第13話 地下世界8
人の少ない大通りをマンティス片手に疾走する。
引きずられた衝撃で呆然とした状態は解けてしまったらしくギチギチと何やら騒いでいた。
首を掴んだ手を大きく振り、地面に一度叩きつける。静かになった。
シティガードは何事かと此方を見咎め、警戒態勢をとっているが気にしない。
大通りで戦わないようにするための駆け足だ。
厄介事の種がわざわざこの場所から消えてやるんだ。多少は目を瞑れ。
石畳を素足で踏みしめ更に加速した。
徐々に臭いの出どころへ近づいていく。
臭いの数を正確に掴むことができた。
4つだ。
マンティス共はまだ高級歓楽街には足を踏み入れていない。
連中は大通りから少し外れた細い裏道を走っているようだ。
裏で暗躍する輩は揃いも揃って暗がりが大好きだ。
手甲に取り付けられた宝石に意識を向け呪文を唱える。
「≪跳躍≫」
内包されたエネルギーが解放され全身に活力を与える。
片足に力を籠め、地を蹴る。
獣化による身体機能の増強と≪跳躍≫の補正により建物の高さを軽々と超え、瞬く間に街を見下ろせるだけの高度へ到達した。
「いた」
口角を上げながら呟く。
視線の先には耳障りな羽音を発生させる四人のマンティス。
暗所を進む彼らをはっきりとは視認できないがそれで十分だ。
建物の屋上に柔らかく着地し、すぐさま四人を目掛けて跳び上がる。
接敵まであと数秒。
引きずってきたマンティスは絶命している。
威嚇のためにわざわざ持ってきたのだ。見せつけて多少なりとも士気が下がればいい。
死んでようが生きてようが構うことはない。
空中で身を捻り、大きく振りかぶる。
そして。
今まさに羽を使い跳躍しようとしているマンティス目掛けて左手の死体を投げつけた。
衝撃。上空からの奇襲に成す術もなくマンティスは体制を崩し地面を転がる。
「な、なんだ!!」
ギチギチと不快な声が聞こえる。
疑問の声を上げながらも、倒れたマンティス以外の三人はすぐに動き出し、細い路地から広い屋上へと羽を使い飛び上がった。
咄嗟の判断からココに弱すぎると言わせたマンティスよりはましなんじゃなかと理解できる。
細い道では三人という人数は生かせない。
屋上の三人を無視して哀れにも裏道で転んでいるマンティスの頭部へ勢いよく着地する。
ぐちゃりと破裂する音が響く。石造りの道がひび割れ僅かに陥没する。
暗いお陰でスプラッタなシーンは直視できていない。
流れるように再び跳ねた。
暗闇から一転、光の下に。
屋上へ着地。
ちょうど≪跳躍≫の持続時間が切れた。
「貴様……よくも……」
破裂音で仲間の死を感じたのか三人の複眼は怒りに染まっている。
どいつもこいつも眼に気持ちの悪い口。全員同じ顔に見える。
「一足先にお前らの神『メズスティス』とやらに会いに行けたんだ。むしろ感謝してほしいくらいだ」
「ほざくなっ!!」
一番遠くにいる偉そうな奴が吠える。
残すはそいつでいい。一人いれば所在が聞き出せる。
示し合わせたように全員が同時に鎌を構え、三人は向かってくる。
左手を突き出し詠唱。
「≪雷撃≫(ライトニング)」
空間にバチバチと白い雷撃が放電される。
手前のマンティスに直撃し、動きが止まる。
隙を逃さず接近、顔を握りつぶす。
ごきゃりと音がなり俺の顔に緑の血が掛かった。
柔らかすぎる。攻撃への備えである力場すら纏っていない。
潰れた顔を掴みそのまま死体を別のマンティスに投げつける。
投げつけられたカマキリは回避を選択せずに死体を受け止めた。
緑に染まった視界に煌めく火球が映る。
人の頭部ほどの大きさの火球が飛んでくきた。秘術だ。避けられない。
追撃を取りやめ、意識を右手の宝石へと集中させる。
「≪水の鞭≫(ウォーター・ウィップ)」
解放されたエネルギーが形を成し、意思のままに動く水の鞭が形成された。
そのまま火の玉をしなやかに受け止める。
熱せられた水が蒸発し水蒸気が猛烈な勢いで広がった。
相殺。
どうやら偉そうな奴だけ秘術を使うらしい。
他の二匹は攻撃への備えすらないようだ。
一匹を除き最初に戦ったマンティスよりも数段弱い。
こいつらはどうして秘術をもっと活用しないんだ。こんなに便利なのに。
蒸気に紛れて死体を受け止めたマンティスへさらに踏み込む。
五指に生えた爪を袈裟斬りに振り下ろす。
お得意の鎌を構える暇もなくマンティスはいくつもの肉片となり崩れ落ちた。
残り一人。一人いれば聞き出せる。
「そんな!! 同胞が!!」
最後の一匹は一直線に羽を広げて逃げ出した。
酷い練度だ。別の場所にいる仲間に連絡するか反撃に転じるかすればいいのに。
逃げる背中に≪火球≫を打ち込む。
透明な羽は焦げ付き、焼失した。
戦闘開始から一分と経たずに勝負が決してしまった。
結族に喧嘩を売る連中でも下っ端は大したことがないらしい。
背中が爛れ転がりまわっているマンティスに近づく。
「た、たすけ……」
「他の連中はどこにいる?」
「そ、それは……」
爛れた背中をぐりぐりと踏みつける。
節足をバタバタ動かしもがく様は見ていて気持ちの良いものじゃない。
だが、必要なことだ。
「あぁああああああああああ!!!!!!!」
悲鳴を無視して更に足を動かす。足に生えた爪が背中に食い込む。
泣くような悲鳴を上げ、そのマンティスは簡単に仲間の場所を吐いた。
「『フィオナ地区』の地下を降りて西の赤い屋根の民家……」
フィオナ地区は有名なスラム街だ。確かそこに地下遺跡への出入り口があったはず。
マンティスは旧時代の建物を拠点としていたのか。
多くの種族が作り上げたこの街は、隆盛を極めた種族が衰退すると元あった都市の上にそのまま都市を作るというなんとも謎な思想で形作られた。
もちろん全てを埋め立てることなどできるはずもなく、地下には空洞が多く出来上がる。
そしてそこは暗がりを好む魔物や異形、街を追われた犯罪者や街への攻撃を企む者にとって身を隠す都合の良い空間となっている。
例に漏れずマンティスはその場所を利用しているようだ。
仲間を売った彼は息も絶え絶えに命乞いをしている。
一流の組織の構成員なら命乞いをするよりも、仲間に知らせるためか俺を殺すために最後の命を使うだろうに。
この分なら秘術による事実確認はいらないだろう。
死に際に嘘をつけるほど賢くタフな奴ではない。
秘術がなくとも情報は引き出せるのはなんとも有難い話だ。
しかし、こんなに弱いのによく結族に喧嘩を売ろうとしたな。
本隊やこいつら統率している奴は別格なのだろうか。
疑問を感じながらも命乞い五月蠅いマンティスを『メズスティス』とやらの元へと送り届ける。
静かになった屋上を見回した。撒き散った血と肉で酷い惨状だ。
まぁ、後始末は結族に頼めばいい。彼らのために戦っているようなものなのだからやってくれるだろう。もしくはそこらの鼠が何とかしてくれる。
倒したあとはやることが待っている。剥ぎ取りだ。
何か良いものはないかと死体の装備を漁っていると、建物の隙間からココがリナをお姫様抱っこして現れた。
彼女は柔らかく足音も出さずに屋上に脚をつけた。
「こういうのは男性が女性にやるものじゃない?」
抱えたリナを見ながら俺に向かって言葉を投げかける。
「運ぶだけで楽してるんだから文句いうなって」
「アジトは掴んだ?」
「あぁ。少しめんどくさい場所だったよ。フィオナの地下遺跡だ」
「妥当といえば妥当な隠れ場所だね」
話しながらも秘術を使ってきたやつの装備を見ていく。
マンティスの肉片を動かすたびに緑の血がどばどば溢れ出る。
あ、宝石付きのベルトだ。こいつらベルト好きだな。前のマンティスも装備してたし。
いや、手が鎌だからこういう装備じゃないと宝石を使いづらいのか?
「何か良いもの持ってた?」
ココはリナを抱えたまま下ろそうとせず俺の作業が終わるのを待っている。
手伝ってくれればいいのに。血で汚れるのを嫌がっているようだ。
俺だって本当は嫌なのに。
「こいつだけ宝石持ってた」
ベルトを剝いで顔の横に掲げた。
「…………」
死体の上で緑の血に染まりながらココへ笑いかける。
凄惨な現場で笑みを浮かべる俺をリナは得体の知れない者を見る目で凝視していた。
第八話 必要な事
どんなに明るく栄華を誇る街にも必ず危険な場所が存在する。
アイリスで言うところの大通りに対する裏道や路地裏だ。
悪意あるものは暗がりに隠れ、獲物をひっそりと待ち続ける。
つまり、街の中で光りに照らされた場所は比較的安全だと言える。
ただ一つの例外を除いて。
通称『フィオナ地区』。アイリス唯一のスラム街。
街の端、僅か200メートル四方の小さな土地に街の危険が凝縮されていた。
街を追われた者。金のない者。危険を好む者。住む場所のない者。
真っ当な道を歩めなかった半端者の吹き溜まり。
日陰者が道の真ん中を大手を振って歩ける悪の温床。
色々な種族の連中が求めた、不義の廃棄場所。
食べるため、生きるため、暴力を用いた争いが日常と化しているスラム街。
ここの安全度は街の外の洞窟や地下遺跡と変わらない。
知恵ある人が襲ってくるという点を見ればむしろ危険かもしれない。
「リナ。絶対に離れるなよ」
≪紳士淑女の嗜み≫を使い身を清めた俺たちはスラムの大通りを進んでいた。
リナは怖いのかずっとココと手をつなぎながら歩いている。
石畳すら満足に敷かれず、全ての建物は廃墟と言っても過言でないほどに荒廃したフィオナ地区。おまけに掃除なんてされているはずもなく臭いも酷い。
普通の街中よりは臭いでの判別はつきづらいだろう。
その臭いにどこか懐かしさを覚える。
ココや俺はこういった掃き溜めに足を踏み入れるのは初めてではない。
むしろ慣れてすらいる。
だが、油断はできない。
探るまでもなく建物の物陰からいくつもの視線が飛んでくるのがわかる。
食い物にできるか値踏みをしているのだ。
育ちが良さそうで暗い雰囲気に押されているリナがいるから無理もない。
スラムの連中は弱い奴に強い。
可愛く弱そうなリナはさぞかし良い獲物に見えていることだろう。
「……絶対に離れません」
リナの声には緊張や怯えが見え隠れしていた。踏み出す足もどこか元気がない。
戦うと強がっていたが、多数の悪意ある目に晒されれば怯えてしまうのも致し方ない。
言うまでもなく俺は獣化を解いていない。すぐに対応するためだ。
マンティスの元に辿り着く前に別の賊に仕掛けられることもある。
この場所には一人もシティガードがいない。
安全は自分で保障しなければならないのだ。
「あ、木の実たべる?」
リナの緊張を解せないものかと腰の小袋にある木の実を差し出す。
「……大丈夫です」
先程の戦闘の後を見て以来、口数は驚くほど少ない。俺に怯えている節すらある。
あの光景はもしかしたらリナには刺激が強すぎたかもしれない。
セントラルシティは治安いいとか言ってたし。
正直、ああいった目で見られるのは非常にショックだ。
必要だからしているというのに。
「まぁまぁ、そんなことを言わずに」
「……じゃあすこしだけ」
言質は取った。
腰に下げた小袋を外しリナに渡す。彼女はなんの疑問も持たずに中の木の実を口に含んだ。あ、とココが声を出すがもう遅い。
ココには毒とまで言われてしまったがわかる人にはわかるはずだ。
少なくとも俺には美味しい。同士よ増えてくれ。
「!?」
淡い祈りは叶わず、リナ目を見開き鼻をつまんだ。
大きな瞳に涙を溜めてしきりに首を左右に振っている。
「リナ、無理しないで吐き出したほうがいい。ボクも無理だった」
「でも……」
リナは食べ物を吐き出すことに抵抗がある様子。食べ物を大事にするのは良い事だ。
苦しむリナを余所に突き返された小袋を漁り、自分でもリコの実とルコの実を口に入れる。
うん、美味い。においが癖になる。
これからの戦闘に備え『秘術の携行袋』に木の実の入った小袋をしまった。
「ほら、リナこれ飲んで」
ココは自分の『神秘の携行袋』を漁り、水筒を取り出しリナに渡した。
蓋の開けられた水筒からは仄かに酒の香りがする。
水代わりの弱いアルコールだろう。
リナは水筒をひったくり、口の中身を流し込んだ。
「うぅ、口に含んでも噛む前は全然臭いなかったのに……」
涙をポロポロと流し始める。そこまでじゃないだろう。
「ちょっと怯えちゃったからってこんな仕打ちはあんまりです」
「ボクもあの実を食べさせるのは良くないと思う。リナは上で育ったんだから血生臭い光景に慣れてなかっただけだと思うよ」
自身の好物を勧めただけなのに旗色がおかしなことになっている。
「まてまて、別に懲らしめるためじゃ……」
「スバル、言い訳はダメ」
ココがリナの肩を抱き、背中をさする。
「あれもしかしてルコの実とリコの実か……お嬢さんもかわいそうに……」
無駄に良い耳がスラムの物陰に隠れた住民の呟きを拾い上げる。
焼き払うぞ貴様ら。
「美味しいもの食べたら元気出るかなって……」
「クリーチャーやモンスターの好物が好きなのはスバルくらいだよ」
店に並んでるんだからみんな食ってるわい。たぶん。
他に頼んでる人あまり見たことないけど。
「本当にすごく不味かったなぁ」
リナの涙を勢いを増し、止まる気配すらない。
ただ不味いから泣いているわけではないらしく、何時しか歩みも止まっていた。
ココが困り顔でこちらをみてくる。
どうやらリナは何か話したがっているようだ。
話すことで楽になるなら好きにするといい。周りへの観察は怠らずに耳を傾ける。
「いざ誰かが死んでいるのを見たらなんだか急に怖くなっちゃて……ここに来るすぐ前に戦うって言ったのに情けないですね……」
へへっ、とリナは泣きながら笑った。
「……残虐と言われればそうなのかもしれないけど、きっと戦う人は誰でもああする。下手したら秘術の一小節、最悪は無詠唱の脳力ひとつで俺たちは死ぬんだから」
「わかってます。そうした意味も。しなければ起こり得るリスクも……でも私に暮らしていたすぐ下ではあんな殺し合いがずっと起きていたんだなぁって思うと怖くなってしまって……」
ぐしぐしと涙を零す姿に心が痛む。
「私を助けてくれて、優しくしてくれた人が、日常の延長のようにやっているのを目の当たりにすると本当に現実なのか疑わしくなってきてしまって……」
俺やココは初めて残虐な行為を目にした時、リナのように殺し合いを怖がり悲しむ余裕はなかった。
そして既に命のやり取りに骨の髄まで慣れ切っている。
それが悪いことだとも思えない。生きるためだ。
ココも死体を見たという些事でここまで悲しんでいるリナを対処できずに、ただただ背中を摩るばかりだ。
「怖くてどうしようもないならココに言うといい。今すぐにでもこの場所から離れて極力、あんな暴力沙汰が目に入らないような努力をしてくれる」
静かに告げ、お得意のアイコンタクトでココに確認を取る。了承は得た。
「大丈夫です。頑張ります。たぶんいつか慣れます。いえ、慣れなければいけないんです」
何がリナをそうさせるのか、彼女はあの光景に慣れたいらしい。
必要がなければ慣れないほうがいいとは思う。たぶんその方が真っ当だ。
「すぐには無理でも絶対に慣れます」
「……わかった。もう何も言わない」
本人が慣れることを望むなら止める手立てはない。
ただーー
「望めるなら……できるだけ早くなれてほしい。あんな化け物を見るような目は少し、堪える……」
非常に短い付き合いだが、言葉を交わし街を一緒に歩いた中だ。
そして命を助けている相手でもある。
そんな人に理解できない者を見る目で見つめられるのは流石に俺でも心にくるものがある。
マンティス如きのバラバラ死体よりもよっぽど一大事だ。
「……行こうか」
リナの返事も待たずに背を向けて歩き出す。
暴力も死も俺やココの生活では非常に身近な存在だ。
上に帰るリナは本当ならそこまでの覚悟はいらない。今回だけ乗り切ってくれればいい。
それから5分程無言でスラムを進む。
さて、そろそろだろうか。この辺だったはずだ。
周囲を見渡す。
残骸や瓦礫に囲まれた崩れかけの建物を見つける。
屋根のない建物に入り、目的の場所を見つけた。
地下遺跡への入口だ。
そこの地面には陥没した大きな穴が開いていた。
深さは20メートル前後だろうか。
端から中を覗き込む。光りが降り注ぎ、視認できるのは穴の開いた部分の地面のみ。
下の地面もそこらと同じ石畳で構成されていた。
旧市街も建物の基本は石だ。
光りが入る場所以外は暗い闇に包まれている。
僅かに見える範囲には何かの建物と思しき壁。
此処の下からは危険度は更に跳ね上がる。
些細な変化を見逃せば死体となって転がるのもあり得ない未来ではない。
俺は大きく息を吸い『神秘の携行袋』から降りるための縄梯子を取り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます