第10話 地下世界6-1

『虹彩都市』(アイリス)に限らず、全ての街には幾つもの種族が生活している。

彼ら種族の全てが脳力という超常の力を所有していた。

人々はその超常の力を便利に使い生活を営んでいた。


だが、脳力は有用なだけではすまなかった。

その力を用いれば容易く人を殺めることができるのだ。


異形が蔓延る地下世界において個人では中々生きていけない。

だが、隣人もいつ能力を使って凶行に走るかもわからない。


一部のハグレモノを除き、彼らが集団を形成し徒党を組むことはごく自然な流れだった。

異なる種族よりは同じ種族。異なる見た目の者は一朝一夕には信じることができない。

かくして集団は種族の集まりとなり、より強固な結びつきへと変わっていった。


しかし多くの人が集まれば、利害の対立が生まれるのもまた自然な流れ。

同族の繁栄を望む一方で自らが身を立てたいと思うものも少なくない。


同族の集まりは、同じような脳力似たような思想によって形作られる更に小さな集団となった。


それが結族だ。


銀行業、運送業、製造業、建設業、飲食行、秘術制作業等々。

結族はそれぞれ得意とする力を使い種族の中での地位、街での権力を確保してく。


多くの結族が生まれ多くの結族が争いに敗れ歴史の闇に消えていった。


現代に残る結族はそんな海千山千の戦いで常に勝ち抜いてきた猛者なのである。

彼らの裁量で街が作られ、彼らの意思で金が動く。


今、俺の目の前で温和な笑みを浮かべているハーフリングがいる。


「初めまして俺はレイナールだ。恐れ多くもグラント結族から今回の件を一任されている。さぁ、立ち話もなんだ。掛けてくれ」


彼もまたその結族に属する有力者の一人だ。



第六話 グラント結族との会談



街外れのとある一室。街中での襲撃から間もなく、リナをココに任せ俺は約束の場所へ一人で訪れていた。

一人で行くのはココに止められたがリナを現地に連れてくるわけにもいかない。

下手したら敵の陣地のど真ん中だ。

何時でも≪念話≫で異常を伝えられるように秘術を内包した宝石を手甲に嵌めておく。


指定された部屋のドアの前で佇む二人のハーフリングの衛兵に近づく。

衛兵は職務に忠実にこちらを警戒していた。

身長こそ小さいものの纏う気配は熟練のそれであり、装備している防具や武具からも非常に力強い何かを感じさせた。


両手をあげて害意のないことを示し、片手にはココが伝令から受け取った宝石のシンボルの掘られた短剣を持ち、彼らに見せつけながら歩み寄る。


衛兵の瞳が青に染まり、淡く輝きを灯した。短剣を見つめられる。

僅かな間の後に警戒が解かれ、空気が弛緩した。


「失礼。貴方が約束の方ですか。その手に持つ短剣は確かに本物だ」


なんらかの秘術でこの短剣が本物であると認識しているらしい。

偽物が来ても困るだろうし当然の対応だ。


「三名とお聞きしましたが」

「すまない。事情が変わってね。早速で悪いが、君らの雇い主にお目通りを願うよ」

「……良いでしょう。どうぞこちらに」


武器を預かることはしないらしい。

ドアが開けられ奥に通される。

室内には有力者が好む調度品などはなく、雑に置かれたカバンが一つ。

部屋の中央に小さな机と四つの椅子が置かれていた。


正直なところ、今まで結族の連中とは距離を置いてきた。

得られる物もあるだろうが、彼らの歴史は血生臭い点も多い。

対応を間違えてしまえば政争に巻き込まれ身を亡ぼすことにもつながりかねないのだ。

だが、今回はそうも言ってられない。すでに巻き込まれてしまっている。


部屋の奥の扉が開き、一人の若いハーフリングの男が現れた。

一目で高級品だとわかる上等な絹の服に上等な革の靴。

服に着られぬ流麗な所作と強い意志を秘めた瞳はただのボンボンではないことを教えてくれる。

自信に裏付けられたその歩みは彼が一角の人物であると容易に示していた。


「わざわざ呼びつけてしまってすまない」

「気にしないでくださいミスター。事情が事情です。遅かれ早かれお会いすることにはなっていでしょう」


相手は結族の有力者だ。極力、丁寧な言葉遣いを意識する。

できている自信は全くないが。


「初めまして俺はレイナールだ。恐れ多くもグラント結族から今回の件を一任されている。さぁ、立ち話もなんだ。掛けてくれ」

「私はスバルです。よろしくお願いします」


小さな手と握手を交わしテーブルに着く。

レイナールはハーフリング用の脚の長い椅子にちょこんと腰をかけた。

彼は座ると同時に机の上のベルを鳴らす。

すると奥の扉が再び開き、カートを押す給仕服姿のハーフリングの女性が入ってきた。


「お茶とお茶菓子を用意した。急な呼び出しに応じてくれたことに対する細やかなお礼だ。遠慮なく食べてくれ」


女性がテキパキと準備し、テーブルにティーカップとクッキーが並べられていく。


「ミスターレイナール。お気遣い感謝します」

「レイナールで構わないよ。そんなに畏まる必要もない。冒険者にそういった気遣いは求めていないさ」

「そうか。そいつは有難い。育ちが悪くて礼節とか小難しいことは苦手だったんだ」

「清々しいくらい極端な変わり方だな」


レイナールが軽く笑い、同じポットから注がれた紅茶を一飲み。

油断はできないが相手の態度は何故だか友好的だ。

念のため毒への対策はしてきたけれど杞憂に終わりそうだ。


準備が終わるとハーフリングの女性は部屋を退室した。

紅茶とお茶菓子を頂く。

紅茶の味の違いはよくわからないが、クッキーは美味い。バターで誤魔化した味じゃない。


「さて、本来なら色々と世情を話したり冗談も交えて友好を温めていきたかったのだが、生憎と今は時間がない。すぐにでも本題に入らせてもらおう」


居住まいを正し、レイナールを見つめる。


「『木漏れ日酒場』である女性にあっただろう。彼女に話を聞きたかったんだが……彼女は何処にいるのかな?」

「此処には連れてきてはいない。理由はそちらでも簡単に想像つくんじゃないか?」

「残念だ。ではスバル、君に単刀直入に訊ねよう。データの入った記録媒体の行方を知らないか?」

「………………」


素直に話して良いものだろうか。

現状、グラント結族はリナを誘拐した張本人の可能性が非常に高い。


「私の考えでは君は別の種族や他の結族となんら関係がないと思っている。だからこそ協力をしてほしい。もちろんそれ相応の報酬は用意する」


最悪、拘束されて拷問コースまで想定していただけに交渉の余地があることは大変喜ばしい。報酬が支払われる可能性すらあるとは。


「……協力するのは吝かではない。だが、いくつか腑に落ちない点がある。聞けば誘拐された少女はただのパン屋の娘で、しかも学生じゃないか。なぜそんな子を攫う必要があった?」


レイナールは少し考えた素振りを見せ、僅かな間の後に答えた。


「……ふむ。勘違いしているようだが我々はその一件に関して全く関与していない」


下手人筆頭が私は違うと言ってもそう簡単に納得できるものではない。


「納得していないという顔だな。良いだろう。駆け引きにはもう飽き飽きしていたところだ。誠意をもってこちらから分かっていることを話そう」


説明をすると言ったレイナールの表情からは強い疲労が窺えた。

リナを逃してしまい、そのうえデータも手に入らなかったことで結族の仲間から散々文句を言われていたのかもしれない。


「我々は最近、セントラルシティの一部技術者と懇意にしていてね。お互いの足りない部分を補い合っているのだ。そして、今回はこれまでの貸しをようやく返してもらう機会。彼らの技術の一部を譲り受ける予定だった」


やはり、上と下との通路を管理するだけではなく様々な交渉を行っていたのか。

まぁ、輸入品たる銃が入ってくるくらいだ。何もしてないほうがおかしいか。


「しかし、何処からかこの話が漏れたようで忌々しいマンティスがやってきたのだ。我々の結実した努力の成果を掠め取っていったのだ!!」


余程鬱憤が溜まっていたのか、レイナールはその小さな身体を大振りに動かし怒りを露わにしている。


「その上、今まさにグラント結族の各方面へ攻撃を仕掛けてきてすらいる。何処の結族か、どの種族の差し金かはわかっていないが、実行犯のマンティス共々、遠くない未来、奴らに鉄槌を下すことになるだろう」


激しい感情に裏打ちされた強い意志を込めた瞳が俺に向けられる。

レイナールが身体と同じく小ぶりな指をパチリと弾いた。

予め発動しておいたなんらかの秘術の効果だろうか、室内の端にあったカバンがふわりと浮かび上がる。


≪第三の手≫(トランスペット・ハンズ)や≪念動力≫(テレキネシス)の類だろうか。


カバンがひっくり返り、ゴトゴトと歪な物体が床に転がり落ちる。

マンティスの頭部だった。緑の血が床に広がる。


「セントラルシティで物が奪われるという失態をしたのはピュアだが、原因はアイリスでの揉め事だ。本来、データなどいくらでも替えは利くもの。それでもあのデータを紛失したとあっては信用に大きく関わる事となる。我々としては今後もピュアと有益な関係を続けていきたいのだ」


激情を発していたレイナールは怒りをおさめ穏やかな気配を纏う。

あのマンティスの頭部は俺に対する警告も兼ねているのかもと思ったが、どうやら違っていそうだ。

不心得者に制裁を加えたかったのだろう。


「情けない話だが、本来なら記録媒体が奪われた時点ですぐに雇い主の元に実行犯が行っていたら詰んでいた」


目を落とし、いかにも絶望しきった面持ちになるレイナール。


「けれどあの少女のおかげで最悪の事態は回避されている。まだ雇い主にデータが届けられていないのは、マンティスどもの動きを見れば明らかだ。私としては攫われた哀れな少女と欲をかいて誘拐を企てた愚か者に感謝を述べたいくらいだ」


小さな両手を広げ皮肉気にレイナールは笑ってみせた。

表情がころころと変遷していく様は何かの劇を見せられているようだ。

一般的なハーフリングも表情が豊かだと言われるが、彼はその中でも特に感情表現が多く出るタイプらしい。


「……はっきり言ってそこまで内情を話されるとは思ってもみなかったな」


想像とはかなり事態がかけ離れていたようだ。

てっきり目の前のハーフリングのグラント結族があの少女の不幸を引き起こした張本人かと思っていた。

しかし、レイナールの目に嘘はない。

交渉術に長けているだろう人物だけに嘘の可能性もあるが直感は違うと断じている。


「これは誠意だ。私は全てを話した。だから協力してほしい」


こんなやり方は交渉とも駆け引きとも呼べないがね、と自嘲気味にレイナールは呟いた。


「狭い街だ。君らの人柄は此方も噂で把握している。あの状況で厄介事たる少女を助ける人物だ。こんな暴挙を起こしても構わない人物だと君のことを思っている」

「それは買い被りだミスター。ただ巻き込まれて迷っているうちに引き際を間違えただけさ」

「そういうことにしておこう。君にいつも仕事を斡旋しているリカルドは君のことをたいそう褒めていたようだがね」

「エルフの仲介人の話までしってるのか……」

「なに、優秀な冒険者に気を配るのはどこの種族も結族も同じだよ。まして街の外部から来た何処の息もかかってない冒険者なら猶更だ」


今までひっそりと生きてきたつもりでも存外調べられているらしい。

恐ろしい話だ。


「今も攻撃を仕掛けられているって言ってたな。しかも、この騒ぎの逆転の目はたまたま誘

拐された少女の持ち出した物か……聞いてる限りかなりの泥船だな」

「こんな面白い賭けも嫌いじゃないだろう? それに私たちの手元には勝者となれるだけの駒が揃っている」


レイナールはニヤリと口角を上げ、試すような瞳でこちらの目の覗き込んでくる。

参った。賭場での俺の傾向まで知られている。


大穴狙いの一点張り。この世界では生きていくのも一苦労だ。

生きるためにここぞというときに持てる全てを掛け、そして必ず勝利を得なければならない。


レイナールと組むのは分が悪い。

ただ、望んだ結果を引き出すのには最良の賭け場所でもあるだろう。

だが、まだ確かめなければならないこともある。


「……わかったよレイナール。口車に乗ってやるさ」

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