第34話 地下世界24-1
眼下に広がるはゴブリンの宴。
粗雑な料理が並べられ、隊商から奪ったと思われる上等な酒がそこら中に転がっている。
焼く煮る調味料をぶっ掛ける。
たったそれだけで乱暴に調理された食料はお世辞にも食欲はそそられない。
少しの時も待てないゴブリンが肉を生のまま齧り始めた。
釣られるように他のゴブリンまで生の食材を食べ始める。
一人のゴブリンが樽に頭を突っ込みそのまま酒まで飲みだした。
収集のつかない酒盛りは加速し、誰かが手に持った武器で地面を打ち、音を奏でる。
徐々に音は大きくなり気分を良くしたゴブリンが歌いだす。
その様子を人の背丈ほどの屈強な二足の異形、ホブゴブリンが呆れた様に見ていた。
(すごい盛り上がりですね……)
(まぁ悪い事じゃないよ、その分ボク達とコボルトが楽になる)
大きな空間の上部にある足場で俺たちは酒乱騒ぎを見下ろしている。
約束の時刻まであと20分。何もしないというわけにもいかない。
(俺は『アッシュの古代遺物店』で買った秘術でもを試してみようかな)
(透明化といい、それといい結族のコネ様々だね)
(……誘拐されてくれてありがとう!)
(…………)
黙り込むリナを余所にポーチから宝石を取り出し詠唱。
以前から存在を知り、使いたかったが買えなかった呪文だ。
「≪蠢く瞳の蟲≫(リグルバグ・アイ)」
虚空に黒い靄が凝縮し、形を成す。人の眼球が出現した。
眼球は足場に落下し、転がることなく静止する。
そして眼球からみちみちと肉の擦れる音が鳴り細い六つの脚が生えた。
途端に視界が二重になった。
どうやらこの秘術は右の視界と出現した眼球蟲と視界が同期しているようだ。
(うわぁ、気持ち悪いです)
(流石にボクもそのデザインはないと思う)
(そういうなって便利らしいんだからこれ)
意思を込めると眼球蟲は器用に壁を走り出す。
そのまま眼球蟲は壁を下り降りて行く。この蟲の身体能力はそこそこあるらしい。
さて、兎にも角にもまずは小部屋の確認をしよう。
地上から数メートルの位置から壁を這わせて小部屋へと向かわせる。
がくがくと小刻みに揺れる≪蠢く瞳の蟲≫から送られてくる映像。
視点が低いためか奇妙な気分になる。
(どんな感じで見えてるの?)
(左右の目で全く別の物を見ている感じかな。今度ココもやってみるといいよ。変な感じだから)
実体のある物を動かしているため不安だが、ゴブリンは酒盛りに夢中で問題ない。
目線より高い位置は警戒が薄まるためかホブゴブリンも気が付いてはいない。
小部屋の上に到着する。
視界通りならば三つあるうちの小部屋の二つは岩の壁で区切られた空間、一つは細い鉄柱で区切られた空間、おそらくは牢屋だ。
岩の小部屋には扉がなく入口には衛兵代わりのやる気のないゴブリンが立っているだけ。
地面に蟲を降ろし、小部屋へと侵入させる。
一つ目は食糧庫のようだ。
乱雑に穀物や果実、クリーチャーの死骸が積み上げられている。
ボルトガの話通り、人も襲われているようでハーフリングの死体が幾つか物のように置かれていた。視点の低いこの視界ではきちんとした数は分からない。
ハーフリングの死体ばかりというのは気になるが、今は捜索に集中しよう。
なんにせよゴブリンたちにそこそこの水準のサイオニックを使う術者がいるのは間違いない。
でなければ此処に積み上がった人数がいればコボルト程度なら逃げることはできたはずだ。
(何か見つけましたか?)
(一つ目の小部屋は食糧庫みたいだ。食糧の以外にハーフリングまで置かれてる)
(食糧庫に人が置かれてるんですか……うえぇ)
(そろそろ慣れな。こういう連中は人を普通に食べるから仕方ない)
リナの問いに短く答えて次の部屋に眼球蟲を送り込む。
扉の前に立っていたゴブリンが消えていた。
他の仲間の酒盛りに耐え切れず自分も参加しに行ったのだろう。
やりやすくて助かる。
(もう一つの部屋は? どう?)
弾むような声音のココの思念を受けつつ二個目の部屋を見回す。
室内には金貨の山に宝石の一群、小振りな武器やサイズの防具や衣服、布や革や加工前の鉄の延べ棒などが漫然と置かれている。
(ビンゴ! いい感じだぞココ。武器と金貨、宝石もある。置いてある装備のサイズを見る限りハーフリングの隊商が襲われたみたいだな……普通に見る視界と少し違うから断言はできないが)
自分の身体の肩を叩かれ振り返る。ココが笑顔で拳を突き出している。
身体を動かしているのに片目の視界が変わらないのは不思議な気分だ。
ココに拳をがしがしと突き合わせる。
外装骨格で覆われた頭部から視線を感じてリナにも拳を向けた。
同じく拳を突き合わす。
「いって!!」
思わず声が漏れた。慌てて口に手を当てる。
金属の塊に向かって拳をぶつけるなど阿保のやること。まさに今の俺。
(……あぁ! すいません!!)
(全身金属なんだから気を付けてくれ……)
全員で喜んでみたは良いものの、まだやること終わったわけじゃないから手に入れられるわけではないのだけど。
小部屋にある略奪品は流石にこんな地下で集落と集落を行き来するだけあって色々な品が並べられている。
これだけの荷物だと荷車やそれを引く動物なりがいてもおかしくないはずだが、上からも下からも確認はできていない。
動物は秘術で呼び出したものだったのかそれともゴブリンの胃袋に収まっているか。
今となっては正確なことを知る術はない。
(そういえばゴブリンも秘術の宝石とか使えるんですか?)
宝石が無造作に置かれていることに疑問を持ったのかリナから質問が飛んでくる。
(使えるっちゃ使えるよ。誰でも使えるのが秘術の売りだからな、一定以上の知性があれば使えちゃうよ。それがたとえクリーチャーであっても)
(使えちゃうんですか……ならどうしてこんなところに……)
(さぁ? 宝石の中身を確認できないから何とも言えないけどあんまり使えない秘術とかなんじゃないかな?)
リナと話しながらも、さらに隣の牢屋と思われる場所へ眼球蟲を動かす。
鉄柱が等間隔で並べられ、端に鉄の扉がついてる小部屋
中には身動き一つしない人影が三つ。鉄柱の隙間は眼球蟲が通るには十分な広さだ。
(人が捕まってるみたいだな。三人)
眼球蟲を近寄らせ状態を確認する。
サイズから言って三人ともハーフリングの女性。うち二人は呼吸をしていない。
残念ながらすでに逝ってしまっているようだ。
最後の一人は目を開いているが瞳は虚ろで身体をぴくぴくと痙攣させている。
荒い呼吸を繰り返し涎を垂らしている顔から判断するに20歳前後の女性だろう。
生きている彼女には首輪や手錠、足輪、猿轡のフルコースが嵌められていた。
(二人は死んでるが一人は生きてる)
(た、たすけないといけないでは?)
(焦るなリナ。下に急いで飛び出して行ってもゴブリンだらけで良い結果にはならない)
蟲の視覚を通して見る限り、切り傷など多少の負傷はあるが直ちに命に触りそうな深いものはない。
意識がないのは嵌められている手錠などがそういう類の秘術アイテムなのだろう。
(放っておいてもすぐ死ぬわけじゃなさそうだ。騒動が終わっても生きてたら助け出そう)
(……わかりました)
(そう不満そうにしないでくれ。俺だって一応善良なつもりだから敵以外なら助けたいと思うけど今は少し間が悪い)
要救助者1名とお宝。小部屋の確認は済んだ。
あと確認すべきは奥の空間へと入る場所だ。
蟲を操作してもう一度壁を這わせて奥へと通じる扉へ近づけさせる。
中央のゴブリン達はまだ呑気に歌っている。
呪文を使ってからあまり時間も経っていないから当たり前の話かもしれないが。
大した時間も掛からずに奥へと入る扉を視認できる距離まで蟲を移動させることができた。
扉は頑丈そうな金属製、鍵もかかっているようだ。
隣には屈強なホブゴブリンの衛兵が二人。
ゴブリンとは言ってもゴブリンそのものとは似ても似つかない高身長。
がっしりと筋肉質で身長は1メートル80程度だろうか。少なくとも俺よりはでかい。
体表は茶色く尖った耳と尖った鼻につり上がった目。
大きな曲刀を腰に差し小型の盾を背負い、上半身と下半身の鎧は革を所々金属で補強した品のようだ。金属の手甲を嵌め、靴は革は出来ている。
ある程度の武芸を学んでいるのか立ち振る舞いは洗練されていた。
その時、金属製の扉が開き中から二人のホブゴブリンが出てきた。
眼球蟲には耳がなく、俺自身の耳もゴブリンたちの陽気な歌のせいでホブゴリンたちの会話は聞き取れない。
まさか、これを見越した宴か……?
そりゃないか。
察するに見張りの交代の時間だ。
扉の奥に眼球蟲を持っていけるか?
いや、侵入は無理だな。流石にばれる。
自問自答にすぐ決着をつけたところで肩を叩かれた。
(スバル、そろそろ時間だよ)
この空間にゴルグと思われる人物はいない。やはり奥の部屋にいるのだろう。
自身の腕時計を見るとすでに決行の1分前。
潮時だ。≪蠢く瞳の蟲≫を解除する。
視界が揺らぎ視界の共有が途絶える。
持続時間はまだあるがボルトガの合図に備えよう。
ポーチから必要な物を取り出し≪精神的集団連鎖≫を掛けなおす。
腕時計を見ながら静かにその時を待つ。
秒針が0になった。
瞬間、爆音が響いた。
第二十四話 決行
爆音と同時に全員で個別に『透明化ポーション』と『秘術的鎧のポーション』を嚥下。
不可視の膜が身体を包み、三人の姿が影のように揺らぎ掻き消える。
そして一人一人が≪飛行≫を発動させ、空間上部の足場から弾けるように跳び下りた。
飛行しながら足を獣化させ、奥への扉を目指す。
革の靴が肥大化した足に合わせその大きさを変える。
酒盛りしていたゴブリン達は何事かと狂乱に陥っていた。
広場に居たホブゴブリンがすぐ様一喝。
ゴブリン語で何かを叫ぶと騒ぎが静まり、最低限の人員を残し一斉に音源に向かって駆けていく。
中には酔いつぶれて地面に寝転がり踏まれている馬鹿もいる。
突然の奇襲に対するゴブリン達の動きは悪いが、ホブゴブリン達の動きは悪くない。
むしろ良い。
扉の奥に何名の敵がいるかは分からないがそいつらは出てこない。
当然、奥への金属扉を守護するホブゴブリンも腰の武器を抜き放ち油断なく構えている。
しかし、周囲には他に人影はなく奥の扉に注意を払っている者も門番以外にはいなそうだ。
理想を言えば門番が居ないところに侵入したかったが仕方ない。
混乱して持ち場を離れてくれることなどそうそう無い。
「ーー?」
俺たちの接近に気が付いたのか片方の門番が周囲を何かを探すように見回している。
飛行時の風切り音を聞いたのかはたまた第六感か、鋭い感覚をしているようだ。
だが、もう遅い。
俺たちは既にお前たちの目の前にいる。
着地と同時に腰のククリを抜き放ち門番の頭部へと突き入れた。
不可視の刺突がホブゴブリンを襲い、守りのない顔面へククリが吸い込まれめり込んでいく。
駄目押しに刺さったククリの柄を殴りつけ貫通させた。
刺突に向いていないククリとは言えここまでやれば貫ける。
死に絶えたホブゴブリンの身体を蹴りつけながらククリを抜く。
隣を見ればもう一人の門番も顔に二つの穴を空けて絶命してた。
ココも予定通りに仕留めたようだ。
「≪秘術の解錠≫(アストラル・アンロック)」
跳び降りた時から握りしめていたリナの宝石がその効力を発揮し砕け散る。
これでサイオニックや秘術的に掛けられた鍵は解錠された。
反応から見て超常の力での鍵は掛かっていなかったようだが念の為だ。
(後は任せて!!)
ココが扉にぶつかるように取りつき物理的な鍵を一瞬で解錠する。
開いた扉からリナと門番の死体2つを押し込み、自らの身体も扉の奥へと滑り込ませた。
(全員入ったか!?)
(入りました!!)
(入った!)
手を突き出し、秘術手甲に嵌められた宝石の力を開放する。
「≪秘術の錠前≫(アストラル・ロック)」
全員の侵入を確かめ扉を秘術の力で施錠した。
(下がって!)
ココの指示に従い扉から離れ後方を警戒する。
予定通り扉の先は左右にいくつかの扉ある道幅は5メートル程の一本道。
「≪石の加工≫」
呪文効果で周囲の石が盛り上がりホブゴブリンの死体ごと鉄の扉を幾重にも完全に覆った。
石が盛り上がった分の岩が削れ、塞いだ壁の前に落とし穴ができる。
おそらく誰にも気が付かれずに侵入ができた。
これで少しの間は挟撃の心配はないはずだ。
(予定通りだ)
全員が透明化を解除し姿を現す。
何が起こるかわからないこの場所で互いの姿が見えなければ同士討ちする可能性がある。
そのデメリットは享受できない。
(ここからは時間との戦いだ。さぁ、いこうか)
二人が頷き、三人で通路を駆け始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます