「魔法を極めし者」アラン

究極悪夢祭り《アルティメットナイトメアフェスティバル》

 とある深い森の中にある、『闇の民』の居城「グランツォーレ川崎」。

 今日も、分譲マンションのような名前を冠した城の一室では、幹部による会議が行われていた。


「クックック……それでは本日も『究極アルティメット悪夢祭ナイトメアフェスティバルり』を始めるか……」


 どうやら会議のタイトルは何でもいいようだ。


「では『トイレの汚水流し』ことねずみのチュー太よ。『光の民』の動向について報告せよ」

「いやいやちょっと待ってくださいよ何ですかその不名誉な二つ名は」

「我が考えたんだけど……ダメかな?」

「可愛く言ってもダメです。しかも適当につけた感じじゃなくて明らかに悪意があるじゃないですか。怒りますよ?」

「それ言うやつって大体もう怒ってるらしいよ」


 ねずみのチュー太とやりあっているのは、先日ギャス君王子と戦ったグレート村田だった。ねずみのチュー太はため息をついた後、気を取り直して本題に入る。


「ええとですね、現在王都アルミナは事後処理に追われ、てんてこ舞いと言った感じですかね。しばらく動きはなさそうです」

「ふむ……それならそれでよい」

「ですが一点だけ」


 チュー太はピシッと人差し指を立てた。


「ギャス君を捜索するためのパーティーが結成され、既に王都を出た模様です」


 グレート村田が眉をひそめた。


「何?メンバーはわかっているのか?」

「六名いて、その内四名はヒョードル坂口閣下と王城で一戦交えた者たちです。後の二人は見たことも聞いたこともないですね」

「ほう」


 反応したのはグレート村田と箱の上にネコの座ったシルエットを挟んで隣に座っていたヒョードル坂口だ。


「やつらはなかなか見どころがあったぞ。久々に楽しめた。どれ、打って出るならまたワシが出ようか」

「ならん」

「何?では放置しておくのか?」

「我はしばらく動けん。お前にはここの警備にあたってもらう」


 坂口から突然殺気を含む禍々しいオーラが出始めた。場に一気に緊張が走る。


「図に乗るなよ若造が……。ワシの楽しみを邪魔するというのなら、代わりに貴様と遊んでやろうか?」


 さすがにまずいと踏んだのか、村田は説得を試みる。


「今日の晩飯をハンバーグにしよう」

「む」


 ピクッと坂口の身体が揺れた。


「そ、それはチーズが入ってるやつか?」

「……お前が望むならば作らせよう」

「お主の分もくれるのか?」

「なぜ我から奪う必要があるのだ……お前の分だけ二つ作らせよう」

「そこで更にお主がくれたならば三つになるであろうが!なぜそれがわからぬ!」

「わからんのはお前の方だ!我だってチーズインハンバーグ食べたいに決まっているであろうが!!」


 グレート村田の絶叫が静寂に包まれた部屋の空気を揺らす。

 それは壁に反響し、幾重ものこだまを生み出した。


「むう。それもそうか……。取り乱してすまんかった」

「わかれば良いのだ。すまん、続けてくれ」


 二人が落ち着いたところで、ねずみのチュー太が会議を再開する。


「で、では、ギャス君の捜索を妨害するにしても、どなたが行きますか?」

「フフ、しょうがない坊やたちね。私が行ってあげましょうか?」


 どこからか艶やかな女性の声が聞こえてきた。


「ムーンライト池谷閣下。よろしいのですか?」

「ええ。私も退屈してたところだしね。それに、坂口が認めるほどの相手なんてどんな坊やたちなのか気になるじゃない?」

「そうか。お主ならばワシのお楽しみを取られることもないだろうし安心じゃな」

「言ってくれるわね。まあいいわ……」


 ヒョードルの舐めてかかった言い草にも、ムーンライト池谷と呼ばれた女性は大した反応も見せなかった。


「ところで・・・敵地に赴くんだもの、私にも二つ名をくださらない?かっこいい自己紹介を華麗に決めてみたいわ」

「皇帝様からいただいた名前はともかく、二つ名は我らが勝手に決めているものであるからな。欲しいなら自分で決めればよかろう」

「あらそう?それじゃあ、『深窓の薔薇姫』なんてどうかしら。私にピッタリじゃない?」

「何を言っておるのやら……深窓という言葉の意味はわかっておるのか?お前にはせいぜい『黄土色の大根おろし』くらいがお似合いであろうが」

「『黄土色の大根おろし』……とっても素敵な二つ名ね。それをいただくわ」

「いただくのか……まあ何でも良い。さっさと行ってこい」


 こうして、今回の会議はお開きとなった。


 ◇ ◇ ◇


 本棚に囲まれた図書館の一角に、その男は佇んでいた。

 建物の天井は高く、壁や床を構成する木々は程よくくすんでいて、年季を感じさせる。部屋の空気を漂う湿った香りが、外の天気を教えてくれていた。

 雨雲によって遮られた陽光は室内に届かず、代わりに今はランプの薄暗い灯りが本棚の影を作っている。

 男は白いフード付きのローブを身に纏っているが、首には「エリ」があり、ローブに収まりきっていない。その「エリ」は服の「襟」ではなく、皮膚の一部となっていた。ローブからちらと見える皮膚には鱗があり、爬虫類を連想させる。


 こと、こと、こと、こと。

 雨が地に落ち弾ける音が部屋に響き渡る中で、足音が静かにゆっくりと、男の元に近づいて来た。


「兄貴、ここにいたのか」


 兄貴と呼ばれた男は、両手で持った書物から視線を外さずに答える。


「バルドか。何だ?まだ交代の時間には早いだろう」

「アルミナで事件があったらしいぜ。『闇の民』が王城に侵入。何とか追い払うも王子が行方知れずだってさ」


 そこで男はようやく書物から顔を上げて弟の方を向いた。


「『光の勇者』が……?ふむ……」

「どう思う?」


 男は正面を向き、顔を上げてつぶやく。


「時代が動くな……」


 すると、魔法をかけたように二人は固まってしまった。

 先に口を開いたのは弟の方だ。


「兄貴……」

「何だ」

「そのセリフ……めちゃめちゃかっこいいな……」

「やめろ」

「俺も使っていいか?『時代が動くな……』」

「やめろと言っているだろう!」

「『時代が動くな……まるで俺の心のように……』」

「アレンジするな!用事がそれだけならもう交代だ!俺は帰るぞ!」


 問答無用だと言わんばかりの勢いで足音をたて、兄の方がその場を後にすると、図書館の扉が開閉する音が帰宅の挨拶の代わりになる。

 去っていく兄の背中を見送りながら、バルドは肩をすくめた。


「『魔法マジックを極めしマスター』アランとしての意見が聞きたかったんだけどな」


アランは、図書館を出ると寄り道をせずに自宅へと向かった。

 昼過ぎだが、辺りは頼りなく薄暗い。街灯のない道は、舗装などはされていないものの、雨のせいで土埃を舞わせることもなく、ただ家々の灯りとフィルターのかかった太陽だけに照らされている。

 天からの恵みは周りを取り囲む雑音ばかりでなく、心のざわめきも全てかき消して、一時の平穏をもたらしてくれた。


 ソルティアという街は、奥にそびえる巨大な図書館を中心として栄えていた。

 その蔵書数はアルミナの図書館のそれすらも遥かに超えており、中にはここでしか閲覧できないような貴重なものも多数存在する。

 その為大陸中から研究者の出入りがあり、この街に住み着いているのも大半は研究者とその家族、それらの人々にものを売るための商人という構成だ。

 建物同士の間隔は広くてゆったりとしており、緑も多いために街というよりは村といった風情を漂わせていた。


「アラン先生ー!こんにちは!」

「こんにちは」


 アランは、図書館の館長を務める傍らでたまに学校で魔法を教えていたりもするので、道端でこのように子供から挨拶をされることもある。

 彼はお世辞にも愛想がいいとは言えないが、人と話すのが苦手なだけであって、真面目で面倒見がいいことからも、住民からはそこそこの人望を集めているのであった。


「アラン先生、こんにちは」

「こんにちは」


 次に声を掛けてきたのは、ソルティアの名物でもある「ここで突然のタルト」を売っている、その菓子と同名の商店を経営する年配の女性であった。


「王都にいる親戚から手紙があってね、何でも王城が『闇の民』の襲撃を受けたそうじゃないか」

「ああ、俺もさっき弟から聞いた。ギャス君殿下が行方不明だってな」

「ここは大丈夫なのかねえ」

「大丈夫だ、『闇の民』も馬鹿ではない。わざわざ研究者の多いこの街を選んで襲って来るということはしないだろう。油断は禁物だがな」


 研究者は、少なくとも一般市民以上には魔法を使えるものがほとんどである。科学が発達していないかわりに、生活の至るところで魔法が活躍するこの世界では、何を研究するにしてもある程度魔法に精通していなければならないからだ。


「そうだといいけどねえ……。いざっていう時は頼りにしてるよ、『魔法を極めし者』アラン先生」

「ああ、警戒はしておく。任せてくれ」


 挨拶をして別れると、ほどなくして自宅に着いた。するとちょうど郵便屋が到着したところだった。


「アランさん、郵便です」

「ありがとう。お疲れ様」


 手紙を受け取って自宅に入り、玄関先で手紙を確認する。

 何の変哲もない白い封筒に入っており、のりを使って封がされていた。裏にはミミズののたくったような字で「アラン殿へ」と書かれている。

 封を開けると、一枚の白い紙に似たような字で「今から行くでござる」と書かれていた。


(……誰だ?ござる?)


 自分の名前を書き忘れているので誰だかわからない。「ござる」を使うということは研究者だろう、とアランには推測できたが、それにしては字も汚いし文章も拙く、差出人に心当たりがなかった。


(……何が起ころうとしているのだ……)


 アランは思わず頭を抱える。嫌な予感もするし、ひとまず休もうと自室に向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る