307話 回想④ 好きだからこそ
てっきり司はルシェアと付き合ったんだって思ってたけど、二人の返答からするにそうじゃないみたい。
でも、アイツが後輩に向ける目は慈しみに満ちたもので、美沙へ抱えていた悔恨が軽くなっていると分かった。
それもこれも、ルシェアが文字通り体を張って司の心に溜まった不満を解消させたからだ。
当人達を除けば、それを察しているのはアタシだけ……とはいかず、アリエルさんがなんだかしてやったりな顔を浮かべているのが気掛かりだった。
瞬間悟る。
ルシェアを司の家に行くようにしたのはあの人なんだって。
自分が不利になるのを分かってたのになんでだろう?
分からない……。
それなら、もしアタシが自分の気持ちを打ち明けていれば──ダメだ。
そんなたられば、いくら考えたって何の意味もないことくらい、身を以って知ってるはずのに。
でも、アリエルさんの行動は結果的にアタシ達を救うことになった。
立ち直った司の尽力で抱えていたトラウマを克服した翡翠が、凄まじい効果の固有術式を用いてミミクリープラントの討伐を為したからだ。
その後で、翡翠が司の義妹になったと知ってまた嫉妬してしまう。
せめて保っていたと思っていた家族みたいな距離感まで奪われてしまったような、そんな気持ちになったから。
烏滸がましいよね、友達扱いされてるのに家族面してるなんて。
だけど、翡翠は美沙が命に代えてまで守った子だし、何より今まで仲を紡いできたから嫉妬はしても恨むなんて論外だった。
義妹になったことで、翡翠は前より明るくなったと思う。
まぁそれは司に対する恋愛感情もありきなんだろうけど、一番は心の枷になっていた美沙の死をようやく乗り越えたことかもしれない。
そうして翡翠が司の家族となったことも慣れて来た頃、羽根牧高校の文化祭が近付いて来た。
ウチのクラスではただのコスプレ喫茶じゃ面白味がないってことで、クジで選んだ衣装に添ったキャラになりきるという『なりきり喫茶』をやることになったんだけど……。
──十中八九、司が書いたであろう『魔法少女』を引き当てちゃったわけで……。
なぁんでこういう時に限って当てちゃうかな~……。
ゆずからすっごい羨望の眼差しが飛んで来てるんだけど。
確かあっちはギャルをやるんだったっけ……ギャップが凄まじくて全然予想出来ない。
肝心の司がなんのコスプレをやるのかってことは内緒にされた。
アタシが魔法少女やるって言った途端、機を見たようにからかって来るのが腹立つ。
でも、楽しいから許す。
ともかくクラスのみんなで衣装やキャラ付け、飾りつけとかメニューをどうするか話し合ったり準備を進めて、文化祭まで三日となった頃……。
進路希望調査が行われた。
文化祭前だというのに無情にも空気を読まないイベントに、先生への恨みを隠せない。
って、それはどうでもいいとして。
進路、かぁ……。
正直、アタシは自分が何をしたいのか全く分からない。
今は魔導少女として唖喰と戦ってるけど、それだっていつまで続けられるか分かんないし。
むしろ、続ける過程で死ぬことだってあり得る。
途端、死に掛けたあの時のことが頭を過って、背筋に氷柱が刺さったような悪寒を感じた。
ダメだ、これ以上は考えちゃダメなやつだ……。
期限は文化祭が終わって一週間経つまでってことだから、渡された用紙は白紙のまま鞄に入れる。
ふと、司やゆず達がどんな進路を考えてるのか気になった。
だから、同じクラスの二人に加えてルシェアと翡翠とも一緒に日本支部に向かってる途中で思い切って聞いてみた。
「ねえ、ゆず達は進路ってどうするか決めてるの?」
「進路……将来のことですか……」
「人の進路を聞いてどうするんだよ……」
「どうにもしないっての。ただ単に気になっただけじゃん」
そう、ただ気になっただけ。
司は呆れたような反応だったけれど、それでもみんなそれぞれ話してくれた。
ゆずとルシェアは未定……でも不安で一杯のアタシと違ってイキイキしている。
中学生の翡翠は司のお嫁さんになるとか。
内容を聞く限りゆず達も司の恋人になるつもり満々だし、翡翠の結婚願望なんて小学生時代の自分を彷彿とさせられる。
対する司は苦笑い。
嫌そうな感じはしなくて、むしろ嬉しいから反応に困ってる感じ。
進路の話なのに、告白の返事を出すとか言い出すくらいには。
だから、嫌でも羨ましいって思うし悔しいって思う。
そんな資格ないくせにね。
内心で自嘲しながら改めて司の進路を尋ねると、特になんてことの無い様子で答えてくれた。
──カウンセラーになるために大学に進学するって。
また好きな人が遠くに行っちゃった疎外感が心に圧し掛かる。
苦しいと思うのに諦められずに司を想い続けたアタシにとって、そう感じずにいられない答えだった。
自分の進路も決められてない奴が何を言ってるんだって話だけど、ショックで上の空のまま司に進路を聞かれて……。
「──アタシも進学しようかな。同じ大学に」
ついそんなことを口走っちゃって……。
「おいおい、またかよ……」
「──っ!」
呆れたという調子に返された。
馬鹿にしてるわけじゃない。
司は単にアタシの将来を心配して言っているだけ……友達として。
それが分かるだけに、恋心と諦念のジレンマが刺激されて余計に苛立ってしまう。
結局その場から立ち去って喧嘩はうやむやになった。
後ろで、司がゆず達に励まされてるのが何となく分かる。
その状態が自分と彼女達との差のように思えて、心がさらに掻き乱された。
======
次の日に仲直りした後、文化祭当日となった。
覚悟していたとはいえ、菜々美さん達に魔法少女になりきってる姿を見られたのは恥ずかしかったなぁ。
司が謎の執事モードを習得して来たのは驚いたし、それが女性にウケて盛況になったのも複雑な気持ちだ。
そしてまさか接客中にナンパに絡まれるとは思わなかった。
対処に困ってた時に助けてくれたのは、また司……。
で、迷惑客を黙らせたらさっさと接客に戻るし。
もう、何回目だろう。
数えるのも億劫なくらい期待させられて、上がった熱を冷ますように友達扱い。
文化祭中に答えを出すって聞いてはいる。
だから、早く誰かと付き合ってよ。
じゃないと、アタシはもう自分がどうしたいのかも分かんない。
司に告白して彼女になりたい?
諦めたいの?
ゆず達と競える?
どうだろ。
今、アイツはゆず達と順番で文化祭デートに行ってるから、そこで改めて相手をどう思っているのか見極めてる最中だったよね。
誰を選ぶんだろう?
ルシェアが可能性高いけど、それならもっと早く答えてるはずだし、もしかしたらラノベで良く見るハーレムエンドとか…………は、アタシだったら無理かな。
告白もしてない段階でこれなんだから、自分一人を見てくれなきゃ嫉妬でどうにかなりそうだもん。
ゆず達はどうだろ……牽制こそしているけど、憎いとか嫌いとかそういうのは感じない。
最終的に決めるのは司だし、一人で勝手に考えることじゃないか。
「次のお客さん、入って来るといい」
「あ、はい」
考えごとをしていたら順番が回って来た。
なんか当たるらしい占いの館って店がグラウンドのテントでやってるって聞いて、なんとなく並んでみたんだけど、どんな人がやってるのかな?
「し、失礼しま~す……」
「おや、これはまた可愛らしいお客さんだね」
「わ……」
テントの中はほんのり薄暗いけど、店主の人相は不思議とよく見えた。
乱雑に伸ばされてボサボサの長い赤毛、左目を覆っている眼帯が気になるけど、紫の右目は妖しく光っているようにも思える。
おまけに外国人で綺麗な人……でも、その雰囲気は只者じゃない。
ふと、心当たりに引っ掛かる。
「もしかして──〝占星の魔女〟の人ですか?」
確か司の家に居候してるって聞いたファブレッタさんだ。
「ほぅ……その通りだが……いや、そうか。知っていて当たり前だったね」
「えと……」
「あぁ気にしないでくれたまえ。さて、キミはどの運勢を占おうかな?」
正解と言わんばかりに目を細めてなんか妙に気になる言い回しをしてたけど、外でなしている行列に並んでる人達を待たせるわけにもいかず、早々に占うことになった。
ぶっちゃけ、物見遊山で来たから特に明確な目的があるわけじゃない。
それならここは……。
「お任せでお願いします」
「あいわかった。それでは恋愛運を占おうか」
「え、ちょ──」
「しっ。集中を邪魔しないでくれ」
なんでそんなピンポイントで、と突っ込まずにいられなかったけどすぐに占いを始めてしまって制止するタイミングを失くしてしまう。
どうしよう……良い結果にしろ悪い結果にしろ、アタシに意味なんてあるの?
どうせ詐欺師の類だろうって猜疑心と、確かな腕があるから繁盛しているという説得力があって、いっそうどんな結果内容が出るのか緊張する。
やがて、水晶にかざしていた手を下ろして、ファブレッタさんは一息ついた。
「あの、結果は……?」
「ふふっ、そう焦らないでくれたまえ」
緊張を隠せないこちらに対して、ファブレッタさんってばすごく冷静だ。
見た目通り、変人っぽい感じではあるけど。
「では、伝えよう。
キミの抱える恋心。それは如何な結果だろうとこの文化祭中に伝えなければ、果てしない後悔に苛まれるだろう」
「──っ!」
告げられた内容に驚きを隠せなかった。
固有術式かなんなのか分からないけど、ファブレッタさんの言葉はまるでアタシの心を見透かしたようなものだ。
でも、待って。
それは司に告白しろってこと?
文化祭中って、今日を含めてたった三日の間に?
アタシが……?
「……そ、そんなの──」
「無理だと? あぁ、どうしてかは語らなくてもいい。関係の崩壊を恐れるあまり告白を躊躇う者は多く見て来たが、キミはその中でも上位に位置する程だとは察しているよ」
「っ、そこまで!?」
先を読んで重ねて告げられたことで、またすぐに驚かされるなんて思ってもみなかった。
まるで底が見えない。
紫の瞳に読心の力があるって言われても信じそうだ。
だけど……。
「そこまで解ってるなら、なんで告白しろなんていうんですか?」
「でなければ、キミが必ず後悔するからだ」
「でも! 文化祭中に告白したらアイツは絶対にゆず達への答えを遅らせちゃう! みんなの邪魔になることなんてしたくないのに──」
「しなければ、その彼が答えを出せないとしても?」
「え……?」
拒否するアタシに然して顔色を変えないまま、ファブレッタさんは冷然ととんでもない可能性を口にした。
どういうこと?
あの司が今のままじゃ答えを出せない?
訳が分からず茫然としていると、その気持ちを汲み取ったのか彼女は続きを語り出した。
「キミには解り切っていることであろうが、あの少年は優し過ぎる。見知った他者が傷付き、或いは失うことを極端に恐れている程だ。果たして、そんな心持ちであの五人から誰か一人を選ぼうとしている」
「れ、恋愛ってそういうものじゃ……」
「あぁその通りさ。けれど、確実に相手を傷付けると解っていることを、実行出来ると思うかい?」
「……」
そんなの、アイツには出来ないに決まってる。
他でもない、ずっと司を見て来たからこそ明確にそう察した。
自分の想いがゆず達の幸せを左右するってことも。
呆れて笑うことも出来ない。
恋愛の神様がいれば思い切り呪詛をぶつけたい思いだ。
だってそうでしょ?
なんでアタシの恋愛はこうも上手くいかないことばっかりなの?
小さい頃から好きな人との幸せを叶えちゃダメだって言われることに等しくて、だからいつもいつも苦しい気持ちでいるのに。
その好きな人を傷付けるって分かり切ってる告白でも、結局は損をしているだけ。
辛い、苦しい、嫌だ、憎い、吐きそう、痛い、鬱だ、死にたい……。
「どこまで……こんな思いをしなきゃいけないのよ……! アタシは、司を好きになっちゃダメだっていうの!?」
何もかも投げ出したい気持ちのまま叫んだ言葉に、ファブレッタさんはやっぱり顔色を変えることがないまま目を向けて告げる。
「愛を抱くことが悪いと? その言葉には大いに誤りがあるね」
誤り?
それが本当なら、アタシはこんなに苦しんでない。
その苛立ちに等しい反論を込めて睨むと、ずっと座っていたファブレッタさんがゆっくりと立ち上がった。
疲れを感じさせない確かな足取りで傍に寄って来て手を頬に添えて来る。
なんのつもりなのかと訝しむと、笑みを向けられた。
怪しさなんてない、まっすぐな微笑みだ。
「人に限らずあらゆる生物は愛を抱く。これは生物として当然の真理だ。誤るとすればそれは愛を持つことではなく、愛し方なのだと考えている。如何に素晴らしく尊ぶべき愛であろうと、伝える手段を間違えてしまっては意味がないのだから」
「……」
何も言えない。
何故だか心に溶け込むように聴き入った。
「愛する者の幸せのために身を引くのが間違い? 実に浅慮の極みだな。人間の持つ無限の欲を考えればどれだけ難しいことか、キミはよく知っているじゃないか」
その通りだ。
何度も諦めようとしたのに、何度も諦められなかった。
その度に自分を責めて来たけど、ファブレッタさんから向けられる紫の瞳からは一切の蔑みを感じない。
「それとも『みんなの邪魔になることなんてしたくない』……先程こう言ったのは嘘かな?」
「友達が傷付くって分かってるのに、そんな冗談吐けるわけないじゃないですか!?」
「なら、キミの愛は何も間違ってはいない」
「え……?」
笑みと共送られた言葉は、とても心に響いた。
「自らを傷付け兼ねない強い想いを秘め続けることが正しいとは言えないだろう。しかし、愛しい人のため、親愛なる友のため、キミはずっと己の真意を隠していた。我欲のためでなく他者のために。それが間違いであるはずがない。例え万人が後ろ指を向けようとも、自分はキミの愛に惜しみない称賛を送ろうじゃないか。異論はあるかい?」
「……」
ずっと、間違ってばっかりだと思っていた。
でも目の前のこの人が、アタシの恋を肯定してくれたことを嬉しく思う。
「無言は肯定と受け取ろう。ともあれ、キミの告白は必ずしも破れると決まったわけではない。全ては彼の返事次第だよ」
本当にそうなのかな?
でも、残念だけどそれだけはないよ。
「……アイツは、先延ばしにしますよ」
「その根拠は?」
根拠?
そんなの決まってる。
「アタシは、司の
アタシの気持ち一つで司とゆず達が幸せになれるならやってやろう。
自己犠牲?
ううん、これは新しい日常へ第一歩だ。
いつまでも立ち竦んでばかりじゃいけないから、前に進むための大きくてちっぽけな一歩。
どれだけの歩幅で、どれだけの短距離でも、確実に踏み出した一歩を刻むために。
司が大事にしてくれる友達想いのアタシは思いを告げることを決めた。
======
「──行っちゃった、か……」
体育館裏の一本杉に背を預けて、空を見つめながら呟く。
結果は惨敗。
今まで隠していた不満も一緒に何もかも赤裸々にぶちまけちゃったけど、不思議と後悔はない。
けど、予想通り司は答えを先延ばしにしようとした。
普通は友情より恋愛を取るはずなのに、本当にバカなやつ……。
でも、今度は引き摺る必要もないし、期待しなくてもいい。
ちゃんと告白して、ちゃんと振られたから。
「──っ、ふ、ぅぅ……」
八年分の恋を、ようやく終わらせることが出来た。
「あぁ、く、うぅ、っ……」
これで、司もゆず達も幸せになれるなら本望だ。
ここまでやったんだから、アイツの答えが彼女達に届いて欲しい。
「ひくっ、あぅ、ぐすっ……」
ずるずると、その場に屈んで蹲る。
体育館裏じゃまだライブの途中……外でも心臓に響く重低音が良く聞こえていた。
だから、アタシは……。
「う、ぁ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! わあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
思い切り泣いた。
告白の途中でも泣いたのに、まだ涙が流し足りないという風に零れ続けて止まない。
ずっと覚悟してたはずなのに、やっぱりいざ振られると悲しくて切なくて苦しかったよ。
好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好き
心の中で何度もそう唱え続ける。
だけど、もう届かない。
アタシの恋はいつも思うようにいかないことばかりだ。
好きなのに気持ちを伝えることを諦めて、でも諦め切れなくて、だからせめて一緒にいようとして……辛いこともたくさんあったけど。
司を好きになって良かった。
心からそう思える長い長い初恋は、静かに失恋という結果でその輝きを失せていった。
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