第9話 地下世界5-2
いつもの場所……。途中で考えるのも億劫になってきた。
適当に馴染みの店でも回ろう。喜んでも喜ばなくてもどちらでも良いや。
先導するとリナは何も言わずについてくる。
その場から一番近い武器屋、『赤鉄の巨槌』に入店した。
「らっしゃい」
愛想の悪いドワーフが短く迎えてくれた。
随分長く使っているが無愛想な店主の名前すら知らない。
仕事は丁寧できっちりしてくれているから問題はないが。
店内には所狭しと武器が並べられている。長剣、長槍、秘術的加工が施された武具。
多くはサイズが大きく、その武器が巨人向けに作られたものだと教えてくれる。
だからこそ掘り出し物も多い。巨人的には短剣といえる長さも平均的人間の身長にとっては長剣に等しい。大味な獲物を好む巨人には短剣はあまり人気がない。
立地も良く、品揃えも良いこのお店。
ドワーフ全般に言えることだが、愛想さえ良ければ繁盛店間違いなしだろう。
リナ的には、そんな不愛想な態度がそれっぽくて良いらしいが。
「こんなに長い刃物初めてみます……」
いつもは売買が目的だが、今回だけは冷やかしでも許してほしい。
ハラディ、スティレット、ジャンビーヤ。カタール、フィランギ、ファルシオン。メイスやフレイル。斬撃武器から打撃武器まで、用途によって様々な武器がとこらせましと並べられている。店主のドワーフは店の奥に行き別の仕事を始めたようだ。
「スバルさんはなんで私を助けてくれたんですか?」
品物を見ながら店内をうろうろしている時に何気ない一言が投げかけられた。
平静を装っているが、リナは緊張している。手に不自然な力が入っている。
命が狙われてる状態の人を助ける人物は少ないだろう。
善意だけで賭けられるほど命は安くないのだ。
自分の中ではいつものことだがはっきり言ってなんで助けたのか自分でもわからない。
多分面白そうとか、勘とか、女性の涙に弱いとか理由なんて適当だ。
「最初は可哀そうだったからかな。悔しいことに涙に弱い。今はきっと金のため」
宙の上の人間はみんな金持ち。きっと。神話の黄金の国ジパング並みに真実味がある。
「普通逆じゃないですか? ドラマ的に。君のことを助けたいんだーみたいな」
クスクスと小さな笑いを浮かべるリナ。
こうもあっさり言ってるけど俺もココも命がかかってる。
種族が関わった話であるのは間違いなく、どうしてか関係なさそうなマンティスまで話しに絡んできている。
状況はまるで掴めていない。
ドラマが何かはわからないけど、処理できる限界がきたらきっと俺たちは荷物を纏めて雲隠れだ。たぶん。
口には出さないけど。
「私お金とか払えませんし。アイリスでは金貨銀貨とかでお支払いしているみたいですけど、セントラルシティのお金って紙なんですよ」
「はい?」
「貨幣経済っていうものです」
リナから貨幣経済の説明を受けてもただの紙が価値あるものなんて理解できない。
紙は紙だしいざというときに役には立たない。
「想像もつかないな」
軽口を叩きながら『赤鉄の巨槌』を出る。
次に向かったのは『聞き耳服飾店』。
専門は店の名の通り、衣類なのど服飾。しかし、客の要望を受け付けているうちに革防具を扱いだし、さらには金属防具まで手掛け始めた職人気質のエルフが経営する良心的な店だ。
木の扉をくぐり、二人で中へと入る。
わぁ、とリナが感嘆の声を上げた。武器屋よりも反応が良い。
女性物の服も広く取り扱っているから当然と言えば当然か。
右に完成品の革鎧、真ん中には高級歓楽街で来ても恥ずかしくないカジュアルな服から正装まで、左にはオーダーメイドのための革や生地が展示されていた。
今は他に客はいないらしい。
「あらスバルさん。今日はココさんと一緒じゃないんですね」
カウンターから出迎えてくれたのはメガネをかけ金髪の長いが眩しい綺麗なエルフの女性。
見た目はとても若いが60は超えている。
「やぁエステラ。ココは用事があってね。そっちは調子はどうだい?」
「お陰様でなんとかやってますわ。あら? あらあら、可愛いらしいお嬢さんを連れて……ココさんに言いつけちゃいますよ」
クスクスと口元に手を当て上品に笑うエステラは傍目には20代前半にしか見えない。
下手したら10代後半の少女にも見えてしまう。
流石はエルフだ。
「ココの知り合いだからばれるも何もないさ。今日は……」
「要件の前にそちらの可愛いお嬢さんを私に紹介してくださらないの?」
冷やかしに来たんだという前にエステラに言葉を遮られてしまった。
リナは長くアイリスにいるわけじゃないが、紹介しないのは不自然か。
「おっと、悪い。此方はリナ。リナ、店主の奥さんのエステラさんだ」
急に紹介されて緊張した様子でリナは慌てて頭を下げた。
「初めまして、ドゥシャー・ルキーニシュナ・ミクリナです。エストラさんよろしくお願いします」
「私はエステラです。よろしくね。ミクリナさんって呼んでもいいかしら?」
「は、はい」
エストラは穏やかな笑みを浮かべ挨拶を終えると、メガネの位置を正し切れ長の目を更に細めた。
「お二人とも≪虚実の変装≫を使って幻の服を着るくらいならうちで服を買ってくれればよろしいのに」
彼女のメガネは幻を看破する能力が付与された秘術アイテムだ。
当然、俺たちの≪虚実の変装≫は見破られている。
彼女には本当の服装と幻の正装がダブって見えていることだろう。
「今日はおめかしする時間がなくてね」
「そんなに急にデートだなんて若くていいわねぇ」
エステラは良い人なのは間違いないが、調子が狂う。
「ま、幻ってわかるものなんですか?」
リナは顔を強張らせながら質問している。
しまった。
「そういったアイテムを付けていたり、秘術の補正があれば分かる方もいらっしゃいますよ」
気づいてほしくなかった事柄にリナが気づいてしまった。
顔を赤くし、嘘つきと呟きながらポカポカと叩かれる。
諸悪の根源たるエステラはあらあらと笑うばかりだ。
「それで、今日はどういったご用件かしら? 主人は休んでいるので装備の調整でしたら時間が掛かってしまいますが……」
「申し訳ないけど、今日は売り買いに来たわけじゃないんだ。展示物の確認をしに来たんだよ」
確認と言えば聞こえはいいかもしれないが要はただの冷やかしだ。
「いつも使っていただいてるので申し訳ないなんてことありませんよ」
頬を膨らませているリナを促し、店内の装備を見させる。
男の俺でも可愛いと思える服の数々にリナの機嫌はすぐに元に戻った。
「俺の革鎧やココの服もここで作ってもらったんだ」
「すごいですね。セントラルシティにはないような形の服ばかりです。外套? マント? これなんか絶対に売ってません」
リナは一つ一つ手に取り見ている。アイリスの服に興味津々なようだ。
手に取る服はココの好みとは違い、刺繍などの装飾が多い。ココは実用的な服を好む。
空気を察しているのか察していないのか、エステラはカウンターに引っ込みにこにこ笑っている。
現実逃避の一環なのかはわからないけどリナが元気なのは良い事だ。
彼女が並んでいる品を見る速度は遅く、丁寧に細部まで服の形を確認している。
これは長くなりそうだ。女性の買い物は長いと相場が決まっている。
夢中になっているリナを置いてカウンターのエステラに近づく。
「すまないけどあの娘が着たい服を試着させてやってくれないか?」
カウンターに銀貨を数枚のせる。
「あら、お金なんてよろしいのに」
「見てくれよ。あの様子。着替えるのは一着や二着じゃ聞かないぜ。迷惑料ってやつだよ。
他に客がくるまででいいからあの娘の気が済むまで頼む。俺は外で待ってるからさ」
「お姫様の着せ替えをご覧にならなくてよろしいの?」
エステラは流し目で妖艶に笑った。笑顔一つで少女から大人の女性まで一気に雰囲気を変えてみせる。年を重ねたものにしかできない含みのある笑顔だ。
「……失礼なこと考えていませんか?」
考えを悟られては後が怖い。撤退するようにリナに呼びかける。
「リナ。色々と試着させてくれるみたいだから楽しんでくれ」
「えっ!? 着てもいいんですか!?」
上等な絹のドレスを手に取っていたリナは驚きの声を上げた。
エステラがカウンターから出てリナに歩み寄る。
「えぇ、うちはオーダーメイド専門店。ここにあるのは展示品。形やデザインを大まかに見てもらうために展示してるんです。もちろん試着も自由です」
俺は頼んだ、と一言残し扉の方へと向かう。
リナとのすれ違い様に肩を叩き、小声で外にいる、と伝えた。
扉から出て店のすぐ前にあるベンチに向かう。
店の入り口には顔見知りのシティガード。店の中にはエステラ。
少なくとも店内にいる間は何もトラブルは起きないだろう。
ベンチに腰を下ろしのびをする。
流石に今日はずっと動きっぱなしで疲れた。
ショーウインドから覗ける店内では嬉しそうに服を選んでいるリナの姿が見えた。
試着だけでも嬉しいらしい。
念の為、目を瞑り臭いに集中。マンティスの気配はなし。耳に入る情報からも危険なし。
少し疲れた。目を開けるのも億劫だ。
このまま待つか。
どれくらいの時間が経ったのか、扉が開き、近くに誰かの気配を感じる。
肩を持たれ、身体が倒された。
ベンチに倒され、頬に柔らかなものにあたる。良い匂いまで鼻に飛び込んでくる。
目を開けた。
どうやら頭はリナの太ももに乗っているらしい。
「どうした?」
「……やっぱり、起こしちゃいましたか?」
頭の上から声が聞こえる。
「座っているところを倒されたら誰でもでも起きるさ」
「身体倒した方が楽かなと思いまして」
「革鎧には肩当てが付いてるからあまり楽じゃないな」
「そうでした。見た目の服とは違うんでした」
失敗失敗と話すリナの声音からは楽しそうな気配を感じる。
少し間は誘拐されたことを忘れることができただろうか。
「もういいのか?」
「はい! ありがとうございます! すごく堪能しました! アイリスに来ちゃったのも悪いことばかりじゃありませんね」
鼻で笑いながら身体を起こしベンチから立ち上がる。
リナも同じく立ち上がった。
「いこう、ココはまだまだ時間がかかる」
「はい」
俺たちは再び街路を進み始めた。
高級市街地でも武器屋や秘術屋は多く立ち並び、ショーウインドを冷やかすだけでも存外忙しい。
秘術屋は宝石の中身がわからなければただの宝石と変わらず、リナは高い物に囲まれると気おくれするらしく、あまり長くは滞在しなかった。
ポーションには興味が引かれているようだったが。
「こうやって色々見たりしていると不思議な気分になります」
何軒かの店を回り突然リナが切り出した。
大通りの真ん中、見回すだけでもまだ行っていないお店がいくつも点在している。
普段使う店は限られており新規開拓などしないので意外と新鮮な時間だった。
「何か変なものでもあった?」
「いえ、変な物というか……さっきすれ違った巨人さんとか明らかに私みたいな人より強いですよね。セントラルシティには『外装骨格』っていう兵器がありますけど、人口とか考えたら攻めてこられないのが不思議だなって思います」
「うーん……」
「銃だって性能は上の方が良さそうですけど、秘術使われたらどうしようもなさそうですし」
「上の人は知らないのか」
文字通り街の中央に聳え立つ城を顎で示す。
それはこの街で最も高い建物のひとつでどこからでも見えるようにできている。
「ほら、あそこに大きな城があるでだろ? 街の中心なんだけど」
「あの先っちょがみえているやつですか?」
「そうそう。あそこに『白龍』(ホワイトドラゴン)がいるんだ。そいつがなんでか上には絶対手を出すなっていってるのさ」
「ド、ドラゴン……そんなものまで……」
「何も知らないんだな。子供でも知ってるぞ」
「たぶん下層学で学ぶと思うんですけど、受講が来年度からだったんですよ……」
ほとんど上と下とは交わらないのだから教えるのが遅くても無理がないのか?
この街ではそういった知識は教わることは少なく、噂話や酒場の与太話で自ら知ることが殆どだ。
「ホワイトドラゴンさんには逆らえないんですか?」
「無理だ。一年くらい前に白龍のコレクションを盗もうとした馬鹿が今でも生きたまま氷漬けにされて城の前に置かれてるよ。そんなものを見せられたらどうにかする気も失せちまう。どうひっくり返っても定命の人間ではどうにもできないだろうさ」
考え込む癖があるのか、話すことがないのか、リナは話の後に無言に陥りやすい。
また、無言で街を進む。
沈黙が少し居づらい。そろそろ会話の種も尽きてくる。
リナも同じなのかちらちらと互いに顔を伺いあい、意味もなく笑い合う。
少しは仲良くなれたとは思うが出会って一日と経っていない間柄だ。
そのうえ彼女の痴態まで見てしまっている。
人間関係はなかなかに難しい。
「あ、何かやってます!!」
会話の切欠を見つけたリナが広場で行われている催しに駆け寄っていく。
大道芸だ。秘術と磨かれた技術によって人を楽しませるエンターテイナー。
今は光を発生させる秘術を使って視覚で楽しませてくれている。
リナを追って大道芸人の近くまで歩く。
瞬間、爆音が背後から鳴り響いた。脳内の危険度を示すギアががくんと上がった。
即座に音の方角へ身体を向ける。何かが幾つも飛来してきていた。
見たこともない何かが噴煙をまき散らし火柱を伴い一直線に向かってくる。
明らかに俺やリナを狙って放たれたそれ。
接近する速度から考えてスティルオーダーの支援は期待できない。
彼らが助けに入るよりもそれが到達する方が圧倒的に早い。
ただ避けるだけでは大道芸人も近くの観衆までもが巻き込まれる。
呆然としているリナを自分の背中に追いやり左手を前に突き出した。
「≪反発する力場≫(フォース・リペリング)」
≪不可視の緊急盾≫と違い術者が視認できる力場が構成される。
六角形の青い力場を操り、空中から飛来する物体にぶつけた。
見たこともないほど太く多くな弾丸。俺の知っている弾薬の範疇を超えている。
別の秘術を使ったことで変装が解け、元の革鎧姿に戻る。
「ミ、ミサイル!!」
≪反発する力場≫に阻まれ空中で静止した多くの弾薬。リナのいうところのミサイル。
地面へはたき落すべきか、否か。
一つ一つの着弾を手動で阻止するにはとても≪反発する力場≫の持続時間が足りない。
「時限式です!! すぐ爆発します!!」
俺が対応を決めかねているのを察してかリナが助言を与えてくれる。
彼女の言葉を受けて瞬時に別の秘術を発動した。
手甲にこの呪文を装着していた自分を褒めてやりたくなる。
「≪風の壁≫(ウォール・オブ・ウインド)」
宝石が砕け、猛烈な風が地上から空へ向かって吹き荒れる。
荒れ狂う風が壁の如く屹立した。
静止していた弾丸がすべて空へと流される。
空中で弾薬が爆ぜた。
誘爆で次々に弾薬が炸裂していく。
爆風が肌を撫でた。
俺が知らず、リナだけが知っている兵器。
連想されるのは嫌な現実。
機械兵士が騒ぎを見て爆心地付近に駆け寄ってくる。
持ち前の冷静さと合理的思考で幾名かが弾が発射されたと思われる場所へと消えていく。
「まさかこんな場所で仕掛けてくるとは思わなった」
「もうダメかと思いました……」
背後ではリナが腰を抜かして地面に座り込んでしまっている。
あれだけの爆発だ無理もない。まして彼女が知っている兵器なら猶更だ。
爆心地の付近の建物に被害はない。中心街だけあってなんらかの備えがなされているのだろう。
しかし、各種族の重要な拠点もあるこの区画でこんな暴挙にでるなんて何処の馬鹿だ。
しかも、一般には売られてないであろう兵器を使用してくるときている。
事態はすでに厄介事で済まされるレベルではない。
「酷い爆発だったね。大丈夫だった?」
窮地を脱したタイミングで背ろからココの声が掛かった。
「あぁ、運が良いことになんとか無事だ」
驚きはしない。ココが急に現れるのはよくあることだ。
それにしても、まだ1、2時間やそこらしか経っていない。
情報を集めるにしても戻るのが早すぎる。
「随分と早い帰りだな」
「ボクは優秀だからね……て言いたいところだったけど、向こうから接触があった。『木漏れ日酒場』でリナが近くに来ていたのを見ていた奴が居たみたいだね」
「……全く、何処に目があるかわかったもんじゃないな」
普段とは一風変わった始まりの乱闘騒ぎだ。記憶には残りやすい。
「それで、どこの奴らが絡んでるんだ?」
「ハーフリングのグラント結族」
なるほどかと納得がいく。
『木漏れ日酒場』に限らず飲食業の多くはハーフリングのグラント結族が経営している。
その情報網は侮れない。
「直接会って話がしたいってさ」
彼らはリナを拐った側なのか、はなしを聞き付け一枚噛みたい連中なのか。
事実を知るためには話を聞いてみるより他にない。
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