なのかなんなのか。
確かめるには本人に会うしかない。
(さて、お次はメインデイッシュだ。少しは骨のあるやつだといいけどね)
(私は簡単に安全に大人しく終わってくれる方が良いです)
大人しくと言っているが攻撃手段のせいで一番、血に濡れているのはリナだ。
銀色の光沢を帯びた鎧を染め上げる赤と表面に付着した肉片は、仲間と知っていても薄ら寒いものがある。
ガトリング砲含め、一番の惨劇を演出している人間が知性あるクリーチャーを倒すのに抵抗があるって言うのだから驚きだ。
(……よし、行こう。時間もないしとっとと終わらせよう)
気合を入れ直し、俺たちは素早く最奥の部屋へと足を踏み入れた。
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