王立チャロライリスルアチョピョルポ学院
ステラは戸惑っていた。
先生が以前授業の時に言っていた通りであれば、この世界に生きるヒトガタというのは、生まれつき「神」と契約をしているらしい。
そこでいう「神」とは、地、水、火、風、雷、光、闇のうち、光と闇を除く五つの属性のうちいずれかを受け持つ神を指す。
光と闇属性の魔法は、それぞれ「光の民」と「闇の民」であれば誰でも使えるからだ。
そして契約を交わしている神が担当する属性の魔法だけが、人々が最初に使える魔法となる。
つまりステラでも、光属性以外のいずれかの魔法が、今でも使えるはず。理論上はそうなるのだが。
昨日も、宿題になっていたこともあり、必死に適性のある属性を探したのに、とうとう発見できなかったのであった。
「はあ……こんなんじゃまたみんなにバカにされちゃう……どうしよう」
そんな嫌な予感は、すぐさま的中してしまう。
「こんなとこにいたのか。ステラ、お前どの属性が使えるんだ?見せてみろよ」
いじめっ子のモンドだった。よりにもよって、という感じである。
「あ、いや……その……」
「何だよ?ちなみに俺はな、さっきもみんなの前で見せたけど、火だぜ!かっけーだろ!」
手から火を小ぶりに出して示す。
「お前も早く見せろよ!まあいいや、ちょっとお前に向けて魔法出すから防御してみろ」
「えっ……だめだよそんな……」
ステラの抗議も全く意に介さずモンドが攻撃魔法を放とうとした、その時。
「チャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「「!!!!!」」
ビクッ!!と二人揃って跳びあがる。人は本当に驚いた時には声など出ないものだ、という誰かの言葉が自然と思い浮かぶ光景である。
「本当に君はチャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「うわわっ!!!」
声の主が誰なのか、一切確認せずにモンドは慌てて逃げ出した。
ステラは驚きすぎて地面にへたり込んだまま動けなくなってしまっている。
「こらっ!待ちなさい!モンド君!今日という今日はお仕置きチャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「何かそれ無駄に怖いからやめろ!!!」
どうやら攻撃魔法を人に向けて撃ってはいけない、というルールを破った生徒を叱ろうと、ガルシアがこちらに駆けつけてきたようだ。
最初に叫びだした時はモンドの背後にいたのだが、逃げ出した悪ガキを追いかけて行ってしまった。
「ふう……良かった……」
一時的な安堵のため息をついたが、ステラの問題は何一つ解決していなかった。
「光以外の魔法が一つも使えないなんて、聞いたことないよね……。まだ誰にもばれてないし、後で先生にこっそり相談しよう」
そう独白し、空を見上げた。
◇ ◇ ◇
「さて、次はこわいこわ~い『闇の民』についてお勉強していきましょう」
魔法実技の授業が終わって、次に行われているのは歴史文化の授業。
木造の教室が醸し出す雰囲気は、窓から入り込んでくる陽射しと相まって、より一層その温かさを増していた。野外での授業の疲れなどいざ知らず、生徒が揃った教室は喧騒に包まれている。
教室の前方にある教壇には先ほどと同じ、田中ガルシア伊藤なる中年の教師が立っていた。
「既に知っている人もいるかもしれませんが、『闇の民』は危険です。私たち光の民を見るとすぐに襲い掛かってきます、しかもすごく強いです。もし戦ったら、ここにいるみなさんだとすぐに殺されて食べられてしまいます」
「先生!『闇の民』って、どういう見た目をしているの?」
生徒の一人が、元気よく手を挙げて質問をした。
「おっとなかなかいい質問ですねえ。それではせっかくですからここでクイズといきましょう」
一つ咳ばらいをし、少しの間を空けてクイズが始まる。
「デデンッ!『闇の民』は一体どんな見た目をしているのでしょーかっ!?正解者には何と!ジャジャン!」
今着ている白衣のポケットから十円を出して教卓の上に置いた。
「十円を差し上げまーす!」
「安っ!いちまんえんぐらいくれよ!」
どこかから不満が飛んでくる。
「は?一万円?そんなの私が欲しいですよ!」
「うるせえ!やすげっきゅう!」
「こらっ!そんな言葉どこで覚えてくるんですか!正解!」
ガルシアは生徒の元まで歩み寄って、机の上に十円を置いた。
「やった!」
「ふふふ、それはワイロというやつです。先生が安月給なことは黙っておいてくださいね……」
「先生きたないぞ!」
十円をゲットしたのとは別の生徒から苦情が出る。
「何を言いますか。大人はみんな汚い。そしてこのようにワイロを受け取ってみんな大人になっていくんですよ……」
静まり返る教室。
「さ、脱線しすぎてしまいましたね。話を戻しましょう。『闇の民』の見た目について、知ってる人はいますか?」
ガタンッ!
手を挙げながら、一人の生徒が勢いよく立ち上がって言った。
「母さんが言ってた!あいつら、すげーこわい角とか牙が生えてるんだって!爪も俺らよりかなり鋭いって!」
「正解っ!」
正解した生徒の机の上に十円が置かれた。
「やったぜ!」
教室がにわかにざわめいた。『闇の民』の見た目について友人と雑談を交わしているものもいれば、教師が生徒に十円を渡すことの是非について議論しているものもいた。少しだけそれが収まるのを待ってガルシアは続ける。
「それでは次のクイズです。『闇の民』の何が一番怖いのでしょうかっ?」
「はい!牙とかすげー爪とかあるんだろ!殴られたり噛まれたりしたらめっちゃ痛い!」
「道は開かれた……」
ガルシアは教室前方の廊下に繋がる扉を開けた。どうやら不正解なので帰れということらしい。
「違うのかよ!」
「違います」
眼鏡をクイッと掛けなおしながらきっぱりと返答すると、中年教師の表情が突然真面目なものに変わった。
「いいですか、少し長くなりますが大切なことなので良く聞いてください」
生徒たちが黙って聞いているのを確認しつつ、話を続ける。
「『闇の民』は、彼らにしか操れない闇属性の魔法を使います。闇属性の魔法には相手に幻覚を見せたり、呪ったり、色々なものがありますが……。特に恐ろしいのが、『勇気』を奪う魔法です」
ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえてきそうな雰囲気だ。
「先ほどの授業でも少し触れましたが、『勇気』を奪われてその量が減ると、威力が弱い魔法を使っても激しく体力を消耗するようになります。そして、『勇気』がゼロになると……ヒトガタではない、ただの動物になってしまいます」
恐っ!と誰かが漏らした呟きを中心に波紋のように広がる恐怖に煽られ、教室が少しだけ騒がしくなる中、教師は少しだけ含めるような間を持たせて続けた。
「そうですね。とても恐ろしくて忌々しい……憎むべき、我々の敵です」
「先生!『闇の民』を倒すことはできないんですか?」
先ほどとは別の生徒からも質問の手が挙がる。
「もちろん、出来ることならばそうするのが望ましい。しかし、純粋な戦闘となると、残念ながら『闇の民』と比べて我々『光の民』は不利なのです。今は詳しい説明は省力しますが……」
「王子様でもかてないの?王子様ってすごく強いんでしょ?」
不安に駆られ、すがるような眼で生徒に質問を受けるも、これ以上脱線すると収拾がつかないと判断したガルシアは誤魔化すという選択肢を採った。
「さあ、どうですかね。先生はコネで教師になったので、正直に言ってわかりません。詳しいことはもっとすごい人に聞いてください。」
「あんたそれでも教師かよ……」
おほん、と男は誤魔化すように咳ばらいをして続けた。
「それとね、君たちはいつも私のことをガルシアと呼びますが・・・。私の名前は田中ガルシア伊東ですから。私のことは田中先生か伊藤先生と呼んでくださいね」
「結局田中なんですか?伊藤なんですか?」
「質問ばかりしていないで、少しは自分で考えなさい!」
生徒達から失笑が漏れる。
「やかましい!大体ねえ、あなたたちは仮にもこのチャロライリシュルアチョポッ……チャロライリスルアチョピャッ……んもお!」
バシン!と乾いた音が教室の空気を鋭く切り裂く。
田中だか伊藤だかは癇癪をおこして教科書を机に叩きつけた。
「えー失礼しました。今のは忘れてください。それでは、今日の授業はここまでにします」
タイミングよくゴーン、ゴーン、と王城からベルの音が聞こえてきた。
この学院での授業は、基本的には4限目までであり、それが終わるとすぐに生徒たちは解放される。
にわかに騒がしくなる教室の中で、教壇から降りたガルシアは、教室の後方へと歩いていく。
そして、一人の生徒に声をかけた。
「ステラ君、後で職員室まで来てください」
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