3章10節:追いし後ろ姿は故人

 彼を背負い、彼の道案内を受け歩き5分程が過ぎていた。

 案内以外の会話も特になく淡々と歩いているだけ。


 当然だと彼女は考えていた、助けるためとはいえ、ああいった事に耐性のない彼の目の前で幾人もの人間と切り伏せたのだから。もう少し配慮するべきだったと後悔しながらも、拒絶されないだけ御の字だとも考えていた。

 彼の家の近くに来ると「降ろして」と言われ降ろし戻ろうとした時、引き止められた。


「あ、えーっと・・・・・・練習メニューの紙破られちゃって」

「またかいて欲しいと?」


 彼はゆっくりと頷く。


「分かった。あー、けど今書くもの何も・・・・・・」

「部屋に来てよ。紙も万年筆もあるし、2階だからすぐ分かるよ!」


 そういうって振り返りスヴェンは走りだす。

 呼び止めようとするがやめ、彼が家の中に入っていく姿を眺めていた。


「ま、いいか」


 彼女は裏に回ると、彼が入っていた家の2階まで壁と空雪を交互に蹴って跳び、開いている窓に腰掛け空を眺める。

 1階では彼の父親とスヴェンの会話が微かに聞こえてくる。内容までは聞き取れないが、争っている様子ではなかった。

 それから少しして、誰かが2階に上がってくるような足音がし、彼の部屋のドアがゆっくりと開いた。


「ごめん! 遅くなっちゃった」

「話してたの、さっきのこと?」


 未だ空を見上げていた。すると、1つの流れ星が眼光に移る。


「違うよ。明後日手伝いするからその話と夕飯」


 彼はドアを閉めながらそう答える。


「そっか。入ってもいい?」


 アリスは振り向き、そう問いかける。


「どうぞ。そもそも来てって言ったの此方だし」


 彼はランプを付け、笑った。


「じゃぁ、お邪魔します」 


 アリスはそう呟き、部屋に入る。

 彼の部屋は物が散乱しているテーブルにベッド、本棚が複数置いてあった。


「本、好きなの?」

「ううん。とーさんが商人の息子なんだから勉強しとけって、そのせいで本が増えてってるだけ」


 彼は笑いながらそういうと、棚から紙と万年筆を取り、テーブルの物をどかせ置く。


「ねぇ、アリスねーちゃん。俺別にアリスねーちゃんの事軽蔑したり、怖がったりしてないよ」 


 いきなりそう言われアリスは内心同様した。

 そのような態度をとったのだろうかと。言動を取ってしまったのだろうかと。

 今回は顔で出てしまったらしく、彼に笑われる。


「図星だね。俺一応、商人の息子だから、何て言っていいのかな。状況と自分の立場を考えて相手がどう考えてるかってのは多少は読める。つもり。勿論顔色とか伺うのも多少はね」

「はぁ、私もまだまだね」


 椅子を引き腰掛けると刀をテーブルに立てかける。

 万年筆を手に取りインクを付け紙に練習時書いた内容と同じ物を書いていく。

 要らぬ心配をしていた。と言うより、平気そうだったスヴェンの様子に倉庫の時点で気がつくべきであった。

 1人で勝手に思いつめて、勝手に距離置かれてるって思って馬鹿みたい。と考えていると、ふととある疑問が頭をよぎる。


「じゃぁ、なんで帰り道ずっと無言だったの?」

「い、いい匂いするなって」


 彼は顔を背ける。


「おい」


 一瞬の間があり2人は笑い始める。


「あ、あまり騒ぐとご両親に聞こえるね」


「平気、なんとか誤魔化すから。例えば猫が迷い込んできたとか。・・・・・・ねぇ、アリスねぇーちゃん」

「ダメ」


 彼女は書き終わった1枚目の紙を横に置きながらそう言った。


「まだ何も言ってないよ」

「ついてくとか言おうとしてたでしょ。だから先に断った」

「危険なのは分かってるし、覚悟もできてる」


 この返しをして来ると言う事は、アリスが考えていた通りついてくるつもりだったのだろう。

 何を思って、何を考えこういった結論に至ったのかは彼女には分からないが、大なり小なり憧れという勘定が含まれているのは見て取れた。

 最初は否定的だったにも関わらず、力量や練習内容を書いてる時の食いつきといい、サボろうと見せかけるようにして探りを入れてきた事といい明白だろう。


「それでもダメ。守る対象が多いと此方まで危険になる」

「俺、強くなるよ」

「一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。これでどうにかなるのは地力がちゃんとしてる人だけ。ステンは全然ないから無理」


 尤も、例外も存在する。例えるならば天才、特に16位のように吐出しているような存在。あの手のやからは特に苦労もせず、ある程度の能力を行使出来る。

 本当に学園の順位は飽くまで"目安"だと言う事を再確認させるような存在である。他にも天才ではないにしろこういった認識を持つ人物は存在する。


「分かった。ついていくのは諦めるよ。後、スヴェンだって」

「む・・・・・・」


 締まらない。と思うも遅く、名前を中々覚えられないのをなんとかしたいとアリスは考えた。


「でも、追いかけるからね。強くなって足手まといだなんて言われないくらいになったら!」

「私は──」

「弟子を取ってないでしょ。そんなの関係ないよ。弟子じゃなくても追いかけて、ついていく」


 アリスの言葉を遮るように言った彼の目は本気だった。

 どうして、此処まで固執するのか彼女には分からなかった。そもそもの話が、だ。


「そもそもこの街守るんじゃなかったの」

「方便。アリスねーちゃんに居てもらって剣教えてもらえるかなって思ったから」

「な、・・・・・・この子は全く」


 彼は街のためだとか、お礼だとかそういうのを全てひっくるめて、自身が剣術を習うための道具、交渉材料として扱ったのだ。

 恐らく、アリスから接触しなければスヴェンから接触するつもりだったのだろう。


「私が変な奴だって可能もあったでしょ」

「それはないって思ってたよ。最初の時わざと峰打ちしてたでしょ。ボスの足切った時だって薬草渡してたし、極力穏便にかつ相手を殺さない範囲で対処したい優しい人かなって」

「前半は大体あってるけど、優しいかどうかはまた別。変な奴でも穏便に、力をある程度見せて済ませたい時はあぁやる」


 最後の1枚を書き終わり、万年筆を置く。


「あれ? そういうものなのか。でも、俺は"大当たり"を引いた。だから、このチャンスを棒に降る気はないし、今一緒に行っちゃいけないなら筋肉なり、動体視力なり付けて、旅に出てアリスねーちゃんを探して一緒にいる。例え弟子になれなくともいい。横で見てたら盗める技術もあるかもしれないし、何より微量だろうけどアリスねーちゃんの力になれる」


 彼の決意は硬そうだった。もう何を言っても聞き入れないだろう。

 アリスは立ち上がると、刀を手に取る。


「だから、だから俺は!」


 そして、彼の元まで歩いて行き、右手で頭を撫でてやる。


「分かったから叫ばない。もし、旅に出るなりして私を見つけたら、弟子入り認めても良い」


 そして、なぜスヴェンを構っていたのか彼女はようやく分かった。


「え、ほんと!?」

「ほんと。二言はない。ただし、辛いうえに身につくか分からないよ」

「大丈夫! なんとかなるって!」


 スヴェンは笑ってそう言った。

 昔の自分と彼を、今の自分と師匠を重ねて見ていたのだ。理由は違えど、境遇が違えど力が欲しい。純粋に剣技を覚えたい。そう言った部分は一緒であった。

 サクラも最初はこんな感じだったのだろうか。あの時、師匠も似た事を思ったのだろうか。そう考えながら窓の元まで歩いて行き、ある事を思い出す。


「あ、ナイフ置いとくね」


 窓の近くにあった物掛けに引っ掛けると飛び降りる。

「ガラじゃないけど、コレはコレでいいかな」

 と彼女は呟き微笑んだ。



 暗い森の中、周囲は人っ子1人いない。当然である。

 野生動物、魔物の気配も感じない。不気味な雰囲気はあるが、静かで居心地が良くもある。

 頭に止まっている小五月蝿い小悪魔がいなければ。


「お腹空いたギャー。ってか道本当に大丈夫だキャ?」

「大丈夫だつってんだろ。後うっせぇぞ」

「だってしょうが無いギャよー。お腹が空いてるんだギャらー」


 飽きず、ずっとこの調子のため呆れ1つのため息を付く。すると、何かを踏み、しゃがみ確認すると人の腕であった。

 薄暗く良くは見えないが、周囲にも複数体の死体が確認出来る。アリスが言っていた追跡者を返り討ちにした所であろう。


「ほれ、道合ってんだろ」


 そう話かけるもギャスからの返答は一向に返ってくる様子がなかった。


「・・・・・・やっぱお前、死体見慣れてないだろ」

「そんな、事はないギャ。でも、見たくない、だけギャ。出来るだけ」


 歯切れの悪い答えに何かあったのだろうと察し、それ以上の追求はしなかった。

 そんな時である。念のために貼っていた壁に何かが飛来し、何かを防いだ。


「ッ! ギャス、しっかり捕まってろ!」

 張る壁の数を増やし、ハルバートを出しながら周囲を確認するが人影はおろか気配すら感じない。


──視界が悪いだけじゃないな。手練の仕業か。


 魔物軍の尖兵かはたまた凄腕の傭兵または暗殺者。考えうる敵は幾つかあったが、どれにせをこの状況のままコテージまで引けるような状態ではなさそうだった。


「ど、どうするギャ!?」

「引きながら対応する。落ちんなよ」

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