第27話 地下世界18-1
オークションを抜け出し、最後の目的地、奥のテントへと向かう。
リナは数歩後ろを着いてきているが目が死んでいる。
おかしい。途中まで上手くいっていたのに。何故だ。
奥のテントまでは倫理を少し踏み外し商品を扱う区画を通らねばならない。
できればもっと近くにいて欲しかったが仕方ない。
「お嬢さん、お嬢さん。そんなに暗い顔してどうしたんかね?」
「え? え?」
大きな耳にリナの困惑する声が飛び込んでくる。
早速、絡まれてしまったようだ。声からして相手は女性だ。
振り返るとリナはフードで顔を隠したローブの人物に手を掴まれていた。
体格がはっきりとは見えないので判断はつかないがドワーフかハーフリングか。
「『ザ・フォールン』『メタフィン』『ブレインオルタ』に『トゥルーブラッド』。脳力に悩んでるなら『ルシフェリウム』がオススメだよ。一発で夢の中さ」
「あ、あの、ちょっと。離してください」
駆け寄り、リナ掴んでいた手を引きはがす。
彼女を掴んでいた手を振り払った反動で、ローブの人物のフードが脱げた。
ハーフリングの女性だ。
顔色は土のように生気がなく、身体は小刻みに震え、瞳はハーフリングではありえない紅色。
完全に中毒者ジャンキーだ。副作用で身体をおかしくしている。
「失せろ。金づるにしたいならもっと別のクソ野郎を探すんだな」
手を獣化させ、睨みつけ威圧する。
それだけでハーフリングはよろよろと逃げ出した。
「全く……隙を見せるとすぐ寄ってくるな」
「あ、ありがとうございます……」
「価値観がずれてるのは分かってる。納得できない感情があるのもわかってる。でも、今はあんまり離れて歩かないでくれ」
「……はい」
リナの無事を確認し、彼女の周りでふわふわと飛ぶ金属球を睨みつける。
お前、仕事しろよ。オークションの前まではきっちり仕事してたじゃないか。
「あ、あの……手、また握って良いですか? 危ない、ので」
おずおずとリナが言った。先程まで険悪なムードだったため気まずいのかもしれない。
リナがどっかに歩き回らないなら別に手をつなぐ意味もないが、外装骨格がどうしてだかストライキを起こしている。こいつが機能しないなら確かに此処は危険だ。
「……そうだな。じゃあ行くか」
リナに手を差し出し、手をつなぐ。
歩調を歩くのが遅いリナに合わせてそのまま目的地を目指した。
第十八話 テントのお店
ジャンキーに絡まれてから少し歩き、今回の闇市最大の目的地、奥のテントへとたどり着いた。テントは闇市の空間の端に幾つも並んでいる。
テントではなく正確にはゲルだかそんな名前だっただろうか。
元々は人里離れた場所で暮らす獣人使う移動式の住居だったと記憶している。
テントの色は黒く、入り口には武装したエルフの衛兵が立っていた。
此処までくれば安全だ。リナと繋いでいた手を放して衛兵に近づく。
「いらっしゃいませ、お客様。こちらのサービスのご利用は初めてですか? 販売員にご希望は御座いますか?」
「いや、何度も使わせてもらってるよ、取引相手は誰でもいい。今すぐに入れるか?」
「ええ。すぐにご案内できます」
「そうか、じゃあ早速、使わせてもらうよ」
「さぁ、どうぞお客様、お足元にお気を付けください」
布を上げて中へと招き入れられる。
中には飾り気のない木の椅子4つと木の机1つ。それと随所にある間接照明。
他に目立った調度品の類はなく黒い布が部屋全体を覆っていた。
何もない寂しい空間に見えるがこの場所は尋常な場所ではない。
この空間は外からは感知することのできない秘術のオーラに満ちている。
この閉ざされたテントの内部は現存するあらゆる秘術で外からの攻撃に対する防御が成されている。
単純にテント内部から声を漏らさないだけではなく、遠距離から会話を聞き取る秘術、姿を盗み見る秘術、意識を読む秘術、精神を捻じ曲げる秘術、およそ思いつく限りすべての害をなす秘術がこの空間では抑止され、効果を成さない。
簡単な話、絶対に外部へと秘密の話が漏れないのだ。
「いらっしゃいませ。おや、これはスバル様では御座いませんか」
テントの奥、衝立から見知った顔のエルフが歩み出てくる。
露店の店主代理、キールだ。
「こっちが本業だったのか」
「えぇ、あの露店は知り合いの物でして少し用があるからと代理を頼まれていたのですよ。さぁ立ち話もなんです。どうぞこちらにお掛けください」
二人で席に着くとキールが衝立の裏からティーカップを持ってやってくる。
あまり嗅ぎなれない香りのお茶だ。口に含むと独特の匂いが鼻を抜けた。
「おいしい……」
リナは惚けた顔をしているが俺はそこまで好きになれない。上品すぎる。
「スバル様のお口には合わなかったようですね。別の飲み物をご用意いたしましょう」
「いや、別に構わない。先に用件を済ませよう」
「かしこまりました」
俺とリナの対面に座ったニールがメガネの位置を元に戻し居住まいを正し、一礼。
「改めまして私はここに出店させていただいてる『アークティック商会』のキールと申します。本日は私共が必要な品々をご用意させていただきます。どんな品でもお望みの物を必ずご用意いたしましょう」
『アークティック商会』は闇市を運営する大手の商会の一つだ。
結族のように単一の種族で構成されているわけではなく、結族に属さない多くの種族が闇市への忠誠と実利のために所属している。
彼らは独自の仕入れルートを持ち、手に入れられないものはないと豪語しているという話だ。
「そいつは頼もしい。じゃあ早速だがーー」
腰のポーチから必要な宝石の書かれた紙を机の上に出しキールの方へ差し出す。。
「そこに書いてある宝石を全て準備してほしい」
「拝見いたします……これはこれは、基本的な防御呪文から需要の少ないものまで、かなり量の秘術発動体ですございますね。わかっていらっしゃると思いますが此処では現金でのお支払いか宝石や芸術品などそれに類する品でのお支払いになりますが」
分かっていると返事もせずに、キールがリストの内容を確認をしている間に取引相手の彼を安心させるように袋へと手を入れる。
『秘術の携行袋』から袋詰めの金の延べ棒や金貨、秘術の込められていいない普通の宝石、カマキリの使っていた≪接触広域化≫の施された腰ベルトなどの秘術アイテムを取り出し机の上に並べた。
一度に取引する量としてはかなり多く机の上だけでは乗りきらない。
仕方がないので地面にも置いておく。
この街に来て二年と少し、そろそろ単純な携行袋ではなく便利な財布の秘術アイテムの購入を考えてもいい時期かもしれない。
「≪蝙蝠の反響≫(バット・エコー)などは現在品薄の状態ですので少々お高くなりますが、合計で金貨42000枚頂きます」
流石、商人と言ったところかリストの品は全て金額が頭に入っているようですぐに値段の合計を出してきた。
俺が時間をかけて事前に費用の予測を計算してきた金額より少し高いが、提示された金額は適正の範囲内だろう。
此処ではふっかけてくる商人も多い。
取引というレベルならキールは今のところ信用できる人物のようだ。
「なんでまた≪蝙蝠の反響≫が品薄なんだ? 希少なものってわけでもあるまいし」
≪蝙蝠の反響≫は物陰に隠れている敵や、短い距離の地形を把握する秘術だ。
有用だがあまり貴重な物でもなく、いつもは余っているくらいだったと記憶している。
「アイリスのスラム地下に溜まっているクリーチャー狩りが続いているのはご存知ですよね?」
「あぁ、よく知ってるよ」
「ワーグだけではなく蜘蛛型のクリーチャーも沢山発生してしまっているので奇襲対策と潜んでいる敵のあぶり出しに使われているみたいですね」
こんな所にまで前回の騒動は波及しているのか。
「わかった。需要が高くなってるんじゃ値段が上がるのも無理はない。支払い分をそこから取ってくれ。かなりの金額だそれくらいはサービスしてくれてもいいだろう?」
机の上と地面に散らばった金貨などを指さす。
「はい。ですが大変な作業になりますでゴーレムを呼ばせていただきます」
乱雑に金貨を取り出していたことから想像はついていたのかキールは嫌がる素振りも出さずに手を叩いた。
彼が合図をすると奥から石のゴーレムが8体程てこてこと歩いてくる。
「か、かわいい!」
リナが思わず声を上げる程にそのずんぐりむっくりの姿で歩く姿は愛らしい。
彼らは30センチほどの丸い岩の上に小さなごつごつとした石の頭が乗り、小さく短い四角い足に身体に比べて長い手、単純な作業をするための5本の石の指が取りつけられていた。
≪石の操り人形 (ストーン・ゴーレマンシー)≫の呪文で作られた石の従者だ。
単純な知性を持ち合わせており、武器を扱い、簡単な命令を実行できるため、その用途は多岐に渡る。爆発物や燃焼物を持たせれば愛らしい見た目とは裏腹に、気配無き特攻要員としても活躍する汎用性の高い呪文だ。
リナの様子にキールが微笑み、石の従者に指示を飛ばした。
2人のゴーレムが俺の出したリストや秘術アイテムを受け取り奥へと戻る。残りは金貨をせっせと数え始めた。
金貨の量を≪公正な取引≫などの秘術で見極められても、金の延べ棒やの真贋や秘術アイテム、宝石の鑑定には時間が掛かる。
今回はその時間を有効利用し、彼らに金貨の取り分けをやらせるようだ。
石のゴーレムの一人が地面に這いつくばり土台となる、その上を別のゴーレムが乗り机の上の金貨を運び始める。
机の上に手が届くのかと疑問だったが心配はいらないらしい。
「商品のご用意と金貨を数えるのにしばらくお時間を頂くことになります。お茶請けをお持ちしますので少々お待ちください」
キールが立ち上がり奥へと引っ込む。
すかさずリナが肩を軽く叩いてきた。
「スバルさん。さっきのリストちらっと見えちゃったんですが≪跳躍≫とか≪非常時の盾≫といつものお店で買えるようなものも買ってましたよね?」
「そうだな」
「はっきりとはわかりませんが値段が高めに見えますし、なんでわざわざ此処で買うんですか?」
リナの疑問を答えようとしたところで、予め用意させていたのかキールはすぐに戻ってくる。
彼の持つお盆には別のお茶と皿に盛られたスコーンが乗っていた。
俺を気遣い、別の種類のお茶を持ってきてくれたらしい。
「お嬢様はこういったテントのご利用は初めてで御座いますか?」
「あ、はい。そうです」
「失礼。お話に割り込んでしまいました。お客様に楽しんでいただくのも商人の大切な仕事でして」
「気にしてないさ。割り込みついでに俺の代わりにリナに説明してくれると助かるんだがね。君らの売りだろ? 此処で買う理由」
キールは皿を机に並べ、綺麗な動作で椅子へと座る。
お茶を受け取り一口飲む。苦みがあるがこのお茶はおいしいな。
「はい。かしこまりました。それでは、まずはお嬢様。お名前を教えていただけますか?」
「ドゥシャー・ルキーニシュナ・ミクリナです」
「ではミクリナ様。では、僭越ながら闇市の意味について説明させていただきます。しばし私の話にお付き合いください」
「よ、よろしくお願いします」
リナが背筋を正し、頭を下げる。
俺はキールが話してくれている間、このスコーンとお茶を楽しむことにしよう。
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