第17話 地下世界11

あの時、緩衝地帯の警備担当だったことは本当に運がなかった。

今回の住民の誘拐および機密データの流出の解決を担当させられた、フジノ・バイトは何度目かもわからないため息をついた。

彼はセントラルシティとアイリスが交わる柱の最上部、緩衝地帯の警備隊長だ。


自身の担当時に事件が起こってしまったせいで難癖をつけられアイリスに派遣されている。

こんな危険な場所に来たくはなかったと独り言ちる。


今現在は、デミヒューマンの蔓延るアイリスの中でも最悪の場所、スラム街へと足を延ばしていた。


「隊長、全員配置につきました」


部隊の副長、エリックが知らせる。

その声に元気はなく嫌々やっていることは明白だった。

全員が同じ気持ちだ。隊長だと言われる俺ですら嫌々だ。


街中で誘拐されて自力で逃げ出した少女への銃撃も、科学では説明できない『秘術』の妨害を受けて失敗。

やる気の出ない任務なうえに達成を妨げる厄介な要素まであるとなっては士気が下降するのも無理からぬこと。


スラムや街にいる人間は普通の人間ではない。

ギガント、ハーフリング、エルフ、果てはセリアンスロープ。

見るたびに頭がおかしくなりそうになる。


更に陰鬱な気分に拍車をかけているのが今の装備だ。

頭を掻こうとして流体金属で覆われた手が頭部を撫でた。

手に感触はなく金属同士がこすれる少し嫌な音がフジノの耳に届く。

撫でた部分も撫でられた部分も金属。


フジノの全身は金属に覆われている。

身体能力を向上し、液体金属が最適な武器、飛び道具から近距離武器まで作り出すことを可能にした金属鎧『外装骨格』。

しかし、フジノが装備している『外装骨格』は二世代前に旧型だ。

アイリス上層部がデミ・ヒューマンに見せたくないという理由で今回の任務では最新式の装備が支給されていない。


全くもってふざけた話だ。命を懸けているのは俺達だというのに……


スラム街の崩れかけた建物の屋上で再びため息が勝手に漏れた。


「……隊長?」

「あぁ、すまない」


任務とはいえ本来は救出されるべき一般人の殺害は気が重いが仕方ない。

それが、俺の仕事なのだから。

彼女、ドゥシャー・ルキーニシュナ・ミクリナはただ運が良すぎて悪すぎた。


「エリック、こんなくだらないことはさっさと片づけてこの野蛮な街から帰ろうか」


エリックが頷いた。

気が進まないが悪いことには早めにけりをつけねばならない。それが俺の信条だ。


通信を全体に伝わるようにオープンにする。


「さぁ、諸君。仕事の時間だ。飯の種のためにすべきことをしよう」


黒髪の少女とミクリナ、謎の火の塊がいる穴の近くへ視線を動かす。

部隊はすでにお互いが射線に入らない様に彼女達から離れた場所で包囲をしている。

街中ではそこまで派手な攻撃はできないが此処ならば違う。

掃きだめのようなこの場所は壊れても誰も気にも留めないだろう。


「カウント10で撃つ。全機合わせてくれ」

「隊長、何度も射撃を止められたのにまた同じ手でよろしいのですか?」


開始の合図を伝えると個人回線でエリックから声が掛かる。


「……アイリスの連中に近づきたいのか?」

「……そうですね、余計なことを言いました」


エリックとの会話を打ち切り、カウントを開始する。

無駄な可能性が高い。それは重々承知している。

しかし、そうなると近接戦闘しか手段はない。

そうなると旧型の外装骨格で近づかなくてはならない。


はっきり言って好ましくない気持ちの方が強い。

おそらく、それは部下全員が抱いてる思いでもある。俺にはそれがわかる、なにせ隊長だ。


カウントが0になる。スラムに爆音が轟いた。

『外装骨格』が個人に合わせた最適の射撃武器を作り出し、撃ち放たれる。


肩からは筒状の銃口が生成され太い弾薬が飛ばされた。

エリックは手の平から光線を照射している。

他の隊員も思い思いの武器を作り出している。


少女らに大小様々な弾丸が殺到した。

一秒後には少女らは肉体衝撃で消し飛んでいる。

確かな未来が幻視された。


しかし、部隊の誰の一人も気は緩めない。

都合三度も同じような光景を彼らは見てきたのだから。

如何なる奇跡か少女たちの身体の周りで全ての弾が速度を緩めていた。

黒髪の処女もミクリナも生きている。


またか、と部隊の誰かが呟いた。

セントラルシティには殆どなく、アイリスでは一般的な技術、『秘術』。

その秘術の加護が少女らの命を繋いでいた。


ミクリナが銃をでたらめに撃ち放つ。彼女の撃ちだした弾丸も速度を緩めた。

異変に気が付いた黒髪の少女が無理矢理ミクリナを抱きかかえ、穴の中に飛び降りていく。


同時に三つの火の塊から火の玉が幾つも飛んできた。

崩れかけた壁にぶつかり爆発する。


「攻撃やめ、三十秒後に再開する。敵の攻撃は各自判断に任せる」


三十秒ほどで消失することはすでに判明している。

指示を出し、自身も隊員と同じく回避に専念する。

外装骨格ならば火程度でどうにかなるものではないが、爆発による衝撃は旧式の装備では脅威となり得る可能性がある。

俺達が回避する間も火の塊はふよふよとゆっくりと進む弾丸の周りを漂い、火の玉を吐き出し続けていた。


秘術の効果は火の玉には及ばないようだ。

ミクリナの攻撃が遅くなっていたことから物理攻撃は内側からも遅くなるのかもしれない。


きっちり三十秒後すべての弾薬が速度を取り戻し地面を抉った。

指示を出さなくとも全員が火の塊へと銃口を向ける。

再びスラムに爆音が響いた。


射出された弾丸は火の塊達に当たり、それらが散り散りに砕ける。

火の塊からの反撃は無い。

散った火の粉は更に細かくなり、遂には消滅した。


満足の得られる結果を見届け、隊員たちが穴に近づく。

先程の銃撃で随分と穴の大きさが広がっている。

フジノは部隊の中で若い二人に入口の安全確保を任せ、二人の少女を追って穴に飛び込んだ。


穴の底は暗かった。

顔を覆うディスプレイに映る情報では上からの光が届く場所しか視認することができていない。

地面に僅かに設置されている光源では安全を確認しながら進むことは不可能だと悟った。


暗視装置を起動し、顔の前にあるディスプレイには明るく鮮明な廃墟が映る。周囲を見渡す。

崩れた建物に瓦礫、そして地下の道は東西の二手に分かれていた。

設置されている光源は全て西側の道。

物陰に隠れているいくつかの熱源を感知するがシルエットから人の類ではないことがわかる。


一瞬で決断し、ハンドシグナルで隊員についてくるように促した。

西の道を先導して歩く。


少し歩くと向かってくる物体を感知した。

六つの球体ようなものだ。


それらもフジノ達の存在を察したのか遠くで止まり、瓦礫の影に身をひそめようとしていた。

その場で立ち止まる。


「全員確認したか?」


俺の呼びかけに返事が返ってくる。


「よし、撃て」


こんな場所に居る奴は全員敵だ。しかもこちらを確認した隠れた。

これが敵勢力でないとしたらなんとする。

仮に違うとしても掃除するだけで意味はある。


各々が隊列を離れ展開し、銃撃を始める。

一体にのみ命中。他の個体には当たらなかった。


信じたくないが暗視できる形を見る限り巨大な蜘蛛が相手らしい。

しかもカラフル。動かし個体を含めると赤、青、紫、緑、黄、桃。気味が悪いことこの上ない。

火の塊と続いて蜘蛛。本当にアイリスには来たくなかった。


「ひでぇ色と大きさの蜘蛛だ。こりゃ夢に出るな……」


銃火を逃れた蜘蛛が部隊の前に躍り出てお尻を振り何かを飛ばす。

糸だ。ただの糸ではなく動物捕獲用のネットのように放射状に広がっている。

蜘蛛の糸らしく粘着質で、攻撃を喰らった隊員は離れない糸のせいにより地面を転がり身動きが取れなくなる。


転がった隊員を捨て置き、部隊が展開され全員が射撃を強めた。

でかい蜘蛛などという嫌悪感を催す塊はミンチになって死んでくれ。


広い通路を炸薬の音と発砲時の光で埋め尽くす。


二匹に命中。

残りの三匹の蜘蛛達は壁に天井にと器用に伝いながら攻撃を避けていく。

天井に張り付き前足をあげる動作はどこかおちょくられているようにも思える。

放たれた糸のいくつかが隊員に当たった。


何名かに糸の放射が当たったことに満足してか生き残った赤、青、紫が振ったび前足をあげて道の奥へと退却していく。


隊員全員の舌打ちが聞こえた。


ささくれ立つ気持ちを抑え、糸に絡められた部下の救助を命じる。。

粘着質な糸を外装骨格から?がすのに時間が掛かりそうだ。

俺含め、4名は周囲の警戒をする。


いつの間にか蜘蛛の死骸は消えている。

本当に君の悪い場所だ。


戦闘とも言えない僅かな時間だが巨大な蜘蛛との邂逅は心への負担を一段となった。

嫌な気持ちを通り越して陰鬱な気分だ。あとおちょくった態度が腹立つ。


全員が糸から抜け出したところで指示を出し、急いで蜘蛛が消えた方向へと警戒をしながら歩き出す。


「隊長、すでにミクリナには逃げられたのでは?」


暗闇の中、小さな光の燈る道沿いを歩き始めてすぐにエリックが問いかけてきた。


「……ここら辺の野生の生物ははこれだけの人数で歩いてる人間には滅多な理由がなければ近づかない。つまり、蜘蛛は妨害だ。明らかな妨害があった以上この先に進んでほしくないということだ。なら進まない手はないだろう……少々時間が掛かりすぎているかもしれないが」


エリック以下、部下の多くは気味の悪い所から理由をつけてさっさと引き上げたいらしい。

俺も帰りたいが仕事だ。

湧き上がる気持ちを抑えて更に奥へと進む。


蜘蛛との戦いを終えた場所からまた少し進むと遠くにかなりの量の熱源と光源を確認した。

開けた場所で何かが燃えている。

火元が幾つも点在していることから自然な発火ではなく人工的な熱源だと理解できた。


何時でも撃てるように肩口の銃口を構え、警戒しながら進む。

広場のような場所に辿り着いた。

周囲にはこれまでの道にあったものと同じような崩れた建物があり、瓦礫も散乱している。

ところかしこに火が燃やされていた。


この場所はスラムや地下の中でも特に臭いが酷い。

外装骨格越しに強烈な臭いが鼻に入り込んでくる。

反射的に鼻を擦ろうとして顔の装甲に手がぶつかる。


その時、突如、広場の中央に少女が現れた。


反射的に全ての隊員が発砲する。俺も例に漏れない。

放たれた弾丸は処女をすり抜け後ろの建物の壁を削った。


「いきなり、酷いですね」


たった今、撃たれた少女は悲し気に目を伏せる。

音声をスピーカーに切り替える。


「随分順応しているんだな君は」


ホログラムのように現れたのは殺害対象、ミクリナだった。

この場所にホログラムを映すような装置はない。

秘術の類を使っているに違いない。

誘拐から逃げ出すまでそんなに時間も経ってないというのにミクリナは凄い順応ぶりだ。


「色々ありましたので安全のために幻で対応することにしました。これなら撃たれても死にませんし」


どういう原理で動いているのかわからないが、ミクリナの幻影から声が出ている。

視線も俺の方をきっちりと見ていた。

左右に何気なく動いてみる。目が俺を追う。

少なくとも視界は幻影を通して見ているのかもしれない。


「これも俺たちの仕事だ。諦めてくれ」


ミクリナは何でこんな胡乱方法で会話をしにきたんだ? 何か目的があるんだろうか?

頭に浮かんだ疑問を端に追いやり、部隊に近場の捜索を命じる。

此方の声を聴いているのだ。

きっと近くにいる。幻影が音声を拾っていたらお手上げだが。


「探し回らなくても大丈夫ですよ。私は多分皆さんが欲しがっている物を渡したいと考えています」


部隊が散開したのが気づかれた。


「…………」

「だんまりは構いませんが、記録媒体は私が持っています。これが一番欲しいのではありませんか?」


ミクリナの幻影に近づき、できるだけ視界をふさぐように正面に立ちはだかる。

こっそりとスピーカーを切り、通信で一番後方の自身の視覚になっている部下に周囲の探索を指示する。


「そんなに探し回らなくてそのうち出ていきます。私のお願いを聞いてくれれば……」


これで確定だ。ミクリナは幻影以外の手段でもこちらを見ている。

直接見ているか、或いはまた別の秘術で判断しているのか……。


あいにくと俺に秘術の知識はない。判断が付かない。


もっと秘術に精通している軍隊が居るのに旧式装備で派遣されたくないからとか言って断りやがって……。

しかも上がそれを認めるとかありえない。有力者の息子でもその部隊に居るのかよ。

腐った権力め。

俺たちゃだだの警備隊だぞ、くそが。


愚痴を押さえつけて周辺を観察するがミクリナらしき影はない。


「望みは何だ?」

「私は生きて上に帰りたいです。お願いです助けてください。」


音から所在を探ろうにも燃えている音が邪魔になり人由来の音は判別がつかない。

……いったいミクリナはどこにいるんだ?


「俺にその決定権はない。だが進言することはできる。」

「…………」

「確約はできないが手は尽くそう。だから記録媒体を持って出てきてくれ。銃は下げさせよう」


話をしながら探っても見つからない。

本当はここにはいないのか?


「本当ですか? 本当に助けてくれるんですか? なら、聞かせて下さい。なんで今まで私の命を狙ってたんですか?」


目の前のミクリナの幻影からは必死さが感じられた。

目を伏せる動作も、薄っすらと涙を湛える姿も真に迫っており、ともすれば幻影であることを忘れそうになってしまう。


「……命令だからだ。俺個人にはなんの恨みもない。助けるのに手を尽くすと約束しよう。そして必ずその約束が果たされると誓おう。上の目標は記録媒体だからな」


調子の良い事を言って時間を稼ぐ。

或いは交渉に応じたふりをして記録媒体さえ回収してしまえばこちらのものだ。

始末はいくらでもつけられる。


その時、何かが、四足歩行の何かが大量に走る足音が外装骨格の聴覚回路に入ってきた。


「隊長!! 何かが近づいてきます!!」


エリックやその他の部下も異変に気が付き、音の発信源を確かめる。

暗視装置が動作し、迫りくる生物を正確に視認することができた。


それは狼の集団だった。

数にして20、いや30は下らない。

鈍色の毛を靡かせる。

太い四肢が力強く地を蹴り上げ、幾つもの咆哮が地下空間に反響した。

地鳴りのような足音と共に瓦礫を器用に乗り越え何匹もの獣が疾走する。

鋭い犬歯を剥き出しにして体高1メートルほどの獣の群れが俺達の元へと走り寄る。


「……嘘つきはいけませんよね」


言葉と同時にミクリナが頬笑みを浮かべ、幻影の姿が掻き消える。

罠に嵌められたようだ。かわいい顔してえげつないことを考える奴だ。


頭上から何かの液体が降り注ぎ、全員に掛かった。

これは酸か? 毒? いずれにせよ凄い悪臭の液体だ。

外装骨格内部に居れば毒などの影響は受けない。

問題はない。それよりも正面の狼の群れを対処しなければならない。


狼はすぐ近く、接敵まで30秒もないだろう。

さらに狼の後方には別の怪物やおかわりの狼まで迫ってきている。

ここは退却すべきだ。


隊長としての決断を下し、命令を伝えようとしたその瞬間、煙が地面から噴き出した。

俺、エリックを含めた数名の部下が煙に飲み込まれる。


……あの狼をこのままにして逃げるわけにはいかない。

迫りくる獣を殺さなくてはならない。

あんな恐ろしい獣をそのまま生かして返してはいけない。

あの獣から目を離せない。私が戦わねば部下たちが傷ついてしまう。

殺さねば。殺さねば。そんな思考が脳内を埋め尽くした。

あの獣どもを屠らねばならない。絶対に。必ず。


……いや、本当にそうなのか?


違う。退却しようと考えていたはずだ。

今の狼をどうにかしなきゃいけないという強い感情は一体なんだったのか。

混濁する思考を無理矢理に覚醒させ、絡まった意識に蓋をする。

退却の命令を発しようとしてーーーー


「と、突撃!! 前方の狼を迎え撃て!!」

「なっ!?」


ーーーーエリックが突然オープン回線で叫んだ。


エリックの突撃指示に従って煙にまかれていた部下が武器を構えた。


「馬鹿っ!! 撤退だ!!」


副隊長の指示を撤回するがエリックと五名の部下が狼の群れへと銃を乱射しながら向かっていく。

放たれた銃弾は何匹かの狼に命中するもその動きを止めるには至らない。


いったいどうなっているんだ!!


「くそ!! 全機突っ込んでいった馬鹿野郎どもを支援しろ!!」


部下を見捨てるわけにもいかず、その場での迎撃を指示する。

銃弾が巻き散らかされた。


もし、攻撃を受けて外装骨格が壊れてしまっては不味い。

それは狼に向かう連中もわかっているはずなのに、何故無謀な行動をとるんだ。


……まさかさっきの煙は秘術か?


狼は素早く右に左に回避し、銃弾は中々当たらない。

最悪なことに銃器で怯む様子もない。動物園の動物とは大違いだ。


犬の勢いが増し、遂には馬鹿な突撃をしたエリック達へと飛び掛かった。

一人頭五匹の狼が、エリック達に組み付いた。

近距離の射撃により1匹を殺すも残りは4匹。


金属を削る不快な音が耳に届く。

動きを止めた狼に銃弾が当たり血飛沫をまき散らす。

しかし、狼は負傷をものともせず外装骨格を齧っている。


ただの狼ではありえない強靭で凶悪な犬歯が深々と彼らの外装骨格に食い込んだ。

食い込んでしまった。


「嗚呼ああああ!!! 助けて!! 助けて!! 隊長、隊長!! フジノォォォォ!!!  助けてくれぇえええ!!!! 外装骨格が!! 外装骨格ががががが」


外装骨格の破損など、本来であれば簡単に修復できるものだ。

流体金属が別の部位から流れ込み、3秒と掛からず亀裂や日々は修復される。

旧式装備でもついている機能だ。

特別騒ぎ立てることでもない。



――――それがアイリスで起きる破損でなければ。



肉を擦り合わせるような不快な音と共に組み付かれた隊員の装備している外装骨格がはじけ飛ぶ。

肉が泡立ち、膨張と収縮を繰り返す。

風船のように膨らんでは弾け、周囲に肉汁をまき散らす。

直視に耐えない肉塊が、まるで心臓の鼓動のように不気味に脈動する。


外装骨格に隙間ができてしまった彼らは人ではない何かへと変成してしまった。

俺の視界には変わり果てた彼らの姿。

アイリスに降りて起こり得る最悪の結末がそこにあった。


ミクリナは運が良すぎて悪すぎた。

あの姿こそがセントラルシティの人間が下に降りられぬ理由。

特殊な金属で覆われたセントラルシティでなければ純人間は生きられない。

アイリスの宙に浮かぶ光に耐えられない。


しかし、稀にその光に適応し人の形を保ち脳力に目覚める者がいる。

ドゥシャー・ルキーニシュナ・ミクリナだ。彼女は本当に運が良い。

下に連れてこられ人の姿を保っている。

そして、エリック達は運がよくなかった。


服ら上がる肉塊と人の声とも言えぬ悲しい音で助けを求める部下たち。

追悼か憐れみか、地下の穴へと潜ることを決めたことへの後悔か、一瞬、意識が空白になる。


その意識の隙間を縫って、タイミングを合わせたかのように後方支援を行っていた俺や部下へと何かが覆いかぶさった。

少し前に見た蜘蛛の糸だ。


粘着質なその糸は外装骨格と地面とを繋ぎとめる。

身動きが取れなくなる。


俺を此処に送り込んだ上司。

俺を罠に嵌めたミクリナ。

全てを呪って、武器を構える。

外装骨格が俺の憎しみに反応して様々な武器を創り出す。


俺は感情のままに膨れた肉塊を貪り食う狼共へと銃弾の雨を降らせた。

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