第30話 地下世界20
大きな通りを外れ、身長の3倍程度の小さな穴を這い回る小虫やネズミと共に進んでいく。
気持ちの良いとは言えない光景にリナがうめき声を上げた。
道幅の短いこの通路では頑なに一列縦隊にこだわる必要もなく、危険も感じられない。
今は各々が自由に歩いている。
道の傾斜からみて徐々に下に向かっているのは間違いない。
穴自体は完全なる岩肌ではなくなり所々に土や粘土が見受けられる。
土などの柔らかく根の張れる部分には足首から脛程の高さの茎や葉が赤色で構成される植物が育っており、蜜を貯めた白い花を咲かせている。
蜜の甘い香りに誘われ一匹の小さなネズミが花弁に近づいた。
微動だにしなかった葉が突如、俊敏に動き出しネズミの身体に茎を絡ませる。
ネズミは抵抗するも茎を払うには至らず、やがてネズミはピクリとも動かなくなった。
そして植物は死骸にさらに葉や根を巻き付かせ、終いには植物の玉となりネズミは完全に見えなくなる。
よくよく見ると植物の根元には動物の骨が何個も転がっていた。
小さな通路では植物は土からの栄養だけでは足りず動物を襲うことも多い。
小さな攻防を見届け目的の場所に辿り着くと最近塞がれたようにその別れ道は無くなっていた。
本来あるはずの右に抜ける通路はなく、代わりに左に向けて新たな通路が伸びている。
正面の通路を進むか、左の道に抜けるか選択を迫られる。
「また、道が変わってんなぁ。此処に右に抜ける通路があったはずなんだけど……」
洞窟内の道順の書かれた手書きのスクロールと顔を突き合わせ、頭を掻く。
潜りはじめてから何度目かわからないボヤキを呟いた。
「ノームとトンネル・ワームが阿保みたいに頑張ってるんでしょ。いつものことだし仕方ないよ」
ココが俺の手元にあるお手製の地図をのぞき込み、通れなくなった道にバツ印を付けた。
「洞窟なのに道が自然と変わっちゃうんですか?」
リナが植物玉を興味深そうに眺めながら言った。
「洞窟なんだから普通変わるだろ、俺が知る限り道の変わらない洞窟がない」
完全に閉じ籠った世界で長い事暮らしてきたリナは下の世界の事情に控えめに言ってかなり疎い。
入り口部分だけ塞がれているのではないかと淡い期待を込め、右の通路があった場所の壁をなでる。硬い。相変わらずノームはいい仕事をしてくれる。
「こういう細い道は大体がノームっていうボクの足元くらいの鼻のでっかい生き物が当てもなく掘っているのさ。あとはでっかい虫とか知性あるクリーチャーが暇つぶしと実益を兼ねて掘ったりしてる」
「なんのためにそんなことを……きゃ!」
植物の玉を突っつきすぎて怒らせたのか葉を腕に巻かれ慌てだすリナ。
スローイングナイフでココが葉を切り付け救出する。
リナの大きさ的に絶対にあの植物に食べられることはないが締め付けられれば痕はのこる。
「ノームは土とか岩の中にある宝石とかなんかの幼虫が好きって聞いたことがあるけど正確なことはしらないね。あいつらの嫌なところは掘った土を別のとこに持ってって埋めちゃうところだよ」
「凄い不毛な生き物ですね……」
「自分で掘ったところ忘れてまた掘り始めることもあるからお笑い種だね」
二人がじゃれついている中、俺はスクロールを携行袋から取り出し、発動する。
≪空間把握≫(デップ・パーセクション)の呪文が俺の脳内に半径数キロメートルの道を全て浮かび上がらせてくる。
持続時間が切れないうちに地図へと道順を書き込んでいく。
「小さな通路よりもさっき通ってきた大きな通路のできかたの方がやばいね。あの幅のミミズが土を食べながら進んでるんだ。いやー、一度横から見ちゃったことがあったけどあれはびっくりしたね。いきなり後ろから凄い地響きがして振り向いたらもう居るんだ。もう凄いのなんのって、一歩間違えればボクとスバルは今頃ミミズの腹で定住しちゃうところだったよ」
「うぇー、想像もつきません」
「うにょうにょの超でかい版って感じ。あのトンネル・ワームには二度と遭遇したくないね」
雑談を尻目に書き写していると脳内の地図が消えた。時間切れのようだ。
地図を見返す。道筋はだいたい見当がついた。
「正面の道を進むからついてきてくれ、この先に大きな空洞があるみたいだから安全を確保してそこの周辺で一度休もう」
出発してから軽い休憩を挟んで8時間。
秘術の補正があるとはいえリナはそろそろ体力の限界だろう。
休む場所を探そう。
「さっきみたいに道がコロコロ変わっちゃうのに目的地は分かる物なんですか? 帰りとかも少し不安です」
歩み始めるとリナが小走りで隣に寄ってきた。
リナにとって初めて見るものが多いとはいえ、基本はただの土壁。
彼女の興味を引くものは減っていきお喋りがだんだんと多くなる。
俺はベルトに頑丈な糸を通してぶら下げている物体を見せる。
半ばから折れた骨の破片だ。
「これは『引かれあう骨』って言って見た通りこいつの片割れが他にあるんだ。元は一つだったもので割るともう片方の骨の方向を向き続ける秘術アイテムだよ。目的地に辿り着いたらそ片割れを埋めとくか置いとくかすればまたそこに戻れるようになる。距離まではわからないけど方角なら完璧だ」
「ほ、骨……なんだか広大な地下通路をあるくのには頼りないですね」
確かに頼りない。
けれど高い秘術を使って場所や道を特定するよりずっと安上がりだ。
その後もリナは疲労を誤魔化すようにしゃべり続けた。
第二十話 地道な世界
戦闘も起こらず無事に大きな空洞へとたどり着く。
洞窟の壁面には所々に灯りが設置してあり、なんらかの知性ある存在がこの場所に手を加えていったことがわかる。
≪空間把握≫で得られた情報では此処を下った先にさらに道が続いている。
降りるしかないだろう。
空洞は構造的には卵のような形でかなり大きい。
俺たちの進んできた道は卵の上部に接続するようになっており、切り立った断崖のような場所から空洞を上から見下ろせる。
下の地面には植物の木が生えており青々と茂っている。
崖の高さは百メートル前後ありそうだ。
空洞の下に脅威が居なければそこで休むのが良いだろう。
何かがある可能性が高いのはこういった空洞だが何かあった時に動きやすいのもこういう開けた場所だ。
道の淵から崖を見下ろすと足場にできそうな突き出た岩場がいくつかある。
耳を澄まし、音を収集するとなんらかの生物が潜んでいることが分かる。
木々の中に何かがいることは間違いない。
縄梯子でゆっくりと降りるか≪軟着陸≫で一気に全員下まで降りるかを考え、決断する。
帰りのことを考えると縄梯子を設置しておくほうが良いだろう。
その意を二人に伝え準備に取り掛かる。
ココが比較的硬い岩盤部分の壁を探り楔を打ち込む。
俺は縄梯子を取り出し打ち込まれた楔に固定する。
淵まで行き縄梯子が届く突き出した岩場を目がけて縄梯子を降ろす。
リナは横で応援をしていた。やれることがないから仕方ない。
一応、外敵が居ても対応できるように外装骨格をすぐ纏えるようにしてもらっている。
体重をかけて楔が抜けないことを確認し下へと降りる。
一歩一歩慎重に降りて何事もなく岩場に着いた。
縄梯子の下を固定し、揺れない様にする。
下を覗き込み次なる足場を探し楔を打ち込み再び縄梯子を降ろす。
そのような作業を5回ほど繰り返しようやく下へと到着した。
縄梯子や楔は高価な品ではなく懐も痛まない。今後への投資だ。
壁の端の近くには植物は生えていない。
上へと松明を振り降りてくるように伝える。
リナ、ココの順に降りてきて下で合流。
待っている間にその場でざっと見回したところ悪意ある存在は潜んではいない。
あとは獣や虫の確認だけだ。
ハンドシグナルで静かについてくるように伝え植物の林の中へと入る。
地面は土、耳からは獣の息遣いが聞こえる。
さぁ、鬼が出るか蛇が出るか確かめに行こう。
結論から言うと何の問題もなかった。
「プギプギィ」
「か、かわいいです」
林に居たのはポニャディングという草食動物のみ。
体長40センチほどの俵型の全身に短い尻尾とくりくりと小さな目、毛が生えず厚すぎて弾力性に富んだその体表は人の作った生半可な武器では刃が通らない。
無論野生の動物も歯を通すことができず捕食できない。
彼らは警戒心が薄く、何者にも近寄る。
肉食獣でも近寄るが歯が通らないので噛まれても何も感じず、それどころか遊んでもらえると思ってさらにすり寄ってくる。
今もリナが可愛さのあまり必死に撫でていた。
その周りを外装骨格が俺も撫でろと言わんばかりに飛んでいる。
「今日はここで休もうか」
適度な温度に適度な広さ、湧き水もあり休むにはちょうどいい。
飲み水には使えないがものを洗うのには使える。
水場から少し離れた広場に『潰えぬ松明』を突き刺し灯りを確保。
ココが寝袋を取り出し松明の近くに設置する。
「こんなに人懐っこいクリーチャーが居るんですね」
「世の中人間に害がある生き物ばっかりでもないのさ」
俺は火を起こし、寝る前の食事の準備を始めた。
その時、ひそひそと小さな声でリナがココに話しかけるのが耳に入った。
「……あの、ココさん。おトイレっていつもどうしてますか?」
こういう内緒話をされているときに俺の耳は拾う音の調節ができたらいいのにと思う。
「あー。そうか初めてだもんね。気づかなかったよ。基本的に無防備になりやすいから一緒にいる人に警戒してもらいながらするもんだよ」
「えぇ!? じゃあまさかココさんはスバルさんと二人の時は……」
「まぁ、そうなるよね。死ぬよりはいいでしょ。此処は植物も動物も危険なのはいないから大丈夫だよ。念のためリナが行くならボクがついていくけど……」
「あの……じゃあすいませんがお願いします……もうだいぶ限界で……」
こんな話が聞こえてきてしまう。
はっきり言って微塵も気にしないが気にされるとどうにも居心地が悪くもなる。
リナもそのうち慣れてくれるといいのだけど。
「スバル。ちょっとリナと二人で近く見てくるから準備しといてね」
手を挙げて返事をする。
下関係は相応のアイテムが開発されている。
獣のクラフティバットが臭いを消していたことからもわかるように敵の痕跡を探る上で臭いというのは非常に重要な要素だ。
光のない空間の多い地下の洞窟は、視覚以外で他の存在を知覚するモノが多いのだ。
それ故に下への対策も多い。
代表的な物はかければ臭いが消え水分が蒸発し、物がカラカラに乾く粉。
臭いが消えるという性能は汎用性も高く用途も多い。
他にも液体状の臭い消しや秘術すらも開発されている。
人類は下対策に余念がないと言ってもいい。
野営の準備をしながらも、無駄に高性能な大きな耳が滴る色々な音を拾ってしまっている。
適当にポニャディングを撫でて雑念を消し、作業に集中した。
火を点け『秘術の携行袋』から食器類と鍋を取り出し水筒から水を入れ火にかける。
その中に野菜の乾燥ペーストを入れスープを作る。
水には少量のアルコールが入っているが沸騰させれば飛んでしまうから特に問題はない。
そして、無論のこと匂い対策の施された野菜スープには殆ど匂いがない。
「特に危険な生物はいなかったよ。あ、スープ温めておいてくれたんだ。気が利くじゃんスバル」
その時、二人と金属球が戻ってきた。心なしかリナの顔は赤い。
レイナールの依頼で地下遺跡に踏み入れた時も長時間いたわけではないのでそういう行為を人前でするのは今回がきっと初めてだ。
「暖かいものを食べるだけで元気出るからな」
俺だけが感じる気まずさを誤魔化すために必要以上に優しくなる。
ココがニヤニヤと笑っている辺り気が付いているのだろうが。
干し肉を取り出し木の器にスープを取り分ける。
ついでに干しブドウをポニャディングに放る。
すると木々の間から大きな固体や小さな個体まで現れ嬉しそうに食べ始めた。
「俺達も食べようか」
俺の言葉を皮切りに各々が地に腰を降ろし食事を摂り始める。
質素な食事でも栄養は胃に広がり元気を与えてくれた。
干しブドウだけでは足りないのかポニャディングが足元の頭をこすりつけてくる。
あげるものはないので足蹴にする。
何故かプギプギと喜び、何度も足に頭をぶつけ出し始めた。
うざ可愛い。
「ああいう灯りって誰が設置してるんですかね」
リナが干し肉を咀嚼しながら洞窟の壁を指さした
「知性ある何者かが設置してるんだろうな」
「じゃあもしかして此処にもまたやって来たり……」
「その時は挨拶でもすればいいさ」
嗅覚や聴覚に異常は無く、この空間には足元の動物と俺達しかいない。
今のところは安全だ。
壁の灯りは悪意ある存在が設置することはまずありえない。
彼らは暗がりを好む。何事にも例外はあるが警戒しすぎばなにもできない。
かといって警戒しなさすぎれば痛い目を見る。
何事もバランスが大事なのだ。
食事も終わり湧き水で食器類を洗い、起こした火を消す。
明かりは松明だけで十分だ。
熱を食べる奇特なクリーチャーも存在している。無駄に熱を発する意味もない。
携行袋から毛布を取り出し、携行袋を枕の位置に持ってくる。
「見張りは打ち合わせ通り先に俺、次に二人の順で寝ていこう。5時間交代で」
睡眠の効率を高める寝具もあると聞く。
今は装備や別のアイテムにお金を取られているが、いつかは欲しいものだ。
他愛のないことを考えながら俺は毛布にくるまった。
「あ、そうだ。いい加減どこに向かってるか教えてくださいよ」
「自分が酔っぱらって聞いてなかっただけでしょうに……」
「頼みますよココさーん」
「隠すほどのものじゃないから言うけど、次からはきちんとしないとだめだよ。行く場所はコボルトの集落、次こそは忘れないでね」
二人の会話を子守歌に、俺は目を閉じ眠りについた。
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