『龍の巣』

 その後、何度か危険動物と遭遇するも撃退しながらステラたちは進んだ。

 入り口付近にいた頃からほとんど役目を果たしていなかった歩道は完全に姿を失くし、今はヒトガタが作ったとも野生の動物が作ったとも知れないけもの道を歩いていた。

 『意志を持つ魔剣』があるという『神々の丘』までの道のりは、全てアランがかつてエリFUNKYトカゲ一族の族長から『言い伝え』を受ける際に案内された記憶を頼りにしている。

 とはいえ、大森林の入り口から最初の目標地点まではほぼ真っすぐなので、道に迷うということもなく順調に進んでいた。

 徐々に陽が落ちていく中で、ほんの少しだけ草木などが切り開かれた場所を見つけたステラたちは、野生の動物たちに襲われる可能性も考え、二人一組で交代をしながら野営をすることに決める。


「二人っきりだね……」

「そこで皆寝てんじゃねえか……ていうかお前それ言いたいだけだろ」


 戦闘スタイルなどの相性を踏まえてペアは、アランとステラ&ペロ、リッキーとキャンディ、リッケンベルクシュタインと旨味之介という具合になった。

 ジャンケンによって最初の当番はリッキー&キャンディペアになり、二人は毛布にくるまって並んで座っている。

 しかし、他のメンバーも慣れない環境だったり、いつもとは違う雰囲気の野営で興奮したりと、寝転がったままでの雑談が続いていた。けもの道の上に背中を合わせてリッキーとキャンディが座り、左側の茂みにアラン、ステラ、ペロ、右側の茂みに旨味之介、オタク忍者の順で横になっている。

 ちなみに、入り口から今までアランとオタク忍者が身に付けていた赤と青のペンダントは、当番のペアが交代制でそれぞれを首にかけることになった。


「あ~っ!今日は疲れたでござるなぁ!これはぐっすり眠れそうでござるよぉ!例えば近くで若者同士が『よろしく』やってたとしても全くもって目が覚めぬであろうなあ!?そうでござろう旨味之介殿ぉ!」

「その通りでござるよリッケンベルクシュタイン殿ぉ!もう本当に!隕石が降って来ても目が覚めぬであろうなぁ!よろしくよろしくぅ!」


 何故か良くわからない『よろしく』というものに関してのみ意気投合をするござる二人組は、ソルティアの夜以来二度目となる結託ぶりを見せつけていた。


「いや、さすがに隕石が降ってきたら起きろよ」

「本当にいつも元気よねえ、あのオッサン二人」


 リッキーとキャンディはさすがに呆れ顔だ。


「元気なのはいい事だ。ただ、明日も歩くから休めるうちに休んでおけよ」

「了解ニンニン!!!!!」


 アランのアドバイスに対してオタク忍者が寝ころんだまま、額に手刀の形にした手を添える敬礼らしきポーズをしながら、聞いたこともない言葉で返事をした。


「修学旅行とかで初めてクラスメイトとの夜を迎える子供か」

「あのオッサン二人、学校で友達とかいなさそうだからその例えはやめてあげなさいよ」


 ツッコミをいれる二人。

 それに対して、旨味之介がボソッとつぶやいた。


「……だからもうちょっとオブライエンに包むでござるよ」

「は?何か言った?」

「何でもないでござるよ」

「いや、絶対に何か言ったわよね?今」

「キャンディ殿・・・そこは『そう、ならいいけど』とか『変な旨味之介ねえ』とか言いながら流しておくところらしいでござるよ?そんなに突っかかられるとそれがしも対処に困るでござる」

「あんたが変なのはいつもの事でしょうが!そのネタ次にやってみなさい、この森ごとあんたを灰に変えてやるから」

「それ俺たちも巻き添えくらうじゃねえか……」


 そんな物騒なやり取りを聞きながらも、ステラは浮かない顔をしていた。

 アランがそれに気づいて話かける。


「どうしたステラ。眠れないのか?」

「真っ暗だし、怖いから落ち着かなくて…ペロは平気なの?」


 ペロは、ステラが用意した小さな毛布にくるまって寝ていた。

 問いかけに対して、「何が?」と言う顔をしている。


「ステラ、ここにいて怖くないやつなんていないから大丈夫だぜ」

「そうそう。気味悪いしいつ危険動物が出るかもわかんないんだから」


 リッキーとキャンディがそうやって励ますと、旨味之介が口を挟んできた。


「ステラ殿、そういうときに心を落ち着けるためのいいおまじないがあるでござるよ」

「えっ、なになに?」


 ステラが反応したのを見ると旨味之介は手を寝袋から出した。

 手のひらに指で文字を書く仕草をしながら言う。


「こうやって手のひらに『夢』と言う字を書いて飲み込むのでござる。そうするとヒトガタの夢を食らって生きる『獏』という妖怪の気分を味わえるのでござるよ。『欲望』でも似たようなことができるでござるな」

「ええっ……」


 ステラは妖怪という単語を聞いて嫌なものを連想してしまい、逆に怯えてしまったようだ。


「何教えてんだよ。そんなもんで心が落ち着くのはお前だけだろ!……ステラ、落ち着かないならペロを抱えてみたらどうだ?抱き枕みたいで落ち着くかもしれないぜ」

「うん、そうしてみようかな……」


 そうして何とか落ち着いたステラは、眠りにつく。

 その夜は特に動物と遭遇することもなく、全員順調に睡眠を取ることができた。


 ◇ ◇ ◇


 翌日も順調に進んだ一行は、夕方頃には最初の目標地点である洞窟のような場所に到達していた。

 洞窟というよりは岩の中に居住空間があるといった方が的確かもしれない。

 森の中に目測でも高さ、幅共に十メートル以上はあろうかという巨大な岩があって、南側に穴が空いている。

 中はかなり広いドーム状の空間になっていて、足下は誰かが踏みならしているのだろうか、草木は生えていない。

 入り口から差し込む微かな光以外に灯りと言えるものは当然なく、ステラたちはその辺で適当に枯れ木などを拾ってきて魔法で火をつけてから腰をおろした。


「ここが最初の目標地点で通称『龍の巣』と呼ばれている場所だ。今日はここで野営をしよう」


 アランがそう言うと、オタク忍者が少し不安そうに尋ねた。


「ここに…って、大丈夫なのでござるか?」


 言葉足らずだったが、アランはその意図を察したようだ。


「『龍の巣』という大げさな名前がついてはいるが、オオマダラドラゴンはここには来ないぞ。来ても襲われる心配はないはずだしな。この洞窟を良く見渡してもらえればわかる」


 そう言われてステラたちが洞窟の中を見渡すと、南側に一つだけ入り口がぽつりと空いているだけで、他に動物が入ってこれそうな穴はない。そしてその入り口もそんなに大きくはなく、とても巨大な動物が入って来れそうなものではなかった。

 ドラゴンがどれほどの大きさかはわからないが、仮に何とか入れたとしてもこの広さでは満足に動けないだろう。


「なるほど納得でござる。昨晩のように洞窟の外で野営をするよりはよっぽど安全のようでござるな」


 オタク忍者の返事を聞いて、アランが頷いた。


「そういうことだ。ここを明日の朝に出れば、また夜には『神々の丘』に着く。そうすればそこでまた安全に野営ができるというわけだな」

「『神々の丘』には危険動物は入ってこないの?」


 そのステラの問いかけを受けて珍しくアランは口を噤んだが、少しの間があった後に返事をした。


「行けばわかる」


 その後、彼の口から『神々の丘』についての説明はなかった。

 アランなりに言いにくい、もしくは言わない方がいいと判断したんだろうという空気を察し、誰も詳しく聞くことはしないまま野営の準備を始める。


 追加の枯れ木を集めながら、ステラは不思議な感慨のようなものを覚えていた。ここに来たことはないはずなのだが、何だか懐かしいような、寂しいような。そんな気持ちになるのだ。

 ステラはみんながいる方を向いて、誰にともなく尋ねてみた。


「ねえ、ここって誰かが住んでたりするのかな?」


 全員が一旦作業の手を止めて、お互いに顔を見合わせる。

 代表するようにアランが応えた。


「そんなことはないはずだが…。普通は先ほどまでのみんなと同じように、『龍の巣』というイメージから龍が住んでいると勘違いして、むしろ近づかない。住むなんてもっての他だ。そもそも宿屋街から二日もかかるここまでは人が来ること自体がない。住むなんてもってのほかだろう」

「そっか…」


 頷くものの、まだ何事かを考えている様子のステラに対し、心配したリッキーが声をかける。


「何かあったのか?」

「ううん。何でもない」


 ただ漠然とした気持ちだけで、本当に何があるわけでもない。

 リッキーに気を使ったということもなく、本心からステラはそう答えた。


「ステラ殿、それはもしかしてあれではござらぬか?デジャッ…!」

「旨味之介殿ぉ!」


 デジャヴ、と言おうとして旨味之介は舌を噛んでしまう。

 その場に膝をおってかがみ込み、ゆっくりと仰向けに地面に横たわる形になる。そこにオタク忍者が駆けつける。


「リ、リッケンベルクシュタイン殿、お願いがあるでござる…」

「何でござるか?」


 小芝居が始まった。オタク忍者は傍らに片膝をつく体勢になって旨味之介の顔を覗き込んでいる。


「もしそれがしがこのまま志半ばで倒れたら、亡骸はガルシア殿のところへ送り届けて欲しいでござるよ…」

「ええっ…ガルシア先生、大変だなあ…」


 少し離れたところで見ていたステラがツッコんだ。


「わかったでござる…。さあ旨味之介殿。介錯は拙者が務めるゆえ、安心して逝くでござるよ…!」


 介錯とは、簡単に言えば止めを刺すことである。

 人は腹を切っただけでは即死しないので、切腹をする人の側で最後に首を刀で切り落とすことを介錯と言うのだ。

 オタク忍者はクナイを旨味之介の喉元に突き立てる。

 すると旨味之介はその腕をガシッと掴んだ。

 どうやら二人共本気のようで、お互いに腕がプルプル震えている。


「いやいや、間もなく力尽きるゆえ、介錯など必要ないでござるよ…」

「いやいや、これがサムライの習わしでござろう。安心するでござるよ…」

「いやいや、お主は忍者でござろうっ…サムライの習わしに突き合わせては申し訳ないで御座候…」

「いやいや、拙者は旨味之介殿の力になりたいのでござるよ…くっ…お願いだから止めを刺させて欲しいでござる…」


 残りのメンバーは既に就寝準備を終えて寝転んでいた。

 キャンディが横になったままで言う。


「元気なのはいいけど、早めに寝るのよ~じゃ、おやすみ~」

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