『子連れ龍』フレイム 後編
「で、誰が魔剣を受け継ぎし者なのだ?早く教えてくれ!」
フレイムはきらきらと目を輝かせている。よほどこのときを楽しみにしていたのだろう。
全員がちらっとステラの方を見る。その視線を受けて、ステラがおずおずと手を挙げようとしたそのとき。
「そうだ!クイズ形式にしよう!」
突然フレイムがそう叫んだので、ステラたちはびくっとなった。
「よし、我が自ら魔剣を受け継ぎし者を当ててみせよう!もし間違えたらー……」
そこまで言うと、フレイムは一瞬だけ固まる。そして何かを思い出したように、先刻彼が出てきた『門』のところに戻って頭だけ突っ込んだ。
『門』とやらの向こう側はこちらからは見えないし、どうやら音声も聞こえなくなっているらしく、彼が何をしているのかはわからない。
少し間が空いてからフレイムがこちらにずしんずしんと戻ってくると、『門』からもう一頭子ドラゴンが出てきて、同じくステラたちの方にやってきた。両手を使って何やら自動販売機で売られているジュースのような瓶を持っている。
「紹介するのを忘れておった。このチビ共はアルフとレッドじゃ。お主らを連れてきた方がアルフで、今『門』から出てきた方がレッド。まあ慣れるまで違いはわからんと思うが、頑張ってくれ」
アルフの方は、フレイムが自己紹介をしたあたりからペロと遊んでいる。ふよふよと浮いているアルフに飛んでタッチしようとするペロと、それをいつもぎりぎりで避ける二人の攻防が見ものだ。
レッドが横に並ぶと、彼が持っていた瓶をひょいっと取り上げてフレイムが言った。
「もし、我が魔剣を受け継ぎし者を一度で当てられなかったらこれをやろう」
瓶のラベルには、「神水」と書かれている。
「しんすい……?」
「違あああぁぁぁーーーう!!!」
ステラが読み上げると、すかさずフレイムが叫んだ。またしても全員の肩が跳ね上がる。
「かみみずだ!かみみず!全く、これだから素人は……!」
「ご、ごめんなさい」
恐縮するステラ。
「かみみずも読めぬとは、さてはお主、魔剣を受け継ぎし者ではないな……?」
フッフッフ、と微笑するとフレイムはステラたちを吟味するように眺め始めた。
誰が魔剣の使い手なのか探っているのだろう。見た目だけで。
「お主だなっ!?」
ビシッと爪の先が差す方向にいたのは、アランだった。
「いや、私ではないが……。正解はこっちの……」
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!!!」
正解できなかった悔しさのあまりフレイムは天を仰ぎ、全身全霊で叫んだ。
『炎の神』の恐るべき咆哮が洞窟を、ひいては大地を揺るがす。
全員膝を曲げて耳を塞ぎ、アルフとレッドは気絶してぽとりと床に墜落した。
ぱらぱらと天井から石の欠片が降って、ステラたちに当たる。
数秒もすると落ち着いたのか、フレイムはけろっと元の表情に戻り、ステラたちの方に向き直った。
洞窟の外からは、生物の気配すらも消え失せている。
「うるせーよ!!!!!」
先ほどからフレイムのテンションに全くついていけず、ほとんど固まっていた一同だったが、遂にリッキーがツッコミ役としての本能で再起動を果たした。
「いやすまんすまん。悔しくてついな」
「つい、で地震みたいなの起こされたらたまったもんじゃないだろ」
そこで終始びびりっぱなしの旨味之介がお小言を挟む。
「これリッキー殿、相手はドラゴンでしかも『炎の神』であらせられるそうでござるよ?言葉使いには気を付けるべきでござろう」
「あー良い良い。たしかに、神の中にはそういうことを気にするやつもいるがな。我らレッドドラゴンは代々人間、今はヒトガタのことが好きなんじゃ。そのような堅苦しいことは言わぬよ」
レッドもいつの間にかステラに懐いていて、今はステラの頭の上に乗っていた。
「何だ、初対面なのにやけに懐かれておるな。もしかしてお主が新たな魔剣の使い手か?」
「そう……みたいです」
ステラが自信なさげにそう言うと、フレイムは何度か頷き、手に持っていた『神水』を差し出した。
「そうかそうか。良く来てくれたな、魔剣を受け継ぎし者よ。景品の神水じゃ。心して味わうがよいぞ」
「これ、どうやって開けるの?」
「そこをブチッとやってな。クルクルっと回すんじゃ」
「ブチッ、クルクル……」
蓋は瓶ジュースにはおなじみのアルミネジキャップだ。ヒトガタにとっては見慣れぬそれは開けるのに多少てこずるはずだが、ステラはフレイムの感覚的な説明をうまく理解したようだった。蓋を開けると、んくっんくっと喉を鳴らして飲む。
「おいしい……!」
「そうであろうそうであろう」
『炎の神』は満足げな表情を浮かべている。
「このしゅわしゅわするのってなに?」
「それは炭酸というんじゃ。ヒトガタはまだ作れないのであったかな」
「ふうん……」
『神水』は、パーティーの間で回し飲みされる。旨味之介とオタク忍者は加齢臭疑惑があるので、順番を一番最後にされた。ちなみに一番最初はキャンディで、一口飲むと感心したような顔でつぶやく。
「本当においしいわね……」
『神水』は、ほのかに漂うレモンの香りを、炭酸がすっきりと締めくくる爽快な味わいだった。真夏の暑い陽射しの下や、風呂上りなどで喉が渇いているときに飲むとより一層の味わいが楽しめるだろう。
自分の分を飲み終えると、アランが言った。
「ところで『炎の神』よ。色々とお伺いしたいことがあるのだがよろしいか」
「フレイムで構わんぞ。あとそんなにかしこまる必要もない。先ほども言ったように、我はヒトガタが好きじゃ。あまり距離を取られるのも好きではない」
「神を相手にそれはなかなか難しいが……そう仰るのであれば努力しよう」
アランの言葉を聞くと、フレイムは満足そうに頷く。
「いずれにせよ、まずはお互い飯にせんか?我らはアルフの帰りを待って飯にするつもりであったのでな。向こうに用意があるのじゃ」
「そうしましょ。緊張が解けたらすっかりお腹減っちゃったわ」
ここに着いてすぐに夕飯にしようとしていたステラたちは、すっかりお腹が減っている。『炎の神』と名乗るドラゴンの出現によってそれを忘れていた。
「それを言われると急にお腹が減ってきたでござるな。もうお腹と背中がくっつきそうでござるよ」
「おっ、人間のことわざか。我も良く使うぞ」
何気なく旨味之介が口走った言葉に、フレイムが反応する。
「ことわざ?」
何じゃそりゃ、と言った顔でリッキーが聞いた。
「『ニホンジン』が使っていたという、教訓めいた少し特殊な句のことだな。正確にはお腹と背中がくっつく、はことわざでも何でもないのだが。ただの歌の詞であったそうだ」
「おお、そうかそうか。また話を逸らせてしまったな。とにかく飯にしよう。今日は『神サーロインステーキ』なのだ……早く食べたい。それでは、また後でな」
こういった分野ではさすがのアランが説明と訂正をした。
別れの挨拶を告げると、ペロと遊んでいたアルフとレッドを引き連れて、フレイムは開きっぱなしだった『門』と呼ばれたものを通過して戻っていった。
急に静かになった洞窟の中に取り残されたステラたちは、夕飯と野営の準備を再開してすませ、それからご飯を食べながらの話し合いとなった。
最初に口を開いたのはリッケンベルクシュタイン。
「一応聞いてみるでござるが……フレイム殿は本当に『炎の神』でござろうか?」
「自分で一応、と断っている時点で結論は出ているのだろう?あれだけのものを見せられたのだ。神でなかったら何だと言うのだ。ただのドラゴンにあんな魔法すら超えた何かは使えないだろう」
アランが言っているのは『門』と呼ばれたもののことだ。まるで家の扉のように『門』を発生させ、そこから出たり入ったりしていたドラゴンの行動は、魔法では説明がつかない。
「そういえばお前らは見たことないのか。あれは『炎の神』レッドドラゴンで間違いないぞ。フレイムとかいう名前ではなかったと思うが」
ラグナロクの意外な一言に、静まる一同。
フレイムはもちろん魔剣の存在を知っていたし、考えてみれば会ったこともないと言う方が不自然だったが、神を一切見たことのないヒトガタにそのような想像をさせるのは難しかった。
「ラグナロク殿は会ったことがあるのでござるか?」
「ああ。前のマスターが生きていた時代には、神たちは普通に人前に姿を現していたからな。会っていたとしても不思議はない。会ったこと自体は覚えていないが」
「知識として覚えている、というやつだな」
アランは昨日のやりとりからラグナロクに関する知識を思い出して言った。
「ああ。似たような話はもうしたが、前のマスターは一人では魔法が使えなかったんだ。俺に神の力を宿らせてそれを操る形で魔法を使っていた。そしてそれには各神の合意が必要でな。だから俺と前のマスターは全ての神と会っているはずだ」
「便利な力でござるなあ」
「便利……と言えばそうだな」
ラグナロクは旨味之介の言葉に対して、やや含むところのありそうな返事をしたが、誰もそれを気に留めてはいないようだ。
「それにしてもフレイムさん、良い人だったね」
「そうだな、ちょっと変わってるけど。神ってのはみんなあんな感じなのかね……というか、『炎の神』にこうやって会えたってことは、他の神にも会おうと思えば会えるってことか?」
この質問に答えられるものは誰一人としていなかった。
アランが全員の顔を一通り眺めてから沈黙を破る。
「まあ、その辺も含めて後でフレイム殿に聞いてみるとしよう」
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