第33話 地下世界23
コボルトの集落を出て1日、俺達は幸運なことにゴブリン達の哨戒にも出くわさずゴブリンの住処の近くまで来ていた。
ボルトガの話では此処からコボルトの脚で1時間余りの距離とのこと。
「スバル、ではよろしくたのム」
ボルトガの後ろにはぞろぞろとついてきたコボルトの兵士。
冒険者から奪った槍や弓、剣などを手に持ち、革は布、一部は鉄で防御を固めている。
良い装備とは言えないが、武装したコボルトがこの数いるなら十分に脅威と言える。
コボルトの年齢など顔を見てもわからないが壮年のコボルトで構成され、比較的若い男性や女性や子供はついてきてはいないらしい。
ディグもいないあたり彼は若者だったようだ。
士気は高く、時折共通語でコボルト殺すという声なども聞こえてくる。
「あいよそっちも頼むぞ」
ボルトガと会話しながら≪空間把握≫をスクロールから起動し周辺の地図を頭に叩き込む。
呪文の効果により脳内に浮かんだ地形によればゴブリンの住処は歪で大きな空洞に作られているようだ。
大きな空洞はいくつかの場所が外への通路と繋がっており、いくつかの小部屋もある。
小部屋はおおかた捕虜や宝、食料置き場だろう。
空洞の奥には通路が一本しか存在せず、外からの行き来がその通路からしかできない部屋がある。通路には小部屋が何部屋かあり、奥の部屋の広さは『木漏れ日酒場』と同程度。
おそらくはそこにゴルグと呼ばれる指導者がいるのだろう。
不思議なことに偉ぶる連中は必ず奥にいる。
まぁ前線で死んでも事だろうし自然とそうなるのか。
「ボルトガは計画通りにうごク。心配するナ。高貴なる行いをするのがボルトガの誇りダ。見捨てるような真似はしなイ」
脳内での地図確認のためにしゃがんで黙っていたのが心配と取られたのかボルトガに肩を叩かれる。
ボルトガの言う高貴な行いがどういうものかはわからないが、これまでの付き合いで彼が俺に対しては善良な存在であるのは分かっているから心配はしていない。
「あぁ、信頼してるよ」
今回の作戦は作戦というほどの大それたものでもないが一応ある。
俺とココ、リナが先んじてゴブリンの住処に侵入し潜伏。
その後コボルトが攻撃を仕掛ける。混乱の隙をついて俺たちが指導者を殺し逃走。
サイオニックの術者にさえ気を付ければゴブリンの集団くらいならば逃げられる。
それだけの自負はある。
杜撰な計画だが時間制限と実力からこれぐらいしか方策はないだろう。
『秘術の携行袋』から宝石を取り出し『秘術手甲』の宝石を入れ替えていく。
今の俺では≪接触広域化≫で認識を広げても戦闘中だとしたら24個の宝石知覚が限度。
選択は慎重にしなければならない
戦闘が始まってしまえば入れ替える余裕はおそらくない。
腰のポーチの宝石、ポーション、装備も慎重に変えていく。
今回腰に下げるのはもらったばかりのククリだ。
刃渡りが50センチほどの片刃の曲刀。重心が刃の先端にあり振りやすい。
鍔元にあるくぼみは一体何を意図して作られているのだろうか。
よくわからないが武器なぞ使えれば問題ない。
此処まで来る途中に試し斬りは済んでいる。
視認以外に知覚方法を持つ野生のクリーチャーに対しては効果が薄かったが、視覚に頼るゴブリンにとって盲目の効果は十分に発揮されるだろう。
ココも慎重に武器と宝石を選んでいた。
素早さを生かすために彼女は金属の手甲ではなく革の手袋に宝石を仕込んでいる。
彼女は刺突する武器を好み、譲ろうとしたククリを頑なに受け取らなかった。
捻じ込むのが好きらしい。
リナに準備はあまり必要ない。
秘術に慣れていない彼女が認識できる宝石は一つ。≪接触広域化≫は使えない。
それに秘術を使ってもらうより外装骨格で突っ込んでもらった方が強い。
僅かな傷も許されず肉塊になってしまったセントラルの兵士と違い、彼女は外装骨格への多少の損傷は問題ない。
全員に身体能力を補助する秘術をかけ準備を終る。
ボルトガと時計の時刻を合わせる。
「もし緊急事態になったら秘術で連絡する。それまでは予定通りに近づいてきてくれ」
「わかっタ。検討を祈ル」
出発しようとするとボルトガが鱗の生えた小さな拳を突き出してきた。
意図がわからず立ち尽くす。
「……以前に言っていただろウ。こうやって人を送るとまた会えるト」
ボルトガは俺達の無事を祈ってくれているらしい。
思わず口角が緩む。
「じゃあ、また後でな」
俺はボルトガと拳を突き合わし、通路の先へと歩き出した。
第二十三話 偵察
幅15メートル程の通路を物音を立てない様に進む。
通路の壁には照明が設置されており知性のある生き物が道の先に示していた。
40分程無言で行軍をし、遂に情報にあったバリケードから数十メートルの位置へとたどり着いた。
現在は岩陰に隠れバリケードを監視している。
バリケードの傍で立っているのは身長1メートルほど、緑の体表に尖った耳と尖った鼻、身体に比べて異様に長い腕の二足歩行のクリーチャー。
ボルトガの情報通り、いるのはゴブリンだ。
どういうわけだか此処に至るまでゴブリンの哨戒もなく、バリケードにいるゴブリンもやる気がなさそうにたむろしている。
バリケードの警戒が薄いことは良いが、面倒なことに光苔が岩陰から先バリケードの近くまで天井地面とびっしりと生えている。
光苔は衝撃に反応して光を発し、さらにその光は連鎖してしまう。
足を踏み入れれば光でばれてしまう天然の侵入者探知だ。
このあたりが秘術を使わずに近づける限界だろう。
隣で隠れているココとリナにハンドシグナルで秘術を使うことを伝える。
リナはすでに外装骨格を纏っている。
そうでなければ俺とココの速度にはついてこれない。
外装骨格自体は最近あまり装備していなかったため、充電が溜まり今ならば数時間程度の連続使用ができるらしい。
携行袋からスクロールを取り出してできるだけ小声で詠唱をする。
「≪精神的集団連鎖≫(スピリット・ジョイント)」
淡い輝きが全員の身体を包む。光は微弱なおかげで照明の灯りに紛れて問題はない。
≪精神的集団連鎖≫は精神的な繋がりを作り、一定時間、距離的な制限こそあるが集団での思考のみの会話を実現する秘術だ。
(これで安心して喋れるな)
「はい、ずっと無言で」
口の動かさない会話に慣れてないリナが声をあげてしまう。
慌ててココと二人で外装骨格で覆われた頭を掴む。
こういうときフルフェイスの装備は咄嗟に口を塞げなくて不便かもしれない。
岩陰からバリケードを窺う。ゴブリン達に目立った反応はない。
ばれなかったらしい。
ゴブリン自体に優れた聴力がなくて良かった。
(リナ、せっかくの秘術なのに声出しちゃダメだよ)
ココに怒られたリナがジェスチャーで謝罪する。
喋るための秘術なんだから喋れ。
(頭で考えればいいんだよ。それだけで伝わる。簡単なことだよ)
(ココさんに怒られちゃった……お腹空いたなぁ)
(リナ、別の心の声が漏れてる)
(うぅ……難しいです)
肩をおとした金属の人型を余所に、予定を修正する。
最初の計画とは違うがバリケードを超えないことには話にならない。
(光苔が生えてるから徒歩での接近は難しい。だから飛んでいこう)
(確かにそれじゃ光が出ないけど。姿が丸見えじゃない?)
ココの疑問も最もだ。
普通に飛んで行ってしまえば簡単にばれてしまう。
しかし、今の俺たちはレイナールとの縁でこれまで手に入れられなかった貴重な道具も使うことができるようになった。
(『アッシュの古代遺物店』で『透明化のポーション』を試そう。リナとココは手を繋いで先にリナがポーションを飲んでくれ)
リナが顔の部分だけ外装骨格を解き無色透明の『透明化ポーション』を一息で飲み干した。
彼女の身体が煙に映る影のように揺らぎ、瞬きする間に身体の向こう側が透けて見えた。
力場を纏うようなものなのか掴まれているココの手の一部も消えている。
こりゃ凄い。
ココがリナにポーションを渡す。
傍目から見ると小さなフラスコが≪念動力≫か何かで浮いているようにしか見えない。
その状態で俺がココと手を握る。
俺の繋いでない手には腰のポーチから取り出した宝石が一つ。
ココが顎を軽く上げるとフラスコが彼女の口元に運ばれ中身が嚥下されていく。
彼女の姿が消え、痕跡を示すの手の感触のみ。接触がなければ呪文の効果範囲内に入れない。
俺は握りしめた宝石を発動させる。
「≪飛行≫」
身体がふわりと浮かび上がると同時に俺も『透明化のポーション』を取り出し飲み干す。
この岩陰には今、誰も居るようには見えていないだろう。
思わず両手を顔の前に持っていく。
すごい効果だ。こんなものが一般に出回ったらやばい。
そりゃ手に入れるのに高額な対価とコネが必要になるのも頷ける。
欠点をあげるならば匂いが消えていないことか。
身体をタオルで拭いてはきたが、此処までの移動で嫌でも汗をかいてしまう。
ココの匂いもリナの匂いもしている。
においの他にも視覚以外で感知する術を持てば存在を見破ることは出来そうだ。
今回の相手はゴブリンなので見つけられる心配はいらなそうだが。
(スバル。手、離してる。リナですら離してないよ……)
(ですらってなんですか。ですらって)
いかん、興奮して手を放してしまった。
これではリナレベルだ。
慌ててココが居ると思われる場所に手を伸ばす。
柔らかい何かと金属っぽいものを手に感じる。
(ばかスバル! 変なとこさわんな!)
(…………ごめん)
(うわぁ……ココさんのどこ触ったんだろう)
(リナも変な事考えるな!)
初めて使う道具には失敗がつきものだ。
気を付けよう。
気を取り直しココと手を繋ぎ≪飛行≫の効果で浮かび上がる。
二人を視認することできないが全員が浮かび上がっているはずだ。
通路の中央まで浮かび上がり宙を飛んでバリケードを目指す。
光苔も衝撃がないため反応はしない。
徐々にバリケードへと接近するがゴブリン達に反応は無し。
高度をあげ、彼らの頭上を通過する。なおも反応はない。
(本当に見えてないんですねぇ)
リナの心の声の通り誰も俺達を視認していない。
唯一の懸念であった視覚以外の知覚する術も持っていなかったようだ。
飛行したまま先に進めば進むほどゴブリン達の話し声は大きくなっていく。
ココの俺を握る手が強まる。
脳内に描いた地図通りの直線通路をバリケードから50メートルほど行くと開けた巨大な空間に出た。
呪文で確認した空洞のようだ。
宙から見下ろせばゴブリンが相当数集まっているのがわかる。
やけに騒がしいと思ったら大きな広場で酒盛りをしていたらしい。
詳しい観察はせず巨大な空間の上部へとさらに高度をあげる。
(とりあえず上のどっかに足をつけよう)
二人の了解の合図と共に洞窟の上部にせり出した岩場を見つける。
少し狭いが三人ならどうにか着地できそうな場所だ。
足場がなければ≪石の加工≫を使い足場を作るしかなかったが丁度いい。
(二人とも足ついた? 見えないからわからないんだが≪飛行≫を切っても大丈夫か?)
(私は大丈夫です)
(ボクも大丈夫です)
≪飛行≫を切り、持続時間切れの近い≪透明化≫も切る。
身体が重さを取り戻し、地に足がつく。消えていた身体も元に戻り、色を取り戻す。
全員が無事辿り着いた。いつの間にかリナはきちんと顔まで外装骨格で覆われている。
お互いの姿を確認してすぐ様しゃがむ。下からは見えない位置ではあるが念の為だ。
ゴブリン達は相当に楽しんでいるのか数十メートル上の足場にも関わらず声が届いてくる。
これならば多少
(こっちはこんなに狭い所にいるのにゴブリンどもは随分と楽しんでるみたいだね)
すでに覗き込んでいるココの声を皮切りに俺とリナも足場の淵から地面を見下ろす。
上から見る限り大きな空洞の上部には手を付けておらず住居や防衛設備は地面にしかないようだ。
中央の広場には大量のゴブリンが集まり、酒盛りをしている。
上から見える耕作地に対して食料が異常に多く、そもそも住み着いてから短期間で食料はできないため、確実に彼らが食べている物は略奪品。
この住処の周囲にはボルトガの集落以外にも別の何かの集落もあるようだ。
哨戒に来なかったのは単純に酒盛りをしていたからなのだろう。
指揮している奴以外は知能は低そうだ。
さらに念入りに観察すると、小部屋と思われる場所の前にゴブリンの兵士が立っているのが見受けられる。彼らも入口のゴブリンと同じくやる気がない。
広場で酒を飲んでいるやつが羨ましいのだろう。
あの小部屋には金目の物があるかもしれないので脳内地図にチェックを入れておく。
視線を動かしていくとゴブリン達がどんちゃん騒ぎをする中、背筋を伸ばし真面目に警備をしているホブゴブリンを見つけた。
彼らが守っている通路の先にゴルグがいるのだろう。
(うわぁ、凄いいっぱい居ますね)
リナの言葉通り、数はざっとみて数百体はくだらない。
ただ、広場での行動を見た感じでは知性が高くサイオニックを使える個体は思ったよりも少ないかもしれない。
(ゴブリンって変な顔ですね)
驚いたことに俺やココならともかくピュアのリナにも下が見えているらしい。
今までの言動では特別、視力が良さそうな感じではなかったはずだが。
(リナにも見えてるのか)
(外装骨格の望遠機能です)
また外装骨格だ。
どんだけ万能だというのだ。俺も使いたい。
ため息をつきながら腕時計を見る。
ボルトガとの約束の時間まであと20分。
さて、どう行動したものか。
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