第19話 地下世界12-2

「私に寄ってきてるみたいですね……」

「そりゃまた便利な」


どうやって外装骨格を回収しようか考えていたところにまさか向こうから来てくれるとはちょうどいい。

手間が省ける。


「外装骨格は人の役に立つためにプログラムされているんです……もしかしたらあの肉の塊になってしまった人が死ねたのかも知れませんね……」


リナが悲しそうに一面だけ空いてる壁部分から手を出すと外装骨格が一つ近づいてくる。

咄嗟に金属球をつかみ取り『秘術の携行袋』に押し込む。


リナに睨まれた。


「あ、ごめん」


感傷的になられても目の前に貴重なものがあったら手に入れてしまう。

リナの前の金属球が居なくなると別の金属球が再び寄ってくる。

思わずまた手が動いてしまう。

隣を見るとココも同じく『秘術の携行袋』を片手に構えていた。


悲しいことにこの行動は冒険者の性だ。

手が止まらない。


「……わかってます。感傷的になるのは後にします」


長いため息が隣で聞こえた。

気にしない様にしてココと一緒に携行袋に金属球を押し込んでいく。


「ははっははははははは!!!! そこに居たのか!!!!」


慌てて下を見ると一人奮闘していた兵士が戦いながらも上を見ていた。

明らかにこちらの場所を認識している。


やばい、ばれた。何故だ。金属球か。

人に寄ってくるってリナが知っているなら下の奴も知らないはずがない。


一際大きな炸裂音。

確認もせずにココとリナを≪石の加工≫で作られた空間から引きずり出し胸に抱える。

あと五個ほど金属球を回収していないというのに。


飛び出すと同時に後方から爆音。

身体を丸めて衝撃に備える。


しかし、想定した爆風がやってこない。


首を捻り後ろを確認。

すぐ後ろには銀色の何かが薄く広がり爆風を反らしていた。

浮遊していた金属球が助けてくれたらしい。


「ス、スバルさん大丈夫です」


胸の中で苦しそうにリナが言う。

強い衝撃で天井の一部が崩れた。


「きて!!」


リナの一言で広がっていた金属球が形を元に戻し、彼女のところへと飛んでくる。

俺の胸元から抜け出し、リナは金属球へと手を伸ばした。


硬質な見た目を裏切り、5つ金属球が柔らかく形を変えた。

流体となった金属が無数の小さな1センチほどの立方体に分かれだす。

立方体は意思を持っているかのようにふよふよと動き始める。

リナの手に、足に、腹に、顔に、全身に立方体は殺到する。



それらは瞬時に結合し、新たな形を模った。

無骨なフォルムがリナの全身に覆う。銀色の表面に赤いラインが引かれた塗装。

肘から先が一回り大きく武装が隠されているように見受けられる。

腰からは蜘蛛の脚のような刃物が三対生え、膝から先も太く重点的に守られていた。


5つの金属球を使ったせいか今まで見てきた外装骨格とはずいぶんと造形が違う。

全体的にごてごてしている。


ココが≪軟着陸≫を唱え、足元の光と共に俺とココの落下速度が緩まる。

胸の中からココを開放して着地。


隣にリナと思われる全身鎧も緩やかに着地。誰だこいつ。


変わり果てたリナを意識の外に追いやりすぐさま向き直り、ミサイルをかましてきた兵士を見る。

金属に覆われた顔からは表情は読み取れないが悔しがっていそうだ。


彼の周りにはワーグ、ハイエナ、他にもダイアマウスに巣を作らず狩りをするために徘徊する天然物の蜘蛛。予想以上にクリーチャーが寄ってきている。

リコの実ルコの実が効果を発揮しすぎた。

セントラルシティの兵士を倒せても残りのクリーチャーを相手するのは少々厄介だ。


マンティスも撃破し、上の部隊はほぼ壊滅。当初の目的は果たした。

戦う意味がない、穴に引き返してとっとと地下遺跡から脱出しよう。


「逃げるぞ!!」


全員で上へとつながる穴の方へ一目散に走りだす。

俺とココが大きな瓦礫を縫うように走り、リナが瓦礫に目もくれず破壊しながら進む。

外装骨格を纏う前のリナとは段違いに速度が速い。俺やココと同じくらいの速さだ。


「まてぇええ!!!! ミクリナ!! 貴様のせいで俺の部下が!! 親友が!!」


捕まっているはずの兵士が粘着の糸を地面ごと剥がし跳躍する。

甲高い燃焼音。視認しなくてもわかる。

兵士はミサイルと似たような仕組みで≪飛行≫も使わずに飛んでいた。

直線的に飛来するそれに追いつかれるのも時間の問題。


背後には何かが着弾して地面の砕ける音が迫っている。

飛びながら撃っているらしい。

道をジグザグに走る。

たまらずココが≪反発する力場≫を背後から追尾するように起動。


一先ず僅かな間、撃たれる心配は消えた。

まさか、自由になれる≪拘束からの解放≫(リストレイン・フリーダム)とかそういった系統の秘術もなしに兵士があの拘束から逃げられるとは。


「リナ!! 後ろのお友達をなんとかしてくれ!!」

「無理です!!」


外装骨格の効果は絶大なのか鎧で一回り大きくなったリナは息切れすら起こしていない。

顔まで金属で覆われているから表情こそ見えないが。


「あの金属球5個も使ってるんだからいけるだろ!!」

「装甲とか増すだけで機能的にはかわらないんです!!」

「じゃあ、あれだ肩から撃つ奴で牽制してくれ」


返事を返す間も惜しいのか無言でリナの肩に後方を向いた銃口が現れた。

弾がすぐに発射される。


「ダメです当たりません!!」


次はなんだ。何ができる。

飛んでいるなら風の壁で地面に落とせるか?

思いついたら即実行。


「≪風の壁≫」


後ろで≪風の壁≫の風の向きを地面へと向けるように発動。

術に手ごたえを感じる。地面にめり込んだはずだ。確認している暇はないが。

ココの≪反発する力場≫の持続時間が切れる。


やったか?


「待てって言ってるんだよおおおおお!!!!」


如何なる執念か兵士は墜落からすぐに復帰。

殊更に大きな音を発し、敵は俺の背後に着地。

全身の至る所から銃口を生成し、全てが俺たちの方を向いていた。


「させません!!」


リナが足元から火柱を噴き出し飛び上がる。

そのまま背後を向き、爆風を防いだ時と同じ金属膜を生成した。

銃撃で金属膜が歪む。どれほどの時間耐えられるかわからない。

リナが手を突き出した。


「≪跳躍≫!!」


何処から取り出したのかリナが呪文を詠唱。

見る限りココやリナに変化はなく、もちろん俺にもない。

いったい誰にかけた?

いつ使えるようになった?


疑問を押し込めただ走る。

銃撃が収まった。金属膜をリナが消す。敵は停止して撃っていたらしく距離が離れた。

噴射をやめてリナも俺と並走する。


「このまま真っ直ぐに走ってください!」


リナを信じて振り向かずに走り抜ける。

同時に激しい衝突音。

思わず音源へと振り向く天井に突き刺さっている兵士の姿。


まさか、あいつに≪跳躍≫の呪文を使ったのか。


「上手くいきました!!」


説明を受けている暇はない。

今もワーグとハイエナ、蜘蛛が追ってきているのを感じる。


悲鳴が消えた。


きっと最後の一人の悲鳴だ。

クリーチャーにやられてしまったのだろうが立ち止まって確認している暇はない。

明るい光が見えた。アイリスを照らすあの光だ。

入ってきた入口は近い。


「リナは上まで飛べ!! 縄梯子は最初ココ!!」


ココと俺、お互い≪跳躍≫の宝石はすでにない。

上に戻るためには縄梯子しか手段がない。

幸いなことにココとリナが入口で銃撃を受けていた時に壊れなかったようだ。


全力で縄梯子まで駆けていると、突如、上からの射撃を浴びる。

咄嗟に建物の陰に隠れる。


「くそ、まだ残っていたか」


穴の上には二人の外装骨格。


今まで走ってきた道を振り返る。クリーチャーが大挙して押し寄せている。

リナは飛べんで上に行けばおそらく逃げられる。

けど、俺とココは無理だ。いっそのこと来た道の反対側を奥に進むか……。


「スバル、どうする?」

「今考えてる」


≪飛行≫の宝石はある。ただ制動が酷い。上に行くまでにハチの巣になることは必至。

もっと早く飛ぶにはどうすれば……。

あぁ、もう、後は野となれ山となれ!!


「全員突撃!! 穴の下まで言ったら≪飛行≫を使うから全員掴まれ!!」

「私が先頭を走りますついてきてください!!」


全員が同時に物陰から躍り出て、手持ち最後の≪風の壁≫を詠唱する。

穴から上まで斜めに、射出口のように、強烈な風力を持つ風の壁が出現した。

風に阻まれ銃弾が上空へと打ち上げられる。


「二人ともこい!!」


二人に向かって手を伸ばす。

リナが外装骨格のままを俺の左手に身体を絡ませ、ココは腰に抱き着いてきた。


「≪飛行≫」


呪文を唱えつつ走った勢いのまま≪風の壁≫へと突っ込む。

銃撃を阻むほどの激しい風に≪飛行≫により重さを失っている俺たちは抵抗できずに宙へと流される。



景色が一瞬で流れた。

瞬きする間に街を軽く見下ろせるほどの高度にいた。

宙からの街並みは光りが当たるところ、影になってしまっているところきっちりと明暗が分かれている。

詰まる所いつも通りのアイリス。


「もう大丈夫そうだな」


緩やかな飛行の風を頬に感じながら身体にしがみついている二人に声を掛ける。

ココが抱き着きながら鼻にかかる髪を払う。

「無茶しすぎ、みんなで地下遺跡の奥にいったほうがよかったんじゃない? またはリナだけ先に行って二手に分かれるとか……」

「まぁ上手くいったから良いだろう」


リナが頭部の装甲をといた。長い銀色の髪が風に流れる。

鎧の肩幅と顔の大きさが合ってないためどこか間抜けだ。


「リナは凄いごつくなったな……」

「女の子にごついなんて言わないでください」


兵器に身を包みながらリナは頬を膨らませた。


「そういえばリナはいつ秘術を使えるようになったんだ?」

「いまさっき、無我夢中です」

「宝石は?」

「宝石を貸しておいてくれたのもう忘れちゃったんですか?」


思い出すのは『頑固者のドーナツ屋』。

確かに宝石を貸した気がする。


「あぁ、あの時のか……≪跳躍≫使ってくれたおかげで助かったよ。ありがとう」

「いえ、私なんて何度も命を救われていますし……」

「うわ、髪にマンティスの血が付いた……」


ココが空気も読まずに呟きその上太ももを抓られる。


「俺のせいじゃないだろ」


深く息を吸って、吐く。

身体中から鉄と虫の不快な臭いがした。

風呂に入りたい。


「とりあえずひと段落だ。マンティスは分からないけどセントラルシティの連中が来ることはしばらくないだろうさ」


リナの笑顔が少し陰り、ココは早く綺麗にしたいと髪をいじくる。

俺は二人の様子を交互に見ながら眼下に映るアイリスを見渡し、着地できる場所を探した。

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