『ファーストサムライ』VS『ヒトガタ最強』

 中庭へとたどり着いたステラ達の目に飛び込んできたのは、地獄絵図だった。

 玄関ホールよりも苛烈さを増した戦火が、その残酷さを刻み付けるかのように一帯を覆ってしまっている。

 表面を綺麗に削られ、優雅な風景の一部となっていた石畳の廊下は、ところどころが魔法によって黒く焦げ、その上に付いていた天井は支えとなっていた石柱ごと、あちこち崩れ落ちていた。

 花壇は踏み荒らされ、火の手からは何とか生き延びたものの焼け焦げてしまった花が、灰となった仲間たちを悲しそうに見つめている。

 噴水には意識のない者がうつ伏せでもたれかかり、内側を満たす水に血の色を滲ませていた。

 

 王子たちを助けると心に決めたステラは慣れもあり、既に戸惑いや悲しみをその顔から拭い去っていた。凄惨な光景に脇目もふらず、ペロとリッキーと共に三人で中庭を駆けて玉座の間へと向かう。

 

 そして正に目的の場所へと到達しようかという瞬間、玉座の間の前にある少し開けた待機場のようなスペースから、どっしりとした体格のパンダが出てきた。白い道着を着て黒い帯を帯を絞めている。

 

「ホアチャアッ!」

 

 奇妙な発声と共にその男の拳が前に向かって突き出されると、ステラ達は後ろに吹き飛ばされた。

 

「何だ!?」

 

 吹き飛ばされたステラたちに歩み寄る影が、そのリッキーの問いかけには応えず、何やら呟いている。


「フッ……ようやく出番が回ってきたか。このワシにこんな退屈な役目を押し付けるとは……あの若造も偉くなった者よ」

 

 そこで歩みを止めると、男は低く威厳のある声で高らかに自己紹介を始めた。


「『光の民』よ!ワシこそが『闇夜の狂戦士』ヒョードル坂口じゃ!この先は何人たりとも通さん!通りたければワシを倒すことだ!」


 それを聞いたリッキーがハッとしてステラに話しかける。


「おい、ステラ。気づいたか?アイツ……」

「うん」

「名前がめちゃくちゃダサい」

「ええっ……」

「おい!そこ!聞こえておるぞ!」


 ヒョードル坂口は三人をビシっと指さした。

 

「まあいい。さあ!お前たちの戦いを見せてもらうとしよう!退屈な役目をやらされて鬱憤が溜まっておるのでな、できるだけ長く遊ばせてもらえると助かる」


 実は今夜この王城で似たようなやり取りが他にも繰り広げられていたことは、この場にいる誰もが知る由もないのであった。

 

「ほれ!どうした若造ども!そちらが来ないのならばこちらから行くぞ!フハハ!このセリフ、一度でいいから言ってみたかったのだ!」

「ふざけやがって!」


 リッキーが相手の元に走って剣で斬りかかる。しかし。


「ホアアッ!」


 一喝と共に前に突き出した拳の前に魔法陣が現れ、リッキーは刃を相手に到達させる前にまたも吹き飛ばされてしまう。


「わーっ!」


 そしてリッキーと同じタイミングで走り出していたステラも、ナイフで坂口に斬りかかろうとしていた。


「フンッ!」


 今度は素手で物理的に吹き飛ばされ、石柱にぶつかった後、ステラの身体は地面に転がった。


「ガウウッ!」

 

 するといつの間にかヒョードル坂口の腕にペロが噛みついていた。しかし、そのまま後ろの柱に敵の腕ごと叩きつけられ、ペロはギャンッ!と悲鳴を上げてぽとりと力なく床に落ちた。


「ペロ!!!」

「くそっ、こりゃまずいな……」


 リッキーは何とか起き上がるも、片膝をついた状態で座っていて、立ち上がることはできない。ステラもペロも同じく動けないようだ。


「ふん、何だこんなものか。退屈しのぎにもならんではないか。弱い者をいたぶるのは趣味ではないが、これも仕事なのでな。せめて一瞬で楽にしてやろう」


 坂口はリッキーの方へ歩み寄ってから足を止めると、右足を半歩後ろにずらし、右の拳を後ろに下げて「溜め」を作った。突きの体勢だ。

 

「リッキー!!!」


 ステラが叫び、今にも突きが放たれようとしたその時。


「『居合スラッシュ』!!!」


 聞き覚えのない声がスキル名を叫ぶと、リッキーの背後からその頭上を通るように、かまいたちのようなものが飛んできた。


 自分に対して飛んできた魔法に気づいたヒョードルは、リッキーに対して繰り出そうとしていた魔法をのせた突きを、そのかまいたちに対して放った。

この突きは、風の魔法の力を拳にのせて対象にぶつけることで攻防一体の効果を発揮する。

 しかし、それは咄嗟に防御へと目的を変えたためか力が乗り切らず、飛んできたかまいたちを完全に相殺することはできなかった。

 パンダのどっしりとした巨体が攻撃を繰り出した体勢のまま後ろにずり下がる。

 

 急に、どこからか無数の桜の花びらが舞い降りてきた。

 かまいたちが飛んできた方向に注意を向けると、そこにはいかにも武士を連想させるような、着物姿に帯刀をしたオオカミのヒトガタがいた。頭にはちょんまげが乗っている。こちらに背を向けた状態で首だけ背中越しにこちらを振り向いたポーズを決めていて、右手には刀が握られている。

 

「笑止千万、不届き千万。お前のじいちゃん仕事が門番。『ファーストサムライ』無料飯食乃ただめしぐいの旨味之介うまみのすけ、見参!『闇の民』よ、我が刀の錆となるがいい!」

 

「フン、見た目も名前も愉快なやつが来たな」


 お前には言われたくないだろ、と思ったが、リッキーはまだツッコミを入れられる程回復はしていなかった。

 旨味之介は、リッキーの前に歩み出た。


「これ以上この者たちに害を加える気なら我が相手になるでござる」

「ほう……面白い。まだまだ退屈していたところだ。そうしてもらおうではないか!」


 その言葉と同時に、坂口から突きが繰り出される。物理的な突きではなく、拳に魔法を乗せて気を飛ばす飛び道具的な風魔法だ。

 旨味之介はその軌道を読んで避け、足に風魔法をかけて移動速度をあげると一瞬で坂口の懐に潜り込み、刀を横なぎに振った。

 しかし、攻撃は届かない。

 坂口はその巨体に見合わぬ反応速度を見せて右腕で風の防御魔法を展開して刀を防ぐと、そのまま旨味之介の方を振り向いて左手で突きを繰り出した。

 旨味之介は同じく風の防御魔法を展開して応戦するも、坂口の強力な魔法を乗せた突きは、防御を突き破った。旨味之介の身体が吹き飛ぶ。

 

「なかなかやるでござるな……。手加減はできぬでござる」

 

 旨味之介は身体を起こして立ち上がると剣を構えて叫んだ。


「必殺!無料飯ただめし流剣術奥義!『生返事』!」

「『生返事』だと!?」


 坂口の相槌を聞きながら、旨味之介は精神を研ぎ澄ませている。


「一の型!『あ、うん』!!」


 そう叫んで刀を振ると、竜巻が発生してヒョードルを包み込んだ。


「ぐおおおおっ!!!」

「二の型『たしかに』!!」


 旨味之介が左手をかざすと、坂口の下の地面が彼を突き上げるような形で盛り上がり、坂口は宙に舞った。旨味之介がそれを追いかけるように跳びあがった。


「そして三の型!『わかる~!』!!」


 目にも止まらぬ速さで繰り出される斬撃が、ヒョードルに襲い掛かる。

 彼もこの連撃の最中、幾度か防御魔法を展開していたが、全てを防ぐことはできず、遂にダメージを負ってドスン!と地面に落とされた。


 しかし、仰向けに倒れたパンダの巨体は数秒後にむくりと起き上がった。


「今のはなかなか効いたな……」

「ふむ……あれを食らって立った者はお主が五十人目でござるよ」

「そこそこいるのだな」


 手で道着の土を払い、坂口は問うた。


「改めて名を聞こう」

「『ファーストサムライ』無料飯食之旨味之介にござる」

「そうか」


 坂口からそのつぶやきが漏れた瞬間。

 突如玉座の間から光が溢れ出し、中庭全体を覆ってしまった。

 夜闇を裂いて走る閃光はステラたちの視界を一瞬で白く染め上げてしまう。全員腕で目を覆うのに手一杯で、身動きすら取れなくなってしまった。

 何が起きたのかすら理解できないまましばらくすると、ようやく光がなくなり、周囲が夜を取り戻す。

 ステラ達が目を開けると、既に敵の姿はなかった。


「『ファーストサムライ』よ!決着は次に会った時のお楽しみにとっておこう!これも一度言ってみたかったのだ!フハハ!」

 

 声は上空からだった。敵は、仲間を連れて何やら翼の生えた白い巨大な動物に乗っていた。何頭かいて、それら全てに『闇の民』が乗っている。


「それでは『光の民』の諸君!さらばだ!」


 そういって『闇の民』たちが飛び立つと、その姿は瞬く間に闇夜に溶け込んで消えてしまった。

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