第11話 地下世界6-2
俺の決断を聞いたレイナールは想定通りだと言わんばかりに得意気な表情だ。
「俺たちは記録媒体を持っている。そしてそれは誰にも見つからない安全な場所に隠してある」
「優秀な冒険者がそう明言するのであれば強引な手段でも手に入らないだろうな。敵であれ、味方であれ」
「クラント結族の事情は分かった。今すぐに記録媒体を渡しても良い。ただ、話を聞いたことで更に疑問が生まれた」
「上の知識が欲しいなら少女の身柄も欲しいんじゃないか? 上の知識を手に入れるために散々骨を折っていたんだろう?」
「一般学生の彼女が知っている程度のことなら私達だって知っているさ。この事態が片付いたらグラント結族は彼女の安全を保障しよう。首の皮一枚を繋げてくれた功労者だ。当然の対応だ」
しっかりと目を合わせ、自らの胸を拳で叩きレイナールは断言した。
信用できるだけの何かがそこにはあるように思える。
これが交渉術で信じさせれているというならレイナールの力量は確かなものだ。
「きっと君は私の言葉が真実であるか探っていることだろう。ならば、≪嘘発見≫(ディテクト・ア・ライ)を使うといい。冒険者はあらゆる状況に備えるのが専門、当然持ってきているだろう? もし見込み違いで持ち合わせがなければこちらから渡そう。今この瞬間に限り精神に作用する秘術の対策を切る」
自信満々にレイナールは申し出た。
≪嘘発見≫は相手の言葉が真か否かを判定する呪文だ。
シティガードの機械兵士が容疑者を尋問する時などによく使用されている。
「太っ腹過ぎる対応だ」
「我々は戦争状態だ。些事に時間をかけている余裕はない」
レイナールの本気の度合いはすでに嫌というほど理解している。
呪文の備えはあるが使う必要はないだろう。
「……使うには及ばない。渡すよ記録媒体を」
正直なところ、これまでの提案をされた時点で答えは決まっていた。
一介の冒険者では大きな組織相手に長く戦い続けることなど到底できない。
落としどころを探っていたところに、報酬から身の安全の保障までついてくる良条件が目の前に転がり込んできたんだ。
受けないわけがない。たとえそれが勝率のわからない賭けであったとしても。
「良い判断を下してくれた。結族を代表して感謝する」
「その前に、しつこくて申し訳ないがもう一点だけよくわからない」
レイナールの話を聞けば聞くほどわからなくなるのが二度目の襲撃。
マンティスはもちろん、データを求めていたグラント氏族もその他の種族も持ちえないはずの兵器を使った襲撃。
目的が不明だ。
「君らと敵対している連中はデータの回収が目的のはずだろ? なら何で敵対者はミサイル? を使って俺たちを殺そうとしたんだ?」
「なに? それは何時の話だ?」
「知らなかったのか? ついさっきの出来事だよ。あんな兵器、俺は見たことがない。そうなると上の知識の恩恵に与るあんたらみたいな柱の管理者が一番怪しいと思ってたんだ。けれど、話を聞く限りミサイルを撃ってきたのはあんたらじゃない」
「なるほど、なるほど……」
考え込む仕草を見るに本当に知らないらしい。
やがて自らの中で結論が出たのか、小さな掌がテーブルを叩いた。
重い音が部屋に響き渡る。
「そういったデータを渡していると大っぴらになってしまえば自分たちの立場が危うくなると考えてすべてを消しに来たのか!! いかにも奴らが考えそうなことだッ!! ピュアめっ!! 私たちの庭で余計なことを。領分を超えているッ!!」
爆発させた感情を一瞬で抑え込み、冷徹な眼差しへと変化する。
「事情が変わった。記録媒体はまだそちらで持っていてくれ」
「争いの中心になってる物騒なものは早く返したいんだが。君らにも優秀な戦闘員がいるだろう」
ドアの外の衛兵を目で示す。
「我々は見ての通り非力でね。戦闘にはあまり自信がないんだ。そのうえ、今は人手が足りない。優秀な冒険者の手を是非とも借りたい」
お道化た調子で言うが酷い嘘だ。
戦いが苦手なら結族同士の争いでとっくの昔に消えているだろうに。
「悲しいことに我々ハーフリングも一枚岩ではない。その上、私に情報を届けず、あまつさえ情報をピュアに流している結族の裏切者もいるようだ。この私の失態をきっかけに名を売りたい不届き者の一味だろう。つまり、私が記録媒体を持っていると泣いて喜ぶ輩がいるということだ」
どこに裏切者がいるかわからない。だから大きな組織は苦手だ。
「そうだな。交渉が決裂したことを装って出て行ってほしい。そうすれば何らかの動きが必ず起きる。予め起きるとわかっていればこちらも事態を収拾させやすくなる」
「待ってくれよレイナール。その役回りは体の良い囮じゃないか」
彼の提案は流石に容認できない。
そんな行動をしてしまえば俺が重要な物を持っていると喧伝していると同義だ。
ただでさえ一日に二度も危険な目にあっている。
反論が口から出る前に目で慌てるな、と制された。
「そこに関してはそれに見合う報酬をさらに用意する。それに少女を殺そうとしている連中から守れるのは私達だけ。我々の結族以外の……いや、言い換えよう。グラント結族の中でも私以外の輩がこのくだらない騒ぎの勝利者となったとき、彼女がどう扱われるのか保証はできない」
ため息が出る。ここでリナのことか。
そんなことを言われてしまえば断ることができない。
「……いつまで守ればいいんだ。俺だって自分の命が惜しい。脅威が許容の限界を超えれば、やりたくもないが少女をほっぽりだして逃げ出すより他に道がなくなる」
「そうだな……もう4時か。ならば20時間後の0時ちょうどにセントラルシティとアイリスを結ぶ柱に来てくれ。どの柱かは言うまでもないな?」
20時間。
マンティスとセントラルシティのこの事態をもみ消したいグラント結族の交渉相手。
下手したら事情を知った他の勢力まで参入してくる。
20時間か……。
「その時刻までに上に引き渡す交渉の場を用意しておく。少女の身を保障する根回しもそれだけ時間があれば大丈夫だ。何よりも重要な、我々の敵や裏切者を処断をするにも十分すぎる余裕があるだろう」
「身の保障っていうのはセントラルシティに少女を帰すことができると受け取っても?」
「構わない、ほかに質問はあるかな?」
「質問じゃないけど、もっと時間が早くならんかね」
「ピュアと交渉をするには最低でもそれだけ掛かってしまうよ」
「そのピュアからも狙われてるみたいなんだが」
「当然その迷惑料も報酬に含めるつもりだ」
詳しく報酬について相談したわけじゃないが、全ての迷惑を含めた報酬だとレイナールは言い切る。
下手に話をつめないで報酬受け取りまで楽しみにしていよう。
前金もなしに依頼を引き受けるんだ。
報酬次第では今後も良い付き合いが続けられるかもしれない。
どちらにせよ、アイリスで生活をする以上これからはグラント結族との付き合いは長くなりそうだ。
「話を整理させてくれ。俺たちは20時間後までデータをマンティスやピュアから守り切り、時刻通りに柱に向ばいいんだな?」
「あぁ、そうだ」
「そうすれば報酬と少女の身の安全の保障。間違いないな?」
「結族の印章に誓っていい」
「逃げている間に手に入るものはたとえ何であれ冒険者の権利を主張していいのか」
「もちろん構わない」
冒険者の権利とは依頼の最中に獲得したものは全て所有権は冒険者にあるというものだ。
契約によっては初めにその権利を放棄して追加の報酬が約束される場合もある。
基本的な事だが、あとで権利を主張されても困る。
なにせピュアの戦闘員と戦う可能性があるのだから。
これだけの内容を結族相手に口約束というのは少々不安が残る。
レイナールの人柄は一定の信用はできるが、大勢力だけにあとからひっくり返さないとも限らない。
書面で残したいところだが……。
「内容が内容だ。望むなら契約のスクロールを作ろう」
どう提案をしようか考えているとレイナールが此方の意図をくみ取ってくれた。
相手の望むことを汲み取り交渉するのがこの小さな男の交渉人としての技量なのだろうか。
「お願いする」
レイナールがベルを鳴らした。
すると二人の女性のハーフリングが奥の扉から入ってくる。
どちらも給仕服。レイナールの趣味なのだろうか。
「しかし……悪魔との戦争が小康状態になったと思ったら今度は身内や人間同士で争うのか」
気が抜けて思わず軽口の一つも出てしまう。
「スバル。君の知らないところでその戦いは終わることなくずっと繰り広げられていたよ。それこそ悪魔との戦争の最中も」
知りたくなかった。
片方の女性が机の上にスクロール広げ、二本の短剣を近くに置いた。
もう片方の女性は転がっているマンティスの頭部を片付けだした。
スクロールにはたった今、この場で話された契約内容が記されている。
この女性が今までの話を聞きながら作成していたらしい。
用意が良いのか、条件を飲むと読まれていたのか。
まぁ、事がスムーズならそれでいいか。
内容改竄などのケチな真似をするタイプではないだろうが念のため、細部まで内容を確認する。
「内容に間違いはない」
「なら契約といこう」
レイナールの言葉を受け、短剣で指の先を浅く斬り、血で署名をする。
俺に続いてレイナールも署名をする。
署名が互いに終わるとスクロールが淡く輝きを帯び、次いで俺とレイナールの右手の平に大鎌の模様が刻まれる。
≪契約≫(ギアス)の効果が発動した。
これは契約の秘術だ。互いに契約が履行されたと感じるまで決して解けない呪いの類。
罰則は対象への絶対的命令権。
死ねと言われれば死ななくてはならない契約絶対順守のための秘術。
俺は契約を破るつもりはなく、契約を完遂できない時点でおそらく死んでるだろうから関係ないが。
ただの冒険者に結族の有力者がこんな重い契約を交わすことはあまり例がないだろう。
それだけ重大なことに巻き込まれてしまったのだと再確認する。
気が付けば喉がからからだ。知らずに緊張していたらしい。
すっかり冷めてしまった紅茶を一息で飲み干す。
しかし、リナに巻き込まれたせいでとんでもない所まで話が進んでしまった。
見返りも大きいがこれから更に大変に事にもなる。
悔しいことに机の対面にいるレイナールは日常茶飯事なのか緊張のきの字も見受けられない。
流石は結族の交渉役だ。
俺の心労を知ってか知らずか笑顔でレイナールは話しだす。
「思った通り信頼するに値する人物だったな。スバル、君の話の焦点は常に少女の命を守ることだった」
自分の命を優先していたつもりだったが、そう好意的に取られたのなら無理に誤解を解く必要もないだろう。
「……余計な苦労を背負っちまった気分だよ。なんであの時助けちまったのか」
「なに、女性の笑顔を守るための行動に理由なんかいらない。そうだろう?」
普段は相当なジゴロなのだろう。
ニヒルに笑うレイナールは腹立つくらい、様になっていた。
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