『光の勇者』VS『漆黒の鉄仮面』

「何だろう……」


 ステラたちが玄関ホールで戦闘をしていた頃、ギャス君王子は外の騒々しさに目を覚ました。

 昨夜眠る前に余程疲れていたのか、頭がぼうっとしている。


「ギャス君、この音……中庭で何かあったのかな……」


 つられてコイちゃんも目を覚ましたようだ。

 

「行ってみよう」


 中庭に出るため、居室から廊下へ。そして玉座の間へ入ると、そこで二人は驚くべき光景を目の当たりにした。

 

 戦乱の只中にあるMC城において、ここだけが唯一静寂に包まれている。

 入口から玉座にまで至る豪華な赤い絨毯や、壁に数多ある装飾品にも全く損傷はない。

 まるでここだけが外から隔絶された空間であるかのようだ。

 

「父上!」

 

 そこには、倒れて気を失っているDJ KINGの姿があり、ギャス君とDJ KINGの間には見たことのない人物が立っていた。

 ギャス君は直感する。こいつは「敵」であると。

 小柄ではあるが、全身を黒いローブに包み、更にローブとの境界線が曖昧になるほど黒く塗られた鉄仮面で顔を覆っている。

王子は、鉄仮面の男に問いかけた。

 

「父上に何をした?」

 

 敵は、異様な雰囲気を漂わせている。

 歪んだ口元から鋭利な牙を覗かせながら、その敵は答えた。

 

「邪魔だから少し眠ってもらっただけだ。それよりも他人の心配をしていられるなんて随分と余裕だな?『光の勇者』よ」

 

「……」

 

 ギャス君はその煽りにも関心を寄せず、何事かを考えているようだ。 


「お前は……何だ?闇の民なのか?」

 

 黒ずくめの敵はその一言で王子の言わんとすることを察したのか、少し間が空いた。

 

「ふん、それをお前が知る必要はない。どうせここで消えるのだからな」

「何だって?」

「しかし……そうだな。名前ぐらいは教えておいてやろう!」

 

 バッ!とローブから毛で覆われた両手が姿を現す。

 左手を横に広げ、右手を額にかざして天を仰ぎながら敵が己の名を高らかに宣言した。

 

「我が名は『漆黒の鉄仮面』グレート村田だ!覚えておくがよい!ガッハッハッハ!」

「くっ……何てダサい名前なんだ……!」


戦慄が走り、ギャス君は総毛立っている。

 

「ふっ……まあお前らには皇帝様から頂いたこの名前の素晴らしさは理解できまい」

 

 すると皇帝様という名前に反応したのか、村田が背負っているリュックのようなものがガサゴソと動いた。

 それを受けて、村田は身体を上下に動かすことで、リュックのようなものを揺らしながら言う。


「こ、皇帝様……!もう少しのご辛抱を……!おおーよちよち」

「皇帝様?」


 ギャス君が訝し気な視線を送る。

 リュックが静かになると、グレート村田はおほんと咳払いをしてから手をローブの中に戻した。

 

「さて、そろそろ余興の時間は終わりだ。何、心配するな。後ろの女も一緒にこの世から消してやろう」

 

 正直、ギャス君は敵の名前のダサさが気になる上に、リュックの中身の正体も気になってそれどころではなかった。

 しかし、愛する人の震える声が彼の意識を引き戻す。

 

「ギャス君……」


 王子は、背中を向けたまま返事をした。

 

「大丈夫だよ、コイちゃん。君は僕が守る。だからそこで待っていて」

「ううん、違うの。グレート村田って本当にダサいなって……」

「そこかよ……」


 ギャス君の首がカクっと下がる。と同時に、いやそこだけど……とも思う。

 

「おい、その辺にしておけよ。それ以上我が名を愚弄するのなら……怒るぞ」


 黒ずくめの村田は、思わず精神年齢が気になってしまう発言をした。

 ギャス君は様子見と時間稼ぎを兼ねて、それに乗っかることにする。

 

「怒るぞって言うやつって大体既に怒ってるよね」

「怒ってません」


 なぜか敬語になる村田。

 

「いやもうそれ完全に怒ってるやつじゃん」

「くっ……!」


 悔しさのあまりプルプル震え始めるグレート何某。


「我の名ばかりでなく我そのものまで愚弄するとは……よほど我が魔法の餌食になりたいらしいな!」


 王子の時間稼ぎは失敗に終わった。両者共に戦闘態勢に入る。


「『漆黒の鉄仮面』グレート村田!参る!」


開戦の宣言と同時に、敵は魔法を練り始める。闇属性の魔法のようだ。

 ローブから出してかざした右手の前に、禍々しい、黒と紫の混ざった色をした球状のオーラのようなものが発生した。

 それは、見たものの不安と焦燥を吸収するように、段々と大きく膨れ上がっていく。

 

 もちろんギャス君とて黙ってそれを見ている筈もない。

 

「『円卓ナイツ騎士オブラウンド』!」 

 

 スキル名を告げると、ギャス君の頭上に一本ずつ、弧を描くようにして十二本の光の剣が出現した。

 放射線状に、全て外側を向いている。

 

「ふん、それが貴様のユニークスキル……『円卓ナイツ騎士オブラウンド』と言ったか。どれほどのものか見せてもらおう!」

 

「『シールドオブライト』!『ナイブズ小剣オブライト』!」


 光の剣のうち六本がギャス君の左手側に集まって盾の形になる。残りの六本は、ギャス君が右手を上げるのと同時に高く舞い上がり、敵を目掛けて扇形の陣形をとった。

 右手を振り下ろして敵の方に向けると、獲物を捕らえる隼の如く光の剣が空を駆けた。

 そして、今にも標的を串刺しにしようかというその瞬間。

 六本の剣は突然何か固い物にでもぶつかったように弾かれ、バラバラになって地に落ち、消失した。

 

 グレート村田は、空いた左手で魔法の結界を作り出して攻撃を防いでいた。

 

「牽制といったところか?そんなことをしている暇はないぞ!」

 

 先ほどから徐々に巨大化し、自身と同じ大きさにまでなった黒紫の球を目の前にかざす。

 

「『ダークネス砲撃キャノン』!」

 

 球が伸び、絶望の色彩を帯びた闇の柱となってギャス君とコイちゃんに襲いかかる。

 しかしギャス君は最初からこの魔法の威力を警戒していたが為に、牽制程度にしか攻撃に力を割かなかったのだ。

 『円卓の騎士』から派生した『光の剣』と『光の盾』は、十二本の剣うち何本を使って作られるかによって、その攻撃力や防御力が変化するスキルである。


「『完全パーフェクトなるシールドオブライト』!」


 消失してすぐ王子の頭上に復活していた六本の剣が、あらかじめ展開しておいた『光の盾』と融合する。

 一・五倍の大きさに成長した『光の盾』を眼前に構え、ギャス君は防御の態勢をとった。


 激しく衝突する、矛と盾。

 

 軍配は、盾にあがった。

 『闇の砲撃』は、『完全なる光の盾』とぶつかるとそのまま盾にそって広がり、霧散していく。

 場に一瞬の静寂が訪れる。

 

「さすがは勇者……我の『ダークネス砲撃キャノン』を防ぐか」

 

 村田の仮面に隠れた表情が、少しだけ動揺を見せたような気配を察してか、ギャス君は即座に右手を盾の方に向け、そのまま鞘に収まった剣を抜くような動作で頭上に掲げると、盾から分離した光が右手の先端をなぞるように伸びて、最後に一本の大きな剣を形成した。


「『ソードオブライト』!」

 

 頭上に掲げていたギャス君の手が振り下ろされると、剣は敵に向かって勢いよく飛んでいき、それを追いかけるようにギャス君も敵に向かって駆け出す。

 『光の剣』は敵の眼前に到達すると180度反転し、溜めを作った後に敵の頭上から真っすぐに下へ振り下ろす軌道で斬りかかった。

 真横への切り返し。そのまま右肩に向かっての切り上げ。

 流れるように繰り出される斬撃の応酬。

 しかし、意外にも敵は軽やかな身のこなしでステップを踏み、これらを全て躱してみせた。

 防ぐのではなく、避けるという選択肢を採ったのは、魔法では防ぎきれない威力と判断したためか、それとも魔法の温存か。

 そして何度目かのステップを踏み、地面に足をつけた瞬間。

 待っていたとばかりに、グレート村田の死角から回り込むように『光の盾』が飛んできた。

 さすがに回避が間に合わず、吹き飛ぶ村田。

 形勢はギャス君に少しばかり傾いているかの様に見えたが、内心では彼は焦っていた。

 

 敵は強力な魔法を使う。『闇の砲撃』とか言ったスキルもそうだし、『光の小剣』を軽々と防いだ防御魔法から見ても、攻守ともに自らの最大に近い出力で『円卓の騎士』を使わなければ勝てないことは明らかだ。

 『円卓の騎士』はスキル固有の攻撃力や防御力も高く、使い勝手も良い上、ギャス君自体の『勇気』の量も多いので、余程の事がない限りは少々強い相手であっても後れを取るということは滅多にない。

 しかし、目の前の相手は違う。闇の民でもリーダー格に違いない。

 しかも、あれだけの魔法を使いながら息切れもしておらず、まだまだ余裕がありそうだ。

 最初、様子見も兼ねて時間を稼ごうと目論んでいたが、時間が味方をしないのはこちらの方かもしれない。

 実際、先ほどの防御でかなりの体力を削られてしまった。そう何度も同じ攻撃は受けられない。

 おまけに相手がこの城に何をしに来たのか、それがわかっていない。今頃城内はどうなっているのだろう……。あるいは、自分をここに足止めしておくことこそが敵の狙いである可能性も全く否定できない。

 

 思考の末にギャス君が短期決戦に持ち込もうかと決断しかけた時、グレート村田も態勢を直し、起き上がったところだった。

 

「ふっ、そろそろか……」

 

 村田はそう呟くと、左手をギャス君に向けて掲げる。


「『雷撃サンダーボルト』!」


 その宣言と同時に走る稲妻。

 王子はあらかじめ展開しておいた『光の盾』を前に出して防ぐ。

 それを見届けると、村田は悪趣味な笑みをその顔に浮かべて右手をギャス君の奥へと向けた。

 

(しまった!)

 

「『混沌ミスト濃霧オブカオス』!」

 

 ギャス君の奥――――コイちゃんがいる方向へと、禍々しい色をその身に纏った霧が飛んでいく。『光の盾』を飛ばすも間に合わない。

 

「モンテビデオォォォォォォォォォォッ!!!!!!」

 

 コイちゃんは一瞬で霧にその身を覆われてしまい、良くわからない悲鳴を上げながら、その場に倒れ伏せてしまう。

 

「コイちゃん!モンテビデオって何!?食べ物?おいしい!?」

 

 王子は戦闘中であることも忘れ、婚約者の元へと走りながら夢中で質問を重ねていた。モンテビデオとは何か――何よりもそれが気掛かりだった。


 詳細は不明だが、明らかに複数の状態異常がコイちゃんの身を蝕んでいる。

 光属性の魔法は、回復と支援を得意としており、そのスペシャリストであるギャス君なら、もちろんこの状態異常を全て解除することもできる。

 しかし、それは体力を大いに消耗し、この戦いにおいて敗北に限りなく近づくことを意味していた。

戦闘中に体力を消耗すると、『闇の民』が使う闇魔法にかかりやすくなる。闇魔法は相手を状態異常にすることを得意とする魔法だが、何よりも危険なのは『勇気』を奪う魔法だ。『勇気』を奪われると奪われた分だけ魔法の最大威力が落ちて、体力の消耗も激しくなる。

 それでも愛する者が目の前で苦しんでいる光景を目の当たりにして、ギャス君にあれこれと考える余裕などなかった。

 

「『キューピー救済五分間クッキング』」

 

 『光の盾』を展開して警戒しながら自らの体力を大幅に削り、王子は状態異常を複数同時に解除する魔法を使った。

 その間、そんな二人の様子を眺めながら敵は何かの魔法を準備していた。


「皇帝様!お願いします」


 言葉と共に、リュックとグレート村田の腰の左側、ローブの内側にある棒状の何かが強く光りだす。

 そして、鉄仮面の男は口の端を吊り上げ――――

 

「さらばだ、『光の勇者』よ」

 

 ――――終戦を宣言した。

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