遭遇!チョリッスバッファロー

「一つ、取り決めをしようではござらぬか」


 そう切り出したのは旨味之介。


「お互い一人称が拙者、語尾がござるではキャラが被るだけではなく、この先何かと困るでござろう。せめて一人称だけでもどちらかが変えようではござらぬか」


ステラたちはアルミナから北西方向に走る街道を、『図書館都市』ソルティア目指して歩いているところだ。

 

 アルミナを取り囲む平原では、春先なこともあってところどころに立つサクラが満開になっていた。他にもたくさんの花々が競い合うように咲いていて、見ているだけで踊るようだった心も、道の左右を森に囲まれた現在地点まで来ると少し落ち着いてしまう。それでも大自然に囲まれた壮大な風景は、初めて外の世界に出てきたステラやペロの心を掴むには充分であった。


「何かと困る、という点には合意するでござるが、すぐに語尾まで変えるのは難しいでござるよ。それならば、旨味之介殿が一人称を『それがし』にすればいいでござろう」


リッケンベルクシュタインの返しに、更に旨味之介が反応する。


「いや、そこは『拙者が変えるでござるよ!』とか言ってくれるところなのではござらぬか?」

「笑止千万、不届き千万、貴殿の言い分他力本願。武士の風上にもおけぬ輩にござる。旨味之介殿は古来より言い伝えられる『言い出しっぺの法則』というものをご存じないのでござるか?」

「あ、それ言っちゃうでござるか?科学的に証明されるわけがないのに、なぜか引き合いに出されると引くに引けなくなる謎の法則・・・『言い出しっぺの法則』。はいはい、わかったでござるよ。拙者がそれがしと名乗ればいいのでござろう?はいはいそれがしそれがし」

「本当に面倒くさい輩にござるな……。何でこんな輩がガルシア殿と知り合いでござったのか……」

 

 その一言を受けて旨味之介の肩がピクっと動いた。


「何でござるか?その『拙者の方がガルシア殿と仲が良いでござるよ』アピール……。せっ……それがしなんてその昔『闇の民』に襲われてピンチだったところを助けてもらったことがあるでござるからな?」


 ガルシアとの関係に妙なこだわりを見せる旨味之介。それに対してリッケンベルクシュタインもなぜかムキになってしまう。


「うわっ……何かまた変なスイッチを押してしまったでござる。それを言えば拙者なんて命を救ってもらったことが二回あるでござるよ」

「せっ……んもお!それがしなんて三回でござるよ?」

「あー、さっきのは嘘でござった。本当は四回命を救ってもらったのでござるよ」

「何情けないことで争ってんのよ……」


 そのやり取りを聞いていたキャンディが呆れ声で言った。

 少し前の方ではステラが「緑がいっぱいですごいね!」と喜びの声をあげながらペロと景色を共有している。そんな二人をリッキーが楽しそうで何より、と言わんばかりの穏やかな表情で見守っていた。


「それより、突然行ってアランって人は大丈夫なのかしら。この中で直接知り合いって人いるの?」

「ああ、それなら心配には及ばんでござるよ。会ったことはないでござるが、拙者が手紙を出しておいたでござる」

「へー、なかなか気が利くじゃない」

 

 アランへ出した手紙の内容を全く知らないキャンディは、不覚にもこのオタク忍者に感心してしまう。


「ま、会って話くらいは聞いてくれるでしょ。それなら安心したわー。あ~あ、早く着かないかな~」

 

 愚痴をこぼしたキャンディに、旨味之介がやれやれといった感じで言った。

 

「全く……だから言ったでござろう?チョリッスチョリッス、と挨拶をしていれば着いたよ~でなければ困ると。それがしが手本を見せるでござる」


 そう言って前を行くステラたちを抜いて先頭に躍り出た旨味之介は、顔を左右交互に振り回して右手を掲げながら、チョリッスチョリッス、と誰にともなく挨拶をばらまいている。ステラとペロはどうしたの?と不思議そうな顔をしていて、リッキーは完全に引いていた。


「チョリッス!チョリッス!」

「はあ……本当に手に負えないでござるな……」

「バカじゃないの?あいつ……」


 と、その時だった。


「「「チョリッス!!!」」」


 突然なぜか三人分の挨拶が聞こえたと思うと、旨味之介の身体が右に吹っ飛び、視界から消えた。


「「えっ!?」」「「はっ!?」」


 さっきまで旨味之介が立っていた場所には、二頭のバッファロー。

 四足歩行の後ろ脚で地面をならし、唸り声をあげてステラたちを威嚇していた。上向きに沿った二本の角からは存在感が溢れ、その力を雄弁に物語っている。

 

「あれは……『チョリッスバッファロー』でござる!ヒトガタではない野生の動物……」


 オタク忍者が説明しようとした時には、既に二頭のバッファローは駆け出していた。


「忍法『水鉄砲』!」

 

 手から出た水が、片方のバッファローに勢いよくかかる。

 突然水をかけられて驚いたバッファローは一瞬だけ両前足をあげてウ~、と声をあげた。

 

「よし!さあ、ここは二手にわかれ……て……」


 振り向くと、既に残りの四人が全員バッファローに追われて来た道を猛ダッシュで引き返していた。みるみるうちに仲間たちの姿が遠ざかっていく。

 後に残されたのは自分と敵と、先ほどのバッファローの突撃で森に突っ込んでのびている哀れなオッサンと。


「……えっ」


 ◇ ◇ ◇


「「「わあああああああああああ!!!!!!」」」


 ステラ、リッキー、ペロ、キャンディはわけもわからずに逃げていた。

 追いかけられたから逃げる、という一種の条件反射のようなものであったが、野生の動物とヒトガタである自分たちでは体力に差がありすぎる。かと言って見た目からしても正面からぶつかったところで勝機は薄そうだ。彼らの判断は順当と言えるだろう。

 『チョリッスバッファロー』はただのバッファローとほとんど変わらない。かつての『ニンゲン』の挨拶の一種として現在まで伝えられている『チョリッス』という言葉を激突の瞬間に発することで、突撃の威力を高める。その威力は油断ならぬもので、生身で受ければ命の危険もあると言われている。


「で、これどうすんのよ!?」

「たしかにこのまま逃げ切るのは無理だしな……!」

「はあ……はあ……わっ!」


 足がもつれ、ステラが転ぶ。


「「ステラ!」」


 ステラの横に立ち、ペロが唸り声をあげて威嚇するも効果はなし。

 バッファローがステラの怯える眼差しを受けながら突撃をかける。


「『火炎玉フレイムボール』!!!」


 キャンディの発声と同時に、強烈なが杖の先から飛び出した。

 バッファローが一瞬怯んだものの、すぐに標的をキャンディに変えて走り出す。

 するとリッキーがキャンディとバッファローの間に割って入り、突進しながら盾を構える。


「『防壁プロテクション』」


 ステラが防御の魔法をリッキーにかけた。

 バッファローとぶつかり合ったリッキーは、盾を構えた体勢のまま少し押されたものの崩れることなく踏みとどまった。本来なら吹っ飛ばされてもおかしくない力の差があるのだが、ステラの光魔法による支援と、敵が助走をつけて勢いが乗り切る前に突進したリッキーの判断力がなせた結果だ。

 しかし、それも時間の問題。踏みとどまったものの、じりじりと押され続けている。


「そのまま時間を稼いで!少しでいいから!」

 

 後ろではキャンディがそんなことを言っている。


「……?よくわかんねえけどわかった!」


 立ち上がったステラが震える手で鞄からナイフを取り出し、バッファローに斬りかかる。同時にペロも足元に噛みつく。が、それに気づいた敵は身体をぐるりと右に回転させて頭でステラを薙ぎ払った。その動きでペロも振りほどかれてしまう。

 もう一度リッキーは盾でバッファローを押さえつける。もはやキャンディを信頼するしかない彼の苦肉の策だった。

 その時だった。


「『その者、幼少より我の隣に住み』」

「は!?まさか詠唱か!?」


 魔法に詠唱は必要ない。更に言えばスキル名の発声すらも必要ない。みんな、何となくかっこいいから、という理由で、いわば趣味でやっているだけなのであった。


「『共に泣き、笑い、思い出をはぐくみ、いつしか友となる……』」

「何やってんだあいつ……うおっ!」


 遂にリッキーも吹き飛ばされて体勢を崩し、バッファローの突撃の餌食になろうとしている。


「『全ては我の宿題をやらせるために』!!!」

「最低じゃねえか!!!」

 

 死の瀬戸際で突っ込むリッキー。


「『隣の田中さん』!!!!!」


 キャンディが杖を向けると、バッファローの左手側で爆発が起きた。まるで大砲から射出された玉のように、敵は巨大な放物線を描いて飛んで行った。


「田中さぁーーーーーん!!!」


 リッキーの叫びが人気のない森にこだまする。しかし、そこに田中さんはいなかった。


 ◇ ◇ ◇


「ふっ!ほっ!はっ!」


 その頃、オタク忍者ことリッケンベルクシュタインは、孤独にチョリッスバッファローと戦っていた。ひらりひらりと、闘牛士のように敵の突撃を避け続ける。

 勢い余ってバッファローが長い距離を突進し、それを避けたオタク忍者との間に距離が空く。オタク忍者の便底眼鏡の淵が光った。


「忍法『火炎手裏剣』!」


 炎を纏った手裏剣が数枚、バッファローに襲いかかる。

 

 野生動物は総じて、魔法に対する耐性がヒトガタに比べてわずかに高い。

 これは、ヒトガタに危険動物として駆除され続けた結果、進化の過程で身に付いたものである。

 

 手裏剣は二枚がバッファローの身体をかすめ、一枚がまともに当たって突き刺さった。しかし、炎があまり効いていないためか、それをものともせずに突撃してくる。勢いはほとんど緩んでいない。


「チョリッス!」

「忍法『身代わりのじゅぶぉっ』!!!」


 突撃を避けれないと判断したオタク忍者は、いつしか文献で読んだ、攻撃が当たったと思ったら丸太でした、というアレをやろうとしたのだが、ぶっつけ本番だったので上手くいくわけがなかった。旨味之介がのびているのとは逆側の森の中に吹っ飛ばされる。


「ぐっ……」


 バッファローの突撃をまともに食らったオタク忍者は動けなくなってしまった。


(もはやこれまでか……って言っておけば大体お約束的に助かるような気がするでござるよ……)


 その想いが叶ったのか、バッファローの背後から声がする。


「『居合スラッシュ』」


 かまいたちがバッファローに直撃。

 余程効き目があったのか、バッファローはいななくと猛ダッシュで走り去ってしまった。


「大丈夫でござるか?」

「いや、助かったでござるよ」


 旨味之介が歩いて来て手を差し出すと、リッケンベルクシュタインがその手を取って立ち上がる。


「実は少し前から意識は戻っていたのでござるが、ピンチの時に出た方がかっこいいかなと思い、貴殿がピンチになるのを待っていたでござるよ」

「それを聞かなければ普通に感謝できたのに、何で言っちゃったでござるか?」


 アルミナ側からは、ステラたちが手を振りながら歩いて戻ってきていた。

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