帰路へ
「それではまた何かあればここに遊びに来てくれ」
「遊びに来るようなところじゃねえだろ……」
「そうつれないことを言うな。後はステラが『召喚』をうまくできればその時に会って話せるだろう。それではごきげんよう」
「ごきげんよう?」
リッキーの言葉を背に、『門』へと入っていくレッドドラゴンたち。
気まずい沈黙の後、ざっと『召喚』に関する説明を終え、大事なことは言い終わったとばかりにフレイムがアルフとレッドを起こしてからの会話であった。
「いや~しかし嘘のようなことが立て続けに起こって疲れたでござるな。今夜はゆっくり眠れそうでござるよ」
「何かもう寝てる人いるんだけど……」
フレイムとの大事な話の最中から既に眠っていた旨味之介を、足でつつきながらキャンディが呆れた声を出す。
「ようやく代々言い伝えられてきた我らが一族の役目も終わりか……。なかなか感慨深いな」
「アラン殿は間違いなくこの旅の一番の功労者でござるな。真に感謝しているでござる。案内だけでなく、危険動物などもアラン殿がいなければどうなっていたことやら……」
「俺もお前らと旅をするのは楽しかった。またこういった機会があるといいな」
「まだ旅は終わってないわよ~とりあえず今日は早く寝ましょ」
この旅ではもはや、寝ましょう役担当になってしまったキャンディの声かけで、就寝準備を終えた一行は寝ようとしていた。しかし、ステラがいないことに気づくリッキー。
周囲を見回すと、ちょうど洞窟の入り口のところに佇むステラと、それに付いていくペロとラグナロクの姿があった。
「おいステラ、どうしたんだ?危ないから一人でどこかいったりするなよ」
「大丈夫。遠くには行かないよ。ちょっと外の空気を吸いたいだけだから」
「そうか。まあペロとラグナロクもいるし大丈夫か……」
心配そうな表情ながらも、リッキーは寝袋に潜り込む。
洞窟から一歩ほど外に出たステラは、壁に沿って少し横に移動する。そこで座り込み、空を見上げた。
背の高い樹々に狭められた空の境界線は曖昧で、月明かりもほとんど届かない森の中からは、煌めく星々のおかげで辛うじてその存在を認識できる程度だ。
数日滞在しても未だに慣れることのない、鬱蒼と生い茂る生命たちで構成される風景は、夜になっても止むことのない動物の喧騒と相まって薄気味悪い。
そんな風景を体育座りで眺めているステラを、横に座ったペロは心配そうに見ている。ペロを挟んで逆側で浮いているラグナロクが話しかけてきた。
「どうしたマスター。何か心配事か?」
「『召喚』……たくさんの『勇気』が必要なんでしょ?僕なんかにできるわけないよ……」
フレイムとラグナロクによってされた『召喚』の説明は、簡単に言えばステラの気持ちが奮い立たされて文字通り『勇気』が湧いてきたときに、クレジット一括支払いの要領で行き帰り分の『勇気』をラグナロクが確保し、その場で『門』を作成する。そしてそこからフレイムたちが出てくるというものだった。
この場合の『門』はフレイムたちがあちらの世界と出入りするために作っていた『門』とは性質が違うらしく、作成が完了すると吸い出される形で、自動的にその場にフレイムたちが出現することになるのではないか、とのことだ。
これは、極小の『門』を作ってそこから能力を抽出する形で自分の身に宿らせていた以前のラグナロクの能力の性質から予想されるものだった。
つまりこれは、ステラが『勇気』を出さなければ『召喚』を使えないということを意味している。無理にラグナロクが『勇気』を確保してしまえば、『召喚』を使った瞬間にステラの『勇気』が枯れて、一瞬で少年は野生の動物に帰してしまうからだ。
「そんなことはないと思うがな。俺はまだマスターと会って間もないが、身体の中を動く『勇気』の流れや軽いステータス的なものは感じることができる。マスター……いやステラ、お前の中には無限の可能性が秘められている。何せこの俺でも『勇気』の上限が見えないくらいだ」
「それはすてーたすてき?にはそうかもしれないけど……。『勇気』を出すなんて僕にはできないよ。僕、いつも友達からからかわれたりいじわるされたりして、何も言い返したりできなかった。泣いて先生やペロ、王子様たちを心配させてばっかりで、周りの人たちにも迷惑をかけてばっかりだったんだよ」
「……」
ペロもラグナロクも、静かにステラを見守っている。
「今のパーティーの人たちは、僕にいじわるしたりなんてしないけど……。それでも『召喚』みたいなすごいことができるかもって思われて、できなかったときにがっかりされたり怒られたりするのかなって思うと怖くて……」
ステラの中には漠然とした不安が、渦を巻くように蠢いているのだろう。
言葉通りに具体的なこれというものを心配しているのではなく、ただ怖くて心細い心境を吐き出したくて、弱気な自分をどうにかしたくてもがいているような、そんな切実さを瞳に宿していた。
「ステラ」
横から優しい声音で呼ばれ、ステラはそちらを振り向く。そうすると宿主の心中を慮る魔剣は、ゆっくりと語り始めた。
「そうやってあれこれ悩めるうちに悩んでおけ。できるできないではなく、いずれやらなければならないときは必ずくる。答えが出るかどうかではなく、悩むことそのものがお前にとって大切なことなんだ。悩んだ経験が、悩む気持ちが、お前を強くしていくのだから」
「うん……」
まだ幼いステラには、ラグナロクの言っていることは良くは理解できていないようだ。それでも、ステラには自分を心配して声をかけてくれる魔剣の気持ちが嬉しい。横では家族がまた、いつもそうしてくれるように、心配そうな表情でくぅん、と鳴いてステラを見守っていた。
きっ、と何かを決めたように前を見上げ、ステラは口を開く。
「二人とも、ありがとう。元気になったよ」
そう言って洞窟の中に入り、三人は遅れて眠りに就いた。
◇ ◇ ◇
翌日、起床したステラたちはまたも来た道を戻るという方法で帰路へと就いた。
かろうじてけもの道になっている道を探り当て、前回よりはいくらかリラックスした雰囲気で進む。
二日目の昼頃には、大森林の入り口からそこそこに近いところまで来ていた。
「アラン殿はこれからどうするのでござるか?」
歩きながら問い掛けたのはオタク忍者だった。
「ソルティアに戻る。このままお前らと一緒に行きたいのもやまやまだが、バルドに仕事を押し付けて来ているし……現実は俺たちを甘やかしてはくれないさ」
「そうでござるな。しょうがないこととはいえ、寂しくなるでござるよ」
後ろからずいっと旨味之介がアランの横に並び、会話に割り込んでくる。
「アラン殿……もし寂しくなったらこれをそれがしと思って欲しいでござるよ」
そう言うと、旨味之介は懐から饅頭を取り出した。
とりあえず受けとり、くるくると回して全体を眺めるアラン。
「……これは?」
「饅頭でござるよ」
「いや、それは見ればわかるが……これをどうすればいいんだ?」
「寂しくなったらそれがしと思ってかわいがって欲しいでござるよ」
「そうか……むぐっ……なかなかうまいな……」
これ以上のやり取りは無駄だと判断したアランは、とりあえず饅頭を食べた。
ふわふわもちもちの皮の上から噛んで口に含むと、その下には絶妙な甘さのこしあんが待ち受けている。皮のとろけるような食感と、あんの程よい絶妙な甘さの奏でるハーモニーに満たされたアランは、そこに自分が存在していることを忘れ、世界と一体化するような感覚を体験した。次第に周囲を光が包んで、世界はアランと饅頭の二人きりになっていく。
(こんにちは……聞こえますか?私はあなたの食べた饅頭です……)
アランには、もうそれが幻聴であると認識することすら難しい。
(貴殿がこの饅頭なのか……?頼む、俺もそちらに連れていってはくれないだろうか……?)
(あなたが望むのならば、その願いは叶うでしょう。しかし、もう二度とこちらには戻ってこれません。それでもよろしいのですか?)
(構わない。さあ、早く……!)
「……ン殿!アラン殿!」
「はっ」
オタク忍者の声に意識を呼び戻されると、そこはもはや見慣れた風景となったオオマダラ大森林の自然の中だった。
「俺は……一体何を……」
「饅頭に意識を持っていかれていたでござるよ……」
「そうか……饅頭に……」
神妙な旨味之介とアランの顔を見ながら、オタク忍者は言った。
「お主ら、何を言っているのでござるか……?」
「旨味之介殿!あの饅頭は!あの饅頭はどこで買ったんだ!」
アランは旨味之介の肩を掴んでがくがくと揺らしている。
「ア、アラン殿!落ち着くでござるよ!」
それから数分後、身体を揺さぶられすぎてグロッキーな旨味之介の背中をさすりながら歩いていたステラが、何かに気づいた。
「どうしたステラ?」
「こんなところに岩なんてあったかなって思って……」
「ん、たしかに……。俺も見覚えはないけど……まあ暗い時間帯に歩いてたこともあったし、あったんじゃないか?」
その岩は、草木に囲まれてほんの一部しか見えないが、かなり大きいようだ。表面は緑の斑模様で、爬虫類の鱗を思わせるような色合いをしていた。
「ふうん……まあいっか」
ぺたぺたと触ってからステラがそう言うと、一行は再び歩き出した。ペロとラグナロクは少しの間その岩を眺めていたが、みんなの後を追うように動き出す。
少し歩いたところで、前から研究者風の装いをしたイヌ風のヒトガタがやって来た。宿屋一階にある酒場でも見かけた男だ。男は、ステラたちを見ると話しかけてきた。
アランは、男を見かけた瞬間に彼とラグナロクの間に移動し、うまくラグナロクを隠していた。その動きを見て、魔剣は移動して自らステラの手元に収まる。
「おお、何だあんたら。こんな大勢で探索かい?どこまで行けたんだ?」
「中央付近だ。大した収穫も得られなかったよ。そちらこそ奥まで行くなら気をつけてな」
「ありがとよ」
そう言って手をあげながらすれ違っていくと、男は奥に向かって歩いて行った。
その背中を見送りながら、キャンディが聞いた。
「人がいるってことは、もう出口も近いのかしらね」
「まだ半日ほどあるでござるが、かなり近づいては来たでござるな」
と、オタク忍者が言った瞬間。
「うわあああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
後ろで悲鳴があがった。
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