フレイムの憂鬱

 夕飯を食べ終えた一同が休憩していると、洞窟の外はすっかり暗くなっていた。

 本来ならばうとうとし始める時間のステラだが、次々に襲い掛かる非日常に、興奮冷めやらぬといった様子で目をぎらぎらせている。

 各々、他愛もない話をして過ごしていると、先ほどと同じ場所に『門』と呼ばれたものが出現し、レッドドラゴンたちが縁側からサンダルを履いて庭に降りるときのような雰囲気ですっと出てきた。

 アルフとレッドもステラたちのように普段は寝ている時間なのか、円錐の先に毛玉がついた、サンタ帽のような形をしたものを被っている。


「すまん。待たせたな」

「いえ、今来たばかりでござるよ」

「デートの待ち合わせか」


 フレイムにそんな気はなかったのだろうが、オタク忍者の返しでそれっぽくなってしまい、すかさずリッキーにツッコミを入れられてしまった。


「さて……我に聞きたいこととは何かな?」


 夕飯のときに、既に何を聞くかは話し合っておいた。

 少なくとも自分たちよりは多くのことを知っているであろうフレイムに対して聞きたいことは山ほどあったが、まずは旅の目的であるギャス君王子が消えたことに関してだ。


「まずは、拙者らの自己紹介からさせて欲しいでござる」


 オタク忍者の言葉に皮切りに、ここに至るまでの経緯を説明するため、ステラたちは最初に自己紹介をした。


「ふむ……王子の捜索隊とな……」


 それから、王都アルミナにあるMC城が『闇の民による』目的不明の襲撃を受け、王子が失踪したこと。

 手がかりを求めて『魔法を極めし者』アランの住む街へ向かったこと。

 そこで『意志を持つ魔剣』ラグナロクの所在を知り、ここまで来たことをかいつまんで話す。


「なるほど、お主らのこれまでの話は大体わかった。確認するが……お主らの旅の目的は『光の勇者』の捜索と、そのついでといっては何だが、ステラの魔法に関する手がかりも探していると。それでここまで来たのだな?」

「そうでござる」


 オタク忍者が頷くと、フレイムは少しの間黙って何かを考えてから言った。


「ラグナロク殿」

「おう」


 フレイムは、ここでラグナロクの名前を呼んだ。


「面と向かって話すのは初めてであるな。遅くなってすまない」

「やはり代替わりしていたか。そういうのは気にするな。それでどうした?」

「ステラはその……ラグナロク殿と会ってもまだ魔法が使えるようにはなっておらぬのか?他の属性はまだしも、我の火属性の魔法くらいは使えるものと思っておったが」

「それなんだがな……どうやら今度のマスターは少し魔力の質が違うらしい。ステラはあのアホと違って魔力が無限に湧いてくるなんてことはなくてな。状況に応じて魔力……『勇気』の量が変動するらしい」

「なるほど……ではかつての英雄殿のようにラグナロク殿を介しての魔法は使えぬと……」

「正確には不安定で使うには問題がありすぎるってとこだな」


それを聞き、フレイムはうーん、と唸り声をあげて更に思索にふける。

 何か思うところがあるのか、どんどん質問を重ねていく。

 二人以外のメンバーは、黙って会話の成り行きを見守っていた。


「変動する……それは増えることも減ることもあるということだな?」

「そうだ」

「増える際はどこまで増える?」

「それはわからないが……少なくとも人間の標準量は遥かに超えるな。無限に増える可能性すらある」

「ふむ。わかったぞ。たしかに魔法を使うのは厳しいが……その代わりもっとすごいことができるかもしれん」


 フレイムは悪戯を思いついた子供のよう表情でそう言って、親指を立てて自身の胸のあたりを差した。


「我をこちらに呼べばよいのだ。名前を付けるとすればそうだな……『召喚』といったところか」


 洞窟内を静寂が包んだ。アルフとレッド、ペロの三人はいつの間にか仲良く並んで寝入っており、その寝息だけが空気を揺らしている。


「……なるほど、それならたしかにできるかもしれないな。やったことはないが」

「すまない。どういうことか説明をしてもらってもいいか?」


 ラグナロクは納得したようだが、他のメンバーはそうもいかない。

 魔剣を使って神を召喚する、などという突拍子もないことをすぐに理解しろと言う方が無理だ。アランの要求も当然と言えるだろう。

 説明を始めたのは、ラグナロクだ。


「俺の能力はな、こちらの世界と神の世界を繋げる、針を通すかのような細い穴をあけ、そこから神の力を俺に宿すというものだ。これを、穴をフレイムが通れるぐらいでかくして、それをあけるだけで終わりにする。するとな、フレイムにこちらで戦ってもらって、終わったら帰ってもらうという芸当ができるわけだ。まあ、反則じみているとはいえ、場合にもよるが、魔法を使うよりも強力だな」

「英雄殿もそれぐらいの使い方は思いついただろうが……昔は神が特定の人間に味方して直接戦うなど許されなかったからな」

「今はそれをやっても大丈夫なの?」


 フレイムに聞いたのはステラだ。


「大丈夫というか……まさかラグナロク殿をそのように使うとは誰も想定しておらぬゆえ、特に決まりがない。抜け道的なものだな。まあ、我が余計な口を滑らせなければお咎めもないだろう……今はな」


 最後の一文に不穏なものを感じたアランは、当然の質問を投げかけた。


「余計な口を滑らせるとは?」

「そうだな。『召喚』のことに関してはまた後で説明するとして、お主らの最初の質問……王子の行方の手がかりについて。そちらの話をせねばなるまい」


フレイムは軽く咳払いをすると、改めてステラたちの方に向き直った。


「結論から言う。他の神たちを見つけ出し、味方につけて欲しい。そうすれば、お主らが知りたいことは向こうからやってくるであろう」

「よ~しよし、段々びっくりするような言葉が並ぶのにも慣れてきたわよ~。今日いるかどうかもわかんなかった神様に会って、それで他の神様も探す……ね。何だかすごくスケールの大きな話になってきたわね……」


 キャンディは額に手を当てながら呻くように言う。

 ステラたちはここ数日でそれまでの常識ではあり得なかったことをいくつも体験したが、それでもまだ驚くほどの話だ。


「我はお主らが知りたいことを知っておる。恐らくな。しかし、神々の間の取り決めによって答えることができないのだ。ヒトガタにこの世界の歴史に関わることを教えてはならんという取り決めによってな。ヒトガタ好きな我としては非常に心苦しいことだが……」

「なるほど、先ほどの口を滑らせるとは、神々の間での決まりを破って我らに歴史に関することを教えることを言っていたのだな」


 察しの良いアランが口を挟むと、フレイムは更に続ける。


「そういうことだ。本来ならば今喋っていることもグレーゾーンだろう……。まあそれは良い。そこでラグナロク殿の出番だ」

「俺か?俺は記憶のほとんどを失っているぞ」

「うむ。しかしそれはな、意図的に封印されたものなのだ。そしてその封印は、我ら五つの神が全員力を合わせれば解除することができる……と思う。そして、ラグナロク殿ならば神々の間での取り決めも効果が及ばない……多分」

「何か語尾が段々不安な感じになってきてるけど大丈夫か?」


 段々説明が怪しくなってきた点をリッキーに突っ込まれ、フレイムは少しあせった様子だ。


「我は人の話を聞くのが苦手でな……ご先祖様から知識を引き継ぐ際に、『なるほど』『たしかに』『ためになります!』という感じで話を聞き流しておったらその中に重要なものもいくつか含まれておったみたいでな。少し説明に自信がない。間違ってたらすまんな」

「すまんな、で済まされる内容じゃないだろ……」


 またも軽く咳払いをして気を取り直し、フレイムは話を戻した。


「とにかく、ラグナロク殿ならこの世界に関するあれこれをヒトガタに教えても何ら問題はないわけだ。だから全ての神々に会い、説得して味方につけて記憶の封印を解除すれば知りたいことが全て知れるというわけだな……多分」

「まあ他に手がかりもないし、それに頼るしかないでござろうなあ」


 オタク忍者の言葉に、全員が頷く。


「それで、他の神様たちはどこにいるの?」

「わからぬ」

「ええっ……」


 当然の疑問に意外なものが即答で返ってきたので、ステラは身じろぎしてしまった。それに対して反応したのはアランだ。


「他の神々に会ったことはないのか?」

「もちろん毎日のように向こうで会っておる。神々の世界……『門』の向こうにある世界でな。しかしお主らが会わなければ意味はないし、こちらの世界ではそれぞれの神は『門』を作って出入りできる場所が決まっておる。我にとってのこの洞窟のようにな」

「なるほど。この洞窟のような神々の住処が他にも存在するわけか……」

「うむ。ちなみに住処は洞窟とは限らんぞ」

「フレイムに、他の神様たちにこっちでの住処の場所を聞いてもらうことはできないの?」

「それはできん」


 アランとフレイムのやり取りを聞いていたキャンディの提案だったが、すぐに却下されてしまう。


「何でよ?」


 キャンディはなおも食い下がる。


「キャンディ、お主は学校で話はするけど、そこまで仲は良くないという友達に対してどこに住んでるか聞いたりできるか?」

「何よその例え。別にそれくらいならできるんじゃない?」

「そうか。キャンディはすごいな。我にはできんのだ……」

「そ、そう。何か悪かったわね……」

「……」


 少しの間、場に沈黙が訪れた。


「それじゃ他の神様に俺たちに協力するよう言っといてくれよ。いいやつだから~って。それくらいなら頼めるだろ」


 段々と神に対する扱いがぞんざいになってきたリッキー。それを気にする風もなくフレイムは返答する。


「それもできん」

「何でだよ」

「リッキー、お主は学校で友達が生徒会役員を決める選挙に立候補したとする。そしたらそこまで仲良くないクラスメイトたちに『俺の友達をよろしく』と言って回れるのか?」

「フレイムは何か学校に嫌な思い出でもあるのか?っていうか何でクラスメイトとそこまで仲が良くないこと前提なんだよ……」

「……」


 再び、場に沈黙が訪れた。

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