5章

5章序節:成レノ果テ

 憎い。何もかもが憎い。

 何がどういった理由で憎いのかは分からない。だが、とある女性の心を支配している感情であった。

 何時からだろう。こうなってしまったのは。何時からだろう。色んな人の情景、記憶が浮かぶようになったのは。


 パン屋の人の記憶、戦士の記憶、商人の記憶、貴族の記憶。その断片が"意識が微かにある"時に憎いという感情と共に浮かんでくる。

 ただの日常の記憶の断片、ただの会話の記憶の断片、本来なら微笑ましい記憶の断片。その全てが憎い。


 そして、時間が経つと少しずつ意識が遠のいていく。

 意識がない間は何が起きているのか、何をしているのか分からない。ただ、戻って来た時は魔力がほぼ無く何処かで横たわっている。今回も例外なくそうであり、毎回体が非常に気怠いためただ寝ているだけ、と言う事はないのだろう。


「あァ・・・・・・リンは、逃ゲきレタ、ノかな。・・・・・・アレ?」


 異形の女性は思わず口走った言葉に困惑する。

 リンとは誰だろう? 答えは知らない。

 逃げ切れたとはなんだろう? 答えは分からない。

 これも、記憶の断片なのだろうか? 答えは恐らくそう。

 薄れゆく意識の中、自問自答を繰り返す。


 しかし、その全て考えられる答えに違和感を覚えていた。本当に正解なのだろうか。と。

 そういえば、1つ変な記憶があるのを思いだす。とある貴族の少女の記憶で、かなり特殊な物。


 貴族に生まれ、才能に恵まれ、血統に恵まれ、天使から恩恵を受けた恵まれたと一言で片付けるには奇跡に近い存在。そして、吸血鬼の血が混ざった女性を主とし、次期当主の継承権を捨てた女性の記憶。この記憶の女性だと考えた。だが。


「・・・・・・コレも違ウ」


 リンという女性はもっと身近な存在。そんな気がしていた。

 最終的にとある疑問が更に浮かび上がり、答えが出てこなくなっていた。

 考えるも、答えは出てこない。考えるも、答えは見つからない。考えるも、分からない。

 自然と涙が溢れ、頬を伝う。


「見つけた。が、泣いているのか? 化物の癖に」


 突然男性の掠れた声が聴こえ、ナイフが飛んできた。しかし、無意識のうちに背中から生えている羽でそれを弾き飛ばしていた。


「アレ? ワ、たし、羽、生えテたッケ?」


 そう、呟きながら右手で羽に触れ、答えが見つからない疑問が彼女の中で深まる。

 何か男性が、「もう使えない」だの「もう壊れている」だの「先が短い」だの独り言を言っていたが、彼女は気にもとめず羽を毟りながら疑問の答えを探し考える。


「ワタ・・・・・・シ、はァアアぁあアぁあああ!!!」


 急に叫び、頭を抱え、ブツブツと独り言を呟き始めた。


「っち、あの狂人共に要請なんぞするんじゃなかったな。まぁいい。この状態ならば楽にコアの回収ができる。それを使って交渉といこう」


 木の影から現れた細身の男性は、ナイフを手に持ちながら異形の女性の元に近づいていく。

 だが、突然男性が何かを感じ取り後に大きく跳んだ。


「ワタ、わた・・・・・・オレ、アア・・・・・・我、自分、ボク、はァ」


 ゆっくりと異形の女性が立ち上がり、不気味な笑みを浮かべていた。


「予定変更。いや、予定通りか」


 着地し即座にまた跳び、木の枝に掴まると手に持っていたナイフを投擲する。

 だが、これも羽で弾かれる。


「ワたしは、ボクはだぁれだぁ? お前は誰ダ? 此処ハ何処だ? 分からない。ワカラナイ。何もわからない! ケド、壊す。全てを壊ス。憎い物全てを破壊する。マズハお前ダ。次はスれ違った者全てを、そしテ最後はドクターハルケン貴様ダ。・・・・・・アレ? ドクターハルケンって誰? まァ、いいや。目についた奴を殺セバ、何時か殺せル。ねぇ、そうダよねぇェリン。僕、やり遂げルから・・・・・・!」


 そう独り言を呟く異形の女性の目からは、依然として涙が流れていた。

 彼女は翼を羽ばたかせ、ゆっくりと飛び弓を引く。


「さて、ついてこい化物」


 男はナイフを投擲し、森の中を走り抜けていく。

 しかし、異形の女性はナイフを防ぐ素振りを見せず、皮膚と接触したそれは金属音のような音を奏で、弾かれ落ちていった。

 次の瞬間、矢を放つ。放ったそれは森の中へと消えた後、木が倒れ始める。


「仕損ジた」


 追いつつ高度を下げ、再び弓を引く。すると、目標と女性の間で爆発発生し起き1筋の煙が挙がる。


「目眩まシのつモりか!!!」


 異形の女性は2射目を放ちながらそう叫んだ。

 男は魔矢を避けつつ、木を伝って移動していく。

 爆発と煙には3つの意味があった。まず、奴が言う様に目眩ましの役割。そして次に味方への合図であった。

 複数の魔矢を避け、応戦しながら2つ目の爆弾を起爆させる。

 アレとぶつける相手にも知らせてしまう事になるが、発案者曰く「それでいい」とのこと。


「何を考えているのかわからんが、俺は従い利用するまで」


 男は再び放たれた魔矢を避ける。

 すると、通信機から"向こう"でも動きがあったようだ。何やら相談をしている。


『あぁ? そうさなぁ。こちとらの思惑はなんとなく透けてんだろうし、サクラちゃんに至っては存在が悟られてそうだが・・・・・・予定通り俺っちは一旦潜伏する。クレイドは出来うる限り俺っち好みの戦場に操作してくれ。アドルファスは勝手にうまくやんな』

「わかっている」


 3つ目の爆弾を起爆させ、気配を消し魔力を殺し木の影に姿を隠す。

 最後の理由はコレだ。かち合わせる前に此方の身を隠しやすくするため。爆発と発生する煙でアレはアドルファスの姿を一時的に見失う。そして、見失っている時間は姿を消す事に長けていた彼にとって、隠すには十分すぎる猶予であった。


 案の定姿を見失い、地上に降りて周囲を見渡し始める奴の姿があった。

 だが、直ぐに村の方に首を向け、ケタケタと笑いながら歩いて行く。


『今回の仕事は実に楽しくていい』


 発案者の声が頭に響きため息をつく。


「あんたの予定通りに事は運んだ。約束は忘れるなよ」

『あぁ、ご苦労。露払いは任せろ。クク』

 

◇ 

 

 異形の女性は、見事に捲かれた。と思いつつもそこまで気にはしていなかった。

 なぜなら、別の標的が目の前にいるのだから。

 不気味に笑い、舐めるように目の前の1団を眺めこう言い放つ。


「殺戮ヲ、初めよウ・・・・・・」

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