朝のフリースタイル

 自宅を出ると、ステラとペロは真っすぐに王城を目指した。

 

王城は、街の中心に立っている。周囲をぐるりと堀で囲まれ、直接歩いて入れるのは南側、学術研究区と居住区のちょうど間にある城門からのみとなっている。

 とはいえ城門をくぐった先は、王城内に比べれば一般市民でも気軽に出入りのできる広場となっており、毎朝ここで行われる、国王DJ KINGによる「朝のフリースタイル」なる催しを始めとして、各種イベントが盛んに行われ、一般市民と王城内に住まう王族や官僚、兵士達とのコミュニケーションの場として機能していた。


「ちょっと遅かったかな。前のほうまではいけそうにないね……」

 

 しょうがないか、とステラはつぶやいた。

 王城前広場は、既に人でごった返している。城門から王城の玄関ホール入口までは石畳の道が続いており、その他のスペースを全て埋めるように、元気な緑色をした芝生の絨毯が敷かれていた。

 玄関ホール入口に向かって右側には、木でできた大きめの舞台が設置してあり、イベントは全てこの舞台を使って行われる。

 

 人混みをかき分けて進む、ということができない気弱なステラは、少しでもステージがよく見える場所を確保しようと、後ろの方をウロウロしていた。

 すると、そこに見知った顔を見つけて、表情がぱっと明るくなる。

 

「リッキー!来てたんだ」

「おう!ステラ。ペロも一緒か。毎日ちゃんと参加しててえらいな」


 ペロは、懸命に尻尾を振って挨拶の代わりにしている。


「王様のフリースタイルをみるのが好きなだけだよ」

「あれそんな面白いか?たしか、『ニンゲン』とかって生き物がいた時代の音楽の一種なんだってな」

 

 と、斜め上に視線を躍らせながらリッキーは言った。

 コグマのリッキーは王宮に使える兵士で、見回り警備や雑務を主な仕事にしており、ステラやペロと顔を合わせることが多かった。

 二人にとって数少ない友達であると同時に、頼れるアニキ分な先輩でもある。

 また、気さくで誰とでも分け隔てなく接することができ、情にも厚いので、兵士たちの中でもそこそこの人気者である。


「おっ、そろそろ始まるんじゃねえか?」

 

 リッキーがステージの方を指さすと、ちょうど司会進行役らしきミケネコのヒトガタが現れ、何か言葉を発しようとしているところだった。

 

「ようマザーファッカー。今日もお前らに我らが王がスペシャルでエキサイティングなライムをお届けになるからありがたく思えニャ」


 「カワイイ!」と、客席から黄色い歓声があがる。どうやら女性を中心にそこそこの人気があるようだ。

 

「おっ、宰相のサブレか」

「今日も語尾にニャがついてるね」

「噂で聞いたんだけど、あれはただのキャラづくりでやってるらしいぜ」

「ええっ……」


 ステラが驚嘆の声をあげる。

 

「そう言われてみればって感じだよな。他のネコのヒトガタはニャーニャー言ってねえし」

「ねえねえリッキー、ところでさ」

「ん?何だ?」

「まざーふぁっかー?ってなに?」

「友達みたいな意味だ」

「へえー」


 ステラが純粋無垢な瞳を向けて聞いてきたので、リッキーは意図せずともスムーズに嘘をついてしまった。


「それじゃあ僕とリッキーはまざーふぁっかーなの?」

「ああ、そうだ。でもなステラ、マザーファッカーって言葉を連呼しちゃだめだ。友達って言葉も使いすぎると薄っぺらくなっちゃうだろ?」


 咄嗟にそんな口上を述べることができたリッキーは、心の中で自画自賛した。

 ステラは「そうかなあ」と、少し腑におちない様子ではあるが、納得して、その言葉の使用を控えることにしたようだ。


「それでは紹介するニャ!我らがワンニャン王国国王、DJ KINGニャ!!」


アナウンスと共にサブレがステージを去ると、王城前広場にいた全ての人々から歓声があがり、ほどなくしてまた別のヒトガタがステージに現れた。

イヌが王冠を頭に載せ、サングラスをかけている。鼻の下には紳士的な髭をたくわえ、右手にはマイクを持ち、左腕を使って肩の上にラジカセを担ぐという、この世界のこの時代においては、極めて異彩を放つ姿をしていた。

DJ KINGはラジカセを足元に置くと、まずマイクテストを始めた。


「ツェ~~ハッ。ツェ~ツェ~……ハッ。ツェ~ハッ。ワン、トゥー……」


 それだけでテストを終えると、次は演説が始まる。


「みんな、今日は来てくれてありがとう。あのさ、俺……生きてて毎日毎日、辛いことばかりで……!周りにあるもの全部、嘘ばっかりでぇ!それでも、それでもぉ!音楽だけは!本物だって信じてるからぁ!……俺と一緒に、この曲を歌って欲しい。最後の曲……『Truth』」

 

 そこまでで演説をおえると、足元にあるラジカセのスイッチを入れた。ラジカセからはいかにもヒップホップの後ろで流れていそうな重低音の効いた音楽が流れ、DJ KINGはそれに合わせてラップをのせ始める。


「お前ら今日も元気か?俺か?俺は便器だ Yeah

俺のテンションは最高潮 一家に一台ハイ!校長」

 

 ハイ!の部分で左手を舞台の上手側に向けると、どこかの学校の校長であろうヒトガタがぽんっと姿を現した。

 校長らしきそれは、どもども、と手を挙げて観客に挨拶をしながら舞台を降りて行った。

 

「お前と交わした約束 果たせず逃げるぜ爆速

 目指すぜ彼方の地平線 目の前を行くのは京成線 yo」


 ラップの歌詞の一部は、ニンゲンが残した遺物の一つ「歌詞カード」から拾って使っているため、国王本人が言葉の意味を理解していないものもある。ただ単に語感が気に入っているだけらしい。

 

「マグナム盗ろうと企む そんなお前が極めたチャクラム

 暴走要因は妄想教員 総合病院でとうとう調印!」

 

 会場に集まった人々は皆、国王のラップに耳を傾けていた。ラジカセから流れている音楽に合わせて体を揺らしている者もいる。

 

「お前が包むワイロは 俺の心のカイロだ!yeah

 俺と一緒に行こうぜ どこまでも高く飛ぼうぜ!」

 

 国王は最後の一節とともに、マイクを空に向かってまっすぐに高く放り投げた。すると、マイクはまるで風の抵抗や重力などといった、あらゆる物理法則をものともせずに全く速度を落とすことのないまま天を駆け昇っていった。同時に、会場の興奮は最高潮に達した。


 「国王!国王!」

 「国王陛下万歳!」


 鳴りやまない国王コール。マイクを放り投げたままの姿勢でかたまっていたDJ KINGは、マイクが空に溶ける頃合いを見計らって、ステージを後にした。しかし、その歓声がやむことはない。


 「国王!国王!ワアアアア!」

 

 国王がステージから去ってしばらくして、歓声が少しずつざわめきにその姿を変えつつあった頃、待っていたかのようにステージに上る、先ほどの国王とは別の影があった。

 ざわめきが、少しだけ静まった。


 「あっ……王子様だ」

 

 ステラがつぶやいた。

 ビーグルのイヌだが、珍しくペロのように四足歩行をしていて、王冠を被りマントをつけている。

 地球で言えば、かわいがるという大義名分のもとにはた迷惑な洋服を着せられた哀れな飼い犬といったところだろうか。

 しかし、その王子と呼ばれた四足歩行の生き物は、言葉を発した。

 

「みなさん、こんにちは。王子ギャス君による、今日の一言のコーナーです」

 

 予定にないプログラムなのか、聴衆は混乱している。お楽しみというよりも、ステージの上で何が起こるのか見届けようといった雰囲気で、自らをギャス君と名乗ったそれに視線を注いでいた。

 彼は、続けてこういった。

 

「酒は飲んでも、おいしいよ」

 

 超絶なドヤ顔である。

 聴衆の混乱は最高潮に達し、あちこちからざわめきが聞こえてきた。全員が落ち着きなく周りを見たり、隣の者と会話を交わしたりしている。

 それを見た王子は、この上なく満足そうな顔をして、ステージを後にしたのだった。


◇ ◇ ◇

 

広場に行く者たちが思い思いに散っていくのを眺めていたステラとペロは、仕事があるのでこのままリッキーと共に王城へ入ることにした。

 

 木製で両開きの扉を開けて中に入ると、まず最初にあるのは玄関ホール。

 上から吊るされたシャンデリアが、大理石で作られた床に煌々とその光を浴びせて反射させ、部屋全体を美しい橙色に染め上げている。

 壁に沿うようにたつ白い石柱は、天井へと至る直前にアーチを描き、部屋の装飾の一端を担っていた。

 玄関ホールの入口から中庭と繋がっている扉の前までは豪華な赤い絨毯が敷かれており、華美に埋め尽くされるその光景は、さながら王国の栄華を物語っているかのようであった。

 

「いつきても綺麗だね」

「ああ。ステラはすぐ仕事にいくのか?」

「うん」


 ステラの主な仕事は、簡単に言えば掃除と雑用だった。王城全体を清掃し、主に王子の身の回りの世話やお使い等をこなす。

 リッキーら下級の兵士の主な仕事は王城の警備なのだが、時には王族やその他の官僚の雑用もやらされるため、ステラやペロと共に仕事をする機会も少なくはないのであった。


「じゃ、俺はこっちだから。またな」

「うん、リッキーもお仕事頑張ってね」


 お互いに元気良く手を振って別れの挨拶を済ませると、ステラは中庭に出た。

 

 玄関ホール出口から奥の玉座の間の扉までは石畳の廊下が続いており、その上には左右に並び立つ石柱に支えられた天井が付いている。

 廊下から見渡すことのできる風景の中には小さな噴水と花壇があり、石と土で構成された世界に彩りを加えていた。

 春の陽気に照らされた花々を愛でながら玉座の間がある方面へと歩いていると、正面から見たことのある顔が歩いてきた。

 先ほどもステージでよくわからない発表をしていた、「王子」と呼ばれていた犬である。

 

「ギャス君王子!こんにちわ!」

「こんにちわ、ステラ。そろそろ来るころかなと思っていたよ。ペロもよく来てくれたね!」

「ワン!」

 

 王子は、名をギャス君=メッチャ=ハミデテル二十三世と言う。。

現在『光の民』最強と謳われており、これまで『闇の民』の襲撃を受けた街や村を幾度なく救ってきたことから、『光の勇者』とも呼ばれていた。

 このギャス君こそがステラとペロの育ての親であり、現在も保護者として時折世話を焼いている。

実際のところステラとペロのこの仕事も、家の手伝いをしてくれた子供たちに対して親がお小遣いをあげているようなものであった。

 ちなみに、フルネームの「ギャス君」以外の部分は特に意味がなく、ギャス君が自分で考えたらしい。そこそこ気に入っているようだ。

 

「今日は私の方にはこれといった予定もないから、先に掃除をお願いしようかな。そしてそれが終わった後で貴様ら二人を『掃除』してやろう……クックック……」

「コイちゃんは今日はいないの?」

「いるよ」

 

 コイちゃんというのは、一般人ではあるがギャス君の幼馴染で、恋人である。

恋愛において身分の格差などを全く気にしないこの世界では王族と平民の結婚は何ら問題がなく、二人は既に婚約済みであり、コイちゃんはステラとペロにとっては姉、あるいは母のようなものだった。

 

「今は部屋に居るから、後で会いに行くといい」

「わかった。じゃあ、お仕事を先に終わらせてくるね」

「ああ、今日も怪我などしないように気を付けるんだよ。無事に帰ってこれたらその時は、私が本当の『掃除』というものがどういうものか教えてやろう……クックック……」

「うん、じゃあ行ってきます」


 そうしてステラとペロは、今日も仕事に精を出す。

 ステラは、こんな毎日が幸せだった。

 どんな過去を持っていても、学校で少し嫌なことがあっても、それを忘れることのできるくらいの楽しい日々。

 平凡だけど、数少ない友人や家族同然の人々と過ごす、忙しくも充実した日々。

 これからも大好きなみんなと一緒に、ずっとずっと、こうして幸せに暮らしていければいいな、と。

 ステラはふと思うのであった。

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