オオマダラ大森林へ

 鳥たちのさえずりが心地よく耳に響く朝。

 空に昇りきっていない太陽もまだ目が覚めたばかりのようで、晩春の陽気も少しだけ顔を潜め、陽光が控えめに地上を温めている。


 ステラたちはソルティア図書館前でバルドとのお別れをしているところだった。


「アランさん、色々ありがとう。次は遊びにくるからね」

「おう。お前らならいつでも歓迎だ、りんごのタルトでも用意して待ってるぜ」


 最後の挨拶をステラが終えると、アランがバルドに伝言を始めた。


「それじゃ行ってくる。長い間留守にするが、戸締りはしっかりするんだぞ。腹が減ったら冷蔵庫に色々入れておいたから温めてから食べてくれ。それからちゃんと歯を磨いて風呂にも入るんだぞ」

「オカンか。兄貴こそわがまま言ってステラたちを困らせるなよ。もし迷惑をかけたら『ごめん』より『ありがとう』って言うんだぞ。あと戦闘中はよそ見をせずに目の前の敵に集中しろよ」

「オカンか。さて、では出発しようか」


 ◇ ◇ ◇


「昨夜も詳細に説明したが、歩きながらざっと目的地に関して確認しよう」


 ステラたちは、ソルティアから北東に伸びる街道を歩いている。

 ソルティアの周辺では森林が切り開かれて、そこにりんごの木を植えたり田畑を耕したりなどして農作物を作る風景が目立ったが、半日も進むとすぐに左右を森林に囲まれた道に入った。


「これから向かうのは『オオマダラ大森林』。大陸の中心にあるにも関わらず、危険動物が多すぎて開発どころか調査も全く進んでいない地域だ。『意志を持つ魔剣』はその中心からやや南側・・・というか君たちならよく知っているだろう、『神々の丘』。あそこにある」


 王都アルミナ、特に北区から北側を見ると、王都を囲む高い壁をも越えて遠くに丘が見える。そこは、『神々の丘』と呼ばれていた。

 アランの説明に対して、キャンディが疑問を挟む。


「そういえばあれって何で『神々の丘』って呼ばれてんの?」

「ようやくそれがしの出番でござるか……」


 これに対し、今までこういった説明の類を一切行わなかった旨味之介が割って入った。


「なんちゃって研究者の登場でござるな」

「それかわいいでござるな」

「まさかのプラス思考……」


 オタク忍者の冷やかしに対し、旨味之介から意外な反応が返ってきてしまった。

リッキーのツッコミも気にすることなく旨味之介が説明を始めた。


「まず、あの大森林には神が住んでいると言われているでござる。言われている、というのは、そもそも我々に魔法を授けてくださる神の存在は、伝承によって裏付けられているのみなのでござるよ。平たく言えば都市伝説ということでござるな」

「今でこそ見ることすら叶わない神々だが、我々のご先祖様がヒトガタになったばかりの頃は、まだ我々と共に生活していたと伝えられている。そしてヒトガタが現れて少しした頃、『我々には近づくな』という伝言を残してご先祖様の前から姿を消してしまったそうだ」


 旨味之介の説明にアランが補足した。それにオタク忍者が続く。


「これは余談なのでござるが、我々の前から姿を消したかつての神々は、ドラゴンの姿をしていたと言われているのでござる。ドラゴンがヒトガタから必要以上に恐れられているのはそういった理由もあるのでござるよ。もちろん、単純に強くて狂暴だからというのもあるのでござるが」


 説明が旨味之介に戻る。


「そしてご先祖様からの伝承によれば、神のうちの一人が、オオマダラ大森林に住んでいたそうでござる。だからよほどのことがない限り、誰もあの地域には近づかないのでござる。それで、神様がいるらしいというのと、神様以外に誰も近づいてはいけないということから、『神々の丘』と呼ばれているのでござる」

「なるほどね~」


 キャンディの一言をきっかけに、長々と続いた説明を各人が頭で整理するための数秒の沈黙が訪れた。


「そんなわけで、とにかくこれから行く大森林には危険しかないというわけだな」


 アランの一言で、『神々の丘』に対する一連の説明が締めくくれられた。


「たしかにアラン殿がおっしゃる通り危険な道のりでござる。森の中にいる危険動物は、我々でもアラン殿が加わってようやくどうにかなるくらいの強さと言われているでござる。集団で囲まれたらお終いでござるから、常に周囲を警戒していなければならぬでござるな」


 オタク忍者の注意に、アランが補足を加える。


「特に神の使徒、あるいは森の絶対王者と呼ばれる『オオマダラドラゴン』には細心の注意を払う必要がある。遭遇したら最後、恐らく逃げることすらもできない。とはいえ、そちらにはちゃんと対策が用意されている。それに関してはまた後で説明しよう」


 その言葉を聞いた旨味之介が突如語り始めた。


「な~に、ドラゴンだろうがゴンドラだろうが出てきたらそれがしの剣で一刀両断にしてくれるでござるよハッハッハ。いや~ようやくみんなの役に立てるかと思うと森林に行くのがむしろ楽しみになってきたでござるよハッハッハ」

「ゴンドラが出てきたら一刀両断せずに乗るわよ。ていうかそんなこと言ってたら本当に出てきそうだからやめてよね」


 キャンディが少し見当違いなツッコミを入れた。

 それを聞きながらアランが再び説明を始めた。


「森林に入る直前には小さいが宿屋街がある。あそこにはたまに腕に自信のある冒険者がお宝や神の手がかりを探して出入りしているからな。もっとも、何か発見されたなどという情報は聞かないが。まずはそこを目指そう」


 一通りの説明を聞き終えてしばらく雑談を交わしながら一行が歩いていると、突然キャンディがぼやき始めた。


「で、今回もずっと歩きで行くの?いい加減馬車とか使いましょうよ~もう歩くのいや~」

「ま~た始まったでござるよ。前も言ったでござろう。そういう時はチョリッ」


 旨味之介の言葉は、リッキーによって口を塞がれてしまい、中断されてしまう。


「やめろ!そういうこと言うとまたバッファローが出る気がすんだろ!」


 ガサッ。


「あっ、バッファローさんだ……」


 音とステラが指差した方向を見ると、チョリッスバッファローが木々の間からひょこっと顔を出していた。


「今回は襲ってこないな」


 リッキーの言葉にアランの説明が入る。


「元々あれは好戦的な動物ではないからな。チョッ……と言っていると仲間だと勘違いしてじゃれあって来るだけだ。私も今は危なかったが、あの言葉を発しなければそうそうこちらには向かってこない」

「じゃあこの前のはそこのチョンマゲの仕業でござったか……!」

「何を言うでござるか。挨拶は動物としての基本でござろう。挨拶をすれば気持ちのいいものでござるよ!さあみんなもご一緒に!チョリッスチョリッス!チョリッスチョリッ……」


 旨味之介の姿はまたしても森林の奥へと消えていくのであった。


 ◇ ◇ ◇


 アランの活躍によってチョリッスバッファローを撃退した一行は、旨味之介を救出してから再び目的地に向かって歩き始めている。


「馬車というが、そもそもオオマダラ大森林に向かう馬車はないぞ」


 アランが、先ほどの話題を掘り返して言った。


「えっ、そうなの?」

「あそこは危険だからな。森林の近くで危険動物に襲われたりするし、馬が怖がったりもする。それに、何もヒトガタを襲うのは危険動物だけではない」


 キャンディの返事にアランが説明を加えるが、そこに少し物騒な響きを拾い、オタク忍者が尋ねる。


「まさか盗賊が出るのでござるか?」

「そういうことだ。あの森に出入りする冒険者はクエスト目的ではない。あそこの危険動物に困らされているのは同じ冒険者だけだからな。つまり森に入ったはいいものの特に実入りがあるわけでもなく、食うに困った冒険者が盗賊化するというわけだな」

「迷惑な話でござるなあ。あれ、でもあそこは『ニンゲン』の資料の名産地としても知られているのではござらんか?」

「ああ。しかしあれは私たちのご先祖様がまだ神々と共にあった時代から、神々が姿を消してあそこを離れるまでの間にほとんど持ち出されている」


 ヒトガタが出現し始めた頃のオオマダラ大森林がある地域は、オタク忍者が言うように古代資料の名産地として知られていた。その頃にはまだ数多の『ニンゲン』が暮らしたらしい遺跡なども残されていたようだが、かつての神々の指示により、ヒトガタの先祖たちの手で片付けられてしまったらしい。今では見る影もなくなっている。


「そんなわけであの周囲ではどんなときでも気が抜けないわけだな。まあ、宿屋にいるときくらいは安心していい。『さすらいの一族』が交代で用心棒をやっているらしいからな」

「ほう。かの有名な……会うのが楽しみでござるな」


 『さすらいの一族』は大陸全土を放浪して歩くオオカミのヒトガタの一族のことである。特定の郷土を持たずに集団で移動し続け、その中から男手が各地をさすらって主に用心棒をやって出稼ぎをしているという。用心棒をやっているのはどれも腕に覚えのある者ばかりで、一族のエースと言われているさすらいのTAKAは、悪党が見ただけで逃げ出すほどだという。


「そういえばなんちゃってサムライ殿もオオカミでござるが、さすらいの一族の面影は一切ないでござるよな」


 オタク忍者が話を振ると、旨味之介はチッチッと人差し指を立て、左右に振って言った。


「お主が知らぬだけで本当はそれがしもさすらいのUMAかもしれぬでござるよ?」

「それではただの野生の馬みたいではござらぬか……馬に失礼でござろう」

「最近、それがしに対するみんなの扱いが厳しいでござるよ……トホホ」

「トホホ?」


 そんな二人のやり取りに、ほほ笑むように太陽が輝いていた。

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