308話 竜胆司の答え



「はぁ……っ、はぁ……っ!」


 心臓が痛い。

 息苦しくて張り裂けそうで、今すぐ立ち止まって押さえたいくらいだ。

 

 だけど、立ち止まれない。

 鈴花が……ずっと隣にいてくれた大事な友達の想いを台無しには出来ないから。

 

 彼女と別れてゆず達が待つ裏門へ駆けるが、まだ少し距離がある。

 

 涙を零すなと、涙腺に訴えかけて押さえ続けないと泣きそうだ。

 今泣いたら、みんなに無用な心配を掛けてしまう。


 そんなのカッコ悪いし、何より答えを躊躇ってしまいそうだと理解していた。

 止まるな、走れ、破裂しそうな心臓が鼓動を早めていくように、駆ける足も速度を上げていく。


「──やぁ、リンドウ少年」

「──っ!」


 なのに、呼び掛けられた声を無視出来なかった。

 急に立ち止まったことで足が痛むけどこの際どうでもいい。


 肝心なのは、俺を止めた相手だ。


「……何の用ですか? ファブレッタさん」

「なぁに。彼女達の元へ行く前に話をしておきたかっただけさ」


 自分でも素っ気ない調子だと感じていたが、ファブレッタさんは然して気にしていない様子で要件を告げた。

 ふざけるな、そんな余裕はない。

 そう断ろうと思ったが……。


「告白して来る相手が鈴花だって、知ってたんですよね?」

「当然だとも。占いに彼女の事が出ていたからね」

「──っ、なら……!」

「『先に教えてくれれば彼女の告白を振ることなどなかった』……そう言いたげだね」

「っ、解ってるならなんで──」

「だから言っているじゃないか。キミも含めた全員のためにならないとね」


 あぁ、そうだ。

 確かにこの人はそう言っていた。

 だけど……。


「だからって! 知ってるのとそうじゃないのとで結果なんていくらでも変えられたはずで──っっ!!」


 そこまで言った瞬間、脳裏に点と点が線で繋がって電気が走るような、そんな錯覚を感じた。


 待てよ。

 文化祭の一日目で、ファブレッタさんは告白して来る相手を……つまり鈴花を占ったって言ったよな?

 今まで自分の気持ちを隠し続けていたアイツが今日告白したってことは……。


「──を……」

「ん?」

「何を考えてんだアンタはっ!!?」


 この状況に導いたのは他でもない、目の前の魔女だということだ。

 後悔も悲しみも途方の彼方へ追いやる程の怒りが湧き上がり、ぼろローブの胸倉を掴んで睨み付ける。


「占いだのなんだの言って結果通りになるように誘導しておいて、全員のためとかよくそんなことを言えたな!?」

「なんだい? キミは自分を詐欺師の類だと言いたいのかい?」

「あぁそうだよ!! それで鈴花が余計に傷付いてるだろ!!」


 掛け値なしの怒りをぶつけられているというのに、彼女はやけに冷静だった。

 その態度が癪に障り、一層怒りが強くなる。

 

 アイツは泣いていたんだ。

 俺がバカなせいだっていうのもある。

 けれど、あの告白が鈴花単身で出されたものじゃないなら話は別だ。


「ふむ、つまりキミは自分があの子を告白させるように先導したと、そう言いたいわけか」

「それ以外に何があるんだっていうんだ!?」

「とんだ思い違いだね。そもそも彼女自身が言っていたはずではないか?







 

 


 キミを想い続けることが苦しい、と」

「──…………」


 熱していた頭に極低温の冷や水を浴びせられたような感じがした。

 ファブレッタさんは茫然として力の抜けた手からローブの襟を離し、正してから紫の瞳で見つめて来る。


「仮に彼女が想いを告げていなかった場合、キミはずっと無遠慮に傷付けていただろう。そうして刻み続けられた傷は、果たして失恋のそれと同等だろうか? 否、生き地獄の末に蜘蛛の糸を切ることに等しい、一生消えない傷となるさ」

「……」


 何も、言い返せなかった。

 告白されるまで、鈴花の気持ちを友情だと思い込んでいたからこそ、その可能性が十二分にあり得ると容易に想像出来る。

 

「キミ自身や想いを寄せて来る五人はともかく、あのままでは彼女の破滅は避けられなかった。もしそうなれば続くようにキミが己を責め続け、やがて五人を顧みなくなる。……その様子だと心当たりがあるようだね?」

「──っ!」


 図星だった。

 思い浮かべたのは美沙の死を知った時のことだ。

 あれがもし、鈴花だったら……?

 

 間違いなく同じようなことになる。

 自暴自棄になった時の言動の危うさを痛感している故に、ファブレッタさんの指摘に言葉を無くす。


 あぁ、クソが……。

 なんでこうままらないことばっかりなんだ。


 色んな感情が煮え滾って、どう表現すればいいのかわからない。

 けど……。


「すみません、八つ当たりなんかして……」


 ただ、これだけは言っておこうと思った。

 しかし、ファブレッタさんはまるで気にしてない様子だ。


「いいさ。良かれと思って行ったことで、顰蹙ひんしゅくを買うことには慣れている」

「なんですかその嫌な慣れ……」


 和ませようとしているのか冗談なのか分かり辛い。

 それでも決して悪意があったわけじゃないと悟る。


 胡散臭い人ではあるが。 


「──ファブレッタさんは、俺が出そうとしている答えをどう思いますか?」

「ふむ……」


 どうぜ見破られているだろうとあたりを着けて尋ねると、彼女はじつに嬉しそうな笑みを浮かべて……。 


「実に……キミらしい愛し方だとも。自分は諸手を上げて賛同しようじゃないか」


 そう肯定してくれた。


 =====


 ファブレッタさんと別れて、再び駆け出す。

 正直、緊張するし本当にこれでいいのかとも思う。


 けれど、最高の友達が勇気を振り絞って送り出してくれたんだ。

 今日、この時じゃないと絶対に後悔すると確信出来る。


 こんな気持ち、二度としたくないしみんなにもさせたくない。


 だから、俺は……。


「みんな!!」


 彼女達の姿が見えた途端、堪らず大声で呼び掛ける。

 お誂え向きのように、俺達以外は誰もいない……そのことに安堵すると共に、傍まで歩み寄って息を整えていく。


「つ、司君……?」

「そんなに慌ててどうしたの?」

「つーにぃ? なんだか辛そうです……」

「あ、本当ですね……大丈夫ですか、ツカサ先輩?」

「……そう、ついに、ですか」


 ゆず達が心配する中、アリエルさんだけはこちらの内情を察したらしい。

 どうやら鈴花の気持ちに気付いていたみたいだが……今はそれを追求する時間すら惜しいな。

 時間を置けばその分言い辛くなる。


「だ、大丈夫だ……あの、あのさ!!」


 ひとまずはぐらかして、彼女達に今の気持ちをぶつける。

 

「俺は、無力で察しが悪くて、いつも失敗ばっかしてるけど……そんな俺でも、一緒にいてくれるか……?」

「「「「「……」」」」」


 帰って来たのは無言の空気。

 全員呆けた表情を浮かべている。

 しまった、慌ててたせいで主語が抜けていた。


 それじゃゆず達に伝わるはずないと察して、ついさっき出たばかりの答えを口にする。


「えと、俺は……、







 

「え……」


 答えを告げた途端、吐息のようにか細く零れた声が誰のモノかは分からないが、少なくとも全員が驚いたことに違いはなかった。


「えっと、つまりどういうことですか?」

「誰の告白も断らないって……これからの人のってこと?」

「え、それじゃ、ボク達は……」

「つーにぃ……」


 彼女達は戸惑いを隠せない様子で……けれど、良く見ればアリエルさんだけ平然としている。

 まぁ、あの人もファブレッタさんのように俺がこの答えに行き着くように誘導していたようなもんだから、予想くらいしてて当然か。

  

「突拍子も無さ過ぎてすぐに納得出来ないだろうけど、その、ゆず達みんなの告白を受ける。早い話が五人共俺の恋人になってほしいってことだ」

「「「「え……っっ?」」」」


 これが俺の出した結論。

 ぶっちゃけハーレムを作るって宣言と同義だし、アリエルさんを除いた四人が驚くのも無理はない。

 でも、一切の嘘偽りない後悔のない答えだ。


「──ツカサ様」


 愕然として絶句したままの四人に代わり、アリエルさんが声を掛けて来た。

 いつもの微笑みじゃない、琥珀の瞳は逸らしていけない程に真摯の眼差しを浮かべている。

 

「本当に……そのお答えでよろしいのですか?」

「はい……不誠実だって言われてもいい、最低だって嫌ってもいい。それでも俺の答えは変わりません」

「「「「……」」」」


 アリエルさんから投げ掛けられた問いに、答えは揺るがないと返すと、ゆず達は動揺を隠せず瞳を震わせる。

 多分、もしかしたら振られるかもしれない恐怖を押し殺してここに来ているんだから、俺の答えは肩透かしどころか怒りを買ってもおかしくない。


「……今までさ、誰か一人を選ばないとって何度も考えて来た」

 

 交流を持つだけでも奇跡のような美貌と才能を持つ女の子達が、なんの因果か同じ男に好意を抱いたんだ。

 もっと良い人がいたはずなのにって、挙げればキリがない。


「でも、いつまで経っても全然決められなくて、優柔不断にも程があるなって自嘲するくらいに情けなくなったけど……実は逆だったって気付かされた」

「逆、ですか?」


 ゆずが躊躇いがちに尋ねた。

 まだ受け止め切れていない気持ちが伝わって、困らせてしまったことに申し訳ないと感じる。

 尤も、こんな答えをすぐに納得しろって方が無茶な話ではあるが。


「ゆず、菜々美、翡翠、ルシェア、アリエルさん……全員に惹かれていたんだから、そもそも一人だけ選べるはずがなかったんだ」

「「「「「──っ!」」」」」


 これにはアリエルさんも意表を突かれたようで、ゆず達と同じく息を呑んだのが分かった。

 美沙に対する未練を吹っ切ってみれば、五人の異性に好意を抱いてたなんて自分でも驚くばかりだ。

 

「もちろん、最初に自覚した時は信じられなかったし、あまりに最低だって思ったけど……考えても考えても、俺はゆず達が好きなんだってことしか浮かばなかった」


 それだけに、鈴花の告白には驚愕させられた。

 あぁ、そうだ。

 アイツのことは友達以上に見たことはないのに、考えるなんて言ってもゆず達と同等に見ることが出来なかった。


 あれだけ強く想われていたのに、応えられないことが身を裂く程の痛みになってしまったから。

 だからこそ、足りなかった覚悟を出す切っ掛けをくれた。


 途轍もない緊張感を抱かずにはいられなかったけど、みんなだって同じ気持ちで告白に臨んだんだ。

 だったら尚更躊躇うわけにいかないと踏み出した。


「長くなったけど、えと、俺はみんなのことが好きだ!! 若気の至りだろうがなんだろうが、この気持ちは本物だ! ……答えを、聞かせて欲しい」


 思えば、こうやって自分から異性に告白をしたのは初めてだ。

 そんな他人事みたいな感想を浮かべつつ、逡巡している様子のゆず達の返事を待つ。

 

 その間、互いに沈黙の時間が続くが、不安で落ち着かない。

 これをいつも彼女達に感じさせていたのか……本当に俺はバカだなぁ。


「──それがツカサ様のお答えでしたら、ワタクシは喜んでお受けいたします」

「っ! ありがとうございます」


 最初に返事をしたのはアリエルさんだった。

 自分の両親が重婚だったこと、予め答えを予想していたためだろう。

 ともかく、初恋が実った彼女の表情は安堵と歓喜が混じった幸せなものだった。


「──確かにびっくりしたけど、司くんらしい答えでむしろホッとしたかな……これからもよろしくね?」

「菜々美……っ!」


 過去に駆け落ちを提案したことのある菜々美からも、了承の答えが返って来た。

 信頼感を滲ませる言い分に、照れ臭さすら覚えてしまうが嬉しく思える。


「──あの、ボクが本当にツカサ先輩の恋人になって良いんですか?」

「ルシェちゃんは嫌なのか?」

「っ、そ、そんな意地悪な聞き方しないで下さい! なれるなら、ぜひともよろしくお願いします!」


 ついからかいたくなるくらいに、いじらしい反応を返したルシェちゃんも受け入れてくれた。

 彼女に関しては行き着くところまで行ったのもあるから、取れる責任は取るつもりだ。

 だから、こうして恋人になれたことが嬉しい。


「──つーにぃ!」

「っと、翡翠?」


 今度は翡翠が抱き着いて来た。

 密着した姿勢のまま顔を合わせて来た義妹は、嬉しさを隠しきれない面持ちだ。


「みんなと一緒になれるなんて、ひーちゃんはすっごくワクワクするです!」

「──あぁ、そうだな」


 ひとりぼっちのままでいいと悲観に暮れていた時と打って変わって、大好きな人達と共にいられる喜びを分かち合った。

 純粋に嬉しく思ってくれたことに自然と笑みが浮かぶ。


「──司君」

「ゆず……」


 最後はゆずだが……その緑の瞳は不安気に揺れていた。

 正直、独占欲が強い彼女には受け入れられないかもしれない。

 それで俺を嫌うなら何も言うことはないし、そもそも言える筋合いじゃない答えをだした報いとも取れる。


 どっちにしろ、出来るのは彼女の答えを尊重するだけだ。


 そう自分の中で受け入れる心構えをしたところで、ゆずがゆっくりと口を開き……。


「私は……」


 

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