ステラの必殺技
ステラたちを宿までバルドに案内してもらい、一人館長室に残ったアランは、思索にふけっていた。
王都アルミナからやってきたという王子の捜索隊を名乗る一行。その者たちから聞かされた王子失踪事件の顛末に、その疑問点。そこへ更に、光魔法しか使えないという少年の存在。
あれやこれやと推測がアランの頭の中を錯綜する一方で、アランたちエリFUNKYトカゲ一族の間での『言い伝え』も頭をよぎっている。
いつの間にか灯りなしでは足元がおぼつかないほどに室内が暗くなっていることに気づく。
そろそろ図書館を閉めなければと思って帰宅の準備をしていると、王子の捜索隊を宿まで送ってくれたバルドが館長室に戻ってきた。
「悪いな、わざわざ送らせてしまって」
「いや、いいよ。どんなやつらか俺も少し話してみたかったし。それで、どんな感じだったんだ?」
アランは弟の質問に応え、この館長室で行われた話し合いに関して一通りを話す。アランの要領がいいのはもちろんのこと、バルドも兄に負けず劣らずの優秀さを発揮して、話の要点をすぐに理解したようだった。
「なるほどな」
「どう思う?」
先日と違い、今度はアランが弟に意見を求める番である。
今でこそ『魔法を極めし者』として名が知られ、世間からは高い評価と名声を得ているアランだが、バルドも四属性の魔法が使えたりと、十分すぎるほどに強力な魔法使いだ。それに頭の回転の速さでは全くひけをとらないと言っていい。おまけに性格は気さくで気も利くため、住民からの人気で言えばアランよりも上である。
そう言った面もあって、バルドは幼少の頃から兄の良き理解者であり、最も優れた相談役なのであった。
「はっきりと結論を出すには情報が足りないな。裏切り者はほぼ確実にいるだろうけど」
弟の考えはアランと同じものだった。
「それと一応聞いておきたいのだが……彼らは信用できると思うか?」
「ああ……もしかして『言い伝え』か?」
アランは静かに頷いた。
「信用できると思う。人柄から言ってもそうだし……客観的に考えても、本当に捜索隊かどうかなんて王政府に問い合わせればすぐにわかることだしな、そんな嘘はつかないだろう。『言い伝え』を知ってて兄貴から『アレ』の場所を聞き出そうとしている可能性は薄い。ただ、兄貴が慎重になるのもわかるぜ。そもそも光魔法しか使えないなんてこと、すぐに信用しろなんてのも無理な話だ」
バルドはその心中を察し、アランにとって完璧な回答を差し出して見せた。
「うむ。彼らも言っていた通り、使えないことを証明しろというのも無理がある話だ。しかし、そう簡単に『言い伝え』を話すわけにもいかない。彼らには悪いが、『アレ』のことを教えるにしても少し様子を見るべきだろうな……」
考えがまとまったところで、兄弟は帰宅の途に就いた。
◇ ◇ ◇
夜もすっかり更けて深夜になると、道を行きかう人々は路上から消えて静寂がその姿を現していた。
人々の賑わいは梢が奏でる虫の鳴き声へと取って代わり、その旋律は耳先から体の中へと染みわたって心に涼風を吹き込んでくれる。
宿に入り、ステラたちは夕飯や風呂など一通りを済ませ、就寝前の自由時間となっていた。
そんな中リッキーはキャンディに呼び出されて、宿屋から少し離れた路上を歩いている。
「話ってなんだよ」
リッキーはさっさとしろといった感じで少しぶっきらぼうに切り出す。
するとキャンディは俯き、頬を少し赤らめて言った。
「二人っきりだね……」
「いや、そういうのいいんで……そもそもお前が呼び出したんだし……」
そのセリフを聞いたキャンディはがっくりと肩を落とした。
「はあ。あんたねえ、私と同じくらいの歳でしょ?もうちょっと青春とかしようと思わないの?」
「思わねえけど……たまには息抜きが必要ってことならわかるな。よし、じゃあその青春とやらに付き合ってやろうじゃねえか。それで、具体的には何をすればいいんだ?」
「あんた青春を何だと思ってんの?……まあいいわ。じゃあリッキーは私に告白して。そしたら私が断るから。告白のときのセリフは……そうね。『俺、キャンディのことが……豆腐と同じくらい好きなんだ……』でいいわ」
「お前こそ青春を何だと思ってんだよ……。やらせで断られるのにも納得いかねえし、別にそこまで豆腐好きじゃねえよ」
「いちいちうっさいわね。じゃあ納豆でもいいわよ」
「何で豆製品にこだわるんだよ。いやそうじゃねえ、まず食べ物と比べなくてもいいだろ。お前が世界一好きだ~とかで」
「あっ、それいいわね。採用。じゃそれで」
はあ、と呆れた様子でため息をついてから、真剣な面持ちでキャンディの方に向き直るリッキー。
キャンディは、わくわくした表情でそれを迎え撃った。
「俺、キャンディのことが……世界一好きなんだ……」
「うっひょひょ~!!!みなさ~ん!!!リッキーがひょっひょひょ~!!!」
告白を受けたキャンディは、新聞屋が号外を配りに行くようなノリで楽しそうに走り去ってしまった。
「本当になんなんだ……」
リッキーは肩を落として嘆息し、キャンディが走り去った方向を見つめた。
◇ ◇ ◇
その頃、宿屋前の路上ではステラとペロがオタク忍者と旨味之介に戦い方を教わっているところだった。
連日戦闘で役に立てないどころか足を引っ張ってしまっているのではないかと悩んだステラが、二人にお願いした形である。
「そのようなことは気になさらなくとも良いでござるがな。自らを高めようという心意気には感服いたした。拙者で良ければ喜んで力になるでござる」
「よろしくお願いします」
「それがしもいるでござるよ」
オタク忍者は、旨味之介をスルーして講義を始めた。
「まずは基礎中の基礎でござるな。敵の背後からこっそり忍び寄って背中をプスッと刺す練習から始めるでござるよ」
「いやいやちょっと待つでござる。なにゆえそのようなせこい技から入るのでござるか?」
「またお主でござるか……別にせこい技などではなく、『ニンジャ』の基礎中の基礎でござるよ」
「『ニンジャ』汚すぎでござろう」
「まずは見本をみせるので、後に続いてやってみてほしいでござるよ」
そう言ってオタク忍者はヌヌヌッと緩慢な動作でステラの背後に忍び寄っていくと、プスッというよりはヌルッという感じで刺すアクションをした。どう見ても実際の戦闘に使えない代物であることはステラにも理解できたが、ステラにツッコミを入れることはできなかった。
「さあどうぞ」
ステラはトコトコッという正直オタク忍者よりは多少ましな動きで彼の背後に忍び寄ると、ドスッという感じでカンチョーをかました。オタク忍者からは「オフゥッ」という情けない声が漏れた。
「ステラ殿……なかなかやるでござるな」
じっと見守っていた旨味之介がつぶやく。
リッケンベルクシュタインは四つん這いの姿勢になったまま動かない。
歩み寄ってきたペロに頬をペロペロされていたリッケンベルクシュタインは、気を取り直して負け惜しみのような感想を漏らした。
「えっ……何?ステラ殿ってそういう感じなのでござるか?『かわいい顔して意外とやります』的な……。正直大分面食らったのでござるが」
「そんなこと言われても……モンドがいつもこれでガルシア先生を倒してたから、いけるかなって……」
「ガルシア殿ォォォォォッ!!!!!」
その悲痛な叫びは少年にやられた己の不甲斐なさゆえか、はたまた生徒に苦労させられる友人への思いゆえか。オタク忍者の声は光なき夜の空間を切り裂いて街の周囲にたつ木々へ到達し、森を包む静寂をわずかにざわめきへと塗り替えた後、彼の元へと帰ってきた。
ステラはぷるぷると震えるオタク忍者を眺めながら、今この場にいない自身の学院での担任教師、田中ガルシア伊藤の顔を思い浮かべた。
「ステラ殿、恥ずかしながら拙者はしばらく再起不能にござる。今日のレッスンはこれまでにするでござるよ」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、油断した拙者が悪いのでござるよ。次のレッスンまでにはお尻の筋肉を鍛えておくでござる」
「お、お尻の筋肉を鍛えればどうにかなるものなのかな……」
「『ニンジャ』が再起不能でもここに『サムライ』がいるでござるが?」
遠くの方では、何やら「うっひょひょ~!!」という声が響き渡っている。
「あの楽しそうな叫び声は何でござるか?」
「そういえばさっきキャンディがリッキーを呼んでどこかに行ってたよ」
オタク忍者がまたしても旨味之介の提案をスルーして疑問を口にする。それにステラが答えると、突然ござるコンビが楽しいものを見つけたと言わんばかりの怪しげな笑みを浮かべ、結託を始めた。
「なるほど……つまり今、この街のどこかで若者二人が『よろしく』やっている、と……そういうことでござるな……クックック……」
「クックック……これは明日が楽しみでござるな……」
「本当に楽しそうな声だったよね」
オタク忍者の悪ノリ的な何かにサムライとステラまで乗っかっていると、街の宵闇をかいくぐってリッキーが現れた。
「よう、やってんな。調子はどうだ?」
「リッキー。今ね、リッケンベルクシュタインさんに、背後から忍び寄って敵を刺す戦い方を教えてもらってたんだよ」
「いきなり何教えてんだよ……」
今頃『よろしく』やっていることだろうと考えて勝手に楽しんでいたオッサン二人のうち旨味之介が呆れ顔のリッキーを問い詰める。
「リッキー殿!どういうことでござるか?キャンディ殿と『よろしく』やっていたのでは?」
「何だよ『よろしく』って……よくわかんねえけど青春したい、とか言い出すから付き合ってやったらあれだよ……時間無駄にしたぜ。とりあえず俺はもう寝るわ」
「僕とペロもそうしよっかな」
そう言ってリッキーに続き、ステラとペロも宿屋に戻っていった。
「何だか残念でござるなあ……。今どきの若者はあんまり青春などせぬものでござるのかな?旨味之介殿よ」
「逆にお主は若い時に青春してたのでござるか?そのメガネで」
「メガネは関係ないでござろう。それを言ったらお主なんてチョンマゲではござらぬか」
「は?チョンマゲをバカにしてたでござるか?お主、今全チョンマゲを敵に回したでござるよ?」
「バカにしてるのはチョンマゲではなくお主にござるが……やろうと言うのなら受けてたつでござるよ?」
相変わらずの平和な夜空では、月明かりの主が人々を見守っている。
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