王城が炎上!yeah!
血祭りの討議(ブラッディカーニバルディスカッション)
深い森の中、宵闇に紛れてその姿を隠すように、その城はあった。
周囲を取り巻く森を住処とする生命たちの囁きも、雨によって覆われ、息を潜めている。
樹々に滴る水滴が葉を重くし、天から降り注ぐ弾丸が地面を撃つ音に、動物たちの声はかき消されてしまう。
城の一室では、会議のようなものが行われているのか、大きな円卓を囲むように人が座っている。
月明かりは届かず、時折姿を見せる霹靂だけがそれらのシルエットを浮かび上がらせていた。
本来ならば松明や蝋燭等の灯があっても良いのだが、誰も灯そうとすらしていない。
「クックック……それではそろそろ『
円卓の、部屋の奥側に向かって中心には何やらネコが箱の上に座っているような影があり、その隣からそんな声が聞こえた。
「宰相大臣閣下、よろしいでしょうか」
「うむ、暗すぎて誰だかわからんが申してみよ」
「ねずみのチュー太です」
「名前だっさ」
「放っといてください!……それで、なぜ明かりをつけないのですか?」
ねずみのチュー太と名乗りをあげた者が席を立ってそんな問いを投げかけると、室内がにわかにざわめいた。
「たしかに」「暗い」「何も見えない」等といった言葉を中心として、「わかってないな……」と嘆息する声もわずかながらに聞こえる。
「それは何というか……雰囲気作りだ。ほら、こういうのは暗い中でやった方がかっこいいであろう」
「はあ」
宰相大臣閣下と呼ばれた者にそういわれ、納得せざるを得ない質問者はしかし、細やかな抵抗を試みることにした。
「でもせめて、一つくらい明かりをつけませんか?このままでは私、この後に着席する際もちゃんとできるか不安です」
「ならん。お前も我ら『闇の民』の一員ならば、完全なる闇の中での着席を成功させてみせよ」
「わかりました」
何一つわかっていない顔でそう頷いたのだが、この月明かりすらない部屋でそれを知るものはいなかった。
――――ガタガタッ!ガタンッ!ギギーッ!バタンッ!
宰相大臣は、誰かが椅子に座りそこねてずっこけ、巻き添えに椅子も倒してしまった音を聞きながら続ける。
「それでは本題に入るが……遂に、ヤツが動き出した」
一瞬にして場が静まり返る。雨音だけが耳に響く中、どこからかまた別の声が聞こえてくる。
「本当にあの坊やが……?フフフ、それじゃあいよいよ始まるのね」
「準備はできてるんスか?」
「ああ。もうアレの手配も皇帝様に済ませていただいた」
「戦い……それは鯉。いや鯛……」
それぞれ特徴的な声と喋り方によるやり取りが飛び交う。
「ちゃんと手順の確認はしてあるのかい?こういった計画はスマートにやらないとモテないぜ?」
その声だけは、どこから響いているのかよくわからなかった。
宰相大臣の声がそれに応える。
「そういったことはチュー太の担当であろう」
「はい、基本的には最初にお配りした『サルでもわかる計画書』の通りです。向こう側での細かい手順などはヤツに一任してあります。しかしそれも概要を聞いた感じでは問題ないかと。何より、失敗しても我々は引き返せばいいだけですから」
「なに?サルでもわかるだと?それはサルをバカにしておるのか?」
「そこに食いつかれても困るのですが……」
「おい、そろそろいいか」
次に言葉を挟んだのは、低く威厳があり、壮健な初老の男性を想起させるような声色。
「ワシの名前もしっかり計画書の出撃メンバーの中に入っているようで何よりだ。それで、ワシはどんなやつと戦えるのだ?」
「お前は我の邪魔をしようとする侵入者を排除してもらう」
「……」
まるで負のオーラが溢れ出るかのように、部屋の空間が急速に殺気を帯びる。
宰相大臣が慌てて弁明をする。
「おい、待て。まさか不満なのか。しかしこの任務はやってもらうぞ。それにな、戦場をかいくぐってあそこまでたどり着くということはだ。お前好みのやつと戦えるかもしれないであろう」
殺気が消える。何とか場は収まったようだ。
「……まあ良い。だがあまり調子に乗るなよ、若造」
そうして会議は終わり、夜は更けていくのであった。
◇ ◇ ◇
「はい、それでは魔法の授業を始めます」
ここは、王立チャロライリシュルアチョピョルポ学院。
まばらに雲の浮かぶ青空の下、春の穏やかな陽光に照らされたグラウンドでは、太陽から元気を分け与えられた生徒たちが、体育座りをしたまま忙しなくお喋りをしていた。
田中ガルシア伊藤は、授業開始の一言ともに子供たちが静まり、全員の視線がしっかりと自分に集まっているのを確認すると、説明を始める。
「今日はこれから魔法の練習をしてもらいます。その前に、まずは注意事項と、先週までのおさらいも兼ねてお手本を示します。えー、それでは・・・」
そう言いながら吟味する視線を生徒たちに寄越す。数名が頑張ってそっぽを向いている。
「ではモンド君、前に来てください」
「えーっ。まじかよ~」
指名を受けて立ちあがったのは悪ガキでクラスの男子のリーダー格、モンド。
目立ちたがり屋な性格からして、ぼやきに反して級友たちの前に出ることにまんざらでもない様子だ。
ゆっくりと歩いて来て教師の隣に並ぶ。
「で、何すりゃいいんだよ?」
「モンド君」
「おう」
「君……最近ちょっと太りましたよね」
「えっ……まじで?」
「はい。まじです。君たちを日頃よくみている先生の言うことですから、間違いはありません」
「う~ん、そう言われてみればそうかもなあ。だいえっとでもするかあ」
「肉ばっかりではなく野菜も食べて、食べすぎにも気を付けましょうね。それでは戻ってください」
「何のために呼んだんだよ!わざわざ前まで来させる必要ないだろ!」
一歩踏み出してからのノリツッコミであった。
「えっ……モンド君、君はさっき渋々といった感じで前に出てきたように見えましたが……。まさか、戻りたくない?アピールしたい人がいる?そしてそれはこのクラスの……おやおや?」
モンドの周囲をちょこまかとおちょくる感じで動きながら、言葉でも煽るガルシア。
普段モンドにいじめられている者ばかりか、彼の手下まで笑いを堪えて俯き、プルプルと震えていた。
「くっ……いいからさっさと授業をやれよ!注意事項?があるんだろ!魔法を使うんだろ!お手本を見せろよ!」
「君に必要なのは、魔法のお手本ではなく……恋のお手本なのでは?」
「やかましいわ!うまいこと言ったみたいな顔やめろ!」
「やれやれ……モンド君は困った子ですねえ……よろしい、それでは少し説明しながらお手本を見せましょう」
「困ってるのはこっちだよ……」
悔しさと恥ずかしさで顔を赤くしているモンドから視線を外して、ガルシアは生徒たちの方を向き、真面目な表情に戻った。
「魔法は、自分の適性に合った魔法を使います。正確には光属性以外ですと、最初は適正のある属性の魔法しか使えません。そこで、宿題として自分の適性のある属性を探すように言ってありましたね。皆さん、ちゃんと宿題はやってきましたか?」
はーい、と元気よく生徒たちから手があがる。ガルシアは満足そうな表情で頷いた。
「よろしい。ではモンド君、こんな感じで」
と言いながら手をかかげると、モンドに向かって少し強めの風が吹いた。
「私に攻撃魔法を使ってみてください。ただし、威力を抑えて、です。これは絶対に守ってください」
その言葉に、相手の弱みを見つけたかのような笑みを浮かべる悪ガキ。
「何だよ先生、俺の魔法が怖いのか?」
「ふふ……それもありますよ。ですが、第一に危険だからです。私ではなく、君がね」
生徒たちは怪訝な表情を浮かべた。
「魔法の最大威力はすなわち、精神力である『勇気』の総量にひとしい。そして、最大威力に近い威力で魔法を使うほど、体力を激しく消耗します。つまり、自分が使える限りで一番の強さの魔法を数発撃ってしまうと、すぐに体力が尽きて動けなくなってしまうということですね」
怪訝な表情が、驚きや納得のそれに変わっていく。声を抑えて隣の者と会話をしている者もちらほらいるようだ。
「体力が尽きてなお魔法を使うと命の危険がありますからね。これは回復魔法にも言えることです。とにかく魔法の使い過ぎは禁物。これは絶対に忘れないでください」
はーい、と生徒たちから元気の良い返事が来た。
「あと、攻撃魔法は普段は使ってはいけませんよ。人に向けるなんてもってのほかです。君たちの年頃の子は魔法を覚えるとすぐに使いたがりますから、安全の為にはむしろ早いうちから教えておいた方がいいということもあり、この場では使用を許可しますがね。とにかくこの機会にたくさん練習して、自分自身のためにも、正しい魔法の使い方を早く覚えましょうね」
「それで先生。俺の出番まだ?」
一通り注意をすませたところで、前に立たされたままですっかり待ちくたびれていたモンドから不満が漏れた。
「お待たせしてしまいましたね。それでは私に攻撃魔法をどうぞ」
「よーーーっし……」
モンドは数歩下がってガルシアから距離を取り、自分の手を目の前にかざす。
「えっと、魔法をイメージするだけ、だったよな……こうか?」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、発生音と共に、かざした手の前に魔法陣と小さな火の玉が出現し、前方に飛んで行った。
「先生!危ない!」
どこからが叫び声が聞こえる。
「『風の盾』」
そうガルシアは落ち着いた様子で宣言し、彼の前に同じく発生音と共に魔法陣が出現したものの、何も起こらない。
正に火の玉が中年教師を燃やそうとしたその時。
それは、見えない壁のようなものにぶつかって広がり、消えてしまった。
「ふむ。ちょっと今のモンド君にしては威力が高かった気もします。それではすぐに疲れてしまいますから、もう少し加減してみましょう」
魔法を撃ったばかりの悪ガキは、言われてみれば肩で息をしていた。
「それでは皆さん、今のような感じで、各自自由に魔法の練習をしてください。わからないことがあったら先生に聞くように。その辺りの壁など石造りの頑丈なものなら的にしても構いません。ですがくれぐれも!人には向けて撃たないように!いいですね!それでは始めてください」
待ってましたとばかりに一斉に散らばる生徒たち。
それぞれが思い思いに魔法を繰り出し、ある者は目を輝かせ、ある者は怪我をしないかおそるおそるといった様子で練習している。
属性も様々だ。手からチョロっと火を噴く者もいれば、足元に小さい水たまりを作っている者もいる。
風でガルシアの髪の毛を吹き飛ばそうとしている者もいた。
そんな中、グラウンドの隅の方で居心地悪げに俯き、困った表情を浮かべる影が一つ。
雑巾に目と口がつき、それに身体がついている、としか表現できないような、何とも言えない見た目をしている。
「魔法が、出ない……」
自らの身に起きたトラブルの詳細をボソリとつぶやいたこの珍妙な生き物は、名をステラと言った。
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