第28話 地下世界18-2

「まず最初に、冒険者の方々が秘術を用いて戦う場合に大切なことは分かりますか」

「……うーん。秘術の強さとかですかね?」


漠然としたキールの質問にリナは首を捻る。

彼女の解答は一理あるが、一理しかない。


「それも重要ですが一番大事なことは秘術の使用回数です。秘術の多さは手数の多さ。いかに強力な秘術を持っていても戦闘中に一つしか使えなければ意味がありません。それを解決する手段が≪接触広域化≫。スバル様も装備してらっしゃるその手甲ですね」


会話に上ったので右手を出しひらひらとリナに手甲を見せつける。


「これにより宝石を幾つも知覚し意識することができます。戦闘時の秘術選択、及びあらゆる局面に対応する秘術を持つことこそが戦いにおいて肝要になるのです」

「だったら≪接触広域化≫で全身に宝石をつければ最強なのでは?」


閃いたと言わんばかりにリナは目を輝かせているが、それは無理な話だ。


「全部の宝石を意識できますか? ≪接触広域化≫は意識を向けなければ使えません。咄嗟の判断で秘術を使うには戦いながら≪接触広域化≫で拡張された知覚領域にある宝石の秘術エネルギーを感じ続けなければならないのです」


俺の手甲に嵌っている宝石は全部で24個。

それが今の俺が同時に認識できる最大数だ。


「≪接触広域化≫は強制的な認識。自分の認識以上の宝石数は知覚を妨げる要因にしかなりません。米粒を想像してみてください。10粒程度なら個々に認識できるでしょう。では50粒になったら? 最初の10粒の場所、色、匂い、その全てを正確に認識できますか? そういうことなのです」


リナはココとお揃いのポーチから宝石を二つ取り出し、両手に握った。

彼女は先日、秘術を初めて使ったばかりだ。

まだ二つ同時に意識して秘術のエネルギーを感じ取り、瞬時に使い分ける技量はないだろう。

納得したのかリナはポーチに宝石を戻した。


「話を戻します。先程、あらゆる状況に対応するために大切なのは秘術のストック数と言いました。では、その秘術を使うための宝石やスクロールはどこから入手しますか?」

「普通に秘術屋さんで買うと思いますが……」

「では私がそこで≪悪への備え≫の秘術を二つ買ったとします、もしミクリナ様が≪支配≫で私を害そうとした場合どうしますか?」

「それは≪支配≫の秘術を三つ買えば……あ、なるほど、わかりました。冒険者にとって手数がばれる、秘術の使用回数がばれるということ自体が致命的なんですね」


二人が話している間、暇なので俺はゴーレムを観察してみる。

ゴーレムが一生懸命、一枚ずつ金貨を数えていた。

効率は人がやるよりも良くはないだろうがめんどうな作業を任せられるのは大きい。

俺もいつか作ってみようかな、と決意している間にもキールの話は続く。


「はい。アーティファクトなどのリチャージするアイテムも存在しているので絶対にその限りというわけではありませんが、所持数が他の人に知られても良い事はないでしょう」

「でもお店で買ったからって別にばれないような気もしますが……」

「この世界どこに目と耳が付いているかわからないものです。まして、普通の秘術屋には必ず結族の息が掛かっています。残念なことに悪意ある存在はどこにでもいて彼らはいつも隙を窺っているのです」


キールが一旦話を切り、ゴーレムにお茶のおかわりを持ってくるように命じた。

俺のお茶が空になっていることに気が付いたらしい。

命令が終わるとすぐさま彼は説明に戻った。

活き活きと話している様子を見るに、彼自身も話すことを楽しんでいるように見える。

元々そういう性分なのだろうか。


「そこで登場するのが私共のこの取引所です。この場所にはあらゆる精神的、物理的、遠距離からの情報収集に対する秘術の備えが行われています。この場所で購入したものは誰にもわからないのです。そして我々は純粋な商人で結族となんの関わりもない」

「でもキールさんや宝石を持ってくる方は知ってますよね?」

「私共にはある脳力による戒めが刻まれています」


キールが腕をまくり手全体に広がる黒色の紋様を見せつけた。

首筋に少しだけ見える紋様の端のようなものを見る限り、腕だけではなく胴体の部分にまで及んでいるだろう。

その紋様になんらかのエネルギーが込められていることは想像に難くない。


「お客様との会話はで得た情報はそのお客様としかできない。そんな呪いです。これがあるからこそ我々は取引において信頼されご利用いただいているのです」


紋様を呪いと言いつつも彼は誇らしげに微笑んだ。


「無理矢理に聞き出そうとする場合もあるんじゃないですか?」

「私共もそういった事態への備えをしていますが、もしその守りが破られ情報を抜き取られそうになったら私達は皆そこでこの紋章に命を奪われます」

「凄まじい話です」

「そういった覚悟があるからこそ『アークティック商会』は皆さまにご愛顧いただいているのです。是非とも今後も御贔屓にお願い致します」


穏やかな笑みを浮かべ、キールが最後に頭を下げて話がひと段落する。

上手くまとめたな。最後にちゃっかり宣伝までしてるし。


話が終わるとゴーレムがお茶を乗せたお盆を頭上に掲げ、のそのそと歩いてきた。

ゴーレムに礼を言い、お茶を受け取る。ゴーレムはそのまま金貨数えに戻った。


「なんだか違う世界の話みたいです……」


リナが小難しい顔をして呟く。


「よい装備を着てらっしゃいますのでそういった事情には詳しいのかと思っていましたが、アイリスへは最近お越しになったのですか?」


素直に答えそうになるリナをやんわりと目で制し、助け舟を出す。

闇市を運営する彼らはおそらくリナの事情もすでに掴んでいるだろうが此方から喧伝する必要もない。


「リナは辺鄙な地下深くの集落に住んでてね。最近こっちに越してきたんだ」

「そうでしたか。ではアイリスだけではなくいつか『地底の篝火』に観光へいってみては如何でしょうか? あそこはアイリスとはまた違った神秘的な景気がご覧いただけますよ」

「そうだな、考えとくよ」


当たり障りなく答え、話を終わらせる。

聞き疲れたのか、頭を使いすぎたのかリナはお茶を一息で飲み干した。

そしてもう一度考え込み、口を開いた。


「聞く限り凄いお金が動いてそうで自分の商品が売れない結族の方が黙っていなそうですね」

「冒険者の方々には闇市が必要なんです。お金のために情報漏れるかもしれないけど、結族のお店で買いなさいなんて言ったら暴動が起きますよ」

「結族自身が情報漏れ対策をして販売すれば大変なことになっちゃいそうですね」


俺はリナの質問を聞いて顔をしかめる。

彼女は聞きづらい諸事情を簡単に口にする。

そのと好奇心と純朴さは美徳かもしれないが冒険者稼業ではあまり褒められる事ではない。


依頼内容によっては知りたがりが災厄を招く可能性もある。

ただでさえ、見慣れない金属球が彼女の周りをふよふよと飛んでいるのだ。

珍しい秘術アイテムだと言い張れるが此方も聞かれたくないことはたくさんある。

冒険者を続けるならいつかそのへんも矯正させねばと決心する。


キールは彼女の疑問に嫌な顔ひとつすることなくすらすらと答えた。


「結族にその信用はないでしょう。彼らは結族としての利益を最大限優先します。仮にその秘密が莫大な利益をもたらすならば命をとして仲間に伝える場合もありますね」

「なるほど~。勉強になりました。有難うございます!」

「いえいえ、お役に立てて幸いです」


こういった結族絡みの事情は例え辺境に住んでいても耳にする。

それほどまでに結族の影響力は大きく力の及ぶ範囲は広大だ。

リナがアイリスの上の街、セントラルシティから来たと知らなければ、よっぽどの田舎者か世俗に関心のない世捨て人に見えていることだろう。


「……うーん。なんだか今のお話を聞く限り秘術屋で買うメリットがない気がしてきました」

「そういうわけでもない。手間が掛かってない分安いし、結族の争いなんか大多数の冒険者には関係ないからな」


お茶で喉を潤しているキールの代わりに答える。

流石に喋りなれている商人とはいえ、ここまで長く話せば喉も乾く。


リナには大多数には関係ないといったが、俺たちはその大多数には含まれない少数だ。

先日の騒動で大きな関わりを持ってしまった。

レイナールもそこらへんよくわかっているだろうが、マンティスが単体で実行したわけではなく必ず街に詳しい手引きした連中がいる。


だからこそ今回は今まで以上にこのテントで秘術を買っているのだ。

何も起こらないかもしれないが備えは必要だ。

金があるのにあの時使っておけばよかったと窮地で後悔はしたくない。


深く関係を持ってしまった以上、今後はグラント結族とつかず離れずの協力体制を維持しなければならない。

或いは別の有力者の後ろ盾を得るか。街を去るか。


だが、結族は過激な決断を簡単に下すものの全くの無法者犯罪者集団というわけではない。

直接的にその結族の不利益になるようなことをしなければ排除される心配はないだろう。


利用できるとわかれば別の結族もいつかは向こうの方からすり寄ってくるかもしれない。

それまでは精々、冒険者として励むとしよう。


リナに対する常識講座も終わり、その後はただの雑談だ。

アイリスのお菓子の美味しいお店やコネがなければ入れない料理店を教わる。

商人だけあって耳は広く、キールはそういった有益な情報の引き出しをいっぱいもっているようだ。


さらに食に関する情報だけではなく俺とリナの気に入ったそれぞれの茶葉を分けてくれるらしい。アイリスでは販売されていない類の茶葉らしく、今後希望があれば売ってくれるとのこと。


友好的な態度で接してくれるのは俺がキールにとって良い客だと判断されたからだろう。

今までこのテントでの取引相手を指定などしたことはなかったが今後は彼を指名するのも良いかも知れない。


お茶請けのスコーンが切れた頃、コスコスと小さな音を立てて、新たなストーンゴーレムが宝石やスクロール、ポーション類の入ったトレイを持って運んでくる。

トレイは区分けされており、同じ種類の宝石は纏めてあるようだ。


「お待たせいたしました。商品のご用意と代金の鑑定が済みましたでご確認ください」


商品の入ったトレイが机の上に置かれ、キールから秘術アイテムの買い取り代金の書かれた紙を受け取る。

商品と紙の料金にざっと目を通すが、不審な点はない。


「お支払いの方は金貨と秘術アイテムどちらを優先いたしますか?」

「アイテムの方を優先で頼む」

「かしこまりました。ではこちらはお返しいたします」


渡されたあまりの金貨袋をしまい、使用頻度の高い宝石とスクロールをいくつかポーチに入れ、残りの購入した商品を『秘術の携行袋』に流し込む。


随分と時間が経ってしまった。

もしかしたらココの買い物はすでに終わっているかもしれない。


「それじゃあ、今日のところはそろそろお暇させてもらうとするよ」


リナに目で合図を送り二人で席を立ち上がる。


「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」


キールと最後に握手を交わし、テントの外へと出た。


最初に目に飛び込んできたのは遠くで行われている秘術のパフォーマンスだ。

カラフルな秘術が目に刺激を与える。


このテントでの買い物は凄く有用だが、店内が黒一色で外に出た時に目の感覚がおかしくなるのが玉に傷だ。

リナも同じなのか、目を擦り色を確かめるように周りを見渡している。


「すまないが、彼女みたいな種族の黒髪の女性がこなかったか?」


リナがしきりに瞬きをしている間に入口のガードをしている衛兵に話しかけた。


「お探しの方かはわかりませんがお連れ様のような特徴の女性は少し前にいらっしゃって、もうお帰りになりましたね」


柔和な笑みを浮かべたエルフの衛兵が答えてくれる。


「そうか、ありがとう。また頼むよ」


銀貨を渡し、テント地帯を後にする。

薬の売っている危険な場所を通るので再びリナに手を差し出す。

彼女が微笑んで手を握った。


「リナ、露店を見る前に出口の方を見ていいか?」


衛兵に聞く限りココは既に買い物を済ませている可能性が高い。

秘術で連絡を取ることもできるが、こんなとこでリソースを消費するのはなんとも馬鹿らしい。


「いいですよ。私としてはだいぶ堪能したのでこのまま帰っても良いくらいです」


リナの了承をもらい、俺達は出口へ向かって歩きだした。



しばらく歩くと予想通り、ココは闇市の入口の間反対にある出口で待っていた。

出口は特に商店も装飾の類もない開けた場所だ。

壁に体重を預け漫然と何かを見ている女性や、何名かの黒いフード付きローブを来た人物が立っている。

彼らがこの異空間から元の場所へと帰してくれる。


こんな開けた場所で悪いことをする悪党はそうそういない。

リナと繋いでた手を離し、ココに近づく。


「ココ、もう終わったのか?」

「うん。今回はそこらの露店見るつもりはなかったからね。リナは満足した? まだ回りたいならボクも付き合うけど……」

「知らなかった世界を知りすぎてお腹いっぱいなくらいです。秘術の乱舞に人の活気。きっとこの感動と衝撃は死ぬまで忘れることはなさそうです」


本当に満足しているのか、大きな目をいつも以上に見開き輝かせている。


「それじゃあ帰るか」


一番近い黒装束の女性を呼び止め、メダルを見せた。

その人物はメダルを確認し、別の黒装束に合図を出す。


「お帰りは……アイリスですね。スバル様」


合図を受け取った黒装束の男性が新たなメダルを持って此方に近寄ってくる。


「お連れ様のメダルはこちらです、お名前を窺ってもよろしいですか?」 

「ドゥシャー・ルキーニシュナ・ミクリナです」


彼はリナの名前を聞き、指に青い光を燈してメダルになにかを刻んだ。

此方からは視認できないがおそらく名前だろう。

リナはメダルを受け取り、ポーチへしまった。


「またのお越しをお待ちしております」


黒装束がお辞儀をすると同時に、壁に白い塗料をぶちまけた様に光沢ない白い空間が出現する。

二回目となればリナも慣れたもので、ココの手を引き躊躇いもなくその空間へ向かっていく。

俺は黒装束にチップを渡し、リナ達に遅れてその空間に足を踏み入れた。

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