『子連れ龍』フレイム
「で、これ……このお方は、どうするでござるか……?」
「どうするって……この子、迷子かもしれないよ?お家まで連れていってあげようよ……」
旨味之介が恐る恐る聞くと、ステラは、自身より少しだけ小さな赤いドラゴンを両腕で抱きしめながら言う。
「いやだって、ドラゴンでござるよ?お家って……ドラゴンの元まで送り届ける気でござるか!?」
数分前。朝になってステラが目を覚ますと、どういうわけかステラとラグナロクの間に、この小さなドラゴンが一緒になって寝ていた。
最初ステラとペロは二人で「ドラゴンさんだ、かわいいね。子供かな?」などと言って可愛がっていたのだが、それを聞いて次々に目を覚ましたメンバーは多少の反応の違いはあれど、揃って警戒の色を見せる。
特に怖がっていたのはござる二人組で、飛び起きたかと思ったら一瞬にして戦闘態勢を取ったが、アランに「このドラゴンが子供であった場合、親を刺激して逆に危険だ」と説得され、ひとまずこの子ドラゴンをどうするか話し合うことになったのだった。
「落ち着けよ旨味之介のオッサン」
「そうよ。たしかに本物のドラゴンなら怖いけど……まだ子供じゃない?これ。そりゃ私はドラゴンを見たことないからわかんないけどさ」
リッキーの説得に、キャンディも加わる。
ドラゴンは非常に高い戦闘力と、神の化身だとか神の使いであるとかというような噂もあって、一般的には非常に恐れられている。歴史や魔法の研究を通してドラゴンを良く知るオタク忍者と旨味之介は他のメンバーよりもそれが顕著で、厳しい表情を崩そうともしない。
「子供であればたしかにこのドラゴン自体にそこまで危険はないかもしれぬでござる。しかし、子供を送り届けてのこのこドラゴンの元まで行けば、親に殺されるかもしれぬでござるよ?」
普段は旨味之介といがみ合っているオタク忍者も、今は同じ意見のようだ。
「しかし、このドラゴンはなぜかステラに異様に懐いているし……どちらにしろついてくると思うぞ?まさか殺すなどとは言わないだろうな?」
アランも研究者と似たようなものではあったが、持ち前の聡明さと冷静さで状況をしっかり把握している。
見てみれば子ドラゴンは大人しくステラにされるがままになっているし、ステラの手を離れても、ステラかラグナロクの近くをぴこぴこと飛んでいて、離れようとはしない。
「たしかに……この子ドラゴンだけで見ればかわいいものでござるし……殺すのは忍びないでござるな……」
「そうだよ、かわいそうだよ……」
ステラは非難と哀願の入り混じった目で旨味之介とオタク忍者を見た。
「しっかし本当に懐いてるっぽいなあ。一応聞くけど……ここで初めて会ったんだよな?このドラゴン」
「うん。多分……」
会ったことないよね……?と、首を傾げて考えながらステラが子ドラゴンを眺めていると、それまで押し黙っていたラグナロクが口を開いた。
「こいつ……どこかで見たことある気がするな」
全員の視線が魔剣に集中する。
「もちろんドラゴン自体は見たことあるのだが……ちなみにこれは子供だぞ」
「しかしドラゴンにしても妙だな……オオマダラドラゴンは緑の斑模様をしているはずだし、この大森林で他にドラゴンがいれば目撃情報がないはずはない……。太古の昔から一切目撃されていない個体がいるとすれば話は別だが……」
うーん、と全員が考え込む姿勢になった。
「とりあえずこうしよう。全員離れずに固まって歩く。この子の親を発見したらすぐに風魔法で離脱する。風魔法が使えない者は使える者に捕まるなり背負ってもらうなりしてくれ。この中で俺以外に風魔法が使えるのは……」
旨味之介からしか手は挙がらない。
「…………」
場には沈黙が流れ、ステラの周りをくるくると飛び回る子ドラゴンのキーキー、という鳴き声だけが響き渡った。
「そういや旨味之介、あんたドラゴンが出てきたら一刀両断するとか言ってたわよね?あんたに任せりゃ大丈夫よね」
オオマダラ大森林に来るまでの道で旨味之介が言ったことを思い出し、からかうような口調でキャンディは言う。
「それがしはゴンドラの話をしていたのでござるが?ドラゴンなど一刀両断できるわけないでござろう。正気でござるか?」
「ファイアー」という発声が聞こえた後、キャンディの水魔法が旨味之介の頭上から降り注いだ。
◇ ◇ ◇
動物、植物、あらゆる生物の生み出す喧騒が耳をふさぐ。
昼になり、背の高い樹々の隙間から見える空に、太陽が顔を出す時間となる頃。
ステラたちは、来た道をたどって戻る形で森の中を進んでいた。
行きのときと同じように危険動物との戦闘があるものだと思っていたが、不思議なことに、全ての動物は子ドラゴンの姿を見るとすごすごと帰っていく。
その姿はさしずめ、ひょろい男子を見つけて、脅して金をとってやろうと思っていたヤンキーが、その男子が実はめっちゃ怖い先輩の弟だと知って、すいませんでしたぁ!と叫びながら立ち去っていく様子に似ていた。
「楽ちんでいいな」
「こんなに小さいのに、すごいんだね」
思わぬ魔除け的効果にリッキーが喜ぶと、ステラが感心したように言う。
二人とも、子ドラゴンに対する警戒心などはもう持ち合わせていなかった。
「どう思う?ラグナロク殿」
その様子を見ながら、アランが問いかける。
「……恐らく、普通のドラゴンではないだろうな」
「そもそもドラゴン自体が普通ではないとはいえ……動物たちが見ただけで帰っていくというのはおかしい」
「そうだな……やつらにしか見えない何かを、あのドラゴンが持っているのかもしれないが……」
そんな二人の会話を聞いた旨味之介は……
「どう思う?リッケンベルクシュタイン殿」
問いかけた。
「何がでござるか?」
「前の二人の会話がかっこいいので真似をしてみたかっただけでござるよ」
「そうやって人の真似をしようとするからダメなのではござらぬか……お主も『サムライ』ならかっこいい会話は自らの手で生み出すべきでござろう」
「それはそれで何を言っているのかわからぬでござるが……」
その日は戦闘がなかったので行きの道よりも早く進み、夕暮れの色が森林ににじんでいるうちに『竜の巣』まで戻ることができた。
「はぁ~行きよりは楽だったけど、それでも疲れたわねぇ~さっさと休みましょ」
そう言って背伸びをするキャンディ。
壁際に集まり、荷物を降ろしてひとまず夕飯にでもしようかと一同が思案していると、子ドラゴンはそちらには行かず、洞窟の中央、天井が一番高くなっているところの下あたりまで行ってぱたぱたと浮いている。
それを見たステラが語り掛けた。
「どうしたの?ご飯にするからこっちにおいで」
しかし、子ドラゴンは宙をじっと見つめていて振り向きもしない。
少しの間そうしていると、やがて子ドラゴンの前の空間が歪み始めた。
最初ステラたちは、目がおかしいのか、それとも何かの見間違いかと目をこすったりしていたが、やがてその歪みが大きくなると、水たまりが渦を巻いたような形の白く巨大な光が出現した。
「あれは何でござるか……?」
オタク忍者がそう言うと、ラグナロクは記憶を探るように言う。
「あれはたしか……」
次の瞬間、その巨大な光の渦の中から、赤いドラゴンの頭だけがひょこっと出てきた。
「ようやく帰ってきおったか……全く世話のかかるやつめ」
その赤い親ドラゴンらしきものは言葉を発した。そして次の瞬間には光の渦から完全に出てきてしまう。
子ドラゴンが成長すればこんな感じになるのだろう、全長は四~五メートルといったところ。爬虫類を思わせる鱗は鮮明な赤色を帯びていて、頭部には二本の角が生え揃う。手足には鋭い爪を持ち、口から覗く牙と合わせてみたものを威圧する雰囲気を放っていた。
二足歩行をしていて背中には翼が生えているが、体格の割には小ぶりだ。背丈と同じか、もしくはそれ以上はあろうかという長さの尻尾も、迫力を備えている。
「「…………」」
ステラたちは、驚愕のあまり言葉が出ないどころか、思考すらも停止していた。ドラゴンを見上げたまま、完全に固まっている。
例えばこれがただのドラゴンだったならば、戦闘態勢を取るなり、先ほど打ち合わせたとおりに逃げる準備なりをすることもできたかもしれない。
しかし、目の前のドラゴンは言葉を発しているし、それ以前に何もない空間から出てきた。その一連の常識外のできごとが、ステラたちの頭を真っ白に染め上げたのである。
「何をしている。早く『門』に入れ」
親ドラゴンは子ドラゴンに対してそう語りかけるが、子ドラゴンはその言葉を無視してこちらを振り向き、キーキーと鳴き声を発した。
その視線を追いかけて親ドラゴンがこちらを振り向くと、ステラたちと目が合ってしまった。
「「あっ」」
その場で言葉を発する者全員のセリフが被ると、真っ先に旨味之介が前方に土下座の体勢で滑り込んだ。
「ひ、ひいぃ~!お助け~!この古来より伝わりし『サムライ』の命乞いテク『ドゲザ』でどうかお許しを」
と言っている間に親ドラゴンはこちらにずんずんと歩いてきた。
「おお~!アルフがヒトガタを連れてきたと言うことは、そなたらのうちいずれかが魔剣を受け継ぎし者か!?いや~待っておったぞ!」
ステラたちを代表して、何とか気を取り直したアランが口を開いた。
「どこからどう聞いたらよいのか……。まず、あなたは?」
「すまん!我がヒトガタの前に姿を現すのは初めてであったかな?我は現在『炎の神』を務めるレッドドラゴン、『子連れ龍』ことフレイムだ!待っておったぞ、魔剣を受け継ぎし者よ!」
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