1章2節:小五月蝿い小悪魔

 よそ風か心地よい草原に1人の青年が横たわっていた。

 身体はボロボロで、焦げている箇所すら見受けられる。

 ポーチは潰れており、弾けたジュカの実の果実や果汁でベトベトになっていた。無論、此方も食べられた物ではない。

 彼は目を覚ますと唸り声を上げながら体を起こした。


「はぁ・・・・・・最悪だ。スラ生きてるかー?」

「むゅ~・・・・・・」


 返事をし胸元から涙目のスライムが顔が見え、安堵のため息をつく。

 ポーチを投げ捨て、再び横になり2人で空を見上げた。

 あの後、4人組の女とこれらを束ねる男1人、計5人に2時間ほどの間追い掛け回され、ディードもスラも魔力が底を尽きかけており身体も疲労で悲鳴を上げていた。実はもう1人居たのだが、なぜか以降攻撃には参加してこなかった。


 更に家はなくなり、新たに魔物軍と思われる連中にも追われる身という事実が付きつけられ、ついでに今日の夕飯も明日の朝食もダメになった。2時間と少しの間に状況が真逆な状態に陥り、困惑と悲しみが彼を襲っていた。


「折角、2人で静かに暮らしてたのになぁ・・・・・・」

「むゅ~」


 水で文字を書くほど魔力がないのか、スラはため息にも似た鳴き声を発する。


「まぁ、家に関してだけ言えば遅かれ早かれこうなってたろうし、諦めは付くんだがなぁ」


 ゆっくりと流れる雲を眺めていると、急にディードの顔に何かがへばり付き、視界がブラックアウトし思わず飛び起きてしまった。

 顔についていた何かは剥がれ落ち、地面に叩きつけられワンバウンドしてから、横たわる。


 動悸が激しくなっているのが自分でも分かるほどにびっくりしていたらしく、彼は息を切らしていた。

 眉をひそめソレをじっと見つめるとゆっくりと立ち上がろうとしたので、ディードは思わず半透明の壁を生成し奴を抑えこんでいた。


「・・・・・・誰だお前」

「ギャー!!! 痛いギャ! やめるギャ!!!! 小悪魔愛護団体に言いつけてやるギャよ!!」


 小悪魔愛護団体などという聞かない単語が聞こえ表情は更に険しくなっていく。


「痛いギャー! 言いつけるのは嘘だギャ! やめてほしいギャ!! 恩を仇で返してほしくないギャ!」

「恩だぁ?」

「そ、そうだギャ! 誰が助けたと思っているんだギャ!」


 彼は覚えている限りの戦闘中の事を思い出すがこんなちんちくりんの記憶は一切なかった。スラにも伺い水で字を書いてもらうが、知らないという返答が帰ってきただけだった。

 つまり、助けたと言い張るこいつの言い分は、嘘くさいという結論に至ったのだ。


「残念だが知らんな」

「えぇ!? いや、仲間1人死んでるんだけどぉ!? あ、ギャ! 兎にも角にもまずは話を聞いてほしいギャ! なんで追われてるか知りたくないんだギャ!?」


 彼の眉がピクリと動く。


──話、ねぇ。


 ため息と共に壁を消し、再び横になった。

 ちんちくりんの小悪魔はゆっくりと立ち上がると、背中に付いている小さな羽を羽ばたかせ彼の近くまで飛んできた。


「し、死ぬかと思ったギャ・・・・・・」

「で、理由。教えな。ギャス」

「分かってるギャよ。10年前の前魔王様が死んだ直後、その息子であるヴィアン様に魔王の称号が受け継がれたギャ。で、今は表向きヴィアン様主導で魔物軍が動いているギャ。けど幼くして継いだ分けだから、相談役や大臣が支えてる・・・・・・ギャ。此処までなら特に何もないのだけれど、問題が発覚したの。前魔王様家臣は愚か正妻にも隠して外で子作りしちゃってたのね。まぁ、理由はあったっぽいけど。それでその子供は男の子が1人、女の子が1人の計2人。で、その男の子が貴方。つまり命が狙われるのは向こうからしたら、貴方が生きてると都合が悪いからいっそのこと消そうってこと」


 彼の頭は理解を拒んでいた。理解したくなかったのだ。

 それは、完全に面倒くさい奴だからである。

 だからと言って、これが本当に事実ならば理解しなければいけない事柄であり、逃げた所で事実が変わるわけでもない。


「それで? ギャス、お前も俺の命狙ってるのか?」

「狙ってるならもう殺してるわ・・・・・・ギャ。というかギャスって誰ギャ!?」


 小悪魔は頬を膨らませながらディードの上空を時計回りにぐるぐると飛び回る。


「お前だよ、お前」


 と、小悪魔を指差しながら彼はそういった。


「そんな名前じゃないギャ! プッチデビルっていう立派な、立派な! 名前があるギャ!」

「はいはい、ギャスね」


 違うギャー! と、小悪魔は急降下して顔のすぐ上にまで来たが、手で払い除ける。

 今後、ずっと追われる身という立場が揺るがない今、どう行動するか。と彼は考え始める。

 色々と案は浮かぶものの、コレと言って良さそうな手は見つからない。

 すると、スラが魔力で浮かせた水で再び文字を書き始める。

 程なくして書き終わり、ソレを読み終えるとスラを撫でながら起き上がった。


「なぁ、ギャス。お前らの目的はなんだ?」


 書かれた文字は"彼女は敵じゃない"という物。

 確かにアレは"敵ならばもう殺している"と言っていた。だが、それだけで"味方"という分けでもない。立場で言えば中立もあり得る。

 そして、此処で尤も重要なのがスライム種は人、魔物、魔族関係なく"向けられた善意、悪意"をなんとなく感じ取れる時があるらしい。わざわざこう伝えたという事は今回は何処かで善意を感じ取った。という事になる。


「も、目的ギャ? 端的に言うと魔王様・・・・・・貴方の生存ギャ」

「俺の生存?」

「そうだギャ、それだけでストッパーになるギャ。」


 きな臭さを感じディードの眉にシワが寄り、どういうことだ。と、問いかけようとした矢先、遮るようにして「ついてくるギャ」と言って飛び始める。

 一回目線をスラに落とし、目を見合わせ2人で薄く笑うと立ち上がって後追って歩き始めた。



 草原から森に入り歩く事1時間。日が傾き夕方となっていた。

 その間色々と質問をぶつけていたが、有益な情報はほとんど得られていなかった。


 彼が得られた情報といえば、なぜ身元の特定まで至れたのか。仲間の残り人数。今、何処に向かっているのか。ぐらいである。

 最初の質問の答えは今亡き母親から辿ったらしい。それでも情報が少なく酷く難航し、相当な時間を要したとか。

 次はいっぱい。という答えが返って来た。更に言うと今回ついてきているのは4人だけで残りは3人とのこと。

 最後は合流場所の古小屋に向かっているらしい。

 これ以外の事や暴走の事も聞いたがのらりくらりとはぐらかされ、まともな答えが返っては来なかった。


 並行して、ディードとスラは意見のすり合わせも行っていたが、ほぼ同意権でありする必要はあまりなかった。

 強いて言えば、ギャスの猫かぶりの印象に対する差異ぐらいだ。

 更に数分歩き小屋に付いた後中に入るが、誰もおらず、それぞれ種類の違う装備1式が3点と調理器具が1点が置かれているだけだった。

 これがギャスの仲間の物だとしたら、装備もなしで外を歩いている事になる。

 中に入り、腰を下ろした。


「来て、また外に出たみたいだギャね。仕方ない待つだギャよ。それより魔王様、使役してるスライムの名前教えてもらっても良いだギャ?」


「ん? あぁ、スラってんだ。後使役してるわけじゃない。れっきとした家族だ」


 そう言いながら、スラに視線を向けた後、ギャスに視線を戻す。


「家族・・・・・・分かったギャ。使役してるなんて言ってすまなかったギャ」


 それから特に会話もなく、からと言って気まずい空気でもなく、時間が過ぎていった。30分ほど続いた静寂を破ったのは、ディードの腹の虫だった。

 彼は「腹減った」と呟き、再び腹の虫が鳴る。

 それを聞いたギャスは、ため息をつきパタパタと扉の方にゆっくりと飛んでいった。


「何か食べ物探してくるギャ。ちょっと待っててほし────ブッ」


 奴は最後まで言い終わる事なく、突然勢い良く開かれた扉とぶつかりそのまま開ききられ、ドアと壁の隙間へと姿を消した。

 扉を開けた張本人のオークはというと、何食わぬ顔で「プッチ様は戻られておられるか!」と、小屋の中を見渡す。そして、ディードを見つけると両手を広げながら歩み寄り始めた。


「おぉ! ご無事でしたか!」

「あぁ、お前らがあいつの連れか」


 更に後ろから2体の魔物が入ってくる。1体はゴブリン。もう1体はリザードマンだった。

 彼はハグしようとするオークを手で静止させ、立ち上がる。

 見た所、訓練された兵士である。といった印象は受けなかった。いい所傭兵辺りが関の山だろう。

 彼らに悟られるよう、緊急防御出来るように魔力の準備をする。それを察知したのかスラも攻撃の準備を始めていた。

 ぎぃと音を立てながらゆっくりと扉が閉まり、怒りをあらわにしたギャスが現れた。

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