第4話 地下世界2-2

第二話 予想外の来訪者



そんなことあり得るのだろうか?

上と下とは緩衝地帯での関わり自体はあるもののもう長いこと人の往来はないはず。

目の前の少女がじつはドラゴンが擬態している姿であると言ったほうがまだ説得力がある。


「アイリス……アイリス……あっ!」


思いついたように少女は顔を上げた。


「聞き覚えあった?」

「たしか、来年から学ぶはずだった下層学の予習をしている時に出てきた気がします。私たちの下にある街アイリスって……」

「そのアイリスがおそらく此処だろうな」


下層って言葉が付いてる学問にこの街の名前がでてくるなら本当に上の人間なのか?

俄かには信じがたい。


「ここが下の街……あの、上に帰る手段とかって……」

「あるにはある」

「っ!? よかったです!!」

「ぬか喜びさせて申し訳ないけどその手段は現実的じゃない」


絶望的な表情から一転、喜びを露にした少女に水を差すのは忍びない。


「君らの住んでるところとアイリスとつながってる場所はいくつある?」

「多分4つだと思います。私は近づけないのでそこが確実にそうとは言いきれませんけど」

「おそらくその近づけなかった場所がアイリスと君の居た場所とを繋いでる場所だ。残念なことにアイリスでも上と同じくその柱がある部分には普通は近づけない」


このアイリスという街には4つの柱がある。

宙を見上げると必ず目に入る天井を支えるために作られた巨大な柱だ。


巨大な球状の空間を二つに分かつ分厚く巨大な天井。

それを支える柱は桁違いに太く、内部は通行できるようになっており、上と下とを繋いでいる。しかし、その通路は厳重な警備が敷かれ普通の人は柱に近づくことすら難しい。


警備を行うものはそれぞれの柱を管理している種族だ。

ただ、その種族の中でも選ばれた人しか通行はおろか警備にすら携わることができないと聞く。噂では柱と天井がぶつかる地点に緩衝地帯なる取引をする場所があるという話だ。


上と下とはもう長い間、人の行き来がない。

少なくとも目の前の少女のような外見的特徴の人間はココみたいに変身した一部のブリント以外見たことがない。

そんな警備の厳重な場所の先に住んでいる少女が誘拐されたということは、思ってたよりやばい事態だ。

おまけに、この話はどうあがいても街の有力者の連中が絡んでくる。


「で、でも元々、セントラルシティに住んでたんだから……」


俺が簡単に理由話した後、少女はあからさまに元気を失ってしまった。声に力がない。


「死にたいのなら止めないぞ。この街を取り仕切ってる奴らは君の話に耳を傾けてくれるかは保証できないがね」

「そんな……」

「ごめん、ちょっとタイム。ココと話してくる」


机に突っ伏して消沈している少女を尻目に席を立ち、壁際のココに近づいた。

少女もかなりやばい立場だけどもこちらも割とやばい立場だ。


「ココ、聞いてたか?」


ココは無言で頷き、顔を寄せ小声で続けた。


「あの娘が上に住んでるっていう『純人間』(ピュアヒューマン)、ボクはじめてみた」

「俺もだよ。これはかなり不味いことに足突っ込んじゃったかもしれない」

「今すぐあの娘を放り出せば?」

「でもそれだけで大丈夫か? 俺たちの顔をあのマンティスに見られてるかも」

「消すべきだったね」

「あの酒場の騒ぎじゃ難しい。あそこで派手なことをしたらどのみち目をつけられてたし、騒ぎの後すぐシティガードが出張ってきてるだろうし」

「嘘の可能性はないと思う。必死にみえし」

「ココがそういうなら間違いないな……」


現状、八方塞がり。巻き込まれたのが災難だった。

最悪この街を出ればいいかな……。

『地底の篝火』(ミルトリオン)にいってみたかったんだよなぁとか遥か遠くに思いを馳せていると、ココからの救いの一言が飛び出した。


「あの娘が攫われたのには理由があるはず。もしかしたらそっち方面でなんとかなるかも。少なくとも何にもしないよりは断然マシな結果になる。しかも本当に上の人間なら絶対に金になる何かがある」


言われてようやく思い出す。

上から来たとかという話の衝撃が強すぎて最初の疑問を解決するのを忘れていた。

しっかりしろよと目で訴えるココ。ごめんごめんと手でジェスチャーをする。


椅子に戻り、魂の抜けかけている少女の肩を叩いて意識を引き戻す。


「なぁ、お嬢さん。えっと、俺たちとしてはね、かなり想定外の事態だったんだよね、いいとこの商人の娘さんとかまぁ、そんな感じの娘さんがたた誘拐されちゃったものかと思ってたんだけどね……」


虚ろな目でうんうんと頷く銀髪少女。見ているこちらが不安になる。


「なぁ一つ提案なんだが、どうだろうか? ここで二手に分かれて逃げるというのは。俺とココがここから街の外で囮役を買って出るから君はこの街の中で逃げ回る。どうかな? 完璧な作戦だと思うのだけど。俺たちとっても危険だけど頑張るからさ」

「いやいやいやいやそれ逆でしょ!! 私が囮じゃないですかっ!? 捕まって来いって言ってるみたいなものじゃないですかっ!?」


虚空を見つめていた少女の目に一瞬で火が燈り鋭く指摘されてしまう。

お前マジかよ、とココからの視線が身体に突き刺さる。


「……冗談はさておき、何か誘拐されるような理由に心あたりは?」

「本当にまったくないです。両親もただのパン職人ですし、特段裕福でもないですし」


物言いたげな眼差しをした少女が平坦な抑揚で答えた。


「あ、でも、もしかしたらこれが関係あるかもしれません。逃げるのに必死で閉じ込められた部屋を漁ってるときに見つけたんですけど」


彼女がポケットから取り出した物は小さな長方形の板のようなものだった。


「なんだそれ?」

「これは記録媒体です。たぶん、何かのデータが入ってるんだと思います。シルバーのアタッシュケースに入っていたので何かの役にたたないかと持ってきちゃいました」


ましたじゃないよ、ましたじゃ。どうして得意げなんだ。

完全にそれ重要なものですよ。あからさまに怪しくて大事なものだよ。


「それこっちで預かっていい?」


何かはわからないけど現状打破につながるかもしれない。


「あ、はい。わかりました」


小さな板を受け取り、じっくりと観察する。

見たこともない品物だ。材質不明、強度はありそうだけど金属よりは断然軽い。

板に意識を集中させてみるも、なんらかの秘術的エネルギーは感じない。

おそらくは上の街の技術なのだろう。


少女の話を信じるならあの板は大事な物だ。

他の人が手出しできない場所にしまっておこう。


「あの……なんとかなりますか?」

「わからない」

「私どうなっちゃいますか?」

「……わからない」


わからないという度に少女の顔に影が差す。

話の全貌が見えない以上適当なことは言えない。


「とりあえずは君を攫った連中の意図と正体を突き止めないと話にならない。だからまずはそれを探ることにするよ。何をするにも情報が足りない」


立ち上がり身支度を整える。


「あ、ありがとうございます」

「感謝してくれよ、俺たちみたいな冒険者に厄介ごとを依頼するんだ。本当ならそれ相応の対価が掛かるんだから」

「……貯金箱に入ってるお金で足りるかなぁ」


少女のお小遣いで雇えるほど俺達は安くない。

けれど、これは普通の事態ではない。何か大きな力が作用しているようにも思える。


特別高価というわけではないが、すでに≪局所的な霧≫入りの宝石を使用している。

あまり浪費は好ましくないのが現状だ。


「あ、そういえば名前聞いてなったな。俺はスバル、あっちがココ。それで君は?」

「私はドゥシャー・ルキーニシュナ・ミクリナです」

「どぅしゃーるきーにしゅなみくりな……」


俺の知っている名前とだいぶ違う。なんか長いし、呼びづらいし。


「長いし呼びにくからリナって呼ぶ。どの程度の付き合いになるかわからないけどよろしく」

「よろしくです」


互いに会釈をした後に、じぃっとリナに見つめられる。特に耳と尻尾だ。

尻尾を振るとおぉ、と小さな声と共にリナの顔が尻尾に合わせて左右に揺れる。


「一つ聞いていいですか? スバルさんの犬耳や尻尾は本物ですか?」

「本物だよ。俺は『獣人』(セリアンスロープ)なんだ」


よほど尻尾が珍しいのか目が釘付けで視線が離れない。

いつもより余計に尻尾を振って壁際のココに向き直る。


「ということでココ、じゃんけん。どっちが探りを入れるか。負けたほうが探りを入れて勝ったほうがリナの子守」

「何回勝負?」

「子守って……そんなに年は変わらなそうなのに……」


リナがショックを受けているが事実だ。

どんな場所でも自分で自分のことが守れないなら子供と一緒。


「調べるのは今すぐ? まぁボクは負ける気ないけど」


探りはこの少女を欲している人物に行う予定だ。


「今すぐ。少し眠いが仕方ない。すぐ動かなきゃ手遅れになるかもしれないし、下手したらすでに棺桶に片足どころか下半身入ってるかもしれないんだ。ちなみに俺も負ける気はしない」

「まぁしかたないね」

「じゃあさっさと済まそう。じゃんけんーー」


じゃんけんをしようとしたその瞬間。

急に、臭いを感じた。あの時、あの酒場にいたマンティスの臭い。

臭いの数は一つ。

この場所までたどり着くのに少し時間はあるが、真っ直ぐこちらへと向かってきている。


「ココ、お客さんだ。じゃんけんは後だ」


想像よりも見つかるのが早い、早すぎる。

なんでこんなに早く見つかったんだ?

同じ疑問を抱いたであろうココが、何かに気が付いたのかリナへと問いかけた。


「……リナ、占術系統の秘術対策はなんかしてる?」


言葉の意味を理解して慌てて『神秘の携行袋』からスクロールを二つ取り出した。


「なんですかそれは?」


リナの返答が終わると同時にスクロールに意識を集中させる。


「≪自由な放浪者≫(フリーダム・ワンダー)、≪悪への備え≫(イーヴィル・プロテクション)」


スクロールに込められたエネルギーがリナを優しく包み込む。

居場所を特定する秘術と心を操る秘術の対策となる呪文だ。


役目を果たしたスクロールがぐずぐすと崩れ、塵と化す。

あぁ、また≪局所的な霧≫に引き続いて貴重なリソースをつかってしまった。散財だ。

マンティスとかいう未開の地で生活する奴らを相手にする以上使った分のお金を回収できない可能性が高い。野人にいい装備など望めないのだ。


本当は使いたくないがこればかりは仕方ない。必要経費だ。

上から誘拐されてきた少女が、俺やココが日常的に使用している揉め事を回避する秘術の効果を得ているわけがないのだから。


「俺が対処してくるからココはリナのことを頼む。もしかしたら情報が引き出せるかもしれないし」


話しながら、腰のリボルバーとシミターを確かめる。衣類に掛けられた秘術に不備はない。

リボルバーはきちんと装弾されている。

鞘からシミターを抜き放つ。刃渡り80センチ程の薄く極端に湾曲した刀身は何処も刃毀れしていない。鞘に戻し以上の無いこと確認。


「一人で大丈夫なんですか……?」

「酒場に来てたマンティスなら多分なんとかなる」


リナの口調は明らかに俺を心配している。有難い話だ。

このいざこざが彼女のせいで起きたことでなければなお良かった。

軽く笑いかけて『神秘の携行袋』から十二個もの宝石の装飾が施された指のでる手甲、『秘術手甲』を二つ取り出した。

『秘術手甲』は≪接触広域化≫(ハンド・エクスト)により宝石をセットすることで秘術による攻撃ができ、手への防御力まで保障される優れた防具だ。


「念のために二人は先に逃げててくれ」


両手に『秘術手甲』を嵌めてココへと『神秘の携行袋』を放る。


「ココ、背負い袋を頼む。待ち合わせは『頑固者のドーナツ屋』だ。一時間以上経っても合流しなかったら身を隠してくれ」

「わかった、いってらっしゃい」


ココと拳を突き合わせ、もう一度装備を点検する。

リボルバー、シミター、手甲、そして懐に入ったいくつかの小さなフラスコと腰のベルトのポーチの中にあるスローイングナイフ。

心配性なくらいに何度も確かめるくらいで丁度いい。


カーテンを開き、部屋の窓を開け放つ。

短く息を吐いて、俺は窓の外へと躍り出た。

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