新たな冒険へ

 翌日。ステラ達は、エリFUNKYトカゲ兄弟が働いているソルティア図書館の館長室へと来ていた。

 前日と同じメンバーに加え、今回はバルドも同席している。


「何だか朝起きた時からメガネが臭い気がするのでござるが……何か知らぬでござるか?」


 オタク忍者が問いかけるものの、誰も答えない。


「加齢臭じゃないの?あんた結構歳いってんでしょ?」

「キャンディ殿の心に優しさというものはないのでござるか?」


 次に口を開いたのは、旨味之介だった。


「日頃の行いが悪いから罰があたったのでござろう」

「やけに地味な罰でござるな……ステラ殿とリッキー殿はどうでござるか?」


 これはどうしたものか、とリッキーはちらりとステラの方を見た。すると


「何も知らないよ?」


 と、驚くほどに自然な笑顔で言ってのけたステラを見て、末恐ろしい子やでえ……と心の中で舌を巻くリッキーであった。


 手がかりもないようなので、メガネ異臭事件は一旦置いておくことにしてアランは本題に入った。


「さて、まずは貴殿らに謝らなければならない」


 そう一言添えてからアランとバルドは頭を下げた。


「君たちを疑って、いや、信じきれなくてすまなかった」


 もちろんステラたちには何のことだかさっぱりわからない。最初に説明を始めたのはバルドの方だった。


「昨日の話だけどな、あの後俺も兄貴から一通り聞かせてもらったんだが、やはり王子に関しての手がかりは今のところない。でもな、ステラの魔法に関してはあるんだ。とびっきりの手がかりがな」


「「「「「!」」」」」


 ステラたちは顔に出さず、お互いに顔を見合うことで驚きを表現した。


「それはどのような……?」


 オタク忍者の問いに、次の答えたのはアランだった。


「我々エリFUNKYトカゲ一族には、代々受け継がれてきた『言い伝え』が二つあってな。その内の一つは……」


 場に緊張が走る。唾を飲む音までもが聞こえてきそうだ。


「『コンビニのトイレはめちゃくちゃ混むから用は家で足してこい』」

「コンビニのトイレが……めちゃくちゃ混む……?それはどのような言い伝えなのでござるか?」


 最初の『言い伝え』には聞きなれない単語があり、一同が首を傾げる。


「この『コンビニ』というものだが、トイレがあるのだから建物の名称ではないかと考えられている。そして俺たちのご先祖様が『トイレは家のを使え』という特に意味のない伝承を残すはずはない。そこでこれは俺たちの推測なんだが、『コンビニ』というのは何か闘技場のような建物で、そこのトイレがなかなか使えないということから『戦う前には必ず用を足せ』という先人からのお言葉なのではないかと思ってるんだ」

「なるほど……意味のなさは大して変わってないようにも聞こえるけど……きっと重要なことなんだろうな」

「そのご先祖さま、戦いの最中に粗相をしちゃったのかもしれないわね……」


 バルドの説明にリッキーとキャンディが頷いた。


「それで、それが僕の魔法の話とどう関係があるの?」


 じれったくなったのか、ステラが割って入るように尋ねた。

 それにアランが答える。


「すまん、今のはまったく関係ない。関係あるのはもう一つの『言い伝え』なのだが、そちらは順を追って説明しよう。貴殿らは『愚かな英雄』の話はご存じか?」


 それは、少し前にポッポリーナ研究所で聞いた言葉だった。

『ニンゲン』の間では英雄と謳われながらも結局『ニンゲン』を滅亡から救えなかったことを理由にそう呼ばれていると、ステラは聞かされている。


「うん。リッケンベルクシュタインさんに教えてもらった」

「ああ。俺も話くらいは……」


 ステラ、リッキーに続いて全員が頷く。


「では『愚かな英雄』が、実は魔法を使えなかったという話は?」 

「それは知らなかったな」

「私も」

「それがしもでござるよ」

「お主研究者でござろう?日頃何をして過ごしていたのでござるか?」


 今度はリッキー、キャンディに続いて研究者である旨味之介までもが知らなかったようだ。


「食べて寝て、後は自宅警備にござる」

「なるほど、『ニンゲン』の古代種『ニート』の研究でござるな?それなら納得でござる」


 オタク忍者が納得したところで、脱線した話が戻る。


「正確には、単独では、だな。『愚かな英雄』は剣を仲介役にして各属性の神の力をその身体に宿し、魔法を使ったと言われている」

「本当か……じゃあステラもその剣さえあれば魔法が使えるようになるかもしれないってことか!」


 アランの話を聞いて、自分のことのように喜ぶリッキー。


「でも、そんな武器この世界にないって聞いたよ」

「そうでござるな。『奇跡』を起こす光魔法でもそんなものを作ることはできないはずでござる。唯一可能性があるとすれば魔力のこもった武具を作成するユニークスキルを持つ御仁の存在にござるが・・・そんな御仁がいれば知らないはずはないでござる」


 ユニークスキルとは、自分が最初に使える属性の魔法を極めた際に、その属性が司る自然現象では説明できない性質を付加された、その人だけにしか使えない魔法のことである。 

 先日のムーンライト池谷の例でいえば、『霧の迷宮』という水属性のユニークスキルであるが、霧の中にいるだけで敵の視覚や聴覚を奪ったりという性質は、水に関する自然現象だけでは説明ができない。

 そして、ただでさえ傷を癒したり状態異常を回復したりといった『奇跡』を起こす光魔法のユニークスキルとなると、ギャス君王子の『円卓の騎士』のように光そのものを攻防一体の武具として操るという、奇跡の中の奇跡を起こすことも可能となる。オタク忍者が言っているのはそういう可能性のことだった。

 光魔法のユニークスキルは、まず最初に使える属性魔法を極めた時にユニークスキルを習得できないことでその存在の可能性に気づくことができるが、習得は容易ではなく、ギャス君も含めて光魔法のユニークスキルを発現できたものは世界でも数えるほどしかいない。そんな者がいれば当然すぐに騒ぎになるはずだった。


 アランは、オタク忍者の言葉を聞いて説明を続けた。


「その通りだ。しかし……」


 そこでアランは一旦言葉を区切った。


「その『愚かな英雄』が使っていた剣が、今でも存在しているとしたら?」

「何だって?」


 リッキーの言葉と共に沈黙が部屋を覆った。


「説明が長くなったが、これが私たちエリFUNKYトカゲ一族に伝わるもう一つの『言い伝え』だ。私たちは『意志を持つ魔剣』ラグナロクの居場所を知っている。『愚かな英雄』に続く『魔法が使えない者』が現れたときに、その者を『魔剣』の居場所へと案内するためにね」

「本当はステラから光属性以外の魔法が使えない、と聞いたときに兄貴が教えるべきだったんだが・・・そう簡単に外部には漏らすべきじゃない話だからな。疑ってたわけじゃないんだが、慎重になっててな。すぐに教えてやれなくてすまない」

「何で急に信用してくれたの?」


 アランの言葉を受けてバルドが補足を入れると、キャンディが疑問を挟んだ。


「昨夜ステラを手助けする前に、少しだけ戦いっぷりを見させてもらったんだ。実際に魔法は使っていなかったし、魔法を使える者の動きではなかった」

「なるほどね」


 今朝目が覚めた後、昨晩のことのあらましについてはステラから全員に対して話してあった。


「そのラグナロクさんのところに行けば、僕も魔法が使えるようになるの?」


 ステラが尋ねると、今まで黙って聞いていたバルドが首を横に振った。


「それは俺たちにもわからない。俺たちの役目は、お前ら……正確にはステラを『魔剣』と会わせるところまでだ。何が起きるのかは、その時になってみないとわからない」

「そういうことだ。一応私が引率するが、そもそもが危険な場所にあるし、たどり着いたところで何が起きるかもわからないからな。命の危険がないとは言い切れない。それでも行くか?」


 ステラは、ペロ、リッキーと目を合わせた。そして思う。これは、魔法が使えるとか使えないとかの話だけではなく、もっと大事なことを決断させられているような気がするなと。

 それでも、いや、だからこそというべきか。ステラに迷いはなかった。


「うん、行く!……行きたい!僕をそこに連れて行ってください」

「ステラ殿がそういうならそれがしらには聞くまでもないでござるよ」

「誰もお主には聞いておらぬでござるがな」


 強い意志に、今までどこにいたのか良くわからなかった旨味之介が続き、それにオタク忍者がツッコミを入れた。


 こうしてステラの運命は回り始めた。しかしこれはとても大きな世界の運命に組み込まれた歯車の一部であることを、この時、ステラはまだ知る由もなかった。

 『コンビニのトイレがめちゃくちゃ混む』ことの恐ろしさと同じように。


「では私は少しの間留守にするための手続きやら引き継ぎやらがあるのでね、出発は余裕をもって明日の朝にしようと思う。それまでに先ほどのメガネの異臭騒ぎも解決しておくといいだろう」

「余計な話題掘り起こさないでくれよ……」

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