第18話 地下世界12-1
「ワーグを利用するって正気かよ……」
リナの立てた作戦は頭のいかれた作戦だった。
大人数相手にどう戦うか。
答えは単純。こちらも数を用意すればいい。
その発想の元、利用するのはここらの地下で最近幅を利かせてるワーグ。
逃げるうえでの障害となるクリーチャーやモンスター、そしてセントラルシティの敵。
その全て誘い出しぶつけ合う。言うは易く行うは難し。
しかし、面白い。有効でもある。
ココと知恵を出し合い、手持ちの秘術を確認しながら準備を進める。
外装骨格についての注意点をもう一度リナに聞いておく。
まずは追手であるセントラルシティの連中が必ずそこで停止してくれるように広場を見つけ、目に留まるような場所に作り替える。
いちいち点けるのが面倒な火をファイリエに頼み、広場の至る場所で燃やしてもらう。
これで今までの道と違うこの場所で立ち止まらざるを得ない。
少なくとも警戒のためにわずかな時間でも留まるはずだ。
作業を終えたファイリエに別れを告げ次の作業に移る。
蜘蛛が時間稼ぎをしているが迅速に行わなければ準備の間に追いつかれてしまう。
次に地面に目印をつけ、幻術を使用したときその地点で幻を生成できるように分かりやすくする。さらにその地点にはもったいないことこの上ないがルコの実とリコの実をすりつぶして水に溶かしたものを散布し、現物もいくつか転がしておく。
これでワーグが来なかったら恨んでやる。
最後に隠れる場所だ。
リナの言葉の限り、外装骨格は非常に高性能で身体能力の向上から武器生成まで行え、索敵までできる万能な兵器だ。
また、おびき寄せるワーグをはじめとした多種のクリーチャーからも姿を隠さなければならない。
それを誤魔化すために秘術の力に頼る。
秘術の宝石の数が手数、手管の多さに直結する。
冒険者の中で何度も言われるその言葉はやはり真実であった。
≪石の加工≫(ストーン・プロセス)により天井の石を加工し、釣り天井のように人が隠れられ、尚且つ下を見渡せる空間を作成。囲まれた三面をのぞき穴のある壁にすることでさらに相手からの視界を妨げる。
ダメ押しで≪虚実の変装≫を使い自分たちの姿を石に偽装する。
攻撃してしまえば変身は解けるが仕方ない。
途中三匹の蜘蛛が戻ってきたため瓦礫に隠れるようにココが指示を出す。
最後の≪跳躍≫を俺が使い、リナとココを上に運ぶ。
秘術で作り出された空間はかなり狭いが贅沢は言えない。
準備は万端。どうにか間に合った。
そして奴らが何も知らずに現れた。
≪幻の操り人形≫(ビジョン・パペット)を起動させ時間を稼ぐ。
これは術をかけられた人物の実体のない現身を作る幻影の呪文だ。
視界共有やその幻を通して会話することすら可能にする。
この呪文でリナの幻影を下に飛ばし、時間を稼ぐ。
「視界が二つあるのって気持ち悪いです……」などとリナが言うが諦めてもらうしかない。
時間がない。
リナと上の人間との会話は予想以上にうまくいった。
会話の最中に耳へ獣の足音が入ってきた。
近くにいるかもわからないワーグを木の実を水に溶かすことで広まった臭いだけで待つ、それはまさに賭けだった。
ワーグが現れないの可能性も大きい。
しかし、賭けに勝った。
顔がにやける。
危機的状況には変わりはないが少なくとも追ってきたセントラルシティの連中に一泡吹かせることはできる。
リナの幻影を消し、残っている木の実水を散布。
さらに≪英雄の焦燥≫(ヒーロー・オブセッション)をココと同時に使用。
リナと会話している偉そうな奴の足元に煙が出現し、周りにいる連中を含めて煙が包み込む。
精神に作用するこの呪文は彼らの精神を高揚させ、英雄的攻撃衝動に陥らせる素晴らしい呪文だ。
抵抗できない奴らはあのワーグを自分で倒さねば他の隊員に危険が及ぶと考えていることだろう。
最後にダメ押しの蜘蛛の糸だ。
これでセントラルシティの追手は三分の一がワーグに突っ込み、残りが蜘蛛の糸に捕らわれ成す術もなくなる。
あとは戦い合わせて終わるのを待つ。
心配は臭いのせいで想定以上に敵が来ることだったが今のところは大丈夫そうだ。
最悪の結末は俺たちが会話の最中に見つかり、ワーグと追手とを同時に相手取ることだったが上手くいった。
眼下に広がるのはワーグと上の連中との総力戦。
どちらが倒れても、もう一方に傷跡を残す。最終的に俺たちが傷ついた勝者を狩る。
全て総取り。
笑いが止まらない。
リナの目論み通りに事が運んだ。
ただ、一点を除いて。
地下世界第十二話
「なんなんだあれは」
異様な光景に思わず声が漏れてしまう。
作戦自体は上手くいった。あんな付け焼刃な作戦で。
異常事態を目の当たりにしたリナが端に嘔吐した。
地面にぶちまけられた吐しゃ物が反射して足にかかるが気にしていられない。
身体を震わせ助けを求めるようにリナが俺の肩を掴む。
ココや俺ですら気分の悪くなる状況だ。仕方がない。
眼下に広がるその景色はそれほどまでに異質だった。
人が肉風船のように膨れは弾け肉汁を飛ばしている。
増大した目が眼窩から零れ落ち、増殖を繰り返す。
肉を擦れ合わせる音が響き、その肉の塊を銃弾を受けたながらワーグが喰らう。
色々とクリーチャーを見てきた方だと自負はあるがこれほど気持ち悪いモノは中々いない。
「げほっ……すいません。掛けてしまって……」
「リナ……君んとこの街の住民はみんなあんなんなのか?」
「そんなわけないですよ……なんなんですかアレは……」
リナが涙を浮かべながら目尻の拭う。
「ココは心辺りあるか?」
「わからない……けど、今の状況はボクたちにとって悪い事でもない」
水を取り出しリナに手渡しながらもう一度、下を眺めた。
糸で動けなくなっている後方組のところにワーグが取りつき、齧りつく。
外装骨格で反撃でワーグの死体は量産されているが、その数が最初の接敵よりも増えて多勢に無勢だ。
金属を抉られるたびに怨嗟の声を上げて肉塊が増えていく。
そういえば最初に肉塊になった奴は、変化する前に助けを必要以上に求めているように見えた。もしかすると彼らは外装骨格になんらかのダメージを受けるとこうなることを知っていたのだろうか。
「……もう大丈夫です」
リナは荒い呼吸を懸命に抑え、平時の状態へと戻ろうとしている。
その間にも下の争いは激しさを増している。半数異常が肉の塊になってしまった。
それぞれの肉塊の周りを銀色の金属球が浮遊している。
よく見てみるとワーグが肉塊を貪っている場所全てにその金属球がある。
「あれなんだろう」
指差してココに謎の物体を知らせる。
「金属みたいな材質だね。見たことないな……浮いてるのは≪念動力≫のせいかな?」
「仕組みはわからないけど珍しい事には変わらない」
あーでもないこーでもないとココと一緒に考えているとリナが気分が悪そうに短く答えた。
まだあの肉塊に慣れていないらしい。
「あれが外装骨格です。あの銀色の球を人が装備すると外装骨格になるんです」
セントラルシティの部隊の人数は20。
ワーグにこそ負けてしまっているが遠距離攻撃の性能自体は悪くない。
地下で崩れることを恐れてかミサイルを使ってはいないが多分使えるはず。
リナの話を信じるなら傷ついてもすぐに修復されるらしい。
これは是非とも手に入れておきたい。
銃撃の音が大きく、煩いので地下遺跡や洞窟を探検する道具としては三流以下も良い所だが格好良い。
一度は使ってみたい。
金の匂いに不快な肉塊の存在も忘れ鼻息が荒くなる。
ココも柄にもなく大金のチャンスに目を輝かせている。
「あれは多分スバルさんの言うピュアヒューマンにしか使えないと思います。遺伝子情報で上の人間以外には使えない。そういう機能が付いています」
荒くなった鼻息が一瞬で収まる。
ココなぞ何もなかったかのように詰まらなそうに下を眺めている。
使えない道具は売れない。
イデンシジョウホウと言われてもわからないがアイリスの人間、デミヒューマンには使えないということは分かった。
普通に売るのは無理か……。
あ、上の技術を研究してるレイナールなら買い取ってくれるかも。
そうこうしている内に下での戦闘は終盤を迎えていた。
「最後に残ってるのはリナと話してたやつか」
「スバル、遅くなったけど賭けしない? どっちが勝つか」
「これもう勝負見えてるだろ……ココもわかってると思うけど明らかに逆転の目がないぞ」
下では蜘蛛の巣に絡めとられながらも動ける範囲で攻撃をかわし、外装骨格で両手に剣を生やし肩口の銃からワーグへと牽制を放ち続ける兵士がいた。
彼以外は全員肉塊へと成り果て水泡の如く膨れては弾けを繰り返している。
リナと話した奴は偉ぶるだけではく実力も相応に有していたらしい。
「でも、スバルはいつも条件悪い奴に賭けてるよね……」
「賭けとこれは別だよ。ほら他の奴らも集まってきてるじゃん」
地下遺跡の奥の道からはワーグとは別のクリーチャー、同じ犬型のハイエナが姿を見せ始めている。
早くもスカベンジャーが現れた。
腐肉漁りといえども弱っていれば躊躇せず生きている動物を襲う。
この場は肉塊は弾けまくってるせいで血の臭いが上にまで届くほど酷いことになっている。
血の香りに誘われてもっと別のクリーチャーが現れるのも時間の問題だ。
下で最後に奮闘している彼にとっては悪い話でしかない。
「残念。せっかくスバルから巻き上げようと思ってたのに」
「グラント結族から報酬が入るんだから俺からとろうとするなって……」
ココと二人で軽口を叩いている間もリナは真剣に下の様子を窺っている。
その時、肉塊の周りで漂っていた外装骨格が急にこちらに近づいてきた。
近くで見ると直径30センチ程のようだ。
天井付近に作られた今いる空間の周りをふよふよと回り始める。
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