光明

 よろめくムーンライト池谷は、表情をどんどん変化させていった。

 自身が味わった苦痛と屈辱に染まりきったその顔は、歪みを更に強いものにしていく。

 そして彼女の中の何かがプツン、と音を立ててはじけるその時。

 その口から、怒りを発生源とした底知れぬ恐怖が溢れ出てきた。


「こんのクソガキャァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」


 爆発。

 轟音が鳴り響くと同時に、ステラとペロの身体は宙を舞った。池谷も自身の魔法の勢いで後ろに吹き飛んでいる。


「最初からこうすりゃ良かったんだ……!あんた見たところ魔法はあまり強くないんだろ?正面から叩き潰してやるよぉ!!!」


 ステラとペロはまるでテレパシーで作戦を決定したかのように同時に頷くと、池谷に向かって走り出した。二人とも魔法がろくに使えない以上、戦うならばとにかくまずは近づくしかないのだが、この計画性皆無のがむしゃらな作戦は以外にも効果のあるものだった。少なくとも、池谷の動揺を誘う程度には。

 ヒトガタは原則として『光の民』であれば光属性、『闇の民』であれば闇属性に加えて火、水、土、風、雷のいずれかが使える。例外は今のところステラだけなのである。

 近接戦闘の技術に関しても魔法を使うことを前提とした立ち回りが研究されており、まさか武器も持たずに野生動物のごとく突っ込んでくる者など、このムーンライト池谷は相手にしたこともなかったはずだ。


「『土壁アースシールド』」


 突如土の中から壁が出現して動きを止められ、


「『土拳アースナックル』」


 その壁の中から出てきた拳に、真正面から殴られてまたもステラとペロは吹き飛ばされてしまった。

 再三に渡るダメージで二人はもう限界だった。特にステラはこんなに走り回ったのは初めてとも言える経験で、体力までも限界に達している。

 ステラの目の奥には戦う意思をくべた炎がまだ存分に燃え盛っていたが、物理的に動けなかった。ペロも、何とかステラを守ろうと、よろよろふらつく足取りで前にでることくらいしかできない。

しかしこの時同時に、相次ぐ魔法の行使と、半分舐めてかかっていた相手に苦戦して体力を消費し、敵の見たこともない戦い方に精神を激しく動揺させていたムーンライト池谷は、もう目の前の相手以外を見ていなかった。

 いや、目の前の相手以外を気にかけている余裕がなかった、と言った方が正しいか。

 その声は、背後から響いた。


「『氷槍アイススピア』」


 巨大な紡錘型の氷が複数で池谷を襲う。

 着弾寸前に気づいて防御態勢を取り致命傷は免れたものの、かなりのダメージを負って池谷は膝を折った。


「そこまでだ。『闇の民』よ」


 声の方に視線を向けると、そこにはアランの姿。

 その横には、なぜかぐったりとした感じで気を失っているキャンディがいた。


「あなたはたしか、『魔法を極めし者マジックマスター』……」

「ほう。私のことをご存じとは光栄だな」

「そりゃそうよ……『闇の民トゥディ』の『今日の要注意人物コーナー』によく掲載されてるわ。どう考えてもネタ切れなのよね、あのコーナー」


 ムーンライト池谷は悔しそうな顔でアランの二つ名をつぶやいた。

 ただでさえ苦戦を強いられている最中に噂の『魔法を極めし者』に遭遇したのでは、もはや撤退せざるをえない。

 そしてその悔しさは、この戦いにおいてだけの話ではないのだ。


 池谷の話によれば、『闇の民トゥディ』なる情報誌か新聞の形式をとっていると思われる媒体に、アランはしょっちゅう掲載されているという。

 それは言うなれば、週刊誌などに体感で三週間くらいに一回というかなりの頻度で同じアイドルのグラビアが掲載されていて、「またこの人か……」と思ってしまうあの感覚と似ているのではないだろうか。

 そんな相手が目の前にいるのだ。ムーンライト池谷がまるで親の仇に対するそれと似たような目でアランをにらむのも仕方のないことだろう。


「どれだけネタ切れでもね、私はあのコーナー楽しみにしてるのよ。そんなにしょっちゅう同じ人に出られたらたまったもんじゃないわ……」

「そんなこと言われてもな……その、何だ。すまなかった」


 理不尽な怒りであったが、ものわかりのいいアランはとりあえず謝った。

 喋っているうちに落ち着いてきたのか、ようやく表情と共に池谷の喋り方も元に戻ってきた。


「ふう……まあいいわ。もう私に抵抗する力は残ってないし、ここで殺す?」

「まさか。私は人殺しにはなりたくないのでね。ステラが頑張ってくれたからまだ被害も出ていないことだし……。拘束して尋問するにしても、人手のないここじゃ無理だからな。そちらの方がよほど住民に対して危険だ。第一それも趣味ではない」

「いいの?またここや他のどこかであなたたち『光の民』を襲うかもしれないわよ?」

「構わん。正直私はここが守れればそれでいいし、ここならいくら攻められようと私と弟で返り討ちにできる」

「あらそう。大した自信ね……フフフ。それじゃ今日は失礼するわ。かわいい坊やたち、また遊びましょう」


 そういってムーンライト池谷は宵闇の中へと溶けていった。徒歩で。


「坊やか……坊やと呼ばれたのも久しぶりだな。いや、俺の母親はたしか俺を名前で呼んでいたから初めてかもしれないな……」

「そ、そうなんだ……」


 アランのどうでもいい独り言にステラは反応してしまう。


「アランさん、助けてくれてありがとう」

「危ないところだったな。深夜に騒いでいたキャンディを成敗して宿屋に運んでいる最中だったのだが、それが幸いした」


 ペロもありがとうと言わんばかりに、アランの足元に来て尻尾を振っていた。


「とにかく無事でよかった。色々話したいこともあるが、今日は宿屋に帰って休んだ方がいいだろう」


◇ ◇ ◇


 宿屋に戻ると、既に全員寝静まっていた。

 キャンディを置いて帰ろうとするアランに魔法で火をつけてもらい、湯を沸かしてステラとペロは風呂に入った。

 風呂は富裕層を除いては個人の家にはなく、銭湯が基本である。

 しかし宿屋には冒険者や商人がいつの時間でも利用できるように風呂があるとことの方が多い。

 風呂から出たステラとペロは、仲間たちを起こさないようにそっと寝室に入る。

 ベッドに近づきながら部屋を見回してみた。

 頼りない月明かりに照らされた部屋を、規則的な仲間たちの寝息だけが行きかっている。四台のベッドがあり、その内三台に人が寝ているのだが、一台はステラとペロ用だ。一人あぶれてしまう形になる。一体床に寝ているのは誰だろうと確認してみると、そこにはサムライの姿があった。

 近くに座って旨味之介の寝顔を観察する。またも鼻ちょうちんが出来ていて、寝息に合わせて規則的に膨らんだりしぼんだりを繰り返していた。ペロと目を合わせ、子供が悪いことを企む時の表情でにししっと笑ってから、ステラはそれに触れてみることにする。

 直接触れるのは嫌なので、まずは旨味之介が脇に置いている刀を借りようと手を伸ばしてみる・・・


「はぁんっ!!!」


 ビクゥッ!

 ステラとペロの身体が跳ね上がった。再度二人は顔を見合わせ、いやいや偶然だろうと再度刀に手を伸ばす……


「ほおぉぉぉっ!!!」


 二度目なのでさすがにビクゥッ!とはしなかった。

 その代わりに横のベッドの上でガサゴソと人が動く気配がした。


「ん……ステラか?何やってんだ?ペロもか……」

「リッキー、ごめんね起こして。旨味之介さんの鼻ちょうちんをぱちんってしたくて」

「くだらないことやってんなあ。どれどれ」


 リッキーも瞼をこすりながら起きてきてステラの横に並ぶ。


「旨味之介さんすごいんだよ。見ててね……」


 そう告げると、三度ステラが刀に手を伸ばす……


「ひょおぉぉぉうっ!!!」


 ビクッ!となったのは初見のリッキーだけだった。


「いや、これ起きてんじゃねえの?」

「ううん、寝てるよ。寝てるときでも武器に触れようとすると叫ぶなんて、研究者のかがみ?ってやつだよね」

「そんな崇高なモンがこのオッサンの中にあるとは思ねえんだが……」


刀を取れないことはわかったものの、直に指で鼻ちょうちんを触るわけにもいかない。ステラは何かないかとぐるりと部屋を見回し、リッキーの隣のベッドで全身黒装束のまま寝ている、オタク忍者のメガネに目を付けたようだ。


「リッケンベルクシュタインさん、ちょっと借りるね……」

「ステラお前、やることエグいな……」


 オタク忍者の顔からトレードマークの便底メガネを取ると、そこには「3」を逆にしたような、お約束の目が二つあった。

 ようやく道具をゲットしたステラは、メガネのツルの部分を折りたたみ、リムの部分でそっと鼻ちょうちんを割ってみる。


 ぱちん。

 割れた。


「……」

「……」


 飽きたのか、ペロはステラの横で丸まってリラックスしている。


「鼻ちょうちんはすんなり割れたな……」

「何かつまんないね……」


 暗闇の中、そのまま数十秒間を沈黙に委ねて過ごす三人であったが、もうこれ以上面白いことはないと判断したようだ。


「じゃあ寝よっか」

「おう。メガネは元に戻しとけよ」

「うん」


 拭いたりせずに鼻水がついたままのメガネをステラがオタク忍者の頭にかけて戻すと、三人はそれぞれ布団に入ったのだった。


 そうしてステラとペロは睡眠モードに突入する。ちなみに、二人で寝るときのペロは、ステラと一緒に布団に入ったり、ステラの隣で寝るが布団には入らなかったり、ステラとは全く関係ない部屋の隅で寝たりと、色々なパターンがあった。


 今日のステラはなかなか寝付けなかった。

 ペロと二人でなら何とか戦える。

 つい数時間前まで戦闘の際に全く役に立てないと落ち込んでいた自分が、最後はアランの力を借りたものの、かなりいいところまで戦えたことに興奮していた。何だか、絶望の中に一筋の光を見た気がしたのである。


「また二人で頑張ろうね」


そうペロに語り掛けると、ステラは心地の良い暗闇に意識を落としていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る