第29話 地下世界19

浮遊感が消えると元の裏路地にいた。

此方側の黒ローブに別れを告げ大通りへと戻る。


人波はいっこうに減らず、それどころか増えている。

時刻はちょうど夕食時、酒場が最も賑わう時間だ。

上品とは言えないこの区域。そこかしこから怒号と音楽が聞こえ始めた。


「今日はもう終わり。あとはゆっくり休むだけ。ボクは久しぶりに酒場じゃなくて『幸運のよつば亭』でごはん食べようかと思ってるんだけどスバルとココはどうする?」

「賛成、俺も久しぶりにブラウのポトフ食べたい」

「私も一人で酒場に行く勇気などないのでよつば亭にします」


三人連れだって宿場に戻る。

話題は自然と明日からの予定に話が移る。


「そういえば明日はどうする? 依頼は何もないって言ってた気がするけど」


本来ならしばらく休もうと思っていたがそうは問屋が卸さない。

今日の『アークティック商会』での買い物に、レイナールから紹介された『アッシュの古代遺物店』での散財。

この二つの買い物で現金は恐ろしいほど目減りしている。

その分、装備は良くなっているが。


詰まる所、働かなきゃいけないのだ。


「洞窟に潜ろうかと思ってる。たまにはトレジャーハントも悪くない。ココはそれでいいか?」

「貧乏暇なし、仕方がないね」


ココは少し悩む素振りみせてから顔の前でオーケーサインを作る。


「私には聞かないんですか?」

「下っ端には選択権はないさ」


ないがしろにされたリナは頬を膨らませぶーぶー言っている。

リナが怒ると金属球が旋回する速度を上げた。


「一応リナに経験を積んでもらうためでもあるんだ。そう怒るなって」

「うー。納得いきませんがありがとうございますー」


怒りながらも礼を言う器用な奴。

ふと、何かを思いついたのか急に真面目な思案顔になった。


「そういえば普段って依頼はどうやって受けてるんですか?」


何を想像しているのか目を輝かせて聞いてくる。



「そりゃ仲介人からの紹介とかとか、実力見込まれて直接依頼を受ける、募集に参加するとかそんなんだよ」

「冒険者ギルドみたいのはないんですか?」

「ギルドといえば運送ギルドに、商業ギルドに、鍛冶ギルド、他にも色々あるけど冒険者ギルドは聞いたことないなぁ」


なんか想像とか漫画と違う、と呟き、リナは目を俯かせた。


「……ちなみに漫画のギルドじゃどんなことやってるんだ?」

「受付が居て、依頼を紹介してくれたりその人の実力を試して依頼を割り振ったりとか……他にも便利な道具作ったり売ったりとか……あとは傭兵的なことしたりとかです」

「仲介人と同じような仕事か。でもギルドってなると規模もかなり大きくなるよな……」


仲介人の仕事は実に多い。

仲介人という呼び名自体が正確ではなく、彼らは本来は結族から一定の区画の管理や、一定の仕事を任された仕事人だ。

その過程で結族が直面してしまった事案に対して解決する手段として冒険者を頼っているだけなのだ。


結族のエージェントを使うほどの事案ではない場合や、別の結族が絡みそうで重要度の高くない案件を冒険者に依頼として回す傾向があるように思える。

そして、そういった冒険者の殆どが酒場でスカウトされる。

情報を集め、信用出来る人物か或いは一定の実力を持つかを自身の目で見極め、お眼鏡に叶うようであれば依頼を出す。


この作業はギルドという大きな単位ではやるものではないだろう。


「依頼って基本的にこう、付き合いとかで頼まれることが多いから大概の街には向かなそうな組織だな」

「……じゃあ冒険者ギルドを作りましょう、スバルさん!! 貴方の手で!!」

「何を世迷言を、お前は空気でも酔っぱらえるのか?」


リナは冒険者ギルドにどれだけのこだわりがあるのか、心底悔しそうに地団駄を踏みだした。


やめろ、子供が見ているぞ。


同じ女性なのだからとココに目で助けてくれと訴える。

眉をひそめて嫌々ながらにココは助け船を出してくれた。


「ギルドを名乗るには規模が必要だし、依頼をあつめるのも大変だし、人を雇ったら給金だって渡さなきゃいけない。依頼の報酬からピンハネしたら冒険者にはすぐわかる。どうやってお金を集めるのさ。ボクはただ働きなんかごめんだよ」


ココはリナの肩を叩き諭すように優しく話しかけた。

それでも諦めきれないのか眉間に手を当て何かを考えている。

呻く姿はなんとも切実な様子だ。


「うぅ……理想と現実が私を苛みます……スバルさん!! ココさん!! 飲みましょう、お酒を飲んで語らいましょう!! セントラルでの流行りの物語を聞かせます!! そうしたら必ずや冒険者ギルドを立ち上げようとしてくれるはずです!!」

「いや、ボク今日はそんな飲む気は……」

「俺もポトフ……」

「私のおごりです!! 今日をどれが買っていいのかもわからなくて使ってないので金はあります!! さぁ、行きましょう!!」


俺とココはリナに手を引かれ酒場へと連れていかれる。

抵抗しようにも外装骨格が使用者の意図を理解しているのか、背中を押してくる。


俺たちは連行され、リナが酔いつぶれるまで酒盛りは続いた。



第十九話 洞窟の先へ



翌日。

俺たちは外に通じる関所の前に居た。


岩肌に埋まるように10メートル程の鋼鉄の壁がそびえ立つ。

頑丈そうな壁には高さ3メートル程の鋼鉄の門があり、その扉の前には扉と同じサイズのギガントの衛兵が二人。

彼らは巨大な剣を腰に下げ弓と矢筒を背負い、外からの侵入者に備えている。

壁の横には衛兵のための詰所がひっそりと建てられている。


それが関所の全てだ。

ギガントの衛兵に手を挙げながら近寄る。


「やぁ、ファイ。調子はどうだい?」

「……スバルか。そうだな、お前が来るまではいい感じだっだな」


野太い声で巨人のファイがめんどくさそうに答えた。


「そういうなって。あんたらには小さいかもしれないが上等な酒を持ってきたんだ」


携行袋から大きな水筒を二つ取り出す。


「お前この前も上等な酒とかいってそこらの酒場で買えるものだったろうが」

「持ってきてるだけいいだろう」

「そんなもん持ってこられてもお前に賭けでボロ負けした心の傷は癒えないぞ」


ファイは文句を言いながらも近くの酒場で買った特別高くもない酒入りの水筒を受け取り、片方を相棒の衛兵に渡した。

俺からしたら大きな水筒も彼らのサイズでは小さなコップだ。


「今日はこの穴から行くのか?」


水筒の中身を鼻で嗅ぎ、一瞬だけ眉をひそめファイは一息で飲み干した。

アルコールの香りがあたりに漂う。


「あぁ、たまにはこっち方面を攻めてみようと思っててね」


アイリスにはいくつもの外部に通じる通路があり、此処もその一つだ。

街の下の地下遺跡へ行っても良かったが、リナにとっては今は危険な場所。

クリーチャー目当ての冒険者も多く、先の騒動の影響でクリーチャー自体も多い。


「わかってると思うが、もし変なものをこの壁まで連れてきても俺達は絶対に助けないからな」

「その話は耳にタコができる程、聞いたよ」


冒険とは全て自己責任でできている。

依頼の過程で外へ出る際もそれは変わらない。

自分の命を自分の責任で守る。当たり前の話だ。

衛兵の仕事の最優先課題は壁の死守。冒険者を助けることではない。


挨拶もそこそこに門を開けてもらう。

いよいよリナにとって初めての洞窟探索の始まりだ。

黙って俺とファイのやり取りを見ていた二人を促す。


ココはいつもの調子で門から先に出た。

リナは怖気づいているのか最初の一歩を踏み出さない。

痺れを切らしたココがリナに呼びかける。


「ほら、リナ。さっさと行くぞ」

「……なんだか緊張して胃がむかむかしてきました」

「それは単に二日酔いなだけでしょ」


昨日あんなに飲むんだから、と呆れた様子でココはリナの元へ行き、手を引っ張り門の外へと連れ出した。


「うぅー。気持ち悪い」


リナの呻きを無視して鋼鉄の門の外に出ると左右に二つ簡素な物見櫓がある。

その上にはギガントが二人ずつ佇み、外の異常を監視していた。


『秘術の携行袋』から『潰えぬ松明』を三本取り出し二本をそれぞれココとリナに渡す。

残った一本を背負った携行袋と背中の間に挟む。

熱を発しない灯りだからこそできるやり方だ。

ココとリナには照らしやすいように手で持って行ってもらう。


門の前は警戒のために灯りが設置されているが、洞窟の奥は別。

暗がりには何が潜んでいるかもわからないため、明かりは必須と言っても過言ではない。


装備を最終点検する。奥に進んでから不備があっては目も当てられない。

革鎧、腰のポーチとシミター、修理した手甲に新調した革の靴。

今回は銃を腰には差さない。


探検において音が強く火薬の臭いまでまき散らすそれは使い方を間違えればお荷物にしかならない。装備を新調し、お金もそこそこ稼いだ今ならばその安価な火力に頼らなくてもいいはずだ。


俺とココを真似てリナも自分の装備を見直し始めた。

金属球を服の裾で磨きだす。

意味があるのかはわからない。


「さて、行こうか」

「あの、今回の目的地ってどこでしたっけ?」

「……昨日、酒飲みながら俺、説明したんだけど」

「……へへ」

「まぁ、行けばわかる。気を付けてついてきてくれ」


笑って誤魔化すリナに白い眼差しをココと二人で浴びせる。

何ともしまらない形で洞窟探索が始まった。




物見櫓の衛兵に見送られ、洞窟を俺、リナ、ココの一列縦隊で慎重に進んでいく。

洞窟の幅は直径30m程だろうか。

円形にくりぬかれた空間に幾つもの小さな脇道がそこら中に存在してる。


この洞窟の壁には光苔などの発光する植物は無く、一度道を曲がれば櫓の灯りは届かない。

手元の灯りを頼りに進むしかない。≪暗視効果≫などの秘術を使うのは緊急時だ。

リソースは有限なのだから。


「外にはクリーチャーがうようよいるかと思っていましたが案外いないものなんですね」


沈黙を破ったのはリナだ。

彼女の声音には既に緊張は見られず、落ち着いているようだ。

二日酔いのせいで緊張する余裕もないのかもしれないが。


「大きな道にはあんまりクリーチャーが寄り付かないんだよ」


俺は後ろを向かずに答える。


大きな通路は通常、あまりクリーチャーは寄り付かない。

そういった通路は人間がよく使うと彼らも学習している。

人間がクリーチャーを恐れるように、またクリーチャーも人間を恐れている。


腹が減ってるか、血の臭いを発するか、クリーチャーに子供がいるかでもない限りそんなに頻繁には戦闘にはならない。

クリーチャーの縄張りや住処に足を踏み入れるなら別だが。


「でも、スラムの下にはいっぱい居て最後に追いかけられましたけど」

「そりゃ、例外はあるよ。ルコの実とリコの実で誘き寄せてもいたしな」


嗅覚と聴覚、視覚に至るまで会話をしながら意識を緩めることなく歩みを進める。

一般的には敵が寄り付かない大きな通路にも必ず例外が存在する。

加えて知性あるクリーチャーが設置していったトラップも残っている可能性がある。


冒険において警戒の役割に担う者はそういった全てに対する警戒を必ずしなければならない。

見落とせばいつの間にかクリーチャーの群れに狙われていたり、悪質なトラップに嵌ってしまう。それが原因で命を落とすことも冒険者にとっては少なくないのだ。


その時、宙から甲高い鳴き声が聞こえた。

鳴き声の数からしておよそ4、5体。


上を見上げる。顔に水滴が掛かった。

前方にいるのは翼を含めれば巨人にも匹敵する巨大な蝙蝠、クラフティバットだ。

十個黄色い瞳が松明の光を反射し怪しく光る。


獣にしては賢く、その大きな体躯に捕まり餌食になる初心者冒険者も少なくない。

その小賢しい知恵を発揮し近くに水場で一丁前に臭いを落としている。

接近に気づかなかったのはそのためらしい。


腹を空かせているのか。此方に標的と定めたようだ。

ポーチからスローイングナイフを抜き放ちリナに危険を知らせる。


「上だ!!」


俺の警告が終わるとクラフティバットが俺たちを目がけて急降下し始める。

リナが慌てて松明を地面に置き、ふよふよと浮かぶ外装骨格を呼び寄せた。

ココはすでに松明を手放し、俺と同じくナイフを両手いっぱいに持っていた。


抜き放ったナイフを俺とココで同時に向かってくる蝙蝠の翼へ目掛けて全身を使い投擲する。

大きさは脅威にもなるが弱点にもなる。的がでかい。

出発段階でかけておいた秘術の補正も加わり、ナイフは狙い通りに進んでいった。

ナイフが翼に命中し、二匹の蝙蝠が墜落する。奴らはもう飛べない。

俺とココで二匹を戦闘不能にした。残りは三匹。


ここに至りようやくリナが外装骨格を纏い終わる。

まだ戦闘開始から数秒しか経ってないが数秒も経ってしまったとも言える。


残り三匹の中で一番早い個体が俺を脅威だと認識したのかココから俺へと進路を変えた。

リナが火柱を上げ飛び上がり迎撃に向かう。


腰のシミターを抜き、クラフティバットを正面から貫いた。

リナが宙で蝙蝠とすれ違いざまに三対の刃を振り抜く。

血をまき散らしながら肉片が地面にべちゃりと落ちる。


仲間が次々にやられる様子を見て、宙に残った一体が逃げ出した。


「≪氷の槍≫(アイシィ・ランス)」


動きを読んでいたのかココが逃げてく奴に追撃の呪文を放つ。

氷の槍が一本だけ生成され、狙い違わず蝙蝠を貫き絶命させる。

あっけなく全ての敵が片付いた。


最後に墜落した二体のクラフティバットに止めを刺す。

この程度のクリーチャーならばリナが居ても危なげなく排除できるようだ。


戦闘が終わり、リナが外装骨格を脱いだ。

身体に付着していた血は外装骨格に残っておりリナ本体は綺麗なものだ。


俺とココは投げたナイフを回収しに向かう。


「リナがずっと外装骨格纏ってられたらもっと戦いが楽になるのにな」

「ね、てっきりボクたちはずっと装備できるものだと思ってたのにね。ある意味詐欺に近いよ」


スローイングナイフを拾い集めながら小声でココとヒソヒソ話。

リナは水筒を取り出し、外装骨格についた血を水で洗い流している。


「聞こえてますよ! そこ! 自家発電だけでパーツ交換もなしに動けることに驚いてくださいよ」


意外とリナは地獄耳らしい。まさか聞こえているとは。


「だって腕時計もネジまくだけで動く長い事動き続けてるんだよ……」


ココが俺の気持ちを代弁してくれる。

セントラルの連中はずっと纏っていたというのに、何故だ。

酒場で語られる物語の敵が仲間になると弱くなる現象かよ。あれは良くない。


「精密機械と単純なゼンマイを一緒にしないでくださいよ……それを言うならスバルさんだってずっと獣化できないんだからお相子です」

「たしかに……ごめんスバル。なんか納得できた」

「獣化は結構体力使うんだよ、仕方ない」

「だったら私だって仕方ないです」


俺とココはポーチから宝石を取り出し≪紳士淑女の嗜み≫を使用する。

血の臭いを纏って動き回るわけにもいかない。

何気に冒険での使用頻度が高いのはこの呪文だ。

買いだめしないとすぐに切れてしまう。


リナとココが松明を拾いなおすのを待ち、洞窟の奥へと進む。

まだまだ先は長い。

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