1章1節:遠のく平穏

 魔物軍が前魔王を失って10年がたった。  

 現在になっても戦争は続いている。だが、此処数年両軍共に睨み合いに入り、軍事力強化という流れになってしまっていた。そのため小規模な小競り合いはあっても、大規模な戦闘には発展していなかった。


 とはいえ、現状は束の間の休息と言っても良いのではなかろうか。

 特に此処は中立地帯。

 このまま睨み合いのまま動かないのは願ったり叶ったり。

 などと考える1人の茶髪の青年がいた。


 彼は山奥の小汚い小さな家で薪を割りながら空を見上げ、平和だ。と呟く。

 必要分を割り終わるとそれを持って家に入り釜戸の近くに置く。

 家の中は必要最低限の物しかなく、家具もろくな物が置かれていなかった。

 彼は当然金もない。地位もない。あるとしたら己の力と。

 小汚い布の上で眠るスライムに目線を向ける。この世で一番信頼出来る同居人のみ。


 だが彼には不満は特に無かった。なぜなら現状彼の周り"は"平和であったから。

 追われる事もない。戦う事もない。住処を変える必要もない。面倒事に巻き込まれる心配も少ない。そんな状態だけで満足であった。


「・・・・・・むゅ」

「お、スラ起きたか。夕飯探しに行くぞ」


 そう言いながら、彼はスライムの元まで歩いて行き、屈みながら手を差し伸ばした。スライムはあくびをした後、手を登り肩に乗った。そして、もう一度あくびをする。


 立ち上がると歩を進ませ、玄関先にかけてあるポーチを手に取り、外に出るとその足で森の中に入っていく。

 慣れた手つきで周辺の邪魔な草や蔦を魔力で生成したナイフで切り裂きながら奥に進んでいく。

 進んでいく事20分。数本の果物の木を見つけ立ち止まった。


 アレはジュカの木だ。熟していれば甘く、果実は柔らかく非常に美味しいジュカと呼ばれる果物が手に入る。反面熟していなければ苦く硬い。とても食べられた物ではない。


 見た所熟している実が数個確認できる。

 魔力で生成したナイフを仕舞いながら木下まで歩いて行き、上を向きながら指をパチンッと1回鳴らす。すると、熟した実のうちの1つの蔕の部分で何かが擦れる音がした後、両断され果物が落下してきた。

 それをキャッチし齧ると甘い果汁が溢れ口の中に広がる。実に美味しい。


「スラ、美味し・・・・・・あら?」


 肩に乗っているスライムに目線を向けるが、静かに寝息を立てており思わず苦笑いしてしまう。

 起きた時もまだ眠そうな様子だった。仕方あるまい。と、考えつつ先ほどと同じ要領で夕飯分のジュカを採りポーチに入れていく。

 10個ほど採った所で十分だと判断し来た道を戻っていく。


──これで、今日の夕飯は干し肉と一緒に食えば十分。明日の朝食もジュカの実で十分だし、昼はどうするか。朝、スラとゆっくり釣りでもするか。


 などと考え森を抜け、我が家が見えてきた所で複数の気配を感じた。

 こんな辺境に用があるとしたら高確率で盗人、山賊の類か旅人のどちらか。この場合は前者の想定で動くべきだと考えスラを起こすと、ポーチを木の影に隠し森の中を静かに移動し家の周辺の観察を始める。


 気配の正体は兜や鎧などで装備を"整えた"ゴブリンの部隊であった。

 十数体は確認でき、家の前を陣取っていたのだ。そして、隊長と思しき仰々しい装備をしたゴブリンが家の中に入るよう命令したのか数体のゴブリンが家の中に入っていく。


「盗人にしちゃ、装備が豪華だな」


 そう呟きながら木の枝の上に立ち、しゃがむとゴブリン部隊を眺める。

 今回の取れる行動は3つ。

 まず1つ目はこのまま奴らを倒す。

 2つ目はこのまま家を捨て逃走。

 最後に奴らに事情を聞いた上でどう行動するか判断する。

 なのだが、取れる手段として1つ目の手段はまずあり得ない。盗人や山賊にしては装備が整いすぎているし、旅人がするような装備でも当然ない。となると奴らは何者かという話になる。

 彼の推測であるが魔物軍の正規兵。下手を打てば此方が追われる身になる可能性がある。


──少し前にやっと追われる身から解放されたんだ。再び追われるのは勘弁願いたい。


 実質取れる行動は2つ。一服置き、どちらを選択するか決めた後、彼はゆっくりと口を開いた。


「よし、スラ、胸元に入ってろ」


 そう言うと服の首元を広げた。スラは頷き服の中に潜り込むのを確認すると樹の枝から降り歩いてゴブリンの部隊の元へ歩いて行った。


「隊長! 家主です!」


 両手を上げ、敵意がないことを示しながら奴らの前に出ると、周囲を訓練された動きで取り囲み、手に持つ槍の矛先を此方に向ける。

 ゴブリンの親玉は此方にゆっくり歩いて来ながら口を開く。


「貴様、ディード・シュバルツだな? 歳は・・・・・・そうだな、大体20歳ぐらい。数年前まで魔族と人間の村に住んでいた。違うか?」


 彼はそう言われ、表情には出さなかったが内心かなり同様していた。

 ざっくりとした情報ではあるが年齢も名前も当たっており、村に住んでいた事もあたっていた。そしてディードに用があり、何よりわざわざ下調べをしている事。


「そうだ。と言ったら?」


 質問を質問で返しながら、臨戦体勢に入る。


「そうなら、貴様の存在は邪魔だ。後は言わずとも分かるな」


 隊長は立ち止まり不気味な笑みを浮かべた。

 つまり、奴はこう言いたいのだ。殺す、と。


「・・・・・・じゃぁ、違うと言ったら?」

「返答は変わらない。殺れ」


 そう言いながら手で合図を送ると、即座に囲んでいたゴブリンが一斉に槍を突く。

 だが、突かれた槍は半透明な壁のような物で防がれ、彼の身体に矛先は1つとて届いてはいなかった。

 それを見るや否や囲んでいたゴブリン共は後ろに跳び距離を取ると、此方を伺い始める。


──此方の戦力までは知られていないのか? まぁ、どちらでもいいか。奴らの目的は俺の命。此方の話を聴くような様子でもない。どうあがいても追われるのならばこの場合、処理してしまった方が良いだろう。その後の事は倒してから考える。


 ディードは手を下ろしながら、ゴブリンを睨みつけるが怖気づく様子はない。

 それどころか奴らは隊列を組み直し、後衛のゴブリンは魔法行使の準備に取り掛かっていた。


──面倒そうなのは後衛、前衛は後回しだ。


「スラ、聞け──」

 彼の言葉を遮るかのように炎の魔法や土の魔法、風の魔法と言った様々な攻撃が彼らを襲った。

 爆発し、地面は抉れ、周囲は砂煙で覆われた。一通りの攻撃が終わると一転し、静寂が訪れる。


「・・・・・・前衛、間隔をギリギリまで詰めろ。後衛、攻撃準備を一旦中断、守りに徹せよ!」


 間もなく発せられた隊長の怒号にも似た命令は、静寂をかき消し、倒したと思い込み油断していた部隊を引き締めるには十分な効果を発揮していた。

 言われた通りに行動をしようとした矢先、煙の中から複数個の氷の塊が飛来し襲い掛かる。


 盾や兜にぶつかり衝撃で倒れる者、踏ん張る者、槍で無理矢理叩き落とす者。死亡している個体は見られないが、前衛を崩し混乱させるには十分であった。


「・・・・・・遅れたか。早急に隊列を組み直せ! 後衛は攻撃準備!」


 腰に携えてある剣を抜きながら、部隊の前へと出て、正面からの中距離攻撃の警戒を強めた時の事である。

 部隊後方、後衛の部隊員の悲鳴が聞こえてきたのは。

 急いで振り返ると標的の姿があり、今にも2体目にハルバートを振り下ろそうとしていた。


 後ろを取られていた事への驚愕と焦りから、思考が一瞬停止してしまっていた。体が動き思考が戻って来たのは3体目が斬られ、抵抗し放たれた魔力で生成した岩が見えない壁で弾かれる光景を見た時である。


「ッ! 一旦距離を取れ!」


 隊長が新たな指示を出した瞬間、上空から魔力の塊のような、柱のような物が飛来し前衛部隊の一部を消し飛ばした。

 突然の出来事で更なる混乱を招く中、ディードは舌打ちをしハルバートを手放し、未だ砂煙が立ち込めている場所に向かって走り始める。手から離れたそれは虚空へと消えていく。


「あー、くっそ、次はあいつらかよ! あれじゃダメだったってことかよ」


 悪態を付きながら、数秒の間隔をはさみながら次々と飛来して来る魔力による攻撃を、半透明な壁を何重にも張り防衛しようとする。が、そのほとんどが割られ突破され、防ぎきった時には残り2~3枚ほどまで減っていた。そして、急いで次の攻撃に備え再び壁を複数枚生成する羽目となる。

 砂煙の中にはスラが居り、回収すると急いで森の中に入った。


「スラ、予定変更だ。あいつら餌にして俺達はこのままとんずらすんぞ」


 続いてポーチも回収し、森の中を走り抜けていく。枝で頬を切ろうが腕を切ろうがお構い無しにだ。

 だが、高速で近づく魔力を感じ取り、咄嗟に壁を発生させるとソレは壁と接触した瞬間に爆発し、爆風が身体を伝う。

 彼は悟った。今回"も"容易には逃げられない、と。

 

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