309話 七章エピローグ 友達以上恋人未満の親友
三日に渡って開かれた羽根牧高校の文化祭も終え、振替休日を挟んだ後はそれまでのお祭り騒ぎが嘘のように、いつもの日常が戻って来る。
って、素直に受け入れられると良いんだけどなぁ……。
「今度はこっちがお預けを食らう番かぁ……まぁ因果応報ではあるんだろうけどな」
寝起きでぼんやりとしているせいか、自分しかいない部屋でそう呟く。
一昨日俺が出した答えに対し、ゆずは考えさせてほしいと返事を保留された。
いつも自分がしていたことだっただけに、それを止めることは出来ずに何とも言えないまま解散したのだ。
流石に同時に五人を好きになりました、なんて言われて即OKなんて虫が良すぎたか。
むしろ菜々美達はよく受け入れてくれたと思う。
その彼女達とは残るゆずの返答が明らかにならない限り、恋人らしい振る舞いを自重せざるを得ない状態だ。
ようやく想いが成就したというのに、まだ我慢を強いてしまうのは申し訳なく思う。
ゆずの気持ちは分からなくもないって、みんなは言っていたが……だからってもう撤回するつもりはない。
もし彼女が自分一人じゃないなら嫌だと言っても、悪いが俺にだって意地はある。
ここまで来て答えを曲げる気は無い。
そうなったらどうなるか予想もつかないが……こればっかりは悩んでも仕方ないか。
「はぁ……」
先が不透明になったゆずの気持ちはもちろん、俺の心はもう一つの要因で大変重い苦しい状態だった。
それは鈴花のことだ。
やはりというか、時間が経つ度にアイツの告白を断って良かったのかという後悔が圧し掛かって来た。
でもその件に関してはゆず達への答えを得るという結果に繋がったため、背に腹は代えられないと割り切る他ない。
じゃあ何が問題なのかというと、まず竜胆家と橘家は家が隣同士だ。
そして俺と鈴花は同じ高校で同じクラスである。
こうなると家を出た直後とかに高確率で顔を合わせるハメになるのだが……。
はい、ぶっちゃけると顔を合わせ辛いです。
純粋に気まずいんだよ。
よく考えてみて欲しい。
半生を共にした友達の告白を断ったやつが、程なくして告白……それも五人も好きになったとかどう思う?
五股クソ野郎と罵られること不可避となる。
俺が鈴花側でも怒る自信はある……その張本人が考えることじゃないだろうけども。
あぁ、なんでこういう時に限って翡翠が日直で早めに家を出てしまったんだ。
せめて可愛い義妹が居てくれれば、多少マシだったろうに……。
とにかく、気まずいからって遅刻する程家に留まるわけにもいかない。
そう観念した俺は、せめてもの抵抗としていつもより十分早く家を出ることにした。
どうせ学校で嫌でも顔を合わせなきゃならんけども、後のことは後で考えよう。
「行ってきま~す、っさむ」
十二月も間近に迫っているため、肌を刺すような空気の寒さに体を震わせる。
一応上着やマフラーはしてるんだけどなぁ……。
ゆず達との待ち合わせ時間まで、コンビニにでも寄って時間を潰そうかと思った矢先……。
「おはよ、司」
「──っ!?」
後ろから聞き慣れたけど聞きたくない声の主に挨拶を投げ掛けられた。
おいおい嘘だろ……?
アイツ、告白を断った時はあんなに辛そうな顔をしてたのに、もう復活してんのか!?
それとも気まずく感じてるのは俺だけ?
「ちょっと、挨拶したんだからおはようくらい返しなさいよ?」
「わっ、ちょ、急にマフラーを掴むなよ!? 首が絞まったらどうす──」
考える時間も与えられず無理やり止められ、抗議しようと後ろにいるであろう鈴花へ向き合い、絶句した。
後ろには確かに鈴花がいたのだが……。
「何よ、そんな鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔して?」
「いや、だって、お前……、
髪……短くなってるけど……?」
そう、いつもは腰に届く赤茶の髪をポニーテールにしていたのだが、今目の前にいる鈴花の髪は肩に触れる長さにまで切り揃えられていた。
長かった髪をバッサリ切ったため、受ける印象が大いに変わっている。
一瞬分からなかったくらいだ。
驚く俺に鈴花は見えやすいように手の平に一房を引っ掛けながらジト目を向けて来る。
「だからなに? 長くなったら切るくらいは誰でもするでしょ?」
「そ、それはそうだけどさ……」
「それよりさ、似合う? 久しぶりに切ったら頭軽くなってビックリしたんだよねぇ~」
「似合……ってはいるけど、その、大丈夫なのか?」
「は……?」
不気味なくらい普段通りに接して来る鈴花に安否を尋ねると、こちらを殺さんばかりの鋭い眼光が飛んで来た。
あ、これ地雷踏んだやつだ。
経験則でそう察するも既に手遅れだった。
「あのさぁ……アンタはゆず達全員に好きだって告白したんでしょ? アタシに構ってる暇あるなら将来をどうするかちゃんと考えときなさいよ」
「んなの覚悟の上で──って、なんで鈴花がゆず達に告白したことを知ってるんだ?」
変に刺激しないようにある程度時間を空けてから打ち明けようとしたのに、どうしてか鈴花は見て来たかのように把握しているのが気になる。
その委細を尋ねると、あからさまにため息をつかれた後にいっそう睨みを利かせてきた。
いや、それが初恋相手に向けるやつかよ……って、もう失恋したんだったな。
やりづらい……!
「ゆずからどうしたらいいってお悩み相談を頂いたからなんだけど?」
「……ゴメン」
あまりに慌ただしくて釘差しとくの忘れてた……。
申し訳なさで身を縮こませるしかないわ……。
「まぁそれはいいわよ。ハーレムとかドン引きだけど、アンタやゆず達が決めたことなら何も言わないし、むしろ言って来たやつをぶっ飛ばすつもりだからね」
「鈴花……」
彼女の言う通り、俺が目指そうとしている関係は決して手放しに褒められるべきものじゃない。
俺が不誠実だと誹りを受けることは避けられないだろうし、ゆず達にも非難の眼差しが飛ぶことだってありうる。
それらの攻撃からの対処を、損得抜きに請け負ってくれる鈴花の存在が頼もしく思えた。
「あとね、告白を断ったからってよそよそしくされると逆に傷付くからちゃんとしてよ?」
「わ、分かったけど……なんでお前はそう憮然としてんだ」
「……そりゃ、さ。今にも逃げたいくらい気まずくはあるけど、告って振られてはい友達終わりっていう方がしんどいでしょ? それに……」
──友達になったことと好きになったことは別だしね。
そう告げた鈴花の言葉に、難しく考えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えて来た。
俺が振ったのは恋をしていた鈴花であって、友達としての鈴花じゃない。
他人が聞けば暴論だろうが、これが俺達の関係の落としどころだと思う。
ただ、願わくば……。
「大丈夫だ」
「ん?」
この大事な
「鈴花ならもっと良い恋が出来るよ」
「……正直、食傷気味だから高校の間は遠慮したいんだけど、
一瞬だけ迷いを見せたが、すぐにニパッと分かって見せる彼女の強さに感嘆するばかりだ。
そして、数歩先に駆け出した鈴花は手を背中に回した姿勢で振り返り……。
「司! これからも仲良くしようね! んで、悔しいって思わせるくらい、アンタ達より幸せになってやるんだから覚悟しておきなさいよー!」
「──っ!」
「っじゃ、先行くね!」
言いたいことだけ言って、返事も聞かずに鈴花は足早に去っていた。
たった一日挟んだだけであの気持ちの切り替えように、苦笑を浮かべる他ない。
「こっちはどうなるかまだ未定だぞ? でも、ああいうのが鈴花らしいよな」
まだ不安は尽きないが、あれだけの気概を見せつけられると、ずっと一緒だった彼女が一つ大人になったように思えた。
吐息で手を温めつつ、俺はゆず達の待つ駅前へと足を早める。
あんな戦線布告をされたせいか、彼女達に会いたくて仕方がない。
先の不安なんて吹き飛ばせるくらいじゃないと、早々に負けてしまう。
そう密かに対抗心を燃やしつつ、寒さに負けじと気を引き締めるのだった。
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