夜空の下で
その後、『神々の丘』の坂道を下りながら、ステラたちはラグナロクと、お互いが知っていることを確認し合う作業をしている。
ラグナロクはそもそも生きていた時代が違うため、同じ物でもステラたちとは呼び方が違ったりするし、現在の世界やそれを取り巻く環境や情勢などを教える必要があった。
「なるほど。では、今は魔力のことを『勇気』というのだな?質は変わっているようだが……」
「質が変わっている、と言うのは?」
ラグナロクの確認に応じたのはオタク忍者だった。
「『勇気』は魔法の威力の大きさに関係するようだが、魔力はそれに加えて魔法を使うために消費されるものでもあった。『勇気』は魔法を使っても減りはしないようだが魔力は使うと減っていた」
「なるほど、もしかするとそれはヒトガタと『ニンゲン』の違いによるものなのかもしれぬでござるな」
顎に指を当てて考えながらオタク忍者は唸る。
「で、その『ヒトガタ』ってのはお前たち突然変異で生まれた人間のような動物のことを言うと……」
教えてもらった知識を確認しながら、ラグナロクは独り言のようにつぶやく。
「そして『ヒトガタ』は『光の民』と『闇の民』に分かれ、まだ戦争というほどにはなっていないが、争いあっていると」
ふむふむ、と言った感じで続く。ステラたちはラグナロクの確認を静かに聞いており、訂正すべき点があれば随時割って入る構えだ。
「で、お前たちは主に各地から発見された文献を読んで人間の存在やその文化を知っている」
「口頭によるご先祖様からの伝承もあるでござるが、確実ではござらぬゆえ、主に文献や遺産からの知識の方が信頼はされているでござるな」
オタク忍者が補足を入れた。
「なるほどな。まあ大体わかった。またわからないことがあれば教えてくれ」
「任せて欲しいでござるよ」
ラグナロクはそれっきり静かになってしまった。恐らくは今聞いた知識の整理をしているのだろう。
魔剣はステラの近くを、刀身を真っすぐ下に向けた状態で浮いたまま移動していた。
「ラグナロク殿が浮いたりしているのは魔法なのか?だとすれば一体どんな魔法を使っているんだ?」
全員疑問に思っていたことだったが、この中でも人一倍知的好奇心の強いアランが、我慢できずに尋ねる。
「これは魔法と言えば魔法だな。使うのに魔力……今は『勇気』と言うのか。それを必要とするからな。ただ、どんな魔法かと言われるとな……そういうものと思ってもらうしかない」
そこまで言うと、魔剣は何かを思い出したように「そうだ」とつぶやいた。ヒトガタのように視線を宙に漂わせながら。そう言った目の仕草はヒトガタとあまり変わらない。
「さっきも少し触れたが……マスターよ。俺はお前から『勇気』をもらって動いている」
「えっそれって大丈夫なのか?」
ラグナロクの言葉にリッキーが反応した。
「そこだ。俺はこういった何もないときは最小限の出力で起動している。しかしそれでもマスターから『勇気』を奪っていることには変わりない。『勇気』の量が減ってきて危険だと判断すればオフラインモードになるが……。それでもマスターの側にいれば意識はある。覚えておいてくれ」
「オフラインモード……?よくわかんない……」
ステラは首を傾げている。
「スイッチを切ってマスターから『勇気』を貰わないようにもできる。外から見れば動かなくはなっているが、俺の意識自体はある。寝てて目をつぶっているが、意識ははっきりしているのと同じだな」
「ふーん。よくわかんないけどわかった」
頂上で話こんでいたのもあり、麓に着くころには夕方になっていた。
「このまま大森林に戻るのは危険だ。今日はここで野営をしながら、今後どうするかについて話合おうか」
「そういえばそうよね。ラグナロクに会えたのは良かったけど、結局王子のことについては何もわかってないし……」
アランの提案に、キャンディは正直今まで忘れ去られていた王子のことについて思い出したように言及した。
「そういえば、ラグナロク殿はギャス君王子のことについては何かわからぬでござるか?」
そのオタク忍者の言葉をきっかけに、ステラたちは野営の準備をしながら、ラグナロクにアルミナの王城で起きた事件について話す。一通り話が終わると、全員がその場に座り込んで会話が再開された。
気づけば陽は沈み、月が顔を出していた。
「人が消えた……。死体はなかったんだな?」
ラグナロクが触れているのは、あの夜、強烈な光が王城を包み込んだ後に、ギャス君とコイちゃんが死体もなく完全に姿を消したことについてだ。
「そう報告を受けたと聞いているでござる。王都を出る前に、一通りの事情はガルシア殿を通じてそれがしら全員が共有しているでござる」
それまでほとんど口を開いていなかった旨味之介が久しぶりにそう言った。
「人が消える……。そんなことをできるやつが前にもいた気がするんだが……どうにも思い出せん……」
「今まで話を聞いていた限りでは、ラグナロクは人と人とに関する思い出のような部分の記憶だけがない状態かと思っていたんだが、違うのか」
アランが言っているのは、いわゆるエピソード記憶と呼ばれるものだ。
かなりざっくりと説明すると、一口に記憶と言っても何種類かにわけられる。
その内ラグナロクは、例えば誰かと遊んで楽しかった、と言うような個人の経験に基づく記憶、「エピソード記憶」が欠如しているのは明らかだ。人間と同じ時代に生きていながら、その時代を過ごした時の記憶がほとんどないのだから。
しかし、今まで会話をしていて、物の使い方や魔法に関する知識などの記憶はあるということがわかった。
ヒトガタに脳科学の知識はほとんど広まっていないものの、こういった事実からアランは「ラグナロクには思い出のような記憶だけがないのではないか」という予測をたてていたのだ。
そしてそうであるなら、「そんなことをできるやつがいた」という記憶があるのはおかしい。
「俺自身もそう思っていたが、どうなんだろうな……」
「何だか、私たちが知りたいとこだけ記憶がないみたい。やんなっちゃうわ~」
途方に暮れたような態度でキャンディが何も考えずに放った一言だったが、それを聞いたアランはひどく真面目な表情で言った。
「何者かに記憶をいじられている……?」
「そう思いたいのもやまやまでござるが……そんなことは……」
たしかに常識から考えればあり得ない話ではあるが、オタク忍者は否定しきることができなかった。
オオマダラ大森林への旅が始まって以来、それまで存在しないと思っていた魔道具の存在や、『意志を持つ魔剣』など、人知を超える奇跡を実際に目の当たりにして、常識が揺らいでいるというのも大きいだろう。
同じように全員、聞き流すことも、そんなことはないよと一蹴することもできなかったため、少しの間ステラたちは黙り込んだ。
その沈黙を破ったのはステラだった。
「そういえばね、ラグナロクさん、前のマスターさんのことをげんていてき?に覚えてるって言ってたけど、あれはどういうことなの?」
「言われてみれば……。それも人との思い出の一部でござるよな」
オタク忍者も疑問に思ったようだ。
ラグナロクはうーん、と唸っている。
「どこから説明したもんか……。これも、もしかしたらそうかも、という話に過ぎないんだが……。まず俺はな、魔力をもらってるマスターの魔力の流れが見えるんだ。だから、マスターが魔法をどれだけ使えるかとか、そういう魔力に関連する一連の情報が見えるんだよ」
「それは便利でござるなあ。拙者も見て欲しいでござるよ」
オタク忍者の合いの手が入るが、それに構わず話は続く。
「それで魔力を通じて直接繋がってたマスターのステータスや性格は知識、として覚えてるんじゃないかと思うんだ。お前らの言っているように、前のマスターとの思い出のような部分に関してはほんの一部、というか、最後の会話しか記憶が残っていない」
「どんなことを言ってたんだ?」
そう尋ねたのはリッキーだった。
「後のことは頼んだ、と。後はまあ単純な別れの挨拶だな」
「じゃあ前のマスターさんは何かをラグナロクさんにお願いしたんだね……」
別れのときのラグナロクの気持ちを想像しているのか、ステラは少し切ない表情でそうつぶやく。
「ねえラグナロクさん。前のマスターさんとはもう会えないんだよね……それってやっぱり寂しい……?」
今は生みの親とも、育ての親とも会えない自分の境遇と重ねているのか、優しい少年はそう魔剣に問い掛けた。
そんな彼の言葉に、ラグナロクは少し茶化すような感じの声音を見せる。
「さあな。何しろ思い出の部分はもうほとんど覚えてはいないからな……。覚えているのはあいつがバカだったことくらいだ」
それからラグナロクは目を細めて、ヒトガタや人間であれば優しく微笑んでいたであろう声でステラと向き合う。
「それよりも今は、新しいマスター……ステラ。お前のことをもっと知らなければならない。覚えてはいないが、その俺に託された願いとやらを果たすためにもな。それと……」
夜空の中にあってもなお映える月を見ながら、魔剣は言った。
「俺のことは、ラグナロクと呼び捨てにしてくれ。あいつもそうだったからな」
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