旅立ち

「王城が炎上! yeah」

「王様。お言葉ではございますが、yeahと言っている場合ではないかと存じます」


 ステラとペロ、そしてリッキーの三人は玉座の間に来ていた。

王の隣には宰相のミケネコ、サブレの姿もある。

 ヒョードル坂口との戦闘が終了した後、すぐにステラたちは玉座の間へと入ったが、そこは既にもぬけの殻で、『闇の民』はもちろんのこと、ギャス君やコイちゃんの姿すらなかった。

 直後に駆けつけた神官によって王は眠らされていただけだった事がわかり、目を覚ますなり兵士たちの報告を受けて事の次第を知った王は、その翌日、ステラたちに召集をかけたのである。


「ふむ。すまんすまん、語呂がいいとついな」


 DJ KINGは、的確なツッコミを入れたリッキーに対して謝罪した。


「いえ、私の方こそ出過ぎた真似をいたしました」

「それで王様。王子様はどうなっちゃったの?」


 ギャス君を保護者としているステラにとって、国王はおじいちゃんのようなものだった。周りに人がいる時は体裁もあって敬語を使うが、他にはリッキーとサブレしかいない今はそんな気遣いをする必要はない。


「それが今日君たちを呼び出した理由ニャ。リッキー、ステラ、ペロよ。君たち三人に王子の捜索を頼みたいのニャ」

「捜索・・・ですか」


 リッキーは、説明を求めて聞き返した。


「うむ。あの後ここで調査をしたのじゃが、正直に言って何もわからん。手がかりすら掴めん。息子が消えたとなれば本来はもっと人員を割いて大規模な捜索隊を結成したいところなのじゃが、再度の『闇の民』の襲撃にも備えねばならん。王都に住む民や兵士たちの安全が第一じゃからな」


 王は、父親である前に国王としての責務を果たすという選択をとった。その複雑な胸中を想像することはそう難しいことではないだろう。


「そこで、まずステラとペロの出番じゃ。王子のことを良く知っておるし、何より心配でいてもたっても居られんじゃろうと思ってな。いずれ旅立ってしまうなら、あらかじめこちらで色々手配した方がいいじゃろう」

「王様……ありがとう」

「戦闘経験のほとんどないステラだけだと危険じゃからの、リッキーもついていくと良かろう。そなたならステラと仲が良いし、兵士の中でも下っ端で、抜けても業務にそこまで支障もきたさんしの」

「はっ。仰せのままに」


 王の考えに間違ったところはなく、三人に断る理由はなかった。

 その様子を見たサブレが事務的な口調で説明を始める。


「食料やお金、それと道中の護衛と道案内も兼ねて何名か手配するニャ。ステラのことを良くわかっているということで、田中ガルシア伊藤に適任者を探させているから、これから会いにいくといいニャ。君たちが頼りニャ。どうにか王子の消息を掴んで欲しいニャ」


 ◇ ◇ ◇


 それから数十分後。ステラたちは学院ではなく、ポッポリーナ研究所の中にある『オタク忍者』の研究室に来ていた。


「先生と学校以外で会うのって変な感じだね」

「ええ。まあ、この人たちを学校に入れるわけにはいきませんから……」


 部屋を見回すと、先に到着していたステラの担任教師、田中ガルシア伊藤に加えて、そこには『オタク忍者』ことリッケンベルクシュタインに、事件の時に王城でヒョードル坂口と戦った『ファーストサムライ』無料飯食乃ただめしぐいの旨味之介うまみのすけもいた。ステラにとっては顔見知りだが、学院の生徒たちが見れば何事かと思うだろう。


「それで?なにゆえこれだけしか人数がいないのに思いっきりキャラが被ってるのでござるか?」

「キャラは関係ないでござろう。それに拙者は『ニンジャ』にござるが、貴殿は『サムライ』。被ってはいないでござるよ」

「いやいやそんなもの、歴史文化を知らない一般の方からすれば全部同じでござるからな?世の中にはウインナーもフランクフルトも全部『ソーセージ』にしてしまう人もいるのでござるよ?」

「ウインナーとフランクフルトは全然別物でござろう」

「そこに食いつかないで欲しいでござるよ」

「ござるござるうっせえよオッサンども!」


 リッキーの一声できりのなさそうなやり取りはひとまず中断した。


「それとですね、このパーティーに加わる方が実はもう一人います。もうそろそろ来ると思うのですが……」

「ごっめ~ん!遅刻遅刻ぅ~!」


 ガルシアの言葉を遮ってピンク色をしたウサギが食パンをくわえながら走って部屋に入ってきた。誰ともぶつからなかった。黒いマントを纏ってとんがり帽子をかぶっている。ウサギは、すごい勢いで食パンを飲み込むと右手を挙げて言った。


「会場のみんな、こんばんわ~!アルミナのアイドル、『深紅の魔法使い』ことキャンディちゃんです☆」

「このクソビッチの汚れウサギがキャンディ。本名はオブライエンと言います」

「よろしくな、オブライエン!」

「オブライエンさん、よろしくお願いします!」

「ちょっと!本名で呼ばないでよ!っていうかワザとやってんでしょ!」


 一時はその場にいた誰もが呆気に取られてしまったが、ガルシアの『いじり』で色々と察したらしい。すぐにステラもリッキーも本来の調子を取り戻した。


「彼女は私の元教え子でしてね。まあ何というか、属性を三つも操れる強力な魔法使いなのですが、色々と理由があって、言ってしまえばただのポンコツです」

「ガルシア殿、そこはもうちょっとオブライエンに包むでござるよ」

「オブラートでしょ!何よオブライエンに包むって!」

「まあ魔法が強力なことには違いありませんから。本当にいざとなった時には役に立ってくれますよ」


 ガルシアがそう締めくくると、全員が改めて自己紹介をした。

 リッキーが感想を漏らす。


「しかし、随分と濃いメンツだな」

「そう?僕は楽しそうだなって思ったよ」


 そんな子供らしい教え子の一言に、ガルシアが頬を緩めた。


「私の知り合いで、信頼できる人たちに来ていただきました。腕はたちますし、道中案内役にもなっていただけることと思います。みなさん、私のかわいい教え子をよろしくお願いします」


 ステラ以外の全員が任された、とばかりに頷く。


「それと、食料や金貨などとは別に王様から預かっているものがあります」


 ガルシアは一度部屋から出ると、すぐに戻ってきた。手には巨大な一本のフライドポテトを持っている。ニメートルはあるだろうか。


「聖剣フライドゥ・ポテイトゥです」

「えっ」

「フライドゥ・ポティトゥ」


 フライドポテトは、この時代にはアミューズに存在しない。旨味之介の「えっ」には、様々な問いかけが含まれていた。


「おいしそうだね、ペロ」


 匂いを嗅いだステラがそう言うと、ペロは尻尾を振った。


「あのねステラ君、これはあくまでも聖剣ですから。聖剣。決して食べたりしてはいけませんよ」


 そう注意をうけた後にステラは聖剣を受け取った。熱すぎず冷えすぎずの丁度いい温度だ。


「それではこれで一通りの受け渡しも終わりました。みなさん、ステラ君のことをくれぐれもよろしくお願いしますね。ステラ君、王子様のことが心配なのもわかりますが、自分の身の安全のこともちゃんと考えて行動するのですよ」

「わかった。ありがとう、先生」


 最後まで自分の心配をしてくれる担任教師に感謝するステラ。

 それから田中ガルシア伊藤は別れを告げて去っていった。


 ◇ ◇ ◇


 ガルシアが帰った後。一行は、先ほど有難く頂戴した聖剣を食べながら、今後の予定について話合っていた。


「つってもよ、これからどうする?どこに行けって言われたわけでもねえし、ギャス君殿下に関する手がかりも何もないわけだろ」


 そう切り出したのはリッキー。この中ではステラの次に若いと思われるが、一番常識があるからなのか、早くも仕切り役になってしまっていた。


「それなのでござるが・・・『魔法を極めし者マジックマスター』に会いに行くのがいいと思うでござる」

「『魔法を極めし者マジックマスター』って誰?」


 オタク忍者の提案にステラが首を傾げた。

 それに応えたのはキャンディだった。


「五つの属性全ての魔法が使える人のことよ。本来はね。でも今のところわかってるのはアランって人だけだから、『魔法を極めし者マジックマスター』ってのはその人のあだ名として使われてるわ」

「そうなんだ」


 しかし、魔法についてまだ良くは知らないステラの頭には疑問が浮かんだ。


「あれっ?でも魔法って生まれつき契約してる神様の属性のものしか使えないんじゃなかったの?」

「最初はそうよ。でもその属性を何度も使って熟練度を高めていくと、また一つ別の属性が使えるようになるの。それの繰り返しで五つ全部使えるようになったのが『魔法を極めし者マジックマスター』ってわけね」

「魔法は、自分の頭の中に浮かべたイメージを、神様に手伝ってもらうことで実現する、という形で使われているでござるからな。イメージのしやすさやイメージの伝わりやすさなど、練習することで使いやすくなる部分があるのでござる。それを『熟練度』という言い方をしているのでござるな」


 キャンディの説明に、その存在を忘れられかけていた旨味之介が補足を入れる。


「アラン殿は『魔法を極めし者マジックマスター』として魔法に詳しいのはもちろんのこと、古今東西ありとあらゆる知識をその頭の中に持つことでも有名でござるよ。つまりもの知りということでござるな」

「なるほどな。それならステラの魔法に関することも聞けるし、ギャス君殿下に関する手がかりも得られるかもで一石二鳥だな」

「そういうことでござる」


 脱線しかけていた話をオタク忍者が戻し、リッキーが納得する。


「それで、そのアランさんはどこにいるの?」


「「ここから北西へ……」」


 オタク忍者と旨味之介の声が被る。どうぞ、と忍者が手を差し伸べると、同じアクションでサムライが返す。「早くしろよ」とのツッコミを入れたのはリッキー。

 旨味之介が続きを引き受けた。


「ここから北西へ二日程歩いたところに『図書館都市』ソルティアという街があって、そこに住んでいるはずでござるよ」

「ええ~、遠くない?」

「これぐらいの距離を遠いと言ってどうするでござるか……大陸は広いでござるよ?むしろチョリッスチョリッス、と挨拶をしながら歩いていたらいつの間にか着いてたよーくらいでないと困るでござる」

「誰に挨拶すんのよ……まあいいわ、それじゃソルティアって街に行きましょ」


 話し合いが終わると、六人は立ち上がり、部屋を出た。


こうして、ステラの旅は始まる。

王子のことや、これからどうなるかわからない旅のことなど不安もたくさんあったが、それ以上に知らない世界に足を踏み入れる冒険への期待でステラの胸は一杯になっていた。

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