『オタク忍者』リッケンベルクシュタイン
ステラは、たった今まで授業が行われていた自分の教室を出て、職員室へと向かった。職員室は実技棟の二階にある。
呼び出された理由に心当たりはなかったが、別に悪いことはしていないし、ステラとしても魔法のことで先生に聞きたいことがあったので、足取りはそんなに重くない。
職員室前まで来ると、同じく呼び出しを受けたり、授業でわからなかったことを質問しに来た生徒たちとすれ違った。
「失礼します」
ステラは、控えめに挨拶をして職員室に入ると、目当ての人物を探して部屋を見回した。すると奥の方に、机で何やら作業をしている担任教師の姿を認めることができた。
「先生、こんにちは」
その挨拶に、ガルシアはまず首だけで振り返り、それから体ごとステラの方に向き直って返事をした。
「おお、ステラ君。わざわざ呼び出してすみません。何、用と言うほどのことでもないのですが……。最近はどうかな、と思いまして」
教師の問いに、ステラは少し首を傾げた。
「どうかなって?」
「君はよくからかわれたり、いじめられたりしていますから。今も何か困ったりしていないかなと。今日だって魔法実技の授業の際に、モンド君に攻撃魔法を向けられそうになっていたでしょう」
ステラは、すぐに首を振って答える。
「そういえば……さっきはありがとう、先生。でも他には何もないよ」
「んん~~~?本当かね?」
温和で、物事を穏便に済まそうとするステラの性格を知っているガルシアは、今の言葉を疑っているようだ。
「本当だよ。心配しすぎだよ、先生」
「それならいいのですが……。君は優しいからね。それに、あのお方も心配なさっておいでですから。ほら、定期的に君の世話をしたり、様子を見て報告をしたりすればね、コレになるんですよ、コレに。デュフフ」
欲にまみれた中年教師は、そう言いながら親指と人差し指で円を作った。
ステラは呆れながら「はあ……」と返事をする。
「ま、とにかく何か困ったことがあったら私を頼りなさい。君はコレになるから。コレにね。クックック……」
「先生、それあんまり面白くないよ……」
そんなやり取りをしていると、ふと頭の片隅にひっかけていた悩みが改めて浮かび上がってきた。
「そういえば先生。僕ね、魔法が使えないんだ。もちろん光属性のものは使えるんだけど、それ以外で適性のある属性を探しても見つけられなくて……そんなことってあるの?」
ガルシアは、少し間を空けてから顎に手を当てて何やら思案した。
「ふむ……君の言うことですから嘘ではない、というのはわかるのですが……。聞いたことがありませんし、すぐには信じられない話でもありますね」
「でも……」
自分の言っていることが本当か疑われていると感じたのか、ステラの声色が暗くなる。
「ああ、ややこしい言い方をしてすいません。疑っていませんよ。それぐらい聞いたことのない話だということです」
そうですね……とつぶやきながら、ガルシアは顎に手を当て、何やら考え事をしている。
「それでは、先生の知り合いの研究者を紹介しましょう。私はまだ仕事があるので一緒にはいけませんが、紹介状をお渡しします。それをその人に渡せば相談に乗ってもらえると思います」
「え、一人で大丈夫かなあ」
「変な人ではありますけど怖い人ではありませんから。安心してください」
「変な人なんだ……。でもわかった、行ってみる。ありがとう、先生」
それから簡単に別れの挨拶を済ませて、ステラは学校を後にした。
◇ ◇ ◇
数分後、ステラは学院から少し離れたところにある、ポッポリーナ研究所というところに来ていた。
ポッポリーナ研究所は歴史文化の研究、というよりはむしろ、この世界にかつて存在した『ニンゲン』の中の一種に分類される、『ニンジャ』や『サムライ』の研究を主としている。
歴史文化を研究する者の中には『ニンジャ』や『サムライ』の熱狂的なファンが多く、その服装まで真似をする程に力を入れている者もいた。
また、彼らが使用したとされる『剣術』や『忍術』を再現する為に、他の研究者とは方向性が違うものの、魔法の研究も熱心に行っている。
田中ガルシア伊藤が今回ステラに紹介したのも、そんな歴史文化と魔法の専門家の一人だった。
木で造られたポッポリーナ研究所の建物は、学術研究区にあって周囲とは趣の異なる外見をしている。王都の住民からも「味がある」と好評で、散歩のルートとしてこの辺りを通る人もいるくらいだった。
受付に挨拶を済ませた後、階段を上がって通路を進むとすぐに目的の部屋にたどり着く。
部屋の入口には、「男湯」と書かれたのれんがかかっている。
ひとまず中に入ろうとのれんを押してステラが一歩足を踏み入れると、足に何か糸のようなものが引っ掛かり、まず最初に部屋のあちこちに仕掛けられていたらしい火薬がパンパンッ!と鳴った。
「うわっ!」「ひえっ!?」
なぜかステラ以外にも驚きの声があがった。
次に部屋の中央から垂れ下がっていた玉が二つに割れてカラフルなテープと紙吹雪が大量に飛び出し、中から「オタク忍者研究室へようこそ」という小さな垂れ幕が現れた。
「な、何やつでござるか!?曲者!曲者でござるな!?ええい、者ども!出会え出会えーい!!」
誰も出会わなかった。
声のする方向を見ると、何やら黒装束で全身を包み、眼鏡をかけた怪しいヒトガタがいる。
「ご、ごめんなさい!ガルシア先生の紹介で来たんですけど……」
謝罪しながら、ステラは紹介状を手渡した。
「ぬ、ガルシア殿の?……失礼、学院の生徒でござったか。ニンニン」
「ニンニン?」
ようやく落ち着いたらしい怪しい男は、戦闘態勢をといて謝罪する。
「いや、誠に失礼をいたした。拙者友達がおらぬゆえ、来客用にしかけていた歓迎トラップの存在をすっかり忘れていたでござるよ」
「何だか悲しいですねそれ……こちらこそ、突然来てごめんなさい」
「拙者、『オタク忍者』ことリッケンベルクシュタインにござる。それで、本日はどのような用件でござったかな?」
ステラは軽く自己紹介をした後、ここにやってくるまでの経緯を説明した。
「ふむ……たしかに光属性以外の魔法が使えない、というのはヒトガタでは聞いたことのない例でござるが、心当たりがないわけではござらん」
「本当ですか!?」
正直あまり期待していなかったステラは、一瞬で表情を変えた。
「ステラ殿は、『愚かな英雄』の話はご存じでござるか?」
「『愚かな英雄』?いえ、全然……」
聞いたことのない言葉に、ステラは首を傾げる。
「現存の資料によれば、かつて地上を支配したとされる『ニンゲン』の英雄で、世界の危機を救ったとされる人物にござる。しかし、『ニンゲン』はその人物が活躍した時代を最後に記録が途絶えていて、実際に今は滅びている。結局彼は『ニンゲン』を滅亡から救えなかったのではないか、と言われているのでござる」
「それで『愚かな英雄』……それで、その人と魔法の話がどう関係あるの?」
「彼は魔法が使えなかったと言われているのでござるよ」
世界の危機を救った、という話から勝手に「強くて何でもできる」といった人物像を作り上げていたステラは、当然のように驚いた。
「えっ……でも、すごく強かったんですよね?」
「うむ。正確に言えば彼単体では、ということでござる。何でも、彼が愛用していた剣に魔力が宿っていて、その剣を通じて魔法を使っていたと言われているのでござるが……詳しいことはまだ研究されている最中にござる」
「そうなんだ……」
「今の話と関係があるかどうかはわからぬが、ステラ殿も魔力の込められた武器や道具があれば魔法が使えるようになるかもしれぬでござる。ただ、そのようなものは見たことも聞いたこともないのでござるが……」
「そっか。でも、魔法が使えなくてすごく不安だったけど、少しだけ楽になりました。おじさん、ありがとう」
「お、おじさん……」
オタク忍者は心外だ、と言いたげな声を発する。
「オホン。あまり力になれなくて申し訳ないでござるな。また何かわかれば、ガルシア殿を通じて連絡するでござるよ」
それから別れの挨拶をして、ステラは帰宅の途に就いた。
◇ ◇ ◇
外に出ると、肌触りの良い風がすれ違いざまに玄関口からポッポリーナ研究所へと入っていった。
どこまでも広がる青空の下では、道の両脇に生い茂る緑や、満開の花を咲かせたサクラの木々が、鳥たちのさえずりを聞きながら春を謳歌している。
ポッポリーナ研究所を出たステラは、大通りを西に歩き、今いる学術研究区から自宅のある居住区を目指す。
ここアルミナという街は、ワンニャン王国という国の首都であり、世界的にも有数の都市である。シバ大陸では最も栄えていて、大陸のあちらこちらから職も種も様々な人々がひっきりなしに出入りしている。
その中でも特に多いのが冒険者と商人だ。
ここを拠点として大陸各地での開拓、土木建築作業を行う冒険者。
彼らは、それらの仕事に加えてヒトガタにとって危険な動物の討伐や、ここから各地に向かう商人を始めとした民間人の護衛を主な生業としている。
商人は、南にある港町とアルミナを往復している者が多く、海の幸を始めとした食品関係の取引きを中心として生計を立てている。近くに目立って大きな町や村がないということもあり、南方面以外に向かう商人はそこまで数が多くないようだ。
昼過ぎの時間帯ということもあり、街中には人が溢れかえり、道を無数の人々が行きかっていた。
喧騒に包まれた街の風景はさながら中世ヨーロッパの様であり、研究区にある建物の多くは石造りだが、一般市民の住居が建ち並ぶ居住区は木や土で造られているものばかりだった。。
そのため、学術研究区から居住区に入る際に、視界に映る街並みはその姿を一変させる。
風景の主役が石から木へと切り替わり、またしばらく歩くと見慣れたマイホームが見えてきた。
「ただいま!」
ステラがそういって元気良く扉を開けて中に入ると、犬が尻尾を振りながら出迎えてきた。四足歩行をしている。喋れないところを見ると、どうやらヒトガタではないらしい。
「ペロ。いい子にしてた?」
ペロと呼ばれたその犬は、小型のラブラドールレトリバーのような見た目をしている。
ペロは、ステラにとって唯一の家族だ。
二人はアルミナの王城前広場に一緒になって捨てられていたそうで、ほとんど生まれた時からずっと一緒にいるということになる。当然、実の親の顔なんて覚えてもいないどころか、今どこでどうしているのかも、そもそも生きているのかどうかもわからない。
それから育ての親となっている人物から家を与えてもらい、少しばかり援助をしてもらってはいるものの、仕事をして賃金をもらったりしながら、ステラとペロはほとんど二人だけで頑張って暮らしているのであった。
ペロの頭を撫でてから、ステラは部屋の奥へと向かう。
全体的にものが少なく、一言で言えば生活感のない家だ。
奥に寝室のある、木の壁と柱でできた平屋建てだ。床は土を踏み固めてできていて、長方形の部屋の中央には囲炉裏がある。
寝室には木箱に藁を敷き詰めて作られた簡素なベッドと、居間には壁際に長持ちと作業用の簡素な机だけがあった。
出入り口となっている扉の足元には、ペロ用の小さい穴があり、ステラがいない時などはこの穴を使って出入りをしているようだ。
一旦家に帰ってきたものの、あまりゆっくりしている時間はない。ステラは、学院用のバッグを長持ちの上に放り投げて、仕事用のバッグを持つ。
「忘れものは……なし、ペロも大丈夫?」
ペロは、尻尾を振って返事の代わりにした。
この世界では犬は基本的にヒトガタで喋るため、ペロは何も知らない人からは珍しがられたり、気味悪がられたり、あるいは『闇の民』から『勇気』を奪われて獣と化した可哀そうな人とされたり、とにかくいい目では見られないため、普段はステラと一緒に出歩いていない。
しかし、古くからのステラとペロを知っている者が多い王城に行くときなどは、一緒に行くことにしているのだった。
「じゃあ行こっか!午後のフリースタイルに遅れちゃう」
そうして二人は、足早にマイホームを後にした。
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