5章1節:暴走者と第三勢力
ディードは勢いに任せ啖呵を切ったものの、正直状況はあまり芳しくはなかった。
幾度か放たれた魔矢は、彼が貼る壁を全て無効化し結局、攻撃を避ける羽目になっていた。試した枚数で言えば現状15枚が難なく無効化され貫かれている。
威力も落ちている様子は微塵もない。不幸中の幸いと言えば魔矢自体の威力は低い点。
そして、尤も厄介な点が"別"にある。
アリスはディードの壁と空雪を足場にし、縮地を駆使して高速で駆け上がる。フェイントを挟みつつ、暴走する上空で位置取っているミリーの背後を取った。
鞘に収めた状態で左手に刀を帯刀、鞘から抜き放つ動作で敵に1撃を食らわせ再び鞘に収める動作を行う。場合によっては追撃を行い二太刀目も行い仕留めに行く「居合」と彼女が呼ぶ攻撃なのだが、これを背後から仕掛けるも、刃が走り抜けた箇所で1筋の火花が飛び散り、浅い傷しかつかなかった。
振り返りざまに振られた腕を避け、彼女は距離を取る。
これが厄介な点の1つである。暴走し肉体が変質しているようで、見た目は柔らかそうな皮膚は非常に固くなっていた。そして、アリスの話によると背中から生える羽、3本目の腕には魔法無効化の効果が常にエンチャントされており、この部位は触れるだけで魔力による攻撃は全て無効化されてしまう。
大抵の奴がまともに相手取った場合、為す術もなく蹂躙されるには合点がいく状態であった。
今回は更に敵が別にいる。
突然リザ之助達の周囲に張っている壁が破壊され、ディードは後を振り向く。
そこにはあの夜、森で彼を襲ってきたグールの男の姿があった。壁を破壊し、ディードが気がつくのを確認するとスラの攻撃を避けながら後退し、姿を消す。
この瞬間ディードに僅かな隙が出来ていた。そして、異形の少女はこの時を見逃さなかった。
瞬時に弓を引き魔矢を放つ。
彼の周囲に張り巡らせていた壁に接触し無効化され消される瞬間に、ソレの接近に気がついた。咄嗟に半身に逸らすが、完全に避けきる事が出来ず肩に魔矢が掠った。
『兄さん!?』
「大丈夫だ」
気を散らし、アレに攻撃させ頃合いを見て攻撃する腹積もりなのだろう。アレをぶつけに来たのはより効果的にするためと見てまず間違いない。あのようにヒットアンドアウェイを続ければ、目の前で抵抗する者を"優先して"動いている節のある暴走体から攻撃を受ける確率は減る。おかげでリザ之助達も攻撃をほとんど受けていない点では不幸中の幸いとも取れる分けだが。
そして、未だ姿を現さない者の存在。
この状況は非常にやりにくい。というのが彼の正直な意見だった。
「さて、アリスどっちを先に殺る? もしくはこのまま耐えるか?」
破壊された壁を生成しながら通信を飛ばす。
『どっちもどっちだけど、耐えるのはダメ』
「ま、御尤もで」
ディードは半壊した民家の影に隠れ様子を伺い始め、アリスは放たれた魔矢を避けながら、ディードが予め張っている壁を利用し縦横無尽に動きまわり攻撃をし、撹乱を始めた。
耐える方向で行く事もできない事もない。あの様子を見る限り、ミリーと呼ばれる女性の暴走体は非常に魔力効率が悪い可能性が高い。つまり、魔力切れが非常に早いと予測出来る。だが、そうなってしまった場合、標的が数は居るが一番隙があり実力が劣るリザ之助達に変わる可能性が高い。いや、変わるのではなく、第3者によって"変えられる"と言った方が正しいか。
どちらにせを、スラが居るとはいえ守り切るのはかなり辛く、更に防衛手段が無効化される現状では耐える方向で行く場合、ほぼ確実に犠牲が出る。
「んじゃまぁとりあえず、うざったいグールからだな。スラ、奴をおびき出して一気に殺し切る。一応、準備宜しく」
『えーっと、了解って言ってるギャ。あ、"マーキング"はどうするかとも』
「必要な時に合図する。コレは野朗は知らない手だからな」
故に虚を突くには最適の一手であった。
ディードはミリーの周囲及び、リザ之助達の周囲に適当な位置にデタラメに壁を発生させる。
これは防衛手段のためではなく、アリスの足場としてが主な役割だった。
そして、グールの襲撃箇所の制限。1当てし此方の気を散らし引く現状、無理に壁を破壊してまで近づかないと踏んでの事。
もし割ってきたとしても、進行ルートは割れこれはこれで対処が容易になる。
──俺が出来るのはお膳立てだけ。迅速に対処するためとはいえ、なんもかんもアリスに投げる形か。あーあ、格好悪りぃ。
「・・・・・・アリス。仕掛けるぞ」
『了解』
◇
接触から10分前。
草原の道を歩いている集団がいた。
クロード、リリーシャス。そしてミラにひっつき頬ずりをしているアレシア。現在シャローネは1人離れ周囲警戒及び偵察に出ていた。
「ぐへへ~良いではないか~良いではないか~」
「だ、ダメですって! これ以上は!」
「・・・・・・はぁ、もう」
今朝から、アレシアはリリーシャスではなく、ミラにのみ構っていた。リリーシャスからすれば楽ではあるはずなのだが、見てはいられず、これはこれで疲れる状況だった。
べったりと彼女にひっついていたアレシアを引き剥がす。
「とっと、ほほう? リリーちゃん、寂しくて私に構われたいと見た」
手をワキワキさせながら、今度はリリーシャスを標的に変える。
「違いますわよ」
至極当然のようにディヴァインの砲門を向けると、彼女はゆっくりと遠のく。
「あはは、冗談だってー。それはそうとふと思ったんだけど、君達って大物の武器多いよね。ミラちゃんなんて身の丈ほどあるし、さ」
盗むようにして、彼女手からランスを掠め取ると「お姉ちゃんが持ってしんぜよう」と続ける。
「あ、返して下さいー! 警戒しとかないとですし!」
「平気平気。君らレーダー役2人も居て、しかもその2人から掻い潜って来る奴なんてほとんどいないしさ。それに・・・・・・」
アレシアはヴァジュランダに魔力を送る。コアは活性化はしなかったが、周囲が淡く光った。
「こうやって、調整出来るしさ~」
「でも返して下さいー! 念には念を入れておけって言われてますのでー!」
そう言いながら、ランスに抱きつく。
「ん、じゃぁしょうがないなぁ」
アレシアが手を離すとコアの周囲から光が消え、ミラはそれを抱きかかえたまま苦笑いを浮かべているクロードの元へ走って行ってしまった。
「あらら、嫌われたかなぁ」
「先輩。何か気になる事でも?」
「うんや~? ただ調整を」
「嘘や方便は要りませんわ」
そう返すと、陽気にしていた彼女は一変し、静かに真面目な顔つきへと変わった。
「あー、そういや君、"ヘインズ家"の所だっけね。・・・・・・私個人の意見だけど、多分あの子暴走するよ。しなくとも半暴走状態が多いはず」
リリーシャスの額にシワが寄り、アレシアは吹き出す様に笑う。
「なーんでそんな事分かるんだって顔、してるね。さっき魔力送って"コアを探ってた"のは分かってると思うけど、あのコアに相当無理が掛かってたのさ。だから、私の魔力をコア内部に潜ませて保険をね。問題はアレ"獄装"ちゃんだから保険がちゃんと機能するか分からないし、そもそも魔力が喰われちゃうかもしれないから全くの無駄になっちゃうかもって所かな」
この話を聴き、以前スカーレットから聞いていたとある話をリリーシャスは思いだす。
「・・・・・・なるほど、その口振りと知識に行動、素性はなんとなく察しがつきましたわ」
恐らく彼女は"ラボ"の人間。しかも、平然とやった行動を考える限り、技術はかなりの物を持っていると見てまず間違いない。そして、聞いていた話の通りならば、彼女はシルフィードの血が入っている。
「で、ミラさんは戦わせない方がいいと?」
「うーん、現状はなんとも言えないかな。心的負担が増えた状態で戦わせたら相当危ないけど、素質は相当高いからちゃんとケア出来れば問題はないと思う。ただ、念には念を入れれ一度徹底的に調べたほうがいいのは確かだね」
すると、遠くで爆発音が聞こえ、シャローネから通信が入った。
『ボク、じゃないよ。多分、先客』
「了解、予定変更はなしでシャローネさんは先行してくださいまし」
そう言いながら、リリーシャスはドラウプニルを起動し浮き上がる。
「アレシアさん、ミラさんの事よろしくお願いしますわ。危なそうなら撤退を優先で」
「ほいきた。まっかせてよ」
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