『魔法を極めし者』アラン

 チョリッスバッファローとの戦いを終えた夜。少し開けたキャンプ用の野営地を見つけたステラ達はそこで夜を明かすことにした。周囲には他のパーティーも見られ、野営地はそこそこに賑わっている。たき火用の木がパチパチと弾ける音や、人々の話し声や笑い声が、森に囲まれた一角を憩いの場に変えていた。

 思う存分に煌めく星々が見守る夜空の下、たき火を囲っての晩餐の肴は、もちろんパーティーとしての初めての戦闘のことである。


「いやー、それがしの勇姿!みんなにも見せたかったでござるよ!敵の突撃をひらりひらりと避けてはすれ違いざまに攻撃を入れ、敵が弱ったところに『居合スラッシュ』をズバーン!ドーン!そしてガブッ!ムシャムシャッ!『チョリッスバッファロー』の肉、三ツ星ッ!!!」

「こやつ何を言ってるでござるか?ていうかお主、実際はずっと気を失ってて、意識を取り戻したのに拙者がピンチになるのを待って敵の後ろから斬りかかった最低クズ野郎でござるからな?」


 オッサン二人の相変わらずなやり取りが続く中、リッキーがキャンディに話しかけた。


「そういやさ、お前何で魔法使うときに詠唱するんだよ?必要ないんだろ?」

「ああ、あれね……私は詠唱しないと魔法がまともに使えないのよ」

「何じゃそりゃ」


 聞かれ慣れているのだろう、キャンディはいつものことのように、途中でつっかえることもなく語り始めた。


「小さい頃ね、お兄ちゃんが冗談で私に『ファイヤーってのは水のことで、サンダーってのは土のことで……』ってでたらめなことを教えたの。私はお兄ちゃんのこと大好きだったから、それを信じちゃったのね」

「……」


 リッキーは開いた口が塞がらない。真面目な表情で話すキャンディに対してそんなことあるわけねえだろ、と言うわけにもいかず、返事に困っているようだ。


「それで私は、例えば『ファイヤー』とかの発声をすると頭の中に水のイメージが浮かぶから、スキル名とは違う系統の魔法が出るようになっちゃったのよ。ま、サンダーに関してはまだ土魔法が使えないから間違えることはないんだけど」

「あ、うん」

「でも詠唱をして魔法を練るとね、集中してイメージをすることが出来るから間違えることもないのよ」

「たしかに」

「それに何より……詠唱ってかっこよくない?私、小さい頃から『ニンゲン』が残したとかいう文献を読んで憧れてたのよ」

「わかる~!」

「リッキー殿!それはそれがしの奥義『生返事』ではござらぬか!?いつの間に身に付けたのでござるか!?」

「うわっ!」


 オタク忍者と会話をしていたはずの旨味之介が、会話の途中でずいっと割り込んでくる。油断していたリッキーはびくっとなってしまう。


「一見同意しているように見せかけて、実はあまり話を聞いていないという超高度な『生返事』三の型『わかる~!』。まさかリッキー殿も身に付けておられたとは……」

「いやいやそんなことはないでござるよ……」


 あせったリッキーにはなぜかござるが伝染していた。


「ふ~んリッキーってそういう人だったんだ……。ふ~ん」

「おい!お前のせいで面倒くさいことになったじゃねえか!どうしてくれんだオッサン!」


 ご飯を早々に食べ終わったステラとペロは、既に眠りについている。

 やっかい者をなすりつけることに成功したオタク忍者も就寝の準備を始めた。


「明日はソルティアでござるか……楽しみでござるな……ニュフフ……」


 ◇ ◇ ◇


 翌日。昼過ぎにステラたちは『図書館都市』ソルティアに到着していた。


「おお……都市っていうよりは村って感じだなあ」


 そう感想を漏らしたのはリッキー。


「アラン殿は、図書館の館長をやっておられるでござる。ひとまず図書館まで行ってみるでござるよ」


 オタク忍者の提案に従い、ステラたちは街の奥にある図書館を目指した。

 道中にすれ違うのは主に研究者や子供、そして年配の女性らしきヒトガタが多いといった具合で、アルミナに比べれば多彩さは劣る。


「石でできた建物はあんまりないんだね」


 ステラはきょろきょろと街並みを眺めながら言った。


「石で作るとお金がかかるでござるからな。王都の学術研究区の建物はほとんどが石でできていたでござるが、あれは王政府からの支援で建てられているのでござる」

「へえ~そうなんだ」


 オタク忍者の説明に相槌をうつステラ。


「この街に住んでいるのは仕事ではなく、巨大な図書館の近くに住みたかったというだけの研究者がほとんどでござるからな。当然のことながら、政府の支援は建物を建てる際には受けられないのでござるよ」


 街の入り口から奥にある図書館までは一本道だった。この街は、奥の巨大な図書館を中心として放射線状に五本直線が通っていて、それらを繋ぐように半円の弧を描く道が五本通っている。上から見ると半円形になっているようだ。

 すれ違う住民たちはこちらをじろじろと見ている。中には二度見する人などもいた。


「随分と目立っているでござるな」


 旨味之介の呟きに呼応したのはリッキー。


「あんたがそれ言うのかよ……『ニンジャ』や『サムライ』の格好をしてるやつなんてそんなにいないんだからそりゃ目立つだろ」


 そんな会話をしていると、程なくして図書館にたどり着いた。


「たのもぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 突然図書館前に旨味之介の咆哮が響き渡った。

 全員、身体が跳びあがるほど驚き、ペロが吠え始める。


「何やってんのよ!あんた頭おかしいんじゃないの!?」


 キレるキャンディ。


「かつて『サムライ』が他人の家を訪れたときは、まずこのように挨拶をしてから入ったと言われているでござるよ」

「いやいやそんなわけないでござろう。『サムライ』が全員家に入る前にそんな断末魔をあげていたらご年配の方などはショック死してしまうでござるよ」

「チッ……いちいちうるさいメガネでござるな……」

「今更メガネに触れちゃうのでござるか?」


 その時、何者かが図書館の入り口の扉を開けて出てきた。


「何だなんだ、騒がしいな」


 その男はトカゲのヒトガタで、身に纏った白いローブの首元からは「エリ」がはみ出していた。


「申し訳ござらん、こちらのチョンマゲが突然発狂してござる」

「ござる?……もしかしてあんた、兄貴に手紙を出した人か?」

「おお、そうでござる。申し遅れた、拙者、『オタク忍者』リッケンベルクシュタインでござる。兄貴、というと貴殿は……」

「ああ。『魔法を極めし者マジックマスター』アランの実弟、バルドだ。よろしくな」


 ◇ ◇ ◇


「兄貴、お客さんを連れて来たぜ。例のござるさんだ」


 一度受付で「兄貴を探してくる」と言って待たされた後、ステラたちは二階の奥にある、魔法関連の書物が置かれている一角に案内された。


(((((ござるさん……?)))))


「ありがとう、バルド。そしてみなさん初めまして。まずは館長室へご案内する。用件はそこで伺おう」


  そして一行は館長室にやってきた。館長室は奥に事務用の机と、手前に木製のテーブルと椅子のセットがある。壁際にはびっしりと本棚が並んでいた。バルドは再び仕事に戻ったので、この場には既にいない。


「こんなところですまない。とりあえず座ってくれ」


 そうステラたちに促すと、アランは事務机の椅子に腰かけた。

 全員が座って落ち着くと、まず全員が簡単に自己紹介をし、王からの命令を受けてギャス君の捜索をしているパーティーであることを明かした。


「アラン殿にお話を伺いたいことが、二つあるでござる」


 オタク忍者はそう切り出すとステラの方を見て頷き、先を促した。


「ギャス君王子様がね、行方不明なんだ。それで、もの知りのアランさんなら何か知らないかなって」

「すまない。その前に一つ聞きたいのだが、ステラ君、君はどういった経緯でこのパーティーに??」


 一人だけ明らかに幼い子供に対するアランの疑問は当然のものだろう。ステラに目線で「話してもいいよな?」といった合図を送ってから答えたのはリッキーだった。


「この子はギャス君殿下の義理の息子なんです。物心がついたときには親がいなくなっていて、ギャス君殿下が面倒を見ていました。今回、王から直接捜索の命令を下されたのもこの子です」

「我々は護衛や道案内などのサポート用のメンバーに過ぎぬでござるよ」


 旨味之介の言葉に各々が頷いた。


「なるほど、事情は概ね理解した。しかし、申し訳ないのだが今のところ私の方では何もわからない。何せ昨日噂で聞いて知ったばかりなのでな。王子がいなくなったとき、現場にいた者は?」


 アランの問いに、ステラ、リッキー、旨味之介が手を挙げた。

 それから三人はその時の状況を覚えている限り詳細に説明した。ところどころでアランからの質問もあり、その後にリッケンベルクシュタインとキャンディからの補足も行った。


「ふむ。相変わらずわからないことが多いが……特に気になるのは二点。まずは『闇の民』の狙いだな。王子と建物以外、つまり人的な被害がほとんど見られないというのはおかしな話だ」


 この被害に関しての話は後日の調査によって判明していた。もちろんゼロというわけではないが。しかも、ステラたちが見た『光』が発生すると同時に、『闇の民』は綺麗に全員が跡形もなく撤退してしまっていたのだ。


「その点に関しては出発前にも王都で議論されていたでござる。『光の勇者』と呼ばれたギャス君王子を消すというのは戦力的な面でも『光の民』には痛手でござるが、それならば他にも消すべき人物はあの場にいたはずでござるからな」

「王様も気絶させられただけだった、って聞いてる」


 オタク忍者の説明にステラが補足を加えた。


「その通りだな。それともう一つは結界だ。アルミナには複数の神官が交代で一日中張っている結界があったはずだが……『闇の民』はどのようにして結界を破ったのだ?やつらの方にも強力な使い手がいたようだが、それすらも想定していたがために複数人で結界を張っていたのだろう」


 アランは一応疑問の体で一行に問いかけたが、既に一つの仮説を組み立てているようだ。そして同じ考えをうっすらと持っていたキャンディが、それを恐る恐る口にした。


「『光の民』の中に『闇の民』と通じている人がいるんじゃないかしら……」


 ステラたちの間に緊張が走った。


「そう考えるのが自然だろうな。そしてその考えが合っていたとしたら、その者は相当な手練れだ」

「そうね。神官たちは仮にも光魔法のエキスパートよ。相手がどれだけ強かったとしても、お互いに防御と支援に徹すれば妨害されながらも結界を張り続けることはできたはずよ」


  同じ考えを持っていたアランとキャンディの二人は、打ち合わせていたかのように、彼らの仮説の正しさを説明した。


「複数人いれば不意打ちも効かぬでござろうからな……。しかし、そうとなれば一体誰が……」

「問題はそこだな。『裏切り者』がいたところで、該当しそうな人物に全く見当がつかない。それほどに強い者がいればここにいる面々が知らないはずもなかろう。第一、どうやって『闇の民』と連絡を取り合っているのかもわからん」


 オタク忍者とアランの言うことももっともだった。現在の主要な連絡手段は、郵便屋か伝書鳩となっている。どちらを使うにしても、運ぶ側か運んでもらう側が相手の居場所を知っている必要があるのだ。『光の民』に『闇の民』幹部の居城の所在地を知る者がいるという話は聞いたことがなかった。


「ふむ。ここでこれ以上議論してもこの問題は解決しないだろうし、ひとまず置いておこう。それで、もう一つの用件は何かな?」


 アランがそう促すと、今度はリッキーが口を開いた。


「実は、ステラは光以外の属性の魔法が使えないんです。アランさんなら何かご存じかと思いまして……」

「何!?それは本当か!?」


 予想外に強めの反応に、ステラたちは一瞬驚いてしまった。


「本当だよ」

「ええ、使えないことを証明するのは難しいんで、信じてもらうしかないんですけど……」


 ステラの相槌に、リッキーが補足を入れた。

 アランはしばし何事かを考えたあと、口を開いた。


「今日聞かせてもらった件について、少し一人で考えてみたい。もう遅くなってしまったことだし、今日はここまでにしないか?そちらも旅の後で疲れておるだろう。特にそちらの『サムライ』好きの御仁はな」


 外を見ると、空には赤みが差していた。窓から差し込む橙色の明かりを受けながら全員が旨味之介の方を向くと、鼻ちょうちんをつけて眠りこけていた。


「こんな真面目な話してるときに良く寝れるわね……」


 呆れた表情でキャンディがぼやく。


「まあ、このアホはむしろ寝てくれていた方がうるさくなくて話し合いもしやすいでござるよ。起こして宿に向かおうでござる」


 それからステラたちは、アランに紹介してもらった宿に向かった。

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